ゴールドソーサーの夜は更けて、ようやく静寂がこの夢の城を包み込んでいた。
宿屋。
ティファは日記を綴っていた。
この頃は野宿も多かったからこうして落ち着いて日記を書くのも久し振りだった。
書く事といえばいつも同じなのだけれど、ティファにとってはとても大切な時。
心に鍵を掛けてしまったあの時から、彼女にとってはその鍵を開けることが出来る束の間の時。
秘密の重さに押しつぶされそうな自分を唯一解放してくれる時間なのだ。
エアリスはようやく乾いた髪を丁寧にとかしていた。
髪を束ね、その中に母の形見のマテリアを忍ばせる。そして最後にリボンで留める。
戦いと長い旅のために色褪せてきたリボンだが、それは彼女にとってとても大事な物だった。
「あ、雪...」
ティファは日記を書き終えると、窓の外に映る雪の姿に気が付いた。
「え?雪?」
エアリスはティファの声に同じように窓の方を見た。そして窓に歩み寄った。
「ティファ、窓開けていい?」
「うん、いいよ」
エアリスは窓を大きく開け、雪を眺めた。
「綺麗...」
エアリスは腕を伸ばす。雪はエアリスの掌に触れた瞬間に消えてしまうような淡い雪だった。
残るのは冷たい感触だけ。それでもエアリスは雪に触れていたかった。
ティファも窓辺にやってきて、雪を眺め始めた。
「まさか此処で雪を見れるなんて思わなかったわ」
そうしてエアリスと同じように腕を伸ばした。
「私の生まれ故郷って、一年中雪に覆われてる所なの」
「エアリスの故郷?」
「本当のお母さんから聞いたことがあるの。私の生まれたのはアイシクルという北の村だって」
「アイシクル...」
「其処は一年中雪に閉ざされている所なの。でも、私には記憶がないの。お父さんのとの想い出も」
「...」
「だから、雪を見る度に思うの。一度でいいから私の生まれ故郷に行きたいって」
「そこにはお父さんとお母さんのぬくもりが残っているんじゃないかって...」
「エアリス...」
ティファは何も言えず、エアリスの横顔を見ているだけだった。
お互いに天涯孤独の身ではあるけれど、自分は少なくとも両親の思い出はいっぱい残ってる。
それに較べエアリスは父親の思い出も無い、母との思い出も逃亡の日々...ティファには掛ける言葉も無かった。
「ごめんね、こんな話聞かせちゃって」
「ううん。...行けるといいねアイシクルに」
「ありがとう、ティファ」
しばらくは二人とも雪を飽くことなく眺めていた。
「ティファ?」
「うん、何?」
「ちょっとお話し、いいかな?」
「うん、いいよ。もう日記書き終わったから」
二人は窓を閉じ、互いのベッドの上に座った。
「エアリス、話って?」
「うん...」
エアリスは俯いていたが、やがて顔を上げ、ティファをしっかり見据えて言った。
「単刀直入に言うね。私、クラウドが好き」
「...」
ティファは何て答えたらいいか分からなかった。
「ティファ、あなたはクラウドが好き?」
「...うん」
ティファは一瞬ためらったが、それでもしっかりと答えた。
「でも、それって、もうお互いに分かってた事じゃない?」
「うん、分かってた。でも、ちゃんと確かめたかったから」
「確かめるって?」
「だって、きっとこれからも戦わなくちゃいけないんだし、私が死ぬ事だって無いとは言えないから」
ティファの顔がみるみる悲しげな表情に変わっていった。
「私、そんな事考えたくない。エアリスが死んで私が幸せになるなんて、そんなの考えられないよ」
「ティファならきっとそう言うと思った」
エアリスはティファの手を取り、言った。
「もし、私が死んだら、クラウドを幸せに出来るのはティファしか考えられない。ティファなら私の想いを託せるわ」
「私だって...自分が死んだら絶対クラウドはあなたと幸せになって欲しい」
ティファとエアリスはほんの刹那、見つめ合った。そして互いの言葉に真実を確信した。
「ティファ、ありがとう」
「ううん、エアリスこそ」
互いの瞳は微かに潤んでいた。
「お互いの気持ちも確かめられたから...これで安心して旅立てる...」
エアリスはかすかに聞こえるか聞こえないかのような小さな声で呟いた。
だが、そんな呟きもティファは聞き逃さなかった。
「旅立てるって、エアリス、まさか...」
「あ、そういう意味じゃなくて、みんなで戦いの旅に出られるって事」
エアリスは少しばかり慌てた風にティファの危惧を打ち消した。
「ごめんなさい、私てっきりあなたが何処かに一人で行ってしまうような気がしたから」
「大丈夫よ、突然いなくなったりしないわ」
「そうよね。私達、他に居場所なんか無いんだものね」
だが、ティファがエアリスの言葉の中に、口調の中に、そういう不安を抱いたのも事実だった。
理由は分からないが、何故かそんな気がしたのだ。
エアリスにしても一人で旅立つなどとはこの時は思ってもいなかった。
ただ、自分が特別な存在−古代種−であるために、いつか自分だけしか出来ない事があるように思えた。
それが一体どんな事であるかは知る由も無かったが...。
「ティファに謝らないといけないね」
「え?何を謝るの?」
「私、さっきクラウドと二人でゴンドラに乗ってきたの」
「...」
「ティファ、ごめんね。抜け駆けしたみたいで」
「ううん、気にしないで。...実は私もさっきクラウドとゴンドラに乗ったの」
二人は顔を見合わせ、微笑んだ。
「お互い考える事は」
「同じようね」
今度は声を上げて二人は笑った。
「でも、結局クラウド、何も言ってくれないのよね」
エアリスはちょっと不満気だった。
「やっぱり?私にも何も言ってくれなかった」
「せっかくいい雰囲気だと思ったのに...クラウドはああいう雰囲気苦手なのかな?」
「よく分からないけど、きっと苦手というより、ああいう雰囲気を感じてないと思うの」
「鈍感な男」
「ふふ、そうね」
「でも、一つだけクラウドに約束してもらったの」
「約束?」
「『いつか私を故郷に連れていってね』って」
「きっとクラウドは連れていってくれるよ」
「うん、私も信じてる」
それから二人はいろんな事・・・仲間の事、出会う以前の事、クラウドの事・・・を話した。
そうした話の中で、二人は互いに相手を親友だと思えたのだった。
同じ人を愛していたとしても、それとは別の次元で二人は強く信じ合えたのだった...。
それから数日のうちに、事態は大きく展開していた。
古代種の神殿でセフィロスの目的を知り、ようやく手に入れた筈の黒マテリアも奪われた。
セフィロスがメテオを唱えるのは時間の問題だった、いや、もう唱えているかもしれない。
そしてメンバーの誰もが最も不安に感じていたのはクラウドの事だった。
古代種の神殿でクラウドはセフィロスに黒マテリアを渡してしまった。
明らかにクラウドの中に別の人格がいるようだった。
それがクラウドの本当の姿なのか、それとも...
あの後、クラウドは意識を失った、いや、自分を失いかけていた。
「クラウドはどうだ?」
バレットが訊く。
「...」
ティファは首を振った。クラウドはまだ意識を取り戻してはいなかった。
「そうか」
此処はゴンガガ村。とりあえずクラウドを一番近いこの村に運び込んだのだった。
「そういえば、エアリスは大丈夫?」
「ああ、心配ない。もう部屋で眠っているだろうよ」
「そう、良かった...」
「おい、ティファ、もう今日は遅いから、部屋に帰んな。いろいろあって、お前も疲れただろう」
「でも...」
「なぁに、心配することはない。おれがしばらく代わりにこいつについててやるよ」
「ありがとう、バレット。本当は私も少し疲れた...いろいろな事があったから」
「ああ、そうだな。だが、今日はとにかく寝ろ。これからもっといろいろな事があるかもしれないからな」
「うん、そうする。バレット、クラウドをお願いね」
「ああ、分かった」
ティファが部屋に帰ると、エアリスはもう眠っているようだった。
(エアリス、クラウド目を覚まさないの。本当は私とても心配なの...)
ティファはいつものように日記を書くつもりだったが、とても疲れてしまってそのままベッドで眠り込んでしまった。
誰もが眠ってしまった刻、エアリスは身支度を整えていた。
そう、彼女は一人で旅立とうとしていた。
振り返ると、ティファは静かに寝息をたてている。
(ゴメンね、ティファ。私、行かなくちゃいけないの)
(それは私にしか出来ない事。最後の古代種である私にしか)
(でも、ティファがいてくれるから何の迷いもなく旅立てる)
(ティファ、それまでクラウドを助けてあげて。彼を助けられるのはあなたしかいないから...)
エアリスは眠っているティファにそっと別れを告げて部屋を出た。
そしてクラウドの眠る部屋の前で立ち止まり、彼の心の中に話し掛ける。
(クラウド、私行かなくちゃいけない。私にしか、古代種である私にしか出来ない事があるの...だから行くね)
(でも、帰ってくるから...きっと帰ってくるから)
(その時は私を故郷に連れていってね...)
エアリスは一人旅立つ。自分にしか出来ない役目を果たすために...
■あとがき■
この小説もまた難産でした。特に本編のストーリーに対するサイドストーリーになってしまったので、余計にそうでした。
エアリスはザックスと同様、後日ストーリーを考えられないので彼女を書くのは難しいです。
ストーリーはかなり強引かもしれません。だいたい、ゴールドソーサーに雪が降るのだろうか...(^^;)
ティファとエアリス、この二人の関係はそれぞれ人によって解釈が異なるところかもしれませんが、
僕は親友だと思ってます。互いに同姓で同世代であり、ともに戦ってきた仲間ですから。
とりあえず「雪」をモチーフにしてストーリーを膨らませていったのですが、内容的には「雪」はそれほど重要でないのかも。