満天の星空の下、ティファが待ち合わせの場所にやって来る。ニブルヘイムの給水塔。
「クラウド、どうしたの?急に呼び出したりして」
「・・・」
「クラウドが呼び出す場所はいつも決まってこの場所ね」
「そういえば、そうかな?」
「そうよ・・・私、ここに来るといつも想い出すの、あなたと約束したあの夜の事を。
私達にとって始まりはいつもこの給水塔から。だからここが一番の想い出の場所、一番大切な場所なの」
「俺も想い出すよ。特にあの日と同じように星空が綺麗な夜は特にね」
「あれから、いろいろあったわね」
「ああ・・・」
二人は星空を見上げた。正に『星降る』という言葉がしっくりくる夜空だ。
「ティファ」
「何?」
「その・・・眼を閉じててくれないか?」
「え?・・・うん。こうすればいいの?」ティファは眼を閉じた。
クラウドは懐から指輪を取り出し、それをティファの薬指にそっとはめた。
ティファも手の感触で指輪をはめたらしい事は分かっている。
(指輪?プレゼント?これって・・・)
「ティファ、いいよ」
ティファは心の動揺を悟られまいとゆっくり眼を開け、そっと薬指を見る。指には何の飾りもない、銀色に光る指輪があった。
「クラウド・・・これ・・・」
クラウドは微笑みながら、左手を上げる。その薬指にもまた同じ指輪がはめられていた。
「受け取ってくれるね?」
「クラウド・・・」
ティファはクラウドの胸に飛び込む。クラウドはしっかりとティファを抱きしめた。
「待たせたね。でも、これからは一緒に生きていこう」
「うん・・・」
満天の星空の光が二人を包み込む。そして唇を重ねる二人のシルエットを給水塔に描き出していた...。
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コールドソーサーは新年の特別イベントでいつも以上に盛り上がっていた。
特に今年はミレニアム・イヤー、千年に一度の記念すべき年。
高額なチケットもこの期間だけは特別に格安で提供しているため、普段は来れないような人々も多く遊びに来ていた。
「ねえ、クラウド、次はあれに乗ろう」
ティファが指差した向こうは、ジェットコースター乗り場だった。
「ジェットコースターは・・・」
「大丈夫よ、あっという間に終わって酔ってる暇なんて無いから。ね、行こう」
「でもなあ・・・」
「ふ〜ん。クラウド、本当は恐いんじゃないの?」
「そ、そんなんじゃないよ。俺はただ揺れるのが苦手なだけで・・・俺が乗り物に弱いの知ってるだろ?」
「うん・・・」
(何とか納得してくれたか)
「でも、大丈夫、大丈夫。さあ、行きましょう」
「お、おい」
ティファはクラウドの手を引いてジェットコースター乗り場に歩き出した。
(ジェットコースター・・・うう、どう考えても酔いそうだ)
ジェットコースターに乗っている間、クラウドは目を閉じて繰り返し訪れる不快感に耐えねばならなかった。
絶えずかかるGは内臓をかき回し続ける。どう考えてもこれまでで最悪の状況だった。
「ジェットコースター楽しかったね」
ジェットコースター乗り場から降りたティファは満足気だった。
「・・・クラウド、どうしたの?」
クラウドといえば、ティファの後ろを青い顔をして力無く歩いている。
(最悪だ・・・これならハイウィンドの方が数倍楽だ)
「ごめんなさい。クラウド、やっぱり恐かったのね」
(違うだろう)
クラウドはぎこちなく笑うだけだった。
「そういえば、みんなに全然会わないね。何処にいるのかしら?」
「さあ、何処かで遊んでいるんだろう。それなりにみんなも気を遣ってくれているんじゃないのか?」
「きっとそうね。夜はパーティでみんなに会えるから、その時までは二人っきりで楽しみましょう」
クラウドとティファがゴールドソーサーに来ているのには理由がある。
あの夜、確かに二人は結ばれた。だが、結婚式は挙げていなかった。あの夜が二人の儀式だったのだ。
だから、かつての仲間達にも事後報告だけで済ませようと思っていた。
だが、それだけで済む筈はなかった。
「みんな待ってたんだぜ。報告だけっていうのは冷てえんじゃねえか?」バレットが先ず言い出した。
「せっかくティファの綺麗なウェディングドレス見れると思ったのに・・・」とマリン。
「おう、それじゃあ俺っちは納得いかねえな。派手にいこうぜ派手に」とシド。
「そうよ、私達なら仕方ないけど、あなた達は若いんだから」とシエラ。
「おいらもティファの花嫁姿見たかったよ」とナナキ。
「そりゃアカンわ。お二人さんの結婚はみんなの願いだったんやから」とケットシー。
「次は私の番なんだからね、将来の夢見みさせてよ・・・ところで、引出物は召還マテリアっていうのはどう?」とユフィ。
当初、ヴィンセントだけは連絡がつかなかった。だが、シドが方々手を尽くして彼の居場所を突き止めてくれた。
彼はルクレツィアのほこらにいた。
「幸福の時はいつか失われても、想い出だけは永遠。それならば出来る限り深く胸に刻んでおけるようにすべきだろう」ヴィンセントは言った。
結局、式は挙げないまでも、みんなで祝福のパーティをしようということになった。
幹事はシド。彼はゴールドソーサーの宿屋(ゴーストホテル)でのパーティを企画した。
どうやらディオ館長にねじ込んでほとんどタダ同然でこのパーティを実現させたようだった。
「ねえ、次は何処に行く?」
「そうだな・・・」
クラウドはとにかく休みたかった。これ以上乗物に乗ったら今晩のパーティは散々なものになるかもしれない。。
「お客さん、お客さん」
そう言いながら、近寄ってきたのは、ゴールドソーサーの従業員だった。
「お悩みなら、イベントスクウェアにいらっしゃいませんか?ちょうど特別公演が始まるところなんですよ」
「イベントスクウェアか・・・」
(これは都合がいいかも)
観劇なら座って休める。暗いからこっそり寝ててもティファに気付かれずに済むかもしれない。
「ティファ、行ってみないか?せっかく薦められたんだし」
ティファは劇を見ながらピッタリとクラウドに寄り添う自分の姿を思い浮かべた。
「うん、行きましょう」
イベントスクウェアに入り、チケットを渡す。するといきなりクラッカーが鳴り出し、スポットライトが二人を照らした。
「おめでとうございます!あなた達が本日1000組目のカップルで〜す」
女性の係員が花束を持って現れ、二人に贈呈する。観客達はみな振り返って祝福の拍手を送る。
「クラウド、私達運が良いわね!1000組目だって!」
「あ、ああ、そうだね」
クラウドは何となくイヤな予感がした。昔ここに来たときも確か「〜組目」に当たったのだ。
(あの時は芝居に引っ張り出されたんだっけな。今回も何かやらされるんじゃ・・・)
普段の時ならともかく、今はそんな気分ではない。出来れば遠慮願いたいが、ティファが許してくれそうにもない。
(出来れば記念撮影くらいで済ませて欲しいが・・・)
クラウドは思った。
「1000組目の特別なカップルのお二人様には、記念品および記念撮影、
そして特別に用意した劇『ミレニアム・ウェディング』の主役に扮していただきま〜す」
(やっぱり・・・)
「クラウド、私達が主役だって!しかも『ミレニアム・ウェディング』なんて素敵じゃない?」
「あ、ああ」
そんなクラウドの気持ちをよそに、ティファはすっかりやる気になってる。どう考えても辞退を申し出るなんて事は出来そうもなかった。
「もちろん出演していただけますよね?」
係員のその言葉には、こんな素敵なプレゼントを辞退する奴はいないですよね?という意識がありありと見えた。
「はい、もちろん。ね、クラウド」
「あ、ああ、もちろんさ」
(やるしかないか・・・)クラウドは覚悟を決めた。
「では、こちらへどうぞ。詳しく劇について説明いたしますので」
二人は係員に連れられて楽屋へ向かった。
「・・・という段取りになっています。よろしいですか?」
二人は楽屋で演出家から劇の説明を受けていた。細かくは理解できなかったが、今回の劇は前と違ってかなり本格的な劇のようだ。
「でも、俺達は役者じゃないんだからセリフなんて覚えられないと思うんだが」
「そうよね、いきなりセリフを覚えるのは無理よね」
「ご心配いりません。側にいる役者がセリフを教えますからその通り喋っていただければ大丈夫です。
振りについても同じようにうちの役者がその都度指示します」
「うん、それなら安心ね」
素人の演技だとはいっても、やっぱり間違いはしたくないものだ。観客がいる以上、見てもらえる演技がしたくなる。
そう考えると二人は少し緊張してきた。
「あ、そんなに緊張なさらないで下さいな。リラックスしてこそ良い演技が出来るんですよ。大丈夫、万事上手くやりますよ」
(そうだよな。所詮俺達は素人なんだから)
「ティファ、所詮俺達は素人だ。あれこれ考えるのは止めて楽しもう」
「うん・・・そうだね。私達は楽しめばいいのよね」
さっきの緊張でいつの間にかクラウドにまとわりついていた気分の悪さは消し飛んでいた。
「さあ、次はミレニアム・イベントの、しかも今夜だけのたった一度の劇、その名も『ミレニアム・ウェディング』です!」
幕が開く。会場は溢れんばかりの人々、そして拍手。ステージの中央には少し緊張したクラウドとティファがいた。
劇は始まった。
『クロード、どうしても行ってしまうの?』
『俺は一人前の剣士になりたい。だから旅に出る。いつかきっと一人前の剣士となって君を迎えに来る。その時まで待っていてくれ』
『クロード・・・』
『すまない、ティーナ』
『私、待ってる。あなたが立派な剣士になって迎えに来てくれる日を』
『ティーナ・・・』
『うう、ここは・・・』
『良かった、クロード、眼が覚めたのね』
『ここは?あなたは・・・誰ですか?』
『クロード、私が判らないの?ティーナよ、あなたの幼馴染のティーナよ』
『クロード・・・それが俺の名前なのか?うう、何も思い出せない』
『そんな・・・クロード、私達やっと会えたのに...』
『クロード、あなたの中にもう一人のあなたがいる。それはあの剣のせいなの?あの剣があなたを変えてしまったの?
ちょっと皮肉っぽくて、でも、本当はとっても優しい幼馴染のクロード。
私、信じてる・・・あなたがいつか昔のあなたに戻ってくれる事を』
クラウドとティファは順調に演技をこなしていった。ただ、不思議なのは物語の設定が妙に二人の過去に似ている事だった。
偶然とはいえ、演じているうちに二人はいつしか物語の中に想い出を見出し、まるで自分達の事のように演じていた。
そしてそれが二人の演技を光らせていた。
「いいよ、最高だ。まさかお二人さんがこんなに素晴らしい演技を見せてくれるとは思ってもみませんでしたよ」
次の場面はいよいよエンディングだ。出番までには少し時間に余裕があったので楽屋で休憩する。楽屋で演出家は二人の演技を賞賛した。
「素晴らしいだなんて・・・無我夢中でやってるだけです。ねえ、クラウド?」
「ああ。俺達はただ指示された通りに演じているだけだ。俺達の演技が良く見えても、それは周りでサポートしてくれてる人達のお陰だよ。
なあ、ティファ、この物語妙に俺達の過去に似ているとは思わないか?」
「うん、私もそれ感じてた。だから私ティーナの気持ちがとっても良く分かるの」
「俺もそうさ。クロードがまるで自分のように思えてくるんだ」
「もし、私達の演技が素晴らしいなら、それはこの劇のシナリオが素晴らしいせいね」
「ああ、俺も同感だよ」
「そうですか。この劇のシナリオはディオ館長が私共の所に持ちこんだ物なんですよ。
私も最初はきっと大した作品でも無いと思っていたんですが、読んでみるとこれが素晴らしい!作者は匿名だという事でした。
私は即座にこの劇をウチの看板の劇にしたいと思いました。でも、ディオ館長は一度だけなら上演を許可すると言ったんです。
それも今回の特別公演という条件で上演を許可されたのですよ。その為だけに作ったシナリオだからと」
「ディオ館長が・・・」
クラウドとティファはこのシナリオの作者を想像してみた。どう考えてもディオ館長が作ったものとは思えなかった。
もし、この物語が自分達をモデルにしているなら、ここまで書けるのはかつての仲間たちだけだ。
だが、どう考えても、こんな素晴らしいシナリオを書けそうな者はいなかった。
もしかしたら、ヴィンセントならば書けそうな気がしたが、彼がそんな事をするとは到底思えなかった。
「たまたま俺達の過去に似てたっていう事だろうね」
「きっと、そうね」
二人の意見は完全に一致していた。
『俺の心の弱さがこの剣の持つ暗黒の意志の支配を許してしまったんだ。
だが今、暗黒の意志は消滅し、今、この剣は俺の意志と共に一つになった』
『クロード、自分を取り戻したのね』
『ティーナ、心配かけたね。もう大丈夫だ。これであいつと戦うことが出来る』
『たとえ私達二人だけで戦わなくてはならなくても、私、恐くない。クロードあなたがいるから。あなたと一緒なら、私、戦える』
『ティーナ・・・行こう。全ての決着をつけるために。そして、俺達の明日のために』
『行きましょう、未来のために』
とうとう最終幕を残すだけとなった。最終幕は結婚式の場面。二人はそれぞれ衣装部屋で着替えていた。
「ティファさん、どのウエディング・ドレスにします?」
衣装係の女性がティファに尋ねた。
「え?私が選んでいいんですか?」
「はい。最後の結婚式のドレスについては指定が無いのです。演じる方が選んだドレスを着せるようにと言われていますので」
「本当?どれにしようかしら・・・でも、時間も無いし・・・」
「それは大丈夫ですよ。お二人が衣装を選ぶまで劇はそれなりに時間を稼いでいますから」
「ありがとうございます。・・・諦めていた筈だったけど、本当はウエディングドレス着るの夢だったんです」
「それならば、これが本当の結婚式だと思ってドレスを選んでくださいね」
「はい」
ティファはそれまで決して口にはしなかったが、本当はやっぱりウエディングドレスを着てみんなに祝福される結婚式がしたかった。
これは劇かもしれないけれど、かなえられなかった夢を見させてくれる。
ティファは本当の結婚式に臨む花嫁のような気持ちでドレスを選び始めた。
「ティファ、遅いな・・・」
クラウドは既に着替え終わってティファを待っていた。
「クラウドさんも、もっとゆっくり衣装を選んだらよろしかったのに」
衣装係の女性がクラウドに言った。
「そうはいわれても、男の衣装なんて、殆ど選択岐が無いじゃないですか」
「確かにそうですけど、今頃ティファさんは一生懸命ウェディングドレスを選んでいると思いますよ」
「だって、これは劇なんだから、適当に着ればいいんじゃないですか?」
「クラウドさん!」
衣装係の女性はキッパリ言った。
「女にとって、ウェディングドレスを着るのって、小さい頃からの夢なのよ。聞けばクラウドさん達は結婚式もしていないそうじゃないですか。
きっとティファさんは何も言わなかったのでしょうけど、本当はウエディングドレスを着たかった筈ですよ。
確かにこれは劇でしょうけど、ティファさんにとってはウエディングドレスを着る唯一のチャンスなんですよ」
「ティファが・・・」
クラウドはそう言われても反論のしようが無かった。確かにそうなのだ。きっとティファはウエディングドレスを着たかった筈なのだ。
自分は二人が結ばれる事が大切なのだと思っていた。それも紛れも無い事実だ。
だが、それでもなお女性には幼い頃からの夢がある。それはウエディングドレスを着て結婚式を挙げる事。
自分はそんなささやかな夢でさえも叶えさせていない。ティファがこの最後の場面にその想いを叶えようとしても不思議ではないのだ。
「あ、ごめんなさい、言い過ぎました。・・・ちょっと向こうの様子を見てきますね」
「あの・・・もしティファに会ったら伝えてもらえませんか?『俺も君のウエディングドレス姿が見たい』って」
衣装係の女性はニッコリ笑って答えた。
「ええ、ちゃんと伝えますよ。ティファさんきっと喜ばれますよ」
衣装室で一人クラウドはぼんやりと思った。
(考えてみれば、俺はティファに何もしてやれなかったな。給水塔で話してた頃のティファはきっと夢見る少女だったんだろう。
俺との結婚だって、本当はウエディングドレスを着て、みんなに祝福されたかった筈だろう。でも、ティファは決してそんな事を口にしない。
ニブルヘイムの辛い想い出、そして俺との再会。自分を失っていた俺を一生懸命支えていくうちに夢見る事さえも抑えてきたんだろう。
そんなあいつの想いを俺は汲み取ってやらなければいけいないのに・・・)
クラウドは鏡の前に立った。ネクタイを整え、髪も丁寧に整える。
(劇かもしれないが、これは俺達の結婚式だ。きっとあいつもそう思っている筈だ)
しばらくして、衣装係の女性が帰ってきた。
「ティファさんも準備が整いました。もうすぐ最終幕が始まりますよ」
「分かりました」
「あ、それから、クラウドさんのされてる指輪、貸していただけないかしら?」
「指輪を?」
「はい。劇用に指輪は用意してあったんですけど、やっぱり本物の指輪を交換した方がいいかと思って。ティファさんには先ほどお借りしました」
「そうですか、それならどうぞ」
クラウドは指輪を外そうとした。が、簡単には抜けない。考えてみれば、指輪をしてから一度も外した事など無かった。
力任せに抜こうとしても取れない。
「ふふ、指輪はこうやって取るんですよ」
衣装係の女性はクラウドの手を取ると、いとも簡単に指輪を抜き取った。
「へえ、簡単に取れるものなんですね」
「外し方があるんです。もっとも、男の方は指輪なんて慣れてないから知らないのも無理ないですけど。
クラウドさん、指輪外した事無いでしょう?」
「ええ」
「それでいいんですよ。指輪を外すのはこれが最後にして下さいね」
「そうですね」
「さあ、これで万事準備OKだわ。クラウドさん、舞台の方へお願いします」
いよいよ最終幕、クロードとティーナの結婚式の場面が始まった。
舞台には神父が立っていた。クラウドが歩いていくと、彼はそっと耳打ちした。
「ここで待っていてください。後で花嫁が入場してきます」
神父はそれとは似つかわしくなく大柄な男だった。こころなしか服も窮屈そうに見えた。
(まるでバレットが神父を演じているみたいだ・・・)
言われるがまま神父の前にクラウド立ち、ティーナいやティファの入場を待つ。クラウドはさっきまでと違い、自分が緊張しているのを感じていた。
さっきまでは自分は単に主人公を演じているだけだった。言われるままにセリフをしゃべり、指示されるままに動いていただけだった。
ところが、この大事な最終幕だけは違っていたのだ。
最終幕が始まる直前、クラウドは演出家にこう告げられていたのだ。
「実は、最終幕にはシナリオが無いんです。脚本には一言書かれているだけなんですよ」
台本にはこう書かれてあった。
『かつて共に戦った仲間達、そして出会った忘れ得ぬ人々に祝福され、結婚式は美しく感動的だった・・・』
「つまり、決まったセリフも振りも無いんです。私達は考えました。そして決めたんです。『主役の二人に任せよう』ってね。
だから、この最終幕はクラウドさんとティファさんにお任せします。お好きなように演じてください。
いや、それよりはご自分達の結婚式だと思って下さい。私達も出来る限りサポートしますから」
(俺達は素人なんだぞ。お好きなようにって言われてもなあ)
鐘が鳴り、舞台の端にスポットライトが当たる。花嫁ティーナの入場だ。
(ティファはどうするつもりなんだろう・・・ええい、考えても仕方がない。なるようになれだ)
ゆっくりティーナが入場する。クラウドはそちらを振り向いた。
(ティファ・・・何て美しいんだ・・・)
純白のウエディングドレスを身に纏ったティファ。それはクラウドでさえ息を飲むような美しさだった。
普段の快活な彼女からは想像も出来ないくらい、今、ここにいるティファは清楚な美しさをたたえていた。
舞台の上も、そして観客席からも音が消えた。響くのは彼女が歩いてくる靴音だけ。すべての人がその花嫁の美しさに言葉を失っていた。
ティファはクラウドの隣に立つ。クラウドはそっとティファを見た。隣にいるのは本当にティファなんだろうかと。
だが、それは紛れもなくティファだった。
ティファもそんなクラウドの視線にそちらを向いてニコっと微笑んだ。
いつも見慣れている筈なのに、クラウドはまるで初対面であるかのようにぎこちなく笑い返した。
『神の御前においてクロードよ、そなたはティーナを妻とし、生涯を共にする事を誓うか?』
『はい、誓います』
『神の御前においてティーナよ、そなたもクロードを夫とし、生涯を共にする事を誓うか?』
『はい、誓います』
『ならば誓いの印として指輪を交換するがよい』
二人の前に一組の指輪が差し出される。さっき渡した指輪だった。
二人はそれを手に取り、そして向き合い、互いの指に指輪をはめた。
二人は何の打ち合わせもしなかったが、自然にそうしていた。いつの間にか二人は劇ではなく、自分たちの結婚式を行っていたのだ。
ティファの瞳は涙でいっぱいになっていた。クラウドの瞳も潤んでいた。
『最後に誓いのキスを』
二人にはもはや緊張や照れとかいう感覚は無かった。ただただ嬉しかった。
ティファの顔を覆っていたヴェールをそっと持ち上げる。そしてクラウドはティファに優しくキスをした。
ティファの瞳から涙がポロポロ流れ落ちた。クラウドはキスをしながらそれを感じていた。
(嬉しい、クラウド・・・)
(ティファ、これからはずっと一緒だよ・・・)
観客席はもちろんのこと、舞台の上からも、いや劇場中から拍手が沸き起こる。感動のフィナーレだ。
神父がニッコリ微笑み、厳かに告げる。
『これにて二人は結ばれた。これからは永久に同じ人生を歩むが良い・・・クラウドそしてティファ』
(え?それは私達の名前・・・)
そう神父が告げると同時に、舞台の上から、観客席のあちらこちらでクラッカーが鳴り響く。
そして劇場の明かりが一斉に点灯した。
「ティファ、クラウド、結婚おめでとう!うん、やっぱり二人の結婚式はこうでなくちゃね」
ハッと我に返ってクラウドとティファが振り向くと、観客席の最前列にユフィの姿があった。
「ユフィ!」
「へへ、やっぱりウェディングドレスっていいねえ。あたしも着たくなっちゃったよ。もっとも、相手はいないんだけどね」
「やっぱり、ティファさんの花嫁姿いいですなあ。ええもん見せてもろうたわ」
「ケットシー!」
ユフィの隣にはケットシーが座っていた。
「やっぱりオイラの思った通りだ。ティファとても綺麗だ。クラウドも意外にタキシード似合うね」
「ナナキ!」
「おう、結婚式はこうでなくちゃな。俺も頑張ったかいがあったってもんよ」
「ティファさん、クラウドさん、おめでとう。ごめんなさいね、驚かせてしまって。でも、素晴らしい結婚式だわ」
「シド、それにシエラさん」
「ふう〜、神父なんて俺の柄じゃないんだ。どうもこういう衣装は窮屈だぜ。まあ、とにかくこれでお前さん達の結婚式も無事終了だ。
・・・ところでティファ、お前さんの花嫁姿、綺麗だったぜ。長いつきあいになるが、おれも正直言って驚いたぜ」
神父役の男が衣装を脱ぐと、それはバレットだった。
「バレット、あなたが神父?どうして?それにどうしてみんなここにいるの?二人の結婚式って?」
「これは一体どういう事なんだ?」
クラウドとティファは顔を見合わせた。二人には事態が全く飲み込めていなかった。みんながここにいる事、バレットが神父に扮してた事。
劇は一体どうなってしまったのか?無理もない事だ。二人はほんの今し方まで『物語』の中にいたのだから。
「戸惑うのも無理はねえよな。まあ、詳しい事はシドとシエラが話してくれるだろうよ」
シドとシエラが舞台の上に上がってきた。
「お前さん達が結婚するって聞いて、俺達は本当に喜んだんだぜ。何だかんだいっても、みんなが一番心配してたのはお前さん達の事だからな。
なのによ、お前さん達は結婚式もしないっていうじゃねえか。まあ、いろいろ事情ってえのがあるから仕方がねえのかもしれねえけどよ」
「お二人が結婚の報告をされた後、私達話し合ったんです。それで出た結論が『私達の手で結婚式を挙げさせてあげよう』だったんです。
それで私が『劇の上で結婚式を挙げる』というアイデアを計画したの。
ごめんなさい、騙したりして・・・でも、皆さん、二人にちゃんとした結婚式をさせてあげたいって思っていたの。
特にティファさん・・・みんなあなたにウェディングドレスを着せてあげたかったんです」
「シエラを責めないでくれ。こいつは最後まで迷っていたんだ。結局二人を騙す事になるんじゃないかってな。
それでも計画を強引に進めたのはこの俺だ。1000組目のカップルっていうのも、劇の主役に扮するってえのも全て俺が仕組んだものだ。
余計なお世話かもしれないが、それでも俺は最高の結婚式が挙げられたって思ってるぜ」
「シド、シエラさん・・・」
ティファはみんなの想いをずっしりと感じて、胸が一杯になって言葉を失ってしまった。
クラウドを見る。クラウドは微笑みながらコクっとうなずいた。
「みんな、ありがとう。これ以上に素敵な結婚式は無いと思うわ。本当に言葉に出来ないくらい嬉しい・・・」
ティファはそう言うと目頭を押さえた。嬉し涙がどうしようもなく溢れてきた。
そんなティファの肩を抱きながら、クラウドが言葉を繋いだ。
「俺も、みんなにありがとうと言いたい。俺は正直言って結婚式を単なる儀式だと考えていた。だから必要無いって思っていたんだ。
でも、それは間違いだった。ティファの花嫁姿を見てそれが分かったよ」
本当のところ、劇という形であったにせよ結婚式を挙げられて一番良かったと感じていたのはクラウドだった。
クラウドとティファはみんなに頭を下げた。
「喜んでもらえて良かったぜ。俺も頑張ったかいがあるってもんだ」
「『俺達』でしょう?でも、一番良かったのはあのシナリオね」
「そうだな。とても俺達じゃあれだけのシナリオは書けなかったもんな」
「この劇のシナリオはヴィンセントさんが書いたのものなの」
「ヴィンセントが・・・」
観客席を見やると、ヴィンセントは観客席の隅に立っていた。。
「私にはこれくらいしか協力出来ないのでな。もっとも、ストーリーはバレットが考えたのだ。私はそれを脚本にしただけだ」
「ストーリーといったって、俺は単にお前達の過去をヴィンセントに話しただけだ。俺には文才は無いからよ。
それをあれだけのストーリーに仕立てたのはやっぱりヴィンセントだ。本当に大したもんだぜ、正直俺も感動しちまった」
「ヴィンセント・・・素敵なシナリオありがとう」
「喜んでもらえてもらえればそれでいい」
「ところで、お祝い、といっちゃなんだが、お前さん達に花束をあげたいって奴がいるんだ。受け取ってくれるよな?」
「花束って・・・誰かしら?」
すると舞台の袖から大きな花束を抱えた少女が歩いてくる。マリンだった。
「ティファ、おめでとう!やっぱり花嫁姿のティファ、とっても綺麗。クラウド、ティファを大事にしてね」
「ありがとう、マリン。約束するよ」
再び劇場全体から拍手が沸き起こる。観客席をよく見ると、みんなかつて出会った忘れ得ぬ人々だった。
ディオ館長、エスト、ゴドー、ドクター、エルミナ、それにザンガン、リーブ、タークスの面々・・・
(みんな・・・・)
そう、この結婚式は仲間達だけで出来た訳ではないのだ。二人を祝うために来てくれた人々、そして劇を演出してくれた劇場のスタッフ。
みんなの優しさが、二人の幸せを願う想いが、この劇に凝縮されていたのだ。
(ありがとう。本当に、ありがとう)
二人はもう一度深く頭を下げた。
「さあて、結婚式も無事済んだ事だし、これから二人の結婚を祝して大宴会といこうぜ。そうそう、ホテルでのパーティというのも嘘だ。
ここが本当のパーティ会場だ。みんな朝まで大いに飲もうぜ」
シドが号令をかける。
「うふふ、シド、それじゃあまるでこれが目的だったみたいよ」
すかさずシエラがチェックを入れる。
「本当を言うと、半分はそうかもな。まあ、いいじゃねえか、万事上手くいったんだしよ」
「そうね。シド、今日は本当にご苦労様」
「お前もな」
宴会は延々と続いていた。ユフィとゴドーは酒を飲みながら親子喧嘩をしている。
バレットとシドは酒豪ぶりを競っている。マリンとシエラはあきれた顔でそれを見ていた。
みんな思い思いにこの宴会を楽しんでいるようだった。
クラウドとティファは皆に気付かれないようにそっと劇場の屋上に上がった。
外に吹く風がとても心地良い。二人ともかなり祝杯を受けて酔っていた。
「酔っちゃったね」
「ああ、次から次と祝杯を受けたからね。断るわけにもいかないから、結局相当飲んでるね」
「でも、嬉しいお酒だよね」
「みんなの気持ちが伝わってくるからね。人に飲まされるっていうのは好きじゃないけど、これは別だよ」
「何か夢みたい」
ティファは手すりに手をかけ、夜空を見上げてた。
(ティファ・・・)
クラウドはそんなティファの横顔を見て、本当に美しいと思った。
「ティファ・・・本当に今日の君は綺麗だよ」
「ありがとう。クラウドにそう言われただけでウェディングドレス着て良かったと思うわ」
「いや、違うよ。ウェディングドレスなんか無くたってティファは綺麗だよ。ただ、俺が今まで気付かなかっただけだ」
「ねえ、クラウド、覚えてる?初めて二人でゴンドラに乗った時の事」
「覚えてるよ。そういえばあの時、ティファは俺に何か言ったような気がする。でも、何を言ったのかは覚えていないんだ」
「うん、言った。とっても大事な事を言ったわ。でも、結局花火の音に邪魔されてクラウドには聞こえてなかったの。
あの頃はもう一度言う勇気なんか無かった。でも、今なら言えるわ。クラウド、あなた・・・・・・・」
その瞬間花火が続けざまに上がり、爆音でやっぱりティファの声はクラウドに届かなかった。
「ティファ、やっぱり聞こえないよ」
「花火のせいよ。二度も花火に邪魔されるなんて・・・でも、今は何度でも言える」
『クラウド、あなたが好き。あなたを愛してる』
「俺も愛してるよ、ティファ。そしてこれからも...」
「クラウド、もう一度祝福のキスをして。この日の事を忘れないように。永遠の想い出になるように」
クラウドとティファは再び唇を重ねる。劇ではない、本当の祝福のキスを。
二人の頭上にはいくつもの花火が上がり、二人の姿を照らし出している。
それはまるで祝福の光のように優しく、そして眩いばかりに...。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
■あとがき■
かなり長くなってしまいました。書いていくうちにアイデアが次々浮かんできて、上手くまとまるか不安でしたが、
なんとかそれなりにまとまったかなと思っています。
この小説、最初に書き始めたのは去年のクリスマスの頃でした。
あの頃は単純になかなか結婚しない二人に業を煮やしたバレット達が劇の上での結婚式を仕組むというストーリーを考えていました。
だから題も「素敵な悪戯」としていました。でも、結局書けなくてクリスマスも過ぎ、年も越してしまって中断していました。
それでも今年に入り、FF7 Foreverの続きを書きながら、やっぱりストーリー自体は気に入っていたんで少しずつ書いてやっと完成しました。
冒頭のクラウドがティファに指輪をするシーン、あれはFF8のラグナがレインに指輪をするシーンをヒントに書きました(^^)
ティファの花嫁姿、本当に綺麗だろうなあ。いつか3DCGにウエディングドレス着せてみたいですね。