帰  郷


「ゴソゴソ...」
この音が聞こえてくると、私の心はちょっと落ち着きがなくなる。毎朝同じくやってくるこの時。
私は2階から降りてきて郵便受けを開ける。郵便受けには朝刊が届けられている。
「今日も一番に読むのはティファだったね」
パパも近頃は不思議に思わない。パパには娘が新聞に興味を持った位にしか思わなかったみたい。
「ごめんなさい。すぐに読むから」
「はは、いいんだよ。ゆっくり読みなさい」
リビングに戻って新聞を読む。
特に神羅関係の記事はじっくり読む。きっと載っているとしたらここに違いないから。
本当は読むというより、記事を探している。ううん、文字を探してる。ほんの短い文字列を。

でも、今日も私の期待は外れてしまった。
新聞をパパに渡し、再び部屋に戻る。
ベッドに寝転がり、ふうと溜息をつく。今日も駄目だった。
いつもの事だけど、やっぱり少し寂しさを感じる。だって見つからないんだもん。
「クラウド」という4文字が...。


いつの頃からかしら。こんな朝が当たり前になってしまったのは。
最初の頃はパパの読んでる新聞を覗き見るようにしてクラウドの事が書いてないかなって探すくらいだったけど、
今は新聞の隅から隅まで探さないと気が済まなくなってる。

だってクラウド、約束したよね。「ソルジャーになる」って。「ピンチになったら助けに来てくれる」って。

クラウドと約束したあの夜。私、正直言って驚いた。
私達、幼なじみだったけど、殆ど遊んだ事無かったよね。私、クラウドの事何も知らなかったと思うの。
だからあの夜の事もクラウドにとってそんなにも大事な事だったって思いもしなかった。
でも、数日後クラウドが旅立ったって知った時、私分かったの。
クラウドのお母さん、とても寂しそうだった。どうしてクラウドが旅立ったのか分からなかったみたいだった。
私だけが知っていたのね。クラウドの決心を。

嬉しかった。だってクラウド、私だけに話してくれたんだもん。

私、あれから時々クラウドのお母さんの所へ行っているの。お母さんからクラウドの事いろいろ聞いたよ。
クラウドのお父さんの事とか、クラウドの小さかった頃の事とか。
でも、あの夜の事は話さなかった。だってあれは二人だけの想い出にしたかったから。

でも、どうしてなのかしら?

私、クラウドの事が気になって仕方がないの。それは日増しに強くなっているみたい。
約束したから?・・・それもあると思うけど、それだけじゃない。


私・・・クラウドが好きになってしまったの?


夜になると、いつも窓から給水塔を見てる。
あの夜、私達あそこにいたんだよね。
クラウド、思い詰めてたみたいだった。私、何となく分かった。もしかしたらもう会えなくなるんじゃないかって。
だからクラウドに約束させてしまったのかもしれない。
必ずここに帰ってくるようにと。


あなたに、会いたい...。


来週、神羅が魔晄炉調査のためにこの村へ来るって聞いた。ソルジャーも来るって言ってた。
だからガイドが必要だと聞いて私、真っ先に名乗り出たの。
だって、もしかしたらクラウドに会えるかもしれないって思ったから。
逢える・・・ソルジャーになったクラウドに。
何も根拠は無いけれど、私には予感があるの。きっと来る、きっと逢えるって。
私、この頃鏡の前でその時着る服を考えているのよ。
だってソルジャーになったあなたに田舎娘の私だと恥ずかしいと思うから。
でも、駄目ね。やっぱり私は小さな村の田舎娘でしかないもの...。


でも、会いたいの。ソルジャーになったクラウドに。ううん、ソルジャーでなくってもいい。あなたに...。



 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



ガタゴトとトラックは目的地に向かっている。俺の故郷・・・ニブルヘイムに。

「なあクラウド、気分悪いならそのマスク取っちゃえば?」
ザックスにそう言われてマスクを脱ぐ。ちょっとした開放感を感じる。どうもこの帽子は俺の髪型には窮屈だ。
ザックスは妙にそわそわして落ち着かない。何度もソードを抜いては点検したり、外の風景を時折覗いてみたり。
無理もない、これがソルジャーとして初めての任務らしい任務なのだから。
それに較べて俺は...俺の心の中は悔しさと恥ずかしさとが入り交じって支配していた。一刻一刻故郷に近づいていくのが辛かった。


俺は・・・ソルジャーになれなかった。今、俺はただの神羅兵として故郷の村に向かっている。


ミッドガルへ行った頃、俺は絶対にソルジャーになると誓っていた。それまでは決して故郷には帰らないと。
そしてソルジャーになるべく訓練してた頃、俺はソルジャーになれると思っていた。いや、確信していたんだ。
事実、親友のザックスとは剣術においてもほぼ互角だったし、俺達は他の連中に較べて抜きん出ていた。
そう、あの注射を受けるまでは...。

あの日を境に俺は自分自身を時々見失ってしまうようになっていた。理由は分からない。が、あの注射が原因である事は疑いようもない。
ザックスにはそういった症状は見られなかった。ザックスにはあの注射の影響は出なかったようだ。
俺とザックスの決定的な違いはそれだけだった。相変わらず強さだけならばザックスと互角以上だった。
けれど・・・俺はソルジャー失格者となってしまった。
宝条は一言だけ言った。『失敗作』と。
俺は納得出来なかった。俺は奴にしつこく理由を訊いた。奴は言った『お前のような精神力の弱い奴はソルジャー失格者だ』と。

精神力・・・それが俺がソルジャーになるために欠けていたものだというのだ。
俺はそれ以上は何も言えなかった。俺にも分かっていたんだ。ザックスにあって俺に無いものがあるとしたらそれだという事を。

俺は本当は弱い奴なんだ。
幼い頃、俺はティファと仲良く遊びたかった。キッカケはいくらでもあったんだ。ティファが声を掛けてくれた事も何度もある。
それなのに、俺は他の連中とは違うと言って結局はまともに話す事すら出来なかった。
俺は自分に自信が無かった。それでも自分は特別な人間だと思いたかった。特にティファにとってそうありたかった。
でも、それを確かめるのが怖くて俺は逃げていたんだ。
だから、あの事件は俺を打ちのめした。俺はティファにとって単なる幼なじみでしかないと思い知らされた。
本当のティファの危機に俺は何も出来なかった。
ティファが吊り橋から落ちたのは俺の責任では無かったのかもしれないけれど、俺が本当の力を持っていれば助ける事が出来た筈なんだ。
俺に足りないのは力なんだ。誰もが認める強さなんだ。
俺はソルジャーになれば本当の力を得ることが出来ると思っていた。誰もが、ティファが認める強さを。
俺がティファとまともに話をした最初で最後の日・・・それが給水塔でのあの夜。
俺にそんな勇気を与えたのは明日からこの村にはいないという事があったからなんだ。
きっと、それこそ本当の俺の弱さを示していたのかもしれない...。

「少しは落ち着いたらどうだ?」
セフィロスは妙に落ち着きの無いザックスをたしなめた。
「ああ、分かっているよ。でも、こいつは俺にとって初めてのソルジャーとしての任務なんだ」
「そうか・・・だが、生憎今回の任務は魔晄炉の調査だ。お前の期待するような活躍の場は無いと思った方がいい」
「そうなのか?英雄と言われたあんたが出向くくらいだ。ニブルヘイムの魔晄炉に何か特別な事があるじゃないのか?」
「さあな。俺は何も聞かされてはいない」
「ニブルヘイムは初めてなのか?」
「そうだ。俺も任務で方々を訪れているが、ニブルヘイムは今回が初めてだ。もし、そこの魔晄炉に重要な機密があるのであれば、一度は訪れている筈だ」

「クラウド、君は何か知っているかい?」
「俺が村にいた時は村に魔晄炉があるなんて知らなかった。俺達子供には山には近づくなと言われていたんだ。
 山に登れば生きて帰れないという言い伝えがあるからと。だから魔晄炉の存在すら知らなかった。
 今考えると、あれは子供を魔晄炉に近づけさせないための口実だったんだ」

「お前はニブルヘイムの出身なのか?」
セフィロスが俺に訊いた。
「あ、はい」
俺は少し緊張気味に答える。俺が憧れていた英雄セフィロス。彼の言葉はソルジャーになれなかった俺にとって初めて俺に対する言葉だった。
「そうか。それならばお前に魔晄炉への道案内を頼めば良かった。我々は村にガイドを頼んだのだ。ガイドは村の娘がする事になっているそうだ」
「村の娘・・・その娘の名は何ていうのですか?」
「確か、ティファといっていたな。知り合いか?」
「い、いえ・・・」

ティファ!君が俺達のガイドをするというのか!
俺は他の誰よりもこんな自分を見て欲しくない。君にだけは。
俺が村を出たのも、ソルジャーになると決めたのも君に認められたいからだったんだ。
約束したんだ。『ソルジャーになって帰ってくる。ピンチになったら助けに来る』って。
そんな君にこんな形で再会する事になるなんて!

「クラウド、どうしたんだ?浮かない顔をして」
「・・・」
「・・・そうだったな。クラウド、ソルジャーになるって故郷を出来てきたんだよな。すまない」
「いいんだ。こんな形でニブルヘイムへ訪れる事になるとは思わなかったが、これも任務だ、仕方が無いさ。
 俺は一神羅兵としてニブルヘイムへ行くだけだ。村の誰にも知られずに任務を終えて帰るつもりだよ」
「クラウド・・・」
ザックスは俺の無念を知っていた。ティファの事もそれとはなく話してきた。
かつてソルジャーを目指して共に苦楽を共にしてきた親友。それが今はソルジャーと一神羅兵という関係。
もちろん、俺達は今でも親友だ。それだけにザックスは俺の辛さを痛い程に感じている筈だ。
「クラウド、例え今が一神羅兵だったとしても、お前の強さは俺が一番良く知っている。
 今回は運悪くこういう立場だけれど、次は胸を張って来れると信じているよ。これは同情じゃない、俺の確信だ」
「ありがとう、ザックス・・・」

今回は村の誰にも、母さんにも会わずにいよう。ティファの前では一神羅兵を通そう。
ただ、知りたい事が一つだけある。
ティファは、俺の事を待っていてくれているのか?
それだけは確かめたい...。



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夕暮れの空でハイウィンドは静止すると、ゆっくりと下降し、ニブルヘイム村近くの平原に降り立った。
ゲートが開く。懐かしい風のにおいがクラウドとティファの身体を包み込む。故郷の村はすぐそこに見える。

「ああ、この風のにおい、故郷のにおい・・・クラウド、懐かしいね」
「きっと目隠しされていてもこの感じで分かるよ、『ああ、ニブルヘイムだ』ってね」
クラウドとティファは胸一杯に故郷に吹く風をを吸い込んだ。

「クラウド、ティファ、元気でな。何かあったら連絡をよこせよな。このハイウィンドで駆けつけるからよ」
シドが煙草をくゆらせながら言った。その顔は少しばかり寂し気な雰囲気を漂わせていた。
無理もない。シドはハイウインドで各地を回り、仲間達を見送ってきたのだ。そしてクラウドとティファがその最後だった。
さすがにシドも寂しさを感ぜずにはいられなかったのだろう。
「ありがとう、シド」
「シドも元気でね。それから・・・」
「おう、それから、何だ?」
「シエラさんを大切にしなくちゃ駄目よ」
「お、俺がシエラをどうするっていうんだ?」
シドはどきまぎしていた。
「それは、シドが一番知っているわよねえ。後でシエラさんに手紙で訊くよ。『シドは優しくしてくれてる?』って」
「・・・仕方ねえな。分かったよ、あいつに優しくするからよ、手紙は勘弁してくれ」
「ふふ、分かったわ。手紙書くのは止めるわ。・・・本当はね、何かあったらシエラさんから手紙をくれる事になってるの」
「そうなのかよ?そいつは参ったな」
シドは頭を掻いて照れ臭そうに笑った。クラウドとティファも笑った。二人共願っているのだ、シドとシエラが幸せになるのを。
「さあ、行った行った。これからお前さんらの新しい生活ってやつが始まるんだ。しんみりするのはやめようぜ」
「そうよね。これで本当にお別れという訳じゃないものね。いつだって会えるんだものね。行こう、クラウド」
「ああ」
二人はタラップを降りる。そして少し離れて振り返る。
「シド、またね!」
「シド、またな!」
二人は手を振った。
シドも小さく手を振り、ゆっくりゲートを閉じた。ゲートが完全に閉まるのを確認し、ふうと息をつくと船内マイクを掴んで叫んだ。
「おう、これで全て終わりだ。さあ、俺達もロケット村に帰ろうぜ!」
シドは煙草をもみ消し、次の煙草に火を付ける。
シドの心には全てをやり終えた達成感のようなものがこみ上げていた。
そう、全て終わったのだ。平和は蘇り、そしてみんな帰るべき所に帰っていったのだ。
(シエラ・・・終わったぜ。これから帰る。おめえにはいろいろ話してえ事があるんだ)


ハイウィンドはゆっくりと上昇すると、ロケット村へ向けて飛び立っていった。


「・・・行っちゃったね」
ハイウィンドを見送りながらティファは言った。
「ああ」
クラウドもまたハイウィンドの去っていった方角を見つめながら答えた。
「終わったのね・・・これで本当に」
「ああ。全ては終わったんだ」
見上げると、空は晴れ渡っている。昨日までこの空をあの狂星が支配していたとは信じ難いくらいに平和な空。
そう、終わったのだ。少なくとも絶望という二文字はこの星に生きる者から今は消え去ったのだ。
「でも、エアリスは...」
「ティファ...」
クラウドはティファの肩にそっと手を置いた。
「ティファ、エアリスの事を悲しく想い出すのはもう止めよう」
ティファが振り向くと、クラウドは黙って頷いた。
「ティファ、俺は思うんだ。この平和を誰よりも一番喜んでいるのはきっとエアリスだってね。
 だからいつまでも悲しんでいてはいけないと思うんだ」
「クラウド・・・」
「今、俺達はようやく平和を手に入れた。でも、それは儚いものなのかもしれない。
 エアリスがくれたこの平和・・・俺達は大切にしなくてはならない。それこそがエアリスの想いに報いる唯一の事だと思うんだ」
「エアリスがくれた平和...」
ティファは空を、山々を見渡した。のどかな風景、頬をなぞっていくそよ風。そんなささやかな事にも今は平和である幸福を感じることが出来る。
でも、そんな感覚はやがて忘れられていくのだろう。エアリスが愛し、そして命を懸けて守ろうとした平和を当然の事として思ってしまうのだろう。
忘れてはいけない・・・エアリスの想いは。
「そうだね。私達はその想いに報いなくちゃね」
「ああ。それが俺達に残された使命だ」
「エアリス、きっと側で見守ってくれてるよね。私達の頑張ってる姿を」
「ああ。きっとそうさ。・・・さあ、帰ろう、俺達の故郷へ!」
「うん!」


二人は帰ってきた。故郷のニブルヘイム村へ。
もちろん、村人は誰もいない。神羅の命令で偽りの村人を演じていた人々は本来の姿に戻って帰ったのだろう。
風見鶏の回る音だけが村の中に響いている。
建物はすっかり昔のままなのに、人の生活のにおいがしてこない。
それが寂しさをより一層感じさせた。


「誰もいないのね・・・」
「この村出身で生き残ったのは俺達だけなんだよな」
「建物は昔のままなのに・・・お父さんも、お友達もいない・・・むしろ焼け跡の方が諦めがついたのに」
「ティファ・・・」
「ごめんなさい。そうなんだよね。いつまでも後ろを振り返ってはいけないんだよね。私達にはこれからやらなくちゃいけない事沢山あるんだよね」
「じきにミッドガルにいた人々の一部はこの村に来るだろう。俺達はこのニブルヘイムを新たに創っていかなくてはいけないんだ。
 でも、今だけは感傷に浸っていてもいいよ」
「ありがとう、クラウド・・・でも、もう大丈夫。これからは私達が頑張らなくちゃね」
「ああ」
「でも、何をしたらいいのかしら?」
「焦る事は無いさ。時間はあるんだから、ゆっくり考えよう。・・・今日はもう遅いし、疲れたからゆっくり休もう」
「クラウド、食事は?」
「いや、今日はいい。俺はとりあえず自分の家に帰るよ。ティファは?」
「私も自分の家に帰る。クラウド、明日から頑張ろうね!」
「ああ」
二人はそれぞれの家に帰った。



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ティファは窓からぼんやりと星空を眺めていた。
眠るには早過ぎる。本当は疲れているはずなのに不思議に眠くならない。
昨日までの張りつめていたものが無くなってしまって、余りに平和な夜に妙な違和感さえ覚えていた。
する事も無く、ただぼんやりと星空を眺めながら今までの事を想い出していた。

給水塔での約束。あの忌まわしい事件。ミッドガルでの生活。クラウドとの再会。
エアリスとの出会い。旅。ゴールドソーサーの夜。
エアリスの死。自分を見失ったクラウドの看病。ライフストリームでの出来事。そして最後の戦い...。

最終決戦の前夜。ティファ自身、密かな期待感が無かった訳でもない。
戦いが終わればクラウドと故郷に戻れるんだと、新たな生活が始まるのだという期待は確かにあった。


    クラウド、帰ってきたんだよね。ニブルヘイムに。
    クラウド、ソルジャーになれなかったけど、それ以上に大きく、素敵になって帰ってきたんだよね。
    クラウドは私のピンチに助けに来てくれたよね。きっとこれからも助けに来てくれるよね?
    信じてる...。
    今、クラウドの中にエアリスがいるのは知っているよ。
    でも、私、あなたの中のエアリスを消そうとは思わない。
    エアリスはあなたの中にも、そして私の中にもいつまでも生き続けて欲しいから。
    だから・・・私、いつまでも待ってる。あなたの想いが私に向いてくれるのを。


全ては終わった・・・だが、ティファにとって新たな始まり。
けれど戦いが終わってみると、むしろ不安さえ覚えてしまう。
昨日までは必然だった。クラウドと一緒にいるのが当たり前だった。彼の生活が全て見えていた。
でも、明日からは違う。
クラウドは一緒にいてくれるだろう。私を支えてくれるだろう。・・・でも、それは自分がクラウドを縛り付けてしまっているだけなのかもしれない。
ティファの中に様々な想いが交錯していくのだった。

ハッと気が付いて時計を見る。そういえば、この時刻、いつもクラウドに夜食と酒を運んでいた。
(クラウド、お腹が空いてるかもしれない・・・)
ティファはキッチンに向かうと、夜食を作り始めた。
持っていくかどうかは分からないけれど、夜食を作る事でティファは心のモヤモヤを一時的にも払拭したかった。



クラウドもまたベッドの上で眠れずにいた。
戦いを終えた開放感や達成感というものは無く、ただ終わったんだという感覚だけがあった。
平和は戻った。最終的には星の力によって守られたにせよ、自分達の戦いは無駄では無かった。
きっと星は自分達の戦う姿を見ていた筈だから。
だが、その代償は余りに大きかった。エアリスは死んでしまったのだ。


    戦いは終わった・・・だが、エアリスは生き返りはしない。
    あの時俺が自分を見失いさえしなければ、彼女は死なずに済んだのかもしれない。
    俺はエアリスを愛していたのだろうか・・・分からない。
    ただ、俺は大切なものを守ることが出来なかった。それだけは事実なんだ。
    きっとエアリスは俺を恨んではいないだろう。最後の戦いの中で、俺は彼女の言葉を聞いたような気がする。
    その声はとても優しくて暖かだった...。
    ・・・ティファ、すまない。戦いが終わっても俺の心は自分でも分からなくなっている。
    俺はたぶん、ティファを愛しているんだろう。少なくとも俺にとって一番大切なんだ。


「腹が空いてきたな・・・」
そうつぶやいてから、思わずクラウドは苦笑した。
「そうだったな。昨日までならティファが夜食を持ってきてくれてたんだよな」
戦いは終わっても、肉体はまだ戦いの日々から抜け出せていないようだった。
肉体だけでなく、精神もまた本当の平静を取り戻すのには時間がかかりそうだとクラウドは思った。
眠りに就くまではまだしばらく時間が必要だった。



「クラウド、起きてる?」
窓の外でティファの声がする。クラウドはベッドから起き上がり、ベランダに出て外を見る。ティファは家の前に立っていた。
「ティファ、どうした?」
「夜食作って来たの・・・クラウド、お腹空いているんじゃないかと思って」
ティファは夜食の入ったバスケットを掲げた。
「ティファ・・・」
ふふ、とクラウドは小さく微笑んだ。そんなティファにクラウドは妙に嬉しかった。
戦いが終わってもティファはいつものティファ。何も変わらないのだと思った。
「ああ、お腹が空いていたんだ」
「本当?良かった。今行くね」
ティファは家に入ろうとしたが、それを静止するようにクラウドが言った。
「いや、俺がそっちへ行くよ。・・・そうだ、給水塔の上で食べよう」
「うん、分かった。給水塔の上で待ってるね」


クラウドが外へ出ると、ティファは給水塔の上に座って待っていた。膝の上に大事そうにバスケットを抱えて。
クラウドは給水塔に登ると、ティファの横に座った。
「でも、良く分かったな。俺がお腹空かしているって」
「だっていつもこの時間に私が夜食持ってきてたでしょう?戦いが終わっても急には習慣は変わらないと思ったの」
「ああ、確かにそうだね。俺のお腹はこの時間になると空くようになっているみたいだ」
クラウドは照れ臭そうに笑った。ティファも嬉しそうに微笑んだ。クラウドはそんなティファがたまらなく愛おしく見えた。
いつだってそうだった。ティファはまるで当たり前のように自分の事を気遣ってくれている。
それでいて自分にはそれが自然であるかのように思わせてくれる。
戦いが終わってみてそれが良く分かった。
本当はそんなティファの心遣いがかげがえのないものなのだと。
「はい。手持ちの食材しか無かったから粗末だけど」
「粗末なんて事は無いよ。俺にはティファの作る料理がいつも最高だと思っているよ」
クラウドはバスケットを開けて中を見る。確かに質素な料理だが、クラウドにとってはどんな一流の料理店の料理よりも輝いて見えた。
クラウドの言葉には嘘は無い。本当にティファの作る料理がクラウドにとっては最高だった。
料理を一つつまんで口にする。空腹だったせいもあるが、腹に染み渡るような美味さだった。
「美味いよ、ティファ。本当に美味い」
「本当?嬉しい。お酒も持ってきたの。今夜は見張りの必要もないから心ゆくまで飲んでいいよ」
「すまないな。・・・そうだ、ティファも一緒に飲まないか?」
「お酒飲むのは久し振りだけど、今夜は酔ってもいいよね?」
「ああ」
二人はグラスを交わし、酒と料理でこの平和な夜を祝った。


「戻ってきたのね、私達...」
「ああ・・・」
二人は星空を見上げた。星空はあの幼い日と変わらず美しかった。
「ティファ?」
「うん?」
「俺、約束守れたのかな?ソルジャーになれなかったし、ティファのピンチに助けられなかった」
「クラウド・・・クラウドは約束守ってくれたよ。ソルジャーになれなかったけど、クラウドはもっと強く大きくなったもの。
 それに、ニブルヘイムでクラウドは私を助けてくれたじゃない。それ以上に私の大切なものを守ってくれたわ」
「大切なもの?」
「うん、この星の平和。みんなが安心して暮らせる平和を守ってくれた」
「それは俺の力じゃないよ。みんなの力と想いがあったから・・・」
「そうかもしれない。でも、私はクラウドがいたからだと思うの。キッカケはそれぞれだったけど、みんなクラウドがいたから一緒に戦ってくれたんだと思うの。
 エアリスだってクラウドがいたから命を懸けて星を守ろうとしたんだと思うよ。・・・私はそう信じてる」
「ティファ・・・」
「クラウドは充分過ぎるくらい約束を果たしてくれたよ」
そう言ってティファは微笑んだ。
クラウドにとってその微笑みだけで充分だった。これで全てが終わったのだと、明日からは全てが始まるのだと実感した。
「ねえ、クラウド」
「何だい?」
「また約束してくれる?」
「ああ。俺に出来ることなら何でも言ってくれ」
「クラウドなら出来る・・・ううん、クラウドじゃなければ出来ない事よ」
「俺にしか出来ない事?」
「クラウド、ニブルヘイムを昔のように暖かくて笑い声の絶えない村にして。
 私達の知ってるニブルヘイムはもう無いけど、これからの新しいニブルヘイムも同じようであって欲しいから」
「ティファ・・・約束するよ。昔のような二ブルヘイムを取り戻してみせる。でも、俺一人では無理だ。ティファの助けがなければ」
「私も一生懸命頑張るよ。クラウド、二人で頑張ろう」
「きっと出来るさ。俺達二人ならば」
「うん!」
二人は星空を見上げながら思った。
明日からの生活がどのようなものになるか、それは分からない。それでも昨日よりはきっと明日は良くなっていると信じられる。
自分達はそのために力を尽くそう。きっと仲間達もそうするに違いない。
それがエアリスの願いだと思っているに違いないから。

「あ、流れ星・・・」
ティファはそう言うとすぐさま星に祈りを込めた。
「何を願ったんだい?」
「それは秘密。私のささやかな願い事よ」
ティファはそう言って照れ臭そうに笑った。
クラウドには分かっていた。ティファの願いはきっと・・・本当は今すぐにでも叶えてやりたい。だが、今は...。
(俺の願いって何だろう・・・・)
きっとそれはティファと同じなんだろう。だが、今はまだ不確かなものでしかない。
いつかきっと確かなものになった時、自分はティファの願いも叶えてあげられると思った。

クラウドはティファの肩を掴み、そっと自分の方に引き寄せた。
「クラウド・・・」
ティファは黙ってなすがままにクラウドに身を寄せた。
今は言葉に出来ない、言葉にならない・・・それでも今はそれでいいんだと二人は思った。
幼い日の約束は今日で終わりかもしれない。だが、密かな約束が互いの心の中にある。
それはきっといつか願いを一つにしてくれると信じていられるのだから...。


 
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【あとがき】

ゲスト参加という事で何を書こうかといろいろストーリー考えたのですが、結局これだけが書き上げることが出来ました。
エンディング後の二人については人それぞれに様々な解釈があると思いますが、僕はこんな風に感じました。
きっと互いの気持ちは分かり合えている、けれどすぐにそれが一つになれない・・・そんな二人を書いてみました。
時間は掛かるかもしれない。でも、二人の心は着実に一つの方向に向かっている。
こんな二人の時間ってとても素敵だと思えるんです。