「か、帰るんだ、帰らなくてはならないんだ、あそこに...」
彼は眼下に見えるミッドガルに自分を待つ恋人を想った。
既に身体の感覚は無く、手をそこに伸ばす事さえ出来ない。
薄れゆく意識の中で、彼は楽しかった時を思い出しながら、静かに眼を閉じた...
俺が彼女に出会ったのは、ソルジャーになって間も無い頃だった。
あの頃、俺は念願のソルジャーになれた事で浮かれていた。
街で女の子に声を掛けては「俺、ソルジャーなんだぜ」って自慢してた。
彼女達にとってもソルジャーは憧れの的だったから、遊び相手には事欠かなかった。
彼女達の中にはとっても魅力的な子もいたけど、でも俺にとっては単なる遊び相手だった。
そんな頃だった、俺が彼女に出会ったのは。
俺はいつものように街をブラブラしていた。
実際、ソルジャーになったものの、俺には未だに出番が無く、少々腐っていた。
こうやって街を徘徊し、気に入った女の子でもいれば声を掛ける、それが日課になっていた。
その時だった。
向こうから一人の娘がこちらへ向かって走って来た。
そして俺の横をすり抜けていった。
振り向くと、その娘は路地裏に入ろうとしたが、其処には一人の男が立ち塞がっていた。
「そういつも逃げられるとは限らないぞと」
服装を変に崩したその男は前髪を掻き揚げながら言った。
(あの娘、追われているのか?)
やがて2人の男が再び俺の前を通っていった。彼女を追ってきたようだ。
「本当は誘拐のような真似はしたくないのだが、これも仕事なのでな」
「さあ、我々と一緒に来てもらおう」
(彼女を誘拐しようというのか)
俺は即座に助けようと思ったが、次の瞬間、俺の足はその場で止まった。
(あいつらは...)
黒いスーツに身をまとった連中。
(あいつらはタークスじゃないか、相手が悪いな)
タークスの噂は聞いていた。タークスは神羅の中でも特異な存在。一応神羅に雇われてる身だが、決して飼い犬ではない。
仕事は冷徹なまでに完璧にこなし、しかもソルジャー並みに、いや、あるいはそれ以上に強いといわれている。
俺は一応神羅の人間だし、それに彼ら3人と戦って勝てるとは限らない。
正直言って俺は迷った。だが、やっぱり見過ごす事など俺には出来なかった。
俺は持っていたハンカチを顔に巻き、彼らの前に立ち塞がった。
「娘一人に大の大人が何しようっていうんだ」
リーダーらしき男がふっと笑って答えた。
「何者かは知らんが、ヒーロー気取りは相手を見るものだ。我々はタークス、名前くらいは聞いた事があるだろう」
「ああ、知ってるさ。冷酷な暗殺者集団だろ」
「暗殺者集団とはずいぶんな言われようだな。まあ、いい。ならば消えることだ、命が惜しくばな」
「それが出来るくらいなら初めから出て来やしないぜ」
「止めて...殺されるわ。私が一緒に行けばいいだけなんだから」
彼女はどうやら彼らがタークスである事は知っていたようだ。むしろ驚いたのは彼女が震えている様子も無かった事だ。
「そうはいかないぜ。君だってやつらに連れ去られたくないだろう?」
「うん、でも...」
「君は自分が逃げる事だけを考えろ、俺はなんとかするさ」
「おろかな...ルード」
リーダーの後方からスキンヘッドにサングラスをした大男が俺の前に立った。
「恨みは無いが、仕事なんでな」
その大男は俺にキックを見舞った。俺は腕で防御したが、身体ごと向こうの壁に叩き付けられた。
(やっぱり、こいつらの強さは半端じゃねえ...)
俺は敗北を、いや死すら覚悟した。
(だが、せめて彼女だけでも逃がさないとな)
俺は路地裏への入り口に立つ男を標的にした。奴をどかす事が出来れば彼女は逃げられるはずだ。
俺は剣を抜き、奴に切りかかった。男はさっと飛び退き、剣は空を切った。
「おお、危ねえな」
(上手くいった)
俺は奴と体を入れ替える事が出来た。これで路地裏への入り口は開かれた。
「さあ、今のうちに逃げろ」
彼女はコクンとうなずいた。
(これでとりあえず目的は果たしたな、後は出来るだけ此処で時間を稼ぐだけだ)
その時、誰かが俺の腕をつかみ、引っ張った。
「お、お前」
それは逃げたと思っていたあの娘だった。
「一緒に逃げよう。私いっぱい抜け道知ってるから」
(仕方ないな...)
俺は彼女の後についていった。何処をどう通ったのか覚えていないが、どうやら上手く逃げおおせたようだ。
俺達はスラムの小さな公園のベンチで休む事にした。
「上手く逃げられたね」
「ああ。でも、何だって戻ってきたりしたんだ?」
「だって、タークスの人達強いもの。あなただって3人相手は辛いでしょう?」
「正直言って勝てるとは思ってなかったよ。殺されると思った」
「でしょう?だから私が道案内すれば助かるかもって思ったの」
「参ったなあ、これじゃどちらが助けたのか分からない」
俺と彼女は笑いながら顔を見合わせた。
「でも、ありがとう...嬉しかった」
彼女は真顔になって言った。俺は一瞬ドキッとした。その顔はとても美しく見えたからだ。
「何かお礼したいけど、お花ぐらいしかあげられない...」
「いいよ、礼なんて」
「でも、それじゃ私の気が済まない...あ、そうだ。ねえ、今度デートしない?」
「デート?」
「うん、お礼にデート一回!...ダメ?」
「ああ、いいけど」
「じゃあ、今度の日曜日に此処で。時間は、1時でいい?」
「日曜の1時か...OKだ。でも、いいのかい?初対面の男とデートの約束なんかして」
「だって助けてもらったし。それにあなたは悪い人には見えないもの」
「それに弱そうだし、か?」
「ふふ、そうね。...ううん、嘘。あなたはとっても強いわ。ただ、相手が悪かっただけ」
「そりゃあ、どうも」
「私、エアリス」
「俺はザックスだ」
「ザックスさん、日曜日また此処でね。約束よ」
「ああ、約束だエアリス」
手を振りながら彼女はスラムへ帰っていった。
(不思議な娘だ...でも、可愛い娘だったな。今までつき合ってきた女の子達とは全然違う感じがする)
それから日曜日までの間、俺の意識の中から彼女の事が離れなくなっていた。
不思議な感覚だった。女の子と遊びに行こうという気にもならなかった。
(彼女に恋をした?まさか...)
だが、この感覚はどう考えてもそれのようだった。たった一度しか会っていないのに...。
俺は彼女にプレゼントを贈ろうと思った。だが、何が好い?彼女の好みなんて知らないんだ。
俺は親友のクラウドに相談した。そして彼の薦めでリボンを買った。
いつもの俺らしくないプレゼントだったが、自分なりに考えたつもりだ。
本当に俺は彼女に恋をしたようだ...
日曜日。
俺が公園に来てみると、1時にはまだ20分もあるというのにエアリスはもうベンチに座って待っていた。
「エアリス、もう来てたのか...」
「あら、ザックスさんも早かったね」
「ザックスでいいよ」
俺は彼女の隣に腰掛けた。だが、俺としたことが、何を話して良いか分からなかった。
「何処かに行く?」
「しばらくは、こうしてお話ししたいな。この前はゆっくりお話し出来なかったし」
俺とエアリスはいろいろ話した。故郷の事、小さい頃の事、そして古代種の事...
やがて俺は自分がソルジャーである事を打ち明けた。
俺が神羅の人間だと知って怖れるかと思ったが、エアリスは顔色一つ変えなかった。
「ザックスは他の神羅の人達とは違うわ。私はそう思えるの」
「エアリス」
「最初から気付いていたの。だってその瞳の色はソルジャーのものだもの」
「でも、ザックスに助けられて思ったの。『この人は信用してもいい』って」
「ああ、信用してくれ。たとえ相手が神羅であっても俺はエアリスを助ける、約束するよ」
「本当?」
「ああ、本当さ」
「...ありがとう。嬉しい」
それから俺達は食事を取り、そして再び公園に帰ってきた。
「今日は楽しかったね」
「ああ、本当に楽しかったよ。...そうだ、エアリスに渡したい物があるんだ」
「渡したい物?」
「大したものじゃないよ。でも、きっと気に入ってくれると思うんだ」
俺はエアリスにそれを渡した。
「開けてごらん」
「何かしら...あ、リボン...」
エアリスは袋を開けてリボンを取り出すと。早速それで髪を留めた。
「素敵...ありがとう、ザックス」
「気に入ってもらえたかな?」
「うん。これからずっとこのリボンするわ」
「気に入ってくれてよかった」
「ねえ、ザックス...約束はデート一回だったけど...また会ってくれる?」
「あ、ああ、もちろんさ。十回でも二十回でもいいよ」
「じゃ、また次の日曜日の同じ時間、ここでどうかしら?」
「ああ、いいよ」
俺達はそれから数回デートした。あの日以来、彼女はいつも俺が贈ったリボンをしていた。
楽しかった。ソルジャーになったのに活躍の場が無くて腐ってた俺を支えてくれたのはエアリスだった。
やがて俺にソルジャーとしての出動命令が下った。おれは早速エアリスに報告した。
「おめでとう、やっと活躍できるね」
「ありがとう。でも、しばらく会えなくなるね」
「大丈夫よ、チョットの辛抱だから」
「ごめんな、何かみやげを買ってくるよ。楽しみにしててくれ」
「ううん、そんなのいらない。その代わり...」
「その代わり?」
「いつか二人でゴールドソーサーに行きたいな」
「ゴールドソーサー...いいよ、約束する。帰ってきたら一緒に行こう」
「本当...嬉しい」
「ああ、だから少しの間待っててくれ」
「うん、待ってる。この公園で...」
「エアリス?どうしたんだ?」
クラウドの声に私は想い出の中から呼び覚まされる。
「ごめんなさい、昔の事思い出したの」
「昔の事...ゴールドソーサーに来た事があるのかい?」
「ううん、此処に来るのは初めて。ただ、昔ゴールドソーサーに行くのを夢見てた頃があった事を思い出してたの」
「そうか...」
ゴンドラからゴールドソーサーを見る。花火がとっても綺麗。
でも、何かが足りない。クラウドと二人きりで乗れて嬉しい筈なのに、心の中に取り残されてしまった想いがある。
(あなたは何処にいるの?...もう一度会いたい...ここは約束の場所なのに)
■あとがき■
ザックスの小説は難しいですね。どうしてもハッピーエンドにならなくて...これも悲しい話になってしまいました。
ザックスとエアリスの出会い、そしてデートシーンだけなら良かったのかもしれないですけど。
でも、それだけだと二人の想いが充分伝わらないのかと...
FF7のファーストプレイでのデートイベントはエアリスだったんですが、
その時、彼女の中にクラウドへのそれとは別の想いがあったように感じました。
(確か、エアリスが「会いたい、あなたに...」と言ったと記憶してますが)
そしてそれ以降、エアリスはクラウドへの想いが強くなっていたように感じたんです。
だからゴールドソーサーがエアリスにとっての心の分岐点なのかなって。
このイメージとFF7iでのザックスイベントのイメージでこの小説は書きました。