(此処は何処?...)
耳に入ってくる音、微かな振動をおぼろ気ながら感じている。
私の意識は覚醒しつつある。ううん、もう覚醒しているのかもしれない。でも、眼はまだ開かない。
何だかとても疲れてしまっていて、身体が目覚める事を許さないみたい。
感覚はとても不確かで、自分がどんな格好でいるのかも良く分からない。
目覚めるにはもう少し時間がかかるみたい。
でも、この感覚、今だけは決して不快じゃない。むしろ嬉しい。
だってこの疲れは昨日の名残り、確かな昨日の出来事の名残りなのだから。
(まるで夢のような出来事だったけど、でも、あれは真実・・・)
私はその事を思い出していた。
(クラウドとライフストリームに落ちて・・・クラウドの心の中へ入って・・・)
ライフストリームの中でクラウドの名を呼び続けた。そうしてたどり着いたのは彼の心の中だった。
クラウドは自分を捜していた。私、彼自身を一緒に探した。
そして彼が抱き続けていた想い、彼の一番大切な想い出を見た。
あなたがどうしてソルジャーになると言ったのか、どうして村を出ていったのか、そして給水塔に私を呼んだのか・・・やっと分かったの。
あたなたの大切な想い出、私の事なのに、私、少しも覚えていなかった・・・ごめんなさい、クラウド。
ニブルヘイムの悲劇、あの時クラウドは私を助けてくれたのね。私、知らなかった。
あの時、あなたはニブルヘイムにはいなかったとばかり思ってた。あの時村に来たソルジャーはザックスだったから。
だから私はとても不安だった。何故あなたがあの時のザックスが自分だと言うのか分からなかった。
でも、あなたはやっぱり来ていたのね。私の事ずっと守ってくれていたのよね。
それがあなたの、そして私の心の扉を開く鍵だったのね。
今、私本当に心の底から言える。
お帰りなさい、クラウド...。
瞼の向こうに光が溢れている。
光に誘われて私はゆっくり瞼を開く。眩く感じる光は一瞬私の視界を奪うけど、やがて眼の前のものが少しづつ見えてくる。
(・・・?)
誰かがいるような気がする。誰かが私の側にいる。誰かの視線を感じる。
私はその視線を感じる方に振り向く。
そこには・・・クラウドがいた。
「クラウド...」
「ティファ・・・お、お早う」
クラウドは少し驚いたように、そして照れ臭そうに答えた。私はその一瞬、幼い頃のクラウドを見たような気がした。
元ソルジャーでも、元神羅兵でもない、昔のままのクラウド。
「やっと目覚めたね」
「私は・・・此処は何処?」
「ハイウィンドの中だよ。ティファはずっと眠っていたんだ」
「ハイウィンド・・・そうだった。私、ライフストリームから戻ってそのまま眠って・・・」
「そうだよ。あれからティファはずっと眠っていたんだ。・・・疲れたんだね、俺の為に」
「クラウド...」
クラウドは優しげな眼差しで私を見つめていた。初めてだった。こんなに優しくて暖かい彼の眼差しを感じるのは。
これまでだってクラウドはいつも優しかった。でも、今の彼は何処か違う。
きっと言葉では表現できない。でも、私には分かる。クラウドの本当の優しさが。
ベッドから起き上がる。まだ何かぼうっとしていて、ちょっとフラフラする。
「大丈夫かい?」
「うん、もう大丈夫。クラウドは?」
「俺は大丈夫だ。ティファのお陰だ」
「ううん、でも、良かった...」
クラウドの微笑みが私にはたまらなく嬉しかった。本当に帰ってきたのね・・・私は頬を伝う涙さえ気が付かなかった。
「ティファ...」
「あ、ごめんなさい・・・何だかとても嬉しくて...」
「ありがとう、ティファ」
私はクラウドの椅子に毛布が掛けられているのに気付いた。クラウド、きっとずっと私の事見ていてくれたんだ...。
涙が止まらなかった。私はそれを誤魔化すために毛布を頭から被った。
「ティファ!?」
「ごめんなさい。何だか涙が止まらなくて・・・」
「俺、しばらく外へ出ていようか?」
「ううん、クラウド、側にいて。今だけは私の側にいて」
私は毛布の隙間からそっと手を伸ばした。どうしてそうしたのか分からない。無意識の内に私は手を伸ばしていた。
そしてクラウドは私の手を優しく握ってくれた。
「ティファが望むならいつまでも此処にいるよ」
私の手を優しく包む大きく逞しい手。その手から私の鼓動、クラウドの鼓動が伝わっていく。
私の涙はしばらく止まりそうも無かった...。
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私達はハイウィンドのデッキにいた。
黙って流れゆく風景を見ていた。
何を話したら良いんだろう・・・そんな事ばかり想っていた。
クラウドはクラウド、きっと今迄と変わらないのに、私、妙な緊張感を感じてる。
いけない、これでは・・・いつもの通りにしてればいいのよ・・・そう思うと余計に言葉が出てこなくなる。
「ティファ」
クラウドが口を開いた。
「何?」
クラウドのその一言が少し私の緊張を解きほぐしてくれたような気がした。
「ありがとう」
「クラウド...」
「俺、今とても晴れやかな気分なんだ。表現は悪いけど、憑き物が落ちたような感じだ。
ティファ、俺は実感しているんだ。今、俺は自分の意志で、自分の足で此処に立っている事を」
手すりに背中でもたれかかりながらクラウドは天を見上げ、そして大きく両腕を伸ばした。
「本当は俺も知っていたんだ。俺の中にはいつも妙な違和感がある事を。
時々、心の何処かに自分以外の何者かがいて俺に命じていたような気がしていた。
それでも、俺は自分に納得させていた。戦いの中にいればそうなるものだと。
でも、それは単なる思い過ごしじゃなかった。
感じていたんだ。自分の中に別の自分がいるのではないかと。もしかしたら俺はそいつに支配されているんじゃないか?とね。
今思えば、それは弱い自分そのものだったのかもしれない。
親友を死なせてしまった俺、ソルジャーになれなかった俺・・・嘘を嘘で繕う為にいた俺・・・それが以前の俺だった。
俺は真実を見るのが恐かった。いつも逃げていた。だからライフストリームに落ちた時、俺は心を閉ざしてしまったんだ」
「クラウド・・・自分を責めないで」
私は恐かった。あなたが自分を取り戻しても、真実の重みに自分を責め続けるのではないかと。
ザックスの死、そしてエアリスの死。
決してあなたのせいじゃない。でも、あなたはきっとそう思っているから。
「ティファ、君にはいつも心配掛けてしまう・・・すまない。
でも、俺はもう大丈夫だ。ティファが俺に真実を見つめる勇気をくれたんだ。やっと自分を取り戻せたんだ。
もちろん、今でも俺の犯してしまった過ちや罪は心の中に残っている。
でも、今俺にはやらなくてはならない事がある。その為に俺は今此処にいるんだから。
今俺は自分の意志で、そして自分に課せられた宿命を果たすため此処にいる」
「クラウド・・・」
クラウドの横顔をそっと見つめる。クラウドの顔は晴れやかで、その瞳には少しの濁りも感じられなかった。
「ティファ、心配かけたね」
「ううん、私がもっと早く真実を話していればこんなに苦しまずに済んだのに・・・ごめんなさい」
「ティファ・・・ずっとそれが君を苦しめていたんだね。君のせいじゃない。
同じ立場だったらきっと俺だってそうしていた筈だよ。
もし自分が真実を告げたらもしかしたらティファが眼の前から消えてしまうかもしれない・・・俺だってきっと口を閉ざしてしまったよ」
「クラウド...」
「俺には耐えられそうもない。ティファ、君を失うのは。俺、やっと思い出したんだ。俺が村を出た理由、ソルジャーになろうとした理由が...」
「ありがとう。私、クラウドの言葉だけで充分。・・・お帰りなさい、クラウド」
「・・・ただいま、ティファ」
クラウドはニッコリと微笑んだ。
再び私達は流れゆく風景を眺めだした。
私の心はとても優しく暖かいもので満たされていた。
私の意識の中には戦いも、セフィロスも、メテオも無かった。
この幸せだけに浸っていたかった。せめて今だけは...。
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【あとがき】
僕にとってはとても印象深い、ライフストリームの中でクラウドがティファの助けで自分を取り戻すイベント直後の事を書きました。
この時の二人って、それぞれに互いの大切さ、かけがえなさを噛みしめたと思えます。
ただ、この時期は同時に二人にとってとても微妙だったかもしれません。
クラウドは自分を取り戻したばかり、ティファにとってはクラウドがどう変わってしまうのか不安だったと思うんです。
それでも二人の見つめる先は同じ、そしてその先にはきっと幸せが待っていると感じられるんです。