今夜だけは側にいて


「ふう...」

ロックは眠れなくてベットから起き上がった。
眠れないのは無理もない。いつもと違う夜。最後になるかも知れない夜。
明日はケフカのいるがれきの城に最後の戦いを挑むのだから。
眠ろうとしても、今までの事が次々に浮かんでくる。
(夜風でも当たるか...)
ロックは部屋を出て、飛行船のデッキに向かって歩き出した。


仲間達の部屋の前を通り過ぎる。静かだ。もう、みんな眠っているのだろう。
いや、もしかしたらこの夜を思い思いに過ごしているのかもしれない。
誰も明日が最期になるなんて思ってはいない。
それでもやはり今夜は特別なのだから。


セリスの部屋の前でロックは立ち止まる。
(・・・結局君にはハッキリと言葉で伝えられなかった)
互いの想いは分かっている。でも、それをハッキリと口にはしていなかった。
(でも、今なら言えるような気がする)
ロックは思い切ってドアを軽くノックする。だが、応答が無い。
もう一度ドアをノックしたが、やはり何の応答も無かった。
(眠ってしまったか...)
ロックは少し落胆したが、すぐに気を取り直した。
(そうさ、今夜が最後なんて事は無いんだ。明日だって、あさってだってチャンスはあるんだ)
ロックはドアの向こうで眠っているセリスを思い浮かべながら小さく呟いた。


「おやすみ、セリス。君を愛している」



デッキに上がると、デッキには既に先客がいるようだった。
(誰だろう?)
最初は暗くて良く見えなかったが、やがて星々の光に照らされてその姿がよく見えてきた。
(セリス...)
それはセリスだった。セリスは手すりにもたれて星々を眺めていた。
ロックは側に行こうとしたが、その瞬間彼の足は金縛りにあったように止まってしまった。
星々の光に輝き出された彼女の姿、そして横顔は神々しいまでに美しく見えた。
(・・・何て美しいんだ)
ロックはその美しさにしばし見とれてしまった。


「!?」
セリスは人の気配を感じ取ったのか、ロックの方に振り向いた。
そしてロックの姿を見つけて少し驚いたような表情を見せた。
「あ!ロック...」
「や、やあ」
ロックの返事は妙にぎこちなかった。照れ臭そうに微笑みながらゆっくりとセリスの側に歩いていった。
「君も眠れなかったのかい?」
「・・・うん。気がついたら此処に来てたの」
「君もそうか・・・俺もそうなんだ」
ロックはセリスの横に来て手摺りにもたれ掛かった。

「風が気持ち好いね」
「ええ、とても気持ち好い」
ロックはそっとセリスの横顔を覗き見る。やっぱり美しい。ロックは妙な緊張感を覚えた。
「どうしたの?」
セリスはそんな彼に気付いたのか、ロックの方に振り向いた。
「い、いや、何でもないよ」
「そう?」
セリスは怪訝そうに微かに微笑んだ。セリスも同じように少し緊張していた。

「ここまで来たのね...」
「ああ。長いような短いような・・・遠い道のりを歩いてきた筈だけど、アッという間に駆け抜けてきたような気もするよ」
「本当にそうね。でも、明日でこの旅も終わるのね」
「ああ。いよいよ明日は決戦だ。これで全ての決着が着く」
「勝てるかしら...」
「『俺達は必ず勝つ』・・・そう言いたい所だが、正直に言ってしまうと分からない。
 三闘神の力を得たケフカに俺達の力が通じるかさえ確信が無い。奴の力は今や強大だ。
 奴を倒せたとしても俺達も無傷では済まないだろう。俺達全員が奴の道連れになるかもしれない」
「ロック...」
「勘違いしないでくれよ。決して弱気になった訳じゃない。
 俺達は勝つ。ケフカを倒してこの世界に光を取り戻す。この意志は少しも揺らいじゃいない。
 でも、今度の戦いは結果が全てなんだ。どんなに精一杯戦ったとしても、俺達が勝たなくちゃ何も意味は無いんだ。
 『名誉の戦死』は許されない。・・・そう考えるとね。やっぱりプレッシャーなのかな?」
「それはきっと他の皆も同じよ。私だってそう。だから眠れなくて此処に来たの」
「セリス...」
「でも、私達に出来る事は精一杯戦う事だけ。私には全ての人達の希望を背負って戦う事なんて出来ないもの。
 自分が大切にしたいものの為に戦う事だけを考える。それが私を一番強くさせてくれるから。
 それが此処に来て私が出した答えよ」
「そうか・・・そうだよな。俺達は自分が守りたいものの為に戦う事だけを考えればいいんだよな。
 ありがとう、セリス。少し気が楽になったよ」

「私、此処に来る前にあなたの部屋の前まで行ったの」
「俺の部屋に?」
「今夜だけ・・・今夜だけはあなたの側にいたかったの。今夜が最期なんて思いたくなかったけど、もしかしたら最後になるかもしれない。
 そう思ったらあなたに会いたくてどうしようもなくなったの。
 でも、ドアをノックする事が出来なかった。あなたに余計な事を考えさせたくなかったから」
「セリス...」
「でも、此処に来て少し落ち着いたわ。だって私は一つの想いの為に戦うと決めたから」
「一つの想い...」
「私に命をくれた人、私に愛する事を教えてくれた人。命をくれたその人のために戦おうと思うの。
 身勝手かもしれないけれど、私が戦う本当の理由はやっぱりそれだから。
 それが私を最後まで戦わせてくれると信じているから」
「セリス...」
「私の命はロック、あなたに貰った命。あなたに出会った事で新たに生まれ変わった命。
 私の想いは私そしてレイチェルさんから託されたもの。
 だから・・・私はあなたのために戦いたいの」
セリスはハッとした。いつの間にか大胆な事を言ってしまっていた自分に気が付いた。

「セリス!」

セリスは次の瞬間、優しい感触に包まれていた。ロックのぬくもりが自分を包んでいた。
セリスの身体を熱い感覚が貫く。ずっと待っていた感触、ずっと望んでいた感触、それが今、自分を包み込んでいる。
セリスは目を伏せてそのぬくもりに身も心も預けた。

「俺も同じだよ。俺も君の部屋に行ったんだ。今夜だけは君と一緒にいたかった」
「ロック...」
「セリス、君を愛している。俺も君のために戦いたい」
「私もあなたを愛してる。あなたのために戦う。あなたのために生きたい...」



二人は明日を、そして未来を信じた。
互いの想いは自分達を強くしてくれる。どんな強敵であろうとも決してこの想いを消す事など出来ないのだから。
たとえ肉体が滅びようともこの想いが平和を取り戻してくれるんだと思った...。




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【あとがき】

FFに限らずどんなRPGにも最終決戦前夜というものがある筈ですよね。FF7はその場面をじっくり表現しているので一番印象深いです。
そういう眼でFF6のロックとセリスの事を想って書いてみました。
気持ちの上では今夜が最期なんて思わないでしょうが、やっぱりそういう不安がある・・・。
微妙ですよね。想いを残したくない、でも、それではこれが最後になりそうな気がして・・・複雑な想いがあると思えるんです。
それでも最終的には自分の思いのままに振る舞ってしまいそうです。
ロックとセリスにとっては正にこれから始まる愛。
きっと互いの想いを確かめ合ったと思えるのです。