(さすがにあいつももう寝てるだろうな...)
クラウドがニブルヘイムに戻ってきた頃は真夜中になっていた。
家々の明かりも全て消え、村はすっかり眠りに入っているようだった。
(さすがに今日は疲れた)
ここ数日は帰りが遅くなっていたが、今日は更に遅くなってしまった。
村に入り、セブンスヘブン、給水塔の前を通り、我が家に向かう。
家は・・・明かりが灯っている。
(まさかティファ、起きているのか?)
よく見ると寝室のある二階には明かりは灯っていない。明るいのは一階だけだ。
(まさかな。たぶん暗いと困るだろうと思って点けておいてくれたんだろう)
家の鍵を開け、そっとドアを開く。眠っているティファを起こさないようにと。
家に入ると居間だけでなく、ダイニングにも明かりが点いている。
ダイニングに行ってみると、テーブルには食事が用意してあり、そしてティファが突っ伏して眠っていた。
(ティファ、待っていてくれたのか・・・)
「ティファ?」クラウドはティファの背中をそっと軽く叩いた。
「・・・う〜ん、あ、クラウド、お帰りなさい。遅かったのね」
ティファはまだ少し寝ぼけまなこのようだった。
「今日はいろいろあってね。」
「そうなの・・・この頃遅いし、クラウドも『しばらく帰りが遅いから先に寝てろよ』って言ってくれたから
そうしようと思ったんだけど、何となく心配になっちゃって、待ってたの・・・でも、結局眠っちゃったね」
ティファは照れくさそうに笑った。
「ティファ・・・すまないな」
「ううん、私が余計な心配しただけなの。クラウドだもん、心配なんてする事無いのに。
でも、一人でいるといろんな悪い事ばかり想像してしまって・・・変よね。あ、食事はどうする?
とりあえず作っておいたんだけど」
「実を言うと、夕方から何も食べていなくてペコペコだったんだ」
「私もそんな気がしてたんだ。今、シチューを温めるね」
ティファはキッチンに向かい、シチューを火にかけると、何やら料理を作っていた。
手際の良く料理を作ると、酒と一緒に運んできた。グラスをクラウドに渡すと、酒を注ぎ、小鉢に入った手料理をテーブルに置く。
作っていたのは酒の肴となる小料理だった。
「お酒でも飲みながらチョット待っててね。シチューもうすぐ出来るから」
「ああ、悪いな。・・・どうだティファも一緒に飲まないか?」
「そうね。私も少し飲んじゃおうかな」
ティファはグラスを食器棚から取り出すと、クラウドの横に座った。
「さあ、どうぞ」
クラウドは酒瓶を差し出す。ティファはグラスを手に取る。クラウドはゆっくり酒を注ぐ。
ティファはグラスを差し出し、嬉しそうに言った。
「特に何も無いんだけど、とりあえず乾杯!」
二人はグラスを重ね、軽く酒を飲んだ。クラウドは酒の肴を食べてみた。初めて食べる料理だったが、これが実に酒に合う。
「これ、美味いよ」
「本当?お酒にはどう?」
「酒の肴には最高だよ。でも、これ初めて食べる料理だよな」
「ふふ、本当は『セブンスヘブン』の新メニューに考えた料理なの。だからチョット心配だったんだけど、
クラウドが美味いって言ってくれたから大丈夫ね」
「ああ、これなら俺が太鼓判を押すよ。・・・でも、俺は実験台か?」
「あ、ごめんなさい。そんなつもりは無かったの。ただ、最初にクラウドに食べて欲しくって・・・」
「分かってるよ。それに、セブンスヘブンの料理がみんな俺の好みに合わせてたって事もね」
「知ってたの!」
「ああ。最初は気付かなくて、どんな料理を頼んでも俺の好みに合っているのが不思議だった。
最初の、ミッドガルのセブンスヘブンには俺の苦手な料理もあったのに、今のセブンスヘブンには無かったからね」
「そういえば、今のセブンスヘブンが出来た頃、クラウド毎日違う料理を注文してたね」
「とりあえず、どんな料理があるのか興味があったからね。それで分かったんだよ。此処には俺の苦手な料理は何一つ無いってね」
「だって、新しい料理考える時、いつも『クラウドならどんな料理作ったら喜ぶのかしら』って思ってたから。
クラウドが注文して美味しくない料理なんて出したくなかったから」
「そうだったのか・・・俺の為に。気付くべきだった。そうすればもっと早くお前と・・・」
「ううん、いいの。だって今、こうしてあなたと一緒にいられるんだもの」
「ティファ・・・」
「あ、いけない!シチューが煮詰まっちゃうわ」
シチューに掛けた火を慌てて止めるティファの後ろ姿を見て、クラウドはこみ上げてくる微笑みを禁じ得なかった。
もう一年も経つというのにティファは何も変わっていない、クラウドは思った。
いつも自分の事を想い、そしてさもそれが当然の如く行動するティファ。
クラウドは今でもやっぱり自分は彼女に支えられているんだと実感した。
食事を済ませ、一息つくと、クラウドは疲れている自分に気付いた。
「ティファ、すまないが、先に眠らせてもらうよ。今日はとっても疲れているんだ」
「うん、先に寝て頂戴。私、後片づけしてから寝るから」
「悪いがそうさせてもらうよ」
クラウドはそう言って階段を登りかけた。が、思い出したようにダイニングに戻り、ティファの側に歩み寄った。
「ティファ」
「何?」
振り向いたティファの唇にクラウドは軽くキスをする。そしてそっと耳元で囁いた。
「ありがとう、待っていてくれて。嬉しかったよ」
「クラウド・・・」
「悪いけど、先に寝るよ」
「お休みなさい」
二階に上がり、クラウドは手早く着替えるとベットに潜り込んだ。
ベットに入るとようやく心も体もリラックスしてきた。すると今日一日の出来事が想い出されてきた。
(ティファ、ごめんな・・・あの仕事も明日で終わる。そうすればまた早く帰れるからな)
クラウドは心の中でそう呟きながら眠りに就いた。
ティファは後片づけを終えると寝室に戻った。
既にクラウドは夢の中にいた。ベットの側には無造作に脱ぎ捨てられた衣服があった。
(うふふ、こういう所は子供みたいなんだから...)
ティファは脱ぎ捨てられた服をひとつひとつ拾い上げた。
その時、一枚の紙切れがはらりと床に舞い落ちた。
(何かしら?)
ティファはその時はそれが単なるメモ書きくらいにしか考えていなかった。ティファは無造作にそれを拾い、読んだ。
(これはクラウドへのメッセージ...)
そこにはこう書かれていた。
『明日10時、いつもの場所でお待ちしています。
エリス・クロフォード』
エリス・クロフォードという名は初めて聞く名前だった。しかもエリスというのは名前からして明らかに女性だった。
(エリスって誰?いつもの場所でって?)
ティファの頭の中にいろいろな想像が浮かんでは消えていった。分からない事だらけで頭の中が混乱してくる。
これ以上、想像すると悪い事ばかり浮かんできそうだった。
ティファはクラウドに目をやる。クラウドは安心しきったように無防備に眠っている。
その寝顔には自分に秘密を持っているようにはとても思えなかった。
ティファはかぶりを振った。
(駄目よ。何も分からないんだから想像しちゃ駄目。明日になればみんな分かるんだから)
ティファはその紙切れをクラウドの上着にしまい、ベッドの横に畳んで置いた。
そうして自分も寝仕度を整え、隣のベッドに潜り込んだ。今夜は日記を書くのは止めた。
ティファはもう一度、クラウドの寝顔をチラッと見る。そうしてさっきの事は忘れていようと思った。
それでもやっぱりティファの意識にはしっかりとあの言葉が刻み込まれていた...。
*******************************
クラウドとティファは一年前ようやく結ばれた。先の大戦から既に3年が経っていた。
二人はあの戦いの後、ニブルヘイムに戻り、ティファは再び『セブンスヘブン』を開店し、一人で店を切り盛りしていた。
クラウドは旅行者のガイド兼ボディガードを職業にしていた。
二人は別々の家に住んではいたが、クラウドの食事、洗濯など身の回りの世話はティファがしていた。
そういう意味では既に夫婦同然のように見えたが、二人が愛を確かめ合い、結ばれたのはそれからずっと後の事だった。
結婚後もティファはやはりセブンスヘブンを続けていた。本当は結婚したら閉店するつもりだったのだが、
そんな彼女の意志とは裏腹に、既にセブンスヘブンはこの村に無くてはならない憩いの場になっていたのだ。
多くの人達のセブンスヘブンを惜しむ声、そしてそれを知るクラウドの言葉でティファは店を続ける決心をしたのだった。
『セブンスヘブンを俺だけの物にする訳にはいかないよ。この店はこの村みんなのものだ』
もし、セブンスヘブンを閉めるとしたら、それは二人に子供が出来た時。ティファはそう決めていた。
いつになるかは分からないけれども。
*******************************
翌朝、クラウドはいつものように軽い朝食を取っていた。ただ、ティファだけが妙に落ち着きがなかった。
「ティファ、どうしたんだ?」
「え?」
「いや、何かいつもと違うからさ」
「そ、そうかな?気のせいよ」
「そうか、ならいいんだけど」
ティファはあの事を聞こうと思うのだけど、キッカケがつかめなかった。それに、何だか疑っているみたいで嫌だった。
クラウドを疑うのも嫌だったし、疑う自分自身が嫌だった。
でも、昨日の事を胸にしまっておくのはもっと嫌。こんなモヤモヤした気持ちでいるのは耐えられなかった。
「ねえ、クラウド...」
思い切ってティファは話を切り出した。
「あ、もう行かなくちゃ。ごちそうさま」
クラウドは立ち上がると、慌ただしく身支度を整え、戸口に向かった。
「あ、そういえばさっき何か言おうとしていたね。何だい?」
「あ・・・ううん、いいの」
「そうか。じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
(結局何も訊けなかった...。でも、今夜こそは訊かなくっちゃ)
ティファは食事の片付け、洗濯、部屋の掃除を手早く済ませると、服に着替え始めた。
セブンスヘブンの開店にはまだまだ時間があったが、準備があるために午前中から店に行く必要があるのだ。
「コンコン」
ドアをノックする音が響いた。だが、ティファは二階にいて気がつかなかった。
「コンコン」
再びノックする音。それでもティファの耳にはその音は届かなかった。
「ドンドン!」
訪問者は今度は激しくドアを叩いた。その音にようやくティファも気付いた。慌てて階段を駆け下りる。
「はい、どなたです?」
「俺だよ」
「え?俺?」
「俺だよ、この声を忘れたのかよ?シドだよ、シド」
「え、シドなの!待ってて、今鍵を開けるから」
ティファがドアを開けると、目の前にはシドが立っていた。
「ふう〜。いねえのかと思ったぜ」
「どうしたの、急に。クラウドなら仕事に行ったけど」
「クラウドじゃなく、お前に用があって来たんだ。悪いが、これから俺と来てくれねえか?」
「これから?何処に行くの?」
「説明している暇はねえんだ。とにかくハイウインドに乗ってくれ。話は乗ってからだ」
「わかったわ」
ティファは簡単に身支度を済ませると、シドに付いてハイウインドに向かった。
途中、センブンスヘブンに札を掛けた。そこには「本日休業」と書かれてあった。
ハイウインドは目的地に向かって飛んでいた。もっとも、ティファには目的地がどこなのかも知らなかったが。
「ティファ、急に押し掛けてきてすまねえな。時間がねえもんだから仕方なかったんだ」
「ビックリしたわ。理由も言ってくれないんだもの」
「すまねえ、今からちゃんと訳を話すよ。実はな...」
*******************************
クラウドはニブルヘイムを出ると、『ハニープレイス』と呼ばれる街に向かっていた。
『ハニープレイス』・・・それはロケット村の南に最近出現した新しい街だ。
ただ、街といっても住民は決して多くない。昼間のハニープレイスはとても静かな街だ。
ハニープレイスは街というよりは、むしろ歓楽街が街の形態をとっているという方が正確かもしれない。
街の中はかつてミッドガルのスラムにあったウォールマーケットのような雰囲気だった。
そしてその中心にあるのが「蜂蜜の館」・・・ハニープレイスという街の名前もそれに由来する。
ウォールマーケットの蜂蜜の館の経営者はミッドガル崩壊後、各地で同様の施設を作り、大成功を納めていた。
彼はその野望の集大成として豊富な資金によってかつてウォールマーケットで店を構えていた連中を呼び集め、
蜂蜜の館を中心とし、全体が歓楽街であるこの街を作り上げたのだ。
彼の目論見はとりあえず成功したようだった。ハニープレイスには各地から多くの人々(殆どが男性だが)が訪れ、
街のネオンは一晩中消える事が無かった。
朝のハニープレイスは夜の賑やかさが嘘のように静けさに包まれていた。
クラウドはハニープレイスに到着すると、真っ直ぐ街の中心近くにあるハニーホテルへ向かった。
腕時計を見る。9時50分だった。
(どうやら間に合いそうだな)
ハニーホテルのロビーに行くと、そこには小さな女性がクラウドの到着を待っていた。
長い金髪の髪、清楚な服装、彼女は少女のようにも見えた。もっとも、年齢は18歳だが。
彼女はクラウドの姿を見つけると、嬉しそうに微笑みながら手を振った。
「何とか間に合ったな」
「ごめんなさい。いつもより早い時間にお呼びだてしてしまって」
彼女はペコリと頭を下げた。
「いいんだ。それに今日が最後だから、君もいろいろあるんだろうしね」
「・・・クラウドさん、最後まで私の事『エリス』と呼んでくださらないのね」
「あ、いや別に意識していた訳じゃないんだ。ただ、何となく照れくさくってね」
「そうだったんですか。ふふ、クラウドさんらしいわ・・・」
「俺らしいか?・・・とにかく、今日は大事な日だろ?行こうか」
「あの・・・」
クラウドは歩き出そうとしたが、エリスはその場から動かない。訝しそうにしているクラウドに、彼女はボソっと言った。
「最後に・・・『ムーンライト・カフェ』へ来ていただけませんか?」
「ムーンライト・カフェに?もう、仕事は辞めたんだろ?」
「はい、仕事は昨日で辞めました。でも、最後にクラウドさんに私の演奏を聴いて欲しいんです。
・・・クラウドさんには本当にお世話になりました。クラウドさんに出会わなかったら、私どうなっていたか・・・
ごめんなさい・・・私の身勝手かもしれないけれど・・・」
「・・・」
「駄目・・・ですか?」
「いや、構わないよ。ちょっと驚いただけだよ」
「ありがとうございます!さあ、行きましょう」
二人は『ムーンライト・カフェ』へ向かった。
ムーンライト・カフェには当然ながら準備中の札が掛かっていたが、エリスがドアをノックすると、中から店のマスターがドアを開けてくれた。
「待っていたよ」
「すいません、ご無理を言って」
「いいんだよ。エリスの最後の頼みだ」
「ありがとうございます」
「さ、二人とも入って。それからクラウドさん、でしたね?エリスの最後の演奏、聴いてやってください」
二人は店の中に入った。店の中は薄暗く、もちろん誰もいなかった。マスターが照明スイッチを入れる。
ピアノが照明に照らし出されて、ポッと浮かび上がった。
「クラウドさんはそこに座っていらして下さいね」
エリスはそう言うと、ピアノに向かって歩き出した。ピアノ前に座り、真新しい楽譜を取り出した。
(これはピアノ奏者エリス・クロフォードとして最後に弾くピアノ。たぶん、もう人前で弾く事はないと思う。
そしてこの曲はクラウドさん、貴方のために創った曲。最初で最後に弾く曲・・・)
エリスは静かにピアノを奏で始めた。
クラウドは音楽はよく分からないが、エリスの奏でる旋律に何か暖かいもの、そして少し悲しげなものを感じていた。
クラウドはいつしか彼女との出会い、そしてこの一週間の出来事を想い出していた...。
*******************************
クラウドとエリスが出会ったのはちょうど一週間前だった。
それ以前から、クラウドはハニープレイスには何度も来ていた。
ハニープレイスが出来てからというもの、多くの旅行者は必ずといっていいほどここに立ち寄るためだ。
クラウドにとってはあくまで仕事で来ているだけであって、遊びに来たのではなかった。もっとも、フリーで来ても遊ぼうとは思わかっただろうが。
その日も、旅行者をハニープレイスまで帯同し、仕事を終えたところだった。
(さて、今回の仕事もこれで終わりだ。帰ろう)
クラウドはメインストリートを出口に向かって真っ直ぐ歩いていった。
その時である。何者かがクラウドの背中に激しくぶつかった。
クラウドは微動だにしなかったが、クラウドに衝突した者は跳ね返って転んだ。
クラウドは振り向いた。其処には一人の娘が倒れていた。
「おい、大丈夫か?」
「・・・大丈夫です。すいません、今、追われているもので...」
(追われている?)
娘はかなり走ってきたようで、呼吸がかなり乱れているようだった。これはただ事ではないな、とクラウドは直感した。
案の定、娘が走ってきた方からいかにも人相の悪い連中がやってきて、娘を取り囲んだ。
「エリスさん、もう観念しな。あんたに恨みは無いんだが、これも仕事でね」
「どうして私を・・・私はただのピアノ奏者です」
「ただのピアノ奏者なら俺達もこうして追ったりはしないぜ。あんたはかのクロフォード家の・・・」
「おい、余計なことは言うんじゃねえ」
「あ、すいません、兄キ」
「とにかく、あんたにはしばらく身を隠してもらう必要があるんでな。悪いが、一緒に来てもらおう」
「・・・」
クラウドは事の成り行きを黙って見ていたが、話からして傍観しているわけにはいかなかった。
クラウドは娘の腕を掴もうとする男の手首を掴んでひねり上げた。
「痛え!何しやがる!」
男は大声で悲鳴を上げた。
「理由は知らないが、彼女を渡すわけにはいかない」
クラウドは掴んだ手首を離した。
男は手首を押さえて後ずさった。今度は先程の兄キと呼ばれていた男が前に出てきて言った。
「お前には関係ねえ事だ。さっさとそこをどきやがれ。さもないと痛い目に遭わせるぜ」
「今も言っただろう?彼女を渡すわけにはいかないって。もっとも、痛い目に遭うのも御免だが」
「この野郎!カッコつけやがって!」
男はクラウドに殴りかかったが、クラウドはそれを軽くいなし、同じように手首を掴んで押し倒した。
「ウッ、畜生。おい野郎ども、こいつに痛い目を遭わせてやれ!」
残りの者が次々にクラウドに襲いかかったが、歯が立つわけはない。あっという間に全員クラウドに倒されてしまった。
「つ、強ええ。・・・お、お前のツンツン頭と瞳の色、まさか噂の元ソルジャーの・・・」
「一般にはソルジャーと言われているが、本当は元神羅兵だ。もっとも、ソルジャーも神羅兵も中身は変わらないがな」
「く、こいつは俺達じゃかなわねえ。畜生、後で覚えていろよ」
男達は足を引きずりながら逃げていった。
「もう大丈夫だ。危なかったな」
クラウドはその場に座り込んでしまった娘に手を差し出した。娘はその手を掴んでようやく立ち上がった。
「あ、ありがとうございます。何てお礼を言っていいか・・・」
娘は何度も頭を下げた。
「礼なんていいよ。それよりも、どうして奴らに狙われたんだ?」
「分からないんです。『すまんが、しばらく身を隠してもらおう』といきなりあの人達がやって来て...」
「そういえば、奴ら『クロフォード家』とか言っていたな。心当たりはあるのかい?」
「いいえ。ただ、あの人達が言うには私が邪魔だとか...」
「クロフォードというのは君の名前?」
「はい。でも、私はただのピアノ奏者。それに、身寄りもありませんし」
「・・・何か訳がありそうだな。・・・ん?どうしたんだ?」
娘はガタガタ震えだした。安心感と共に急激に恐怖感を感じ出したのだ。
「怖い・・・どうして私が狙われるの?・・・何故?」
無理もない。理由も分からず、突然自分を狙う者達が現れたのだから。しかも、これで最後という保証は何もない。
娘の中に得体の知れない恐怖感が一気に襲ってきたのだ。
「おい、大丈夫か?」
「私、これからどうしたらいいか...」
「・・・」
クラウドもこのままにして置くわけにはいかないと感じた。娘の肩を掴んで震えを押さえながら言った。
「・・・君、ボディガードを雇う気はないか?」
「え?」
「俺をボディガードとして雇う気はないか?俺、一応ボディガード兼ガイドをやっているんだ。もっとも、モンスターから客を守るのが主だが」
「あなたが守ってくださるのならこんなに心強いことはありません。でも、私そんなお金...」
「謝礼は君が払えるだけでいい。これも何かの縁だろう、俺としても君を放っておく訳にはいかないからね」
「ありがとうございます。あなたに助けていただいた上にボディガードなんて・・・」
「俺の気まぐれさ。気にする事は無いよ。それに、ここで君を助けなかったら、俺もきっと怒られるだろうしね」
『クラウド、どうしてその人に守ってやるって言ってあげなかったの?その人、絶対クラウドが守ってあげないといけないわ』
ティファならきっとこう言うよな、とクラウド思った。
「でも、いつになったら安心なのでしょう?」
「俺の予想が当たっていれば、君が安心して暮らせるのはそう遠くないはずだ」
クラウドはさっきの奴らが襲ってきた事、『クロフォード家』という言葉、彼女の名前からある仮説を立てていた。
そしてその仮説が正しければ、数日中にも何らかの動きがあるだろうという事を。
「それでは、これから俺が君のボディガードだ。俺はクラウド・ストライフ、よろしく」
クラウドは右手を差し出した。
「エリス・クロフォードです。こちらこそ、よろしくお願いします」
エリスはクラウドの手を握りながら、頭を下げた。
「早速だけど、君の住まいは?」
「ここの外れのアパートに住んでいますけど」
「そこに帰るのはまずいな。奴ら恐らく再び君を狙ってくる。俺も一晩中君を守るわけにもいかないし、何か手を打たなければ。
・・・そうだ、ロケット村にしばらく住んでみないか?」
「ロケット村、ですか?」
「ああ。ロケット村に俺の知り合いが住んでいるんだ。ちょっと口は悪いが、根はいい奴だ。それにあいつも強いから安心だ」
「男の方ですか?」
「名前はシドっていうんだ。大丈夫、奴にはシエラという奥さんがいるから」
「あ、それなら安心です」
「それじゃあ、これから荷物をまとめてロケット村へ行こうか」
「はい」
それからエリスはロケット村でシドの家に厄介になる事になった。
シドとシエラは快くエリスを迎えてくれた。
朝、エリスを迎えに行き、ハニープレイスまで帯同する。ハニープレイスでは彼女の働く店『ムーンライト・カフェ』の外で見張りをし、
そして夜、再びエリスとロケット村に帰るというのがクラウドの仕事だった。
やがて、クラウドの仮説通り、事態が展開し始めた。
数日後、一人の身なりの良い紳士がムーンライトカフェを訪れる。彼は『クロフォード家』の執事だと言う。
クロフォード家の主人であるガルフ・クロフォードはここ数年でコスタ・デル・ソルの観光によって財を成したらしい。
だが、彼自身、不治の病に冒されてしまった。そして余命いくばくも無くなった頃、『生き別れになった一人娘に会いたい』と言い出したそうだ。
娘の名は『エリス』という・・・そう、あのエリスが行方不明の一人娘だったのだ。
ガルフは数日後、ハニープレイスで一目娘の顔を見たいと言っているらしい。
エリスにとって突然の父親の出現は彼女を激しく動揺させた。
彼女には父親の記憶も、父親とどうして生き別れになったのかさえ聞かされてはいなかったのだ。
が、父が余命いくばくもない事を案じ、最後は再会を許した。
やがてガルフとエリスの面会の日がやって来た。
エリスの前に現れたガルフは車椅子に座っていた。見た目にもかなり衰弱しているようだった。
「エリス・・・かい?」
「はい」
「その・・・ペンダント・・・見せてくれるかい?」
「どうぞ」
エリスはペンダントをガルフに渡した。それは母親のたった一つの形見の品だった。
ガルフはペンダントを受け取ると、裏を丁寧に見ていた。かなり磨り減ってしまって読みにくいが、そこにはこう刻まれていた。
『愛するクリスティーナへ贈る。
ガルフ・クロフォード』
「お母さんは...」
「十年前に亡くなりました。流行り病で」
「十年前・・・クリスはそんな昔に・・・クリス・・・」
ガルフはうつむき、ペンダントを握りしめた右手を額に押し当てた。その手は微かに震えているようだった。
それは必死に涙を堪えようとしているのか、それとも亡き母に謝罪していたのかエリスには分からなかった。
でも、その仕草でガルフが今でも母を愛しているんだと感じた。
しばらくガルフはそうしていたが、やがて顔を上げ、エリスにペンダントを返した。
「ありがとう。苦労したんだね。・・・憎んでいるんだろうね、わたしの事を」
「母は言っていました。
『お父さんと私は本当に愛し合っていたの。でも、最後まで結ばれる事はなかった。
どんなに愛し合っていてもどうにもならなかったの。それでも私は今でもあなたのお父さんを愛しているわ。
だからいつかお父さんと会う時が来ても決して恨まないで頂戴ね』
こんなに母が愛した人を憎むことなんて出来ません」
「クリスがそんな事を・・・」
「あの・・・一つ聞いていいですか?」
「いいよ。何でも聞いておくれ」
「お母さんを、今でも愛していますか?」
「・・・愛しているよ。わたしが生涯で愛する女性はただ一人。クリスティーナ・ランドルフ、君のお母さんだけだ」
執事が付け加えた。
「ガルフ様は今でも独身を貫いておられます。御自分の愛する女性はただ一人だと言って」
「・・・ありがとう。お母さんもきっと喜んでいると思います」
エリスは静かに眼を閉じて、俯いた。
それまで空想の中にしかいなかった父。母が愛し続けた父。それが今、目の前にいる。
エリスの仕草は父との長い空白の時間を、このほんのささやかな時間の中で必死に埋めようとしているかのようだった。
やがてエリスはゆっくりと顔を上げた。
「お・と・う・さ・ん・・・」
「今、何と...」
「お・と・・・おとうさん」
「エリス」
「お父さん!」
エリスはガルフに抱きつき、その胸で泣いた。
「会いたかった...ずっと、ずっと...」
「エリス・・・すまない」
ガルフは痩せ細った腕でしっかりとエリスを抱きしめた。
二人は無言で、しかし互いに抱いていた寂しさを喜びで満たそうとするかのようだった...。
ガルフはエリスを家に迎えたいと言った。エリスは『一週間、考えさせて』と答えた。演奏の契約はあと一週間を残していた。
彼女はその間に心を決めるつもりだった。
「クラウドさん、私、どうしたらいいのでしょう・・・」
エリスはクラウドと共にハニープレイスに向かいながら呟いた。再会から3日経ってもエリスの心は揺れているようだった。
あさっては約束の一週間目。だが、答えは見つかっていない。
「どうって言われても、俺には分からない。君はお父さんと暮らしたくないのか?」
「父に会えたのは嬉しかった。本当は父の側にいてお世話してあげたい。・・・でも、私の存在が迷惑な人もいるのも事実。
私さえ現れなかったら、その人達は幸せになれるんですよね?」
「そうかもしれないな。だが、君を襲おうとまでする連中だ。そんな奴等に幸せになる権利などあるとは思えない」
「でも、私、誰も苦しめたくないの。私はただ父といられるだけで充分なのに...」
「難しいところだな。君のお父さんは大富豪だ。財産に目が眩んだ連中に、君の純粋な願いがまともに伝わるとは思えないしな」
「やっぱり、私、父とは暮らさない方が...」
「・・・」
クラウドは何とかしてやりたいと思った。父の許で暮らすにしても、このままではみすみす彼女を危険に晒すことになる。
クラウドの仕事の範疇外ではあるが、ここまで来た以上、何らかの手を打たなければならないと思った。
「明日、悪いが俺でなくシドとハニープレイスに行ってくれないか?」
「ええ、構いませんけど。クラウドさん、何か急用でも出来たんですか?」
「ああ、ちょっとね。上手くいけば明日中に片が付く」
「片が付く?何があるんですか?」
「悪いけど、それは秘密だ。そういう事だから、明日は悪いけど」
「はい...」
エリスは少し寂しそうに答えた。
*******************************
「エリス、俺とじゃあ気が進まねえだろうが、そろそろ行くぜ」
「気が進まないなんて・・・そんな事ありません。シドさんやシエラさんにこんなにお世話になっているのに」
「へへ、お世辞でも嬉しいぜ。さあ行こうぜ」
エリスとシドはハニープレイスへ向かって出発した。
道すがら、シドが唐突に切り出した。
「エリス、おめえクラウドに惚れたな」
「・・・」
エリスは答えられなかった。
「図星のようだな。まあ、あいつは何故か女にモテるからな。だがな、あいつには妻がいるんだ。悪いが諦めた方がいい」
「ティファさん・・・ですか?」
「おめえ、ティファを知っているのか?」
「クラウドさんから聞きました。ティファという妻がいると」
「そうだったのかい」
「あの・・・シドさん、ティファさんってどういう女性ですか?私、知りたい。クラウドさんが愛した人の事」
「ティファは俺も良く知っているぜ、何しろ一緒に戦った仲間だからな。聞きたいか?」
「はい」
「そうだな、ハニープレイスまでまだあるからな。歩きながら話してやるよ。あいつらの事を」
シドはエリスに二人の事を話し始めた。
その頃、クラウドは既にハニープレイスにいた。クラウドには目的があった。彼は真っ直ぐ街外れの薄汚れたアパートに向かった。
アパートの2階に上がり、3番目の部屋の前に立つと、クラウドはドアをノックした。
「誰だあ?こんな朝っぱらに来やがる奴は」
ドアの向こうではそんな男の声が聞こえた。やがてドアが開いた。
「お早う」
クラウドは微笑んで言った。
「お、お前!?」
声の主はあの「兄キ」と呼ばれていた男だった。男は慌ててドアを閉めようとした。が、クラウドがドアを掴んでいて閉めることは出来ない。
クラウドはそのままドアを開いて男の部屋に上がり込んだ。部屋の中にはまだ2,3人の男達が眠っている。
どうやら他の連中は酔いつぶれて眼が覚めないようだ。そこら中に転がっている酒の瓶がそれを物語っている。
「な、何か用か」
「ああ、用があるから来たんだ。単刀直入に聞くが、お前達の雇い主は誰だ?」
「そ、そいつは、言えねえ」
「俺は元ソルジャーだ。手荒な真似はしたくないが、言えないならその体に訊く事になる。それでもいいか?」
クラウドは鋭い眼光で男を睨んだ。クラウドの瞳の色から男にもそれが嘘で無いことは分かった。
「う・・・分かった、分かったよ。俺達の雇い主はジーク・レイノルズという男だ。何でもクロフォード観光の社長だそうだ。
そいつに言わせれば、エリスの存在が自分の地位を危うくするかもしれないと考えているらしいぜ。
何しろ存在しない筈の一人娘の出現だ。そうなればクロフォード観光の社長になったっておかしくはねえ。
クロフォードという奴は先が長くねえらしいからな」
「ジーク・レイノルズか・・・なるほど、分かった。それではすまないが、俺と一緒に来てもらおう。証人としてな」
「あんた、何をするつもりなんだ」
「これからコスタ・デル・ソルへ向かう。ちょっとした大掃除をする。彼女の為にな」
クラウドは男を連れてその足でコスタ・デル・ソルへ向かった。
クロフォード観光。今やコスタ・デル・ソルだけでなく、ゴールドソーサーへのツアー等も手がける有数の観光会社に成長している。
現在は病弱のガルフに代わり社長の座に着いたジーク・レイノルズが代表を務めている。もっとも、彼の経営能力には疑問符が付いていたが。
コスタ・デル・ソルの真ん中におよそ不似合いなビルがクロフォード観光の本社だった。
このビルはジークが一存で建てたものだ。ガルフはこのビルが気に入らなかったが、経営をジークに任せた以上、口出しはしなかった。
クラウドはチョコボを飛ばしてようやくコスタ・デル・ソルに到着すると、クロフォード観光ビルに入っていった。
案の定、社長には会えないとの事だったが、クラウドは構わず社長室のある最上階へ上がった。
警備の者を振り切り、クラウドは社長室にノックもせずに入った。社長室にはジークがたじろいた様子で社長の椅子に座っていた。
「何だね、君達は」
「あんたに用があって来た。これから一緒にクロフォード氏の所へ行ってもらいたい」
「会長の所へ?何のために?」
「その訳はこいつから全て聞かせてもらった。あんたの陰謀を」
「へへ、お久しぶりです。レイノルズさん」
クラウドの背後から現れた男はジークに親しげに言った。
「お、お前は・・・し、知らん、そんな男は」
「そんな事言ったって、あっしは忘れませんぜ。ハニープレイスで言ったじゃないすか、「あの娘を拉致しろ。礼ははずむ」って」
「し、知らん。人違いだ・・・」
クラウドはそう言うジークの目の前に歩み寄り、鋭い眼光で言った。
「とにかく、クロフォード氏の所へ行こう。あの男が嘘を言っているのか、あんたが嘘を言っているのか、クロフォード氏に判断してもらおう」
「う・・・分かった」
「本当はこんな手荒な真似はしたくなかったが・・・時間が無いんでね」
クラウドは半ば強制的にジークを連れてガルフの屋敷を訪れた。
「おお、クラウドさん。ようこそいらっしゃってくれました。その節はお世話になりましたな。して、今日はいったい...」
「クリス・・・娘さんの事で来ました。彼女はあなたの許で暮らしたいと言っています」
「クリスが私の所へ・・・」
「ですが彼女は迷っています。本当はこんな事はお話ししたくないのですが、彼女はあなたに会う直前から何者かに狙われていました」
「クリスが狙われているですって!」
「ええ。彼女とあなたの対面を快く思っていない人間がいたんです。それがこの男です」
クラウドは抵抗するジークを無理矢理クロフォードの前に引きずり出した。
「ジークじゃないか」
「か、会長、これは何かの間違いです。私は誓ってそのような事は...」
「ジークの旦那、もう諦めな。あの娘のボディガードにこの人がついた時点であんたの目論見は失敗だったんだ」
「この男は?」
「あっしはエリスを、あんたの娘さんをジークの旦那に頼まれて拉致しようとした者です。結局このクラウドの旦那にやられてしいまいましたがね」
「ジーク、本当なのか?お前がエリスを...」
「・・・」
「ジーク!」
「・・・私は許せなかった。私はずっとクロフォード観光の為に身を粉にして働いたつもりでした。だからこそ社長にもなれた。
それがエリス・・・彼女が此処へ帰ってくれば、全ては彼女の物になってしまう。
私は全てを失うかもしれない、そう考えたら...」
ジークは膝をがくっと落とし、床に手をついた。彼の背中には絶望感が滲み出ていた。全ては終わりだという。
「ジーク・・・どうして私を信用してくれなかったのだ...」」
ガルフは悲しげに言った。ジークはハッと顔を上げ、ガルフを見た。ガルフは微かに涙していた。
「ジーク、私はお前に経営を任せたのだぞ、どうして信用してくれなかったのだ。
私はお前を認めていたのだ・・・お前はクロフォード観光がまだ小さな頃からずっと会社のために尽くしてくれた。
お前が何かにつけ私と比較されて悩んでいた事も知っていた。だが、お前は誰よりも仕事を知っている。
今はまだガルフ・クロフォードのクロフォード観光かもしれないが、いづれはジーク・レイノルズのクロフォード観光になると信じていた。
だからこそ私亡き後、お前ならクロフォード観光を安心して任せられると思っていたのだ。
たとえエリスがここに来ようとも、私は娘にクロフォード観光を任せるなどとは思った事は無かった。
私はただ娘と静かに残された日々を過ごしたかっただけなのだ」
「会長・・・私が間違っていました。そんな会長の心遣いも知らず、私は己の保身の事ばかり考えていました...」
ジークはその場で泣き崩れた。ガルフはそれを寂しそうに見ていた。
クラウドは自分の役目は終わったと感じた。ジークの処遇についてはガルフに任せれば良かった。
「俺はこれで失礼します。後はよろしくお願いします」
クラウドは軽く会釈をして、それから部屋を外に向かって歩き出した。
「クラウドさん」
クラウドはガルフに呼び止められ、その場で振り返った。
「クラウドさん、この事はエリスに...」
「話しません。ただ、『もう、君を襲う者はいないよ』とだけ伝えます」
「ありがとう。私はジークに最後のチャンスを与えたいと思っているんです。彼は私が唯一後継者と認めた男ですから」
「会長!」
ジークは涙でぐしょぐしょになった顔を上げた。
「もう一度やり直す気はあるか?辛いかもしれないが、もう一度入社した頃の自分に戻ってみないか?
そして、再び社長に戻れるように頑張れるか?」
「はい、もう一度やり直します。会長、ありがとうございます...」
「そういう事ですから、エリスに事業をさせる気はありません。エリスには何も心配する事は無いと伝えて下さい」
「分かりました。そう伝えます」
「クラウドさん、ありがとう。あなたがいなかったら私はエリスと会うことも、エリスと暮らせる事も無かったでしょう。ありがとう」
「これも仕事ですから」
クラウドは軽く微笑みながら言った。
*******************************
エリスは最後の一小節を弾き終えると、静かにピアノから指を離した。閉じた眼にはひとすじの涙が流れ落ちた。
店のマスター、そしてクラウドはこの感動的な演奏に拍手を送った。
もっとも、クラウドにはこの曲がクラウドへの想いを表現しているとは分からなかったが。
「ありがとう、マスター、クラウドさん。私、この街に来て本当に良かった。この街での事は一生忘れません」
「エリス、幸せにな」
マスターは瞳を潤ませながらはなむけの言葉を贈った。
「はい・・・マスターもお元気で」
「そろそろ、行こうか・・・」
「はい。ごめんなさい、寄り道させてしまって」
「いや、俺も出来ればエリスの演奏をもっと聴いていたかった。でも、そういう訳にはいかないんだ」
「ええ、分かっています」
「11時の船を予約してある。余り時間が無い、急ごう」
「はい」
クラウドとエリスは店を出て、港に向かって歩き出した。
港はコスタ・デル・ソルへのリゾートを楽しみにしている人々で賑わっていた。
「確か搭乗手続きはこっちだったよな」
二人は搭乗手続きのコーナーへ向かった。
「クラウド〜」
その時、後方でクラウドを呼ぶ声が場内に響いた。
(おい、まさか・・・)
クラウドは我が耳を疑った。その声は紛れもなくティファだった。だが、ティファがこんな所にいる筈が無い。
クラウドは後ろを振り返る。視線の先には手を振るティファの姿があった。
「ティファ!」
ティファがこちらへ向かって歩いてくる。
「良かったあ、間に合ったわ。エリスさん、初めまして。クラウドの妻、ティファです」
ティファが微笑みながら会釈をした。
「初めまして、エリスといいます。・・・ティファさん、想像通りお綺麗な方です」
エリスも会釈をする。緊張しているようで、ちょっとその仕草はぎこちなかった。
「まあ、エリスさんたら、お世辞が上手いわね」
クラウドは不思議な面持ちでいた。二人の態度はまるでここで会う事が分かっていたように見えたから。
「ティファ、どうしてここに...」
「驚いた?それはね・・・」
「俺が連れてきたからよ」
そう言いながらティファの後ろから現れたのはシドだった。
「シド、どういう事なんだ?どうしてティファを」
「私がシドさんにお願いしたんです...」
そう言ったのはエリスだった。
「君が?」
「ティファさんにお会いしたかったんです。シドさんにお二人の事を聞いてから、ティファさんにどうしてもお会いしたくて...。
あれから、ティファさんは私の憧れでした。あんなにもクラウドさんを想い続け、そして支えたティファさん。
私もティファさんみたいに強い心を持ちたい、そう思っていました」
「そんな憧れだなんて・・・シドが大袈裟に言ったのよ。シド、そうなんでしょ?」
「おいおい、俺は嘘なんかついちゃいねえぜ。お前さん達の事を正直に話しただけだぜ。おめえは気付いていないかもしれねえが、
俺達はみんなおめえには感心してたんだぜ。おめえがいなけりゃ、クラウドは今でも廃人同然だったとみんな思ってるぜ。
なあ、クラウドよ、おめえもそう思うだろ?」
「ああ、それは俺も認めるよ。ティファがいなかったら俺は...」
「まあ、ここで話すのも何だしよ、とにかくハイウィンドに乗ってからにしようぜ」
「ハイウインドに?」
「ああ、船はキャンセルだ。俺がハイウインドでコスタ・デル・ソルまで送るぜ」
「ねえ、シド、ハイウインドならコスタ・デル・ソルまですぐに着くよね」
「ああ、そうだな。それがどうかしたか?」
「それなら、時間に余裕があるのよね。ねえ、エリスさんとシドはハイウィンドで待っててくれる?
私、クラウドはチョット用を済ませてから行くから」
ティファは何か思いついたようだった。
「ああ、俺は構わねえが、エリスはいいのかい?」
「はい、私もお待ちしています」
「そうかい、それじゃあ、俺達は先にハイウインドに乗って待ってるぜ」
「ごめんなさいね、エリスさん。すぐ行くから」
シドとエリスは歩いていった。クラウドは呆然とそれを見送った。
「さあ、私達は行きましょう」
「おい、どこへ行くんだ?」
ティファはニコっと笑った。
「いいから一緒に来て。クラウドには大事な役目があるんだから」
ティファはクラウドの手を引いて歩き出した。
「お、おい・・・」
クラウドには何だか分からなかったが、とにかく行くしかないな、と思った...。
エリスとシドはハイウインドで二人の帰りを待っていた。
「お二人はどこに行ったんでしょう?」
エリスは司令室からハニープレイスの街を見ていた。
「さあな。でも、じきに帰ってくるだろうよ」
シドはいつものように煙草をふかしながら操縦席に行儀悪く座っていた。
「ティファさんをお呼びしたのはいけなったのかしら...」
シドは操縦席から立ち、エリスの横に歩いていくとエリスの横でハニープレイスを眺めながら、口を開いた。
「なあ、エリスよ、おまえさん諦める決心がついたのかい?」
「・・・」
「だがよ、諦めるしかねえんだよな。辛えかもしれねえが」
「私、クラウドさんが好きでした。でも、分かっています。あの人の心の中はティファさんで一杯。私が入り込む余地なんて無いんだって。
でも、後悔していません。クラウドさんに出会えて、クラウドさんの優しさに包まれて、この一週間とても幸せでした」
「そうだな...」
シドはエリスの寂しさが痛いほど分かった。叶わぬ恋。そして今日の別れ。もう永遠に会えないかもしれない。
クラウドと自分を結びつけているものが無くなる。エリスが父の許へ行くのは、あるいはクラウドを忘れるためだったのかもしれない。
「お前さんならきっと出会えるぜ。全てを賭けても愛せるような男によ。勝手な想像だけどよ、でも、俺は信じてるぜ」
「ありがとうございます、シドさん...。あ、お二人が帰って来ました」
「ごめんなさい、チョット遅くなっちゃったわね」
「お前ら、どこに行っていたんだ?」
「うふふ、それは秘密。ね、クラウド」
「あ、ああ...」
「まあ、いいか。それじゃあ、出発するぜ」
ハイウィンドはハニープレイスを飛び立ち、コスタ・デル・ソルに向かっていた。
「エリス、ちょっといい?」
「はい」
ティファはエリスを誘ってデッキに上がっていった。
ティファとエリスはデッキに立って、流れゆく風景を眺めていた。
「風が気持ち好いね」
風になびく髪を押さえながらティファが話しかる。
「そうですね」
心なしかエリスの表情は少し寂し気なようにも不安気なようにもに見えた。
「やっぱり不安?そうだよね」
「はい。向こうでの生活、父との事・・・希望もありますけど、やっぱり不安の方が大きいんです」
「お父様は愛せそう?」
「愛せると信じています。だって父は母と私の事をずっと想い続けてくれていたのですから」
「それならきっと大丈夫よ。でも、もし悩み事があったら連絡してね。私に相談してくれてもいいし、クラウドでもいいよ。
私達に力になれるのなら、いつでも力になるわ。もし、困った事があるのならクラウドに行ってもらうわ。だって、あなたは私達の友達だもん」
「・・・ありがとうございます。ティファさんとクラウドさんが力になってくれると思うだけでもこんなに心強い事はありません」
エリスはそれまでたった一人で父の許へ行くのだと思っていた。今までの生活を全て捨てて。
だが、ティファの言葉はそんな自分の心を明るく照らしてくれるようだった。
だからこそ、エリスは自分の中にしまい込んだ『想い』をティファに話すべきだと思った。
「ティファさん」
「何?」
「やっぱり正直に言います。・・・私、クラウドさんが好きでした」
「・・・」
「ごめんなさい、ティファさんという人がいるのに」
「・・・分かっていたわ」
「え?」
「さっき初めて会った時に直感したの。ああ、クラウドが好きなんだなって。いいのよ。だって、人を好きになるのに理屈はいらないでしょ?
あなたが彼を好きになるのは誰にも止める権利は無いもの」
「ティファさん・・・信じていらっしゃるんですね、クラウドさんの事を・・・」
「うん、信じてる。信じるのが一番大事だと思っているから・・・でも、本当はあなたの書いた手紙を見た時は動揺したけどね」
「私の手紙って...」
「『明日10時、いつもの場所で』って書いてあったけど」
「あれ、読んだんですか!」
「ごめんなさい。偶然だったんだけど、読んでしまったの」
「いえ、私の方こそごめんなさい!あんな事書いてしまって」
「ううん、もういいの。気にしないで」
ティファはポケットから小さな包みを取り出し、それをエリスに差し出した。
「これ、受け取って」
「私に?」
エリスは包装紙に包まれた小さな箱を受け取った。掌に乗るほどに小さいものだった。
「開けてみて」
エリスは包装紙を開く。それは小さな宝石箱だった。エリスが蓋を開けると、中には一組のイヤリングが入っていた。
イヤリングはティファがしているようなシンプルなデザインで淡い緑がかかった色をしている。
「私とクラウドからのプレゼント。時間が無かったからこんな物しか買えなかったけど。
でも、一応クラウドにあなたの好みを聞いて選んだつもりよ・・・気に入ってもらえたかしら?」
「嬉しい・・・こんな素敵なプレゼント、生まれて初めて...」
エリスの中をクラウドとティファの優しさが満たしていった。エリスは瞳を潤ませながら、宝石箱をぐっと胸に押しあてた。
身体の中が暖かい物で一杯になった。
「ねえ、付けてみて」
「はい...」
エリスはイヤリングを手に取る。決して高級品とは言えないけれど、エリスにはどんな高級な宝石よりも輝いて見えた。
エリスはイヤリングを付ける。
「うん、よく似合う。クラウドが言ってたわ『きっと彼女にはこれが似合うよ』って」
「クラウドさんが・・・」
「あなたの想いには応えられないけど、これで許してくれる?」
「許すも何も・・・私がいけないのに・・・ありがとうございます」
エリスはティファに会えて良かったと改めて思った。どう頑張ってもティファには叶わないと思った。
クラウドが愛するのも分かる。自分がもし男だったら、きっとティファを好きになったと思うから。
「エリス、私達今日から友達、いいえ仲間よ。だからティファさんじゃなく、ティファって呼んでね」
ティファは右手を差し出した。エリスも手を差し出し、二人はしっかり握手をした。
その時二人は友達というよりは『仲間』になったのだ。
「なあ、クラウド」
「何だ」
「こいつは俺からの忠告だけどよ、今度からは仕事の事も少しはティファに話した方がいいぜ」
「仕事は仕事だ。家では仕事の話はしたくないんだ」
「おめえの気持ちも分かるけどな。でも、あいつは見ちまったんだぜ」
「何を見たというんだ?」
「エリスからメモ書きを受け取っただろう?『明日10時に』っていうメッセージを書いたやつをな。
あいつは偶然そいつを見ちまったんだ」
「ティファは、あれを読んだのか!でも、あれは単なる・・・」
「待ち合わせのメモだったって言うんだろう?でもよ、あいつがそれを見たらどう思うよ?」
「・・・」
「だろ?あいつがおめえの仕事の事を知っていれば、少なくともエリスが依頼主だって事を知っていれば、変に悩んだりする事も無かったんだぜ。
お前としちゃあ、仕事を家にまで持ち込みたくねえって事だろう。でもよ、せめて今どんな事をしてるかくらいは教えた方がいいんじゃねえか?
あいつは言ってたぜ『クラウドを信じてるから』ってな。でもよ、信じる事っていうのは本当はすごく辛いんだぜ。
俺達はあいつのそんな姿を見てるから分かるんだ」
「ティファ...」
「少なくともおめえはティファにそんな思いをさせちゃいけねえよな」
「ああ、その通りだよ。・・・そうだな、今度からそうするよ」
さっき二人で買い物に行った時も、ティファはそんな事があったなんて少しも感じさせなかった。
それどころか、彼女の為にプレゼントを買おうと言ったのもティファだった。
(俺はろくにプレゼントも買ってやっていないのに、あいつは...)
クラウドはティファこそが自分にとってかけがえのない宝なんだと感じた。
そしてそのティファが一番大事にしているのが自分だという事も...。
やがて、ハイウインドはコスタ・デル・ソルに到着した。
みんなタラップから降りて、エリスを見送る。
「幸せになるんだぜ」
「シドさん、いろいろお世話になりました。シエラさんにも良くしていただいて、本当にありがとうございました」
「いつでも遊びに来な。俺達なら大歓迎だぜ」
「はい。いつか必ず会いに行きます」
エリスはシドに頭を下げた。さすがにシドも少し寂しげな様子だった。
「エリス、頑張ってね。困った事があったらいつでも連絡頂戴ね」
「ティファさん・・・」
「駄目、ティファでしょ?」
「あ・・・ティファ、必ず連絡する」
「そうよ。私達仲間だもの」
「ティファ・・・ありがとう」
エリスはティファに軽く抱きついた。涙が一筋流れ落ちた。
「駄目よ...あなたはこれから幸せになるんじゃない。涙は似合わないわ」
そう言うティファの瞳も潤んでいた。
クラウドは何て言っていいのか言葉に詰まってしまった。
言うべき言葉を先に言われてしまって、他に言葉が見つからなかった。
「クラウド、何か言ってあげないと。エリスはあなたの言葉を待っているのよ」
ティファはクラウドをせっついた。
「エリス・・・元気でな」
クラウドはそう言うのが精一杯だった。どうにもこういう場面は苦手だった。
「もう、クラウドったら、もう少し気の利いた言葉を言ってあげてよ」
「そう言ったって・・・」
「クラウドさん、初めて『エリス』って呼んでくれましたね。私、それだけで充分です」
「ああ、そういえば初めてだったね」
エリスは鞄から一枚の紙を取り出すと、それをクラウドに渡した。
「これ、受け取って下さい。ティファさんにも了解してもらいました」
クラウドは紙を受け取る。それは最後に演奏した曲の楽譜だった。『ささやかな想い出』という題名が付いていた。
そして裏にはエリスによって描かれたクラウドの似顔絵があった。
「エリス...」
「クラウドさん、本当にありがとうございました。私、クラウドさんがくれたこの幸せを大事にします」
エリスは深々と頭を下げた。
「みなさん、本当にありがとうございました。それでは私、行きます。みなさんお元気で」
エリスはコスタ・デル・ソルに向かって歩き出した。
エリスは振り返るまいと思った。振り返ったら、涙が出てしまいそうだったから。
そう、これは私の旅立ち、涙は似合わないもの、と...。
「エリス、行っちゃったね」
「そうだな...」
「寂しい?」
「少しね。でも、勘違いしないでくれよ、俺はいつも仕事が終わる時はこういう気持ちになるんだ」
「・・・エリスね、クラウドの事が好きだったんだよ」
「ああ、この楽譜を見て分かったよ。彼女の最後の演奏、今思えばあれは俺へのさよならの言葉だったのかもしれない」
クラウドはあの時エリスが流したひとすじの涙を想い出した。
「ふ〜ん」
「ティファ、妬いているのか?」
「チョットね。だって、クラウドこの一週間は彼女とベッタリだったんでしょ?」
「仕事だから仕方ないだろ」
「じゃあ、ちゃんと報酬はもらったの?」
「あ、そういえば...忘れていた!」
「大丈夫、さっき私がエリスから受け取ったから。きっとあの人の事だから、報酬の事を忘れてるかもってエリスが言ってたわ」
ティファは報酬の金の入った袋をクラウドに手渡した。
「エリスがそんな事を」
「彼女、ちゃんとクラウドの事が分かっていたみたいね。だからこそクラウドが好きになったのね」
「・・・」
クラウドは報酬金を袋越しに手で確かめた。決して大金ではなかったが、その金はエリスがピアノ演奏で最後にもらった報酬でもあったのだ。
彼女の働く姿を見てきたクラウドにはこの金を使う事など出来そうもなかった。
いや、使うとしたらただ一つ...。
「シド、悪いがハニープレイスへ向かってくれないか?」
「おう、そいつはかまわねえが、何しに行くんだ?」
「買い物がしたいんだ」
「クラウド、何か買うの?何か欲しい物でもあったの?」
「・・・ティファに何かプレゼントしたいんだ。もうすぐ結婚して一年になるし、それにここ一週間は帰りが遅くて心配させたからね」
「クラウド...」
「さあ、行こう。俺達がここに残っていたら、エリスも心配するだろう」
澄み渡った空へ、ハイウインドは飛び立つ。
爆音はコスタ・デル・ソルの市街にも聞こえていた。
エリスはようやく振り返る。上空で、ハイウインドはゆっくり向きを変え、そして飛び去っていった。
(ありがとう、クラウドさん。さようなら、束の間の恋。でも、きっと幸せになってまた会いに行きます)
エリスは心を決めてクロフォード家の門を叩いた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
【あとがき】
元々はクラウドとティファのほのぼのした小説を書こうとしていたんですが、イメージが膨らんで全く別の小説になってしまいました。
この小説のティファは強いですよね。エリスの恋心も全て受け止めてるし。妻の強さなんでしょうか(^^;)
今回の小説もシドに登場願いました。本当はシエラも登場させたかったのですが。
シドとシエラの小説もいいかもしれないですね。