One Fine Day


タイニーブロンコは海の浅瀬づたいに次の目的地に向かっていた。

シドは操縦しながらチラッと時計を見た。
「このままだと目的地に着くのは夜になっちまうな・・・クラウドよ、どうする?」
「夜は危険だな。今日はこの辺でキャンプを張った方がいいかもしれない」
「俺も同感だぜ・・・お、クラウド、あそこなんざどうだ?」
シドが指さした先は海辺に草原が広がる場所だった。
「ああ、良さそうな場所だ。シド、あそこにタイニーブロンコを付けてくれ。俺が様子を見てくる」
「おう、了解だ」
シドはその場所に向かって操縦桿を切った。

タイニーブロンコが浜辺に停泊すると、クラウドは浜辺に降り立ち、草原に歩いていくと辺りを見回した。
かなり広い草原だ。モンスターが身を潜めてそうな場所は見当たらない。例え現れたとしても不意を衝かれるような心配はあるまい。
クラウドは頷くとタイニーブロンコに乗っているシドに向かってOKのサインを出した。
「おい、みんな今日はここでキャンプを張るぞ。さあ、降りた降りた」
シドはエンジンを止め、他のメンバーに向かって言った。皆頷いて次々に浜辺に降り立ち、クラウドの下に集まった。
「予定だと次の目的地には今夜到着するが、夜は危険だ。だからここで一泊して明日改めて目的地に向かおうと思う。
 それに、ここならモンスターに遭遇する危険は少ない。どうだろう?」
クラウドの提案にエアリスが答える。
「クラウドがそう言うなら私は賛成よ。ティファ、そうだよね?」
「うん、みんな船旅に疲れてるみたいだし」
ティファも頷いた。
「どうも船旅っていうのは疲れるよなあ。さすがに俺も地面が恋しくなったぜ」
バレットは間接をコキコキ鳴らしながら答えた。
他のメンバーも同様に頷いた。
「じゃあ、決まりだ」


陽はまだ高く、テントの設営を急ぐ必要は無かった。みな思い思いに休息を取っていた。

「ねえ〜、釣りしようよ、釣り。あたし、やり方知らないんだよ。ねえ、一緒に釣りしようよ〜」
ユフィは釣りがしたいようだ。だが釣り方を知らないらしく、盛んにバレットとシドを誘っている。
「仕方ねえな。こう見えても俺は『ロケット村の釣り名人』って呼ばれてたんだぜ。俺が教えればネコでも釣りが出来るようになってもんよ」
(わても釣れるようになるって事ですかいな・・・)
ケットシーは自分を指さして苦笑した。
「わあ〜、ねえ教えて教えて、釣り名人!」
「そうまで言われちゃあ、仕方がねえな・・・お、いい事思いついたぜ」
シドは何か思いついたらしく、立ち上がって声を張り上げた。
「みんな集まっちゃくれねえか」
みんな何事かとシドの下に集まってきた。
「みんな悪いな。突然だが、これから釣り大会を始めるぜ。
 賞金は出ねえが、一番たくさん釣った奴に俺が『真の釣り名人』の称号を与えるぜ。
 ついでに夕食の食材も手に入るわけだし、一石二鳥だと思うぜ。なあ、バレットはやるよな?」
「そうだな、別に称号はいらねえが、俺も参加するぜ。たまには釣りっていうのもいいよな」
バレットもやる気になったようだ。
「わても参加させてもらいますわ。ネコの意地をみせますよって」
ケットシーもネコの意地をみせるつもりだ。
「おいらには無理だから見てるよ」
さすがにナナキは釣りは難しいようだ。
「・・・」
「おい、ヴィンセント、おめえはどうする?」
「そうだな、他にする事があるわけでは無いからな。それに、釣りは時間を忘れていられる・・・参加しよう」
(お、おい、釣りは楽しむもんだぜ・・・)
一同はそう思ったが誰もそれを口にすることは無かった。
「クラウドはどうする?」
「悪いが俺は少し眠らせてもらうよ。後でテントの設営もしなくてはならんからな」
「そうか・・・仕方ねえな。じゃあ、ティファとエアリスのお二人さんはどうだい?」
「え、私達?私達は・・・どうする、エアリス?」
「私達はみんなが釣ったお魚を料理する準備しなくちゃね」
「そうよね、料理するのは私達だものね。みんな沢山釣ってきてね!」
「あ、そうだわ、一番多く釣った人にはティファが特別な魚料理作ってあげるっていうのはどうかしら?」
「おう、そいつはいいアイデアだ。ティファ、いいよな。たまにはクラウド以外に特別料理作ってもいいだろ?」
即座にシドが反応した。
「え・・・うん」
ティファはちょっと顔を赤らめた。
「それならおいらも釣り大会に参加するよ!」
ナナキはすかさず答えた。
「ようし、優勝の賞品も決まった事だし、早速釣り大会の開始と行こうぜ!」
シドの掛け声にメンバーはそれぞれ釣り竿を持って砂浜に向かった。
「みんな、頑張ってね〜」
エアリスがメンバーに声を掛けた。

「じゃあ、俺はひと眠りするから」
クラウドは眠る場所を探して歩き出した。

「さてと、料理の支度まではまだ時間があるし、ねえ、ティファ、そこの木陰で休もう」
「うん」
二人は近くの木陰に腰を下ろした。
「気持ち好いね」
ティファは長い髪を掻き上げながら空を見上げて言った。
「うん。お天気も良いし、何かとても幸せな気分。こうしていると、戦っているなんて忘れてしまいそう。
 ここって、神様が用意してくれた場所みたいに思えるわ。たまには戦いを忘れなさいっていう」
「そうだね。私達ずっと戦い続けてきたものね。休息も必要だわ」
二人は浜辺で釣りを楽しんでいる仲間達を眺めていた。
「みんな楽しそうね」
エアリスは眩しそうに釣りに興じる仲間達の姿を見ていた。
「誰が一番かな。私の予想だとシドかな」
「そうねえ、バレットはどう考えても釣り向きじゃないし、やっぱりシドが本命ね。いや、案外ヴィンセントが一番かも」
「うん、ヴィンセントは穴よね。黙々と釣って一番かもしれないわね」
「ヴィンセントって集中力ありそうだから、釣り向きよね」
二人は互いを見合ってふふっと笑った。

「よいしょ」
エアリスはそのまま草の上に寝転がった。
「草がフカフカして気持ちいい。ティファも寝転がってみて、本当に気持ちいいよ」
「うん」
ティファも同じように寝転がった。草が上等なベッドのように柔らかく体を包み込み、本当に心地が好い。
それに加え日差しの暖かさ、草の臭い、そよ吹く風・・・全てが優しく感じられる。
「本当、とっても気持ちいい。このまま眠ってしまいそう」

「このままずっとみんなと旅をしていたいな・・・」エアリスは呟いた。

「うん、みんな楽しい人達。戦いが辛いと思う事もあるけど、みんなと旅するのは楽しいね」
「でも、戦いが終わったら・・・・」
「エアリス?」
「戦いが終わったら・・・みんな帰っていくのね、帰るべき場所に」
「エアリス・・・」
「このまま戦いが続けばみんなとずっと一緒にいられる。だから戦いが終わらないで欲しい・・・ふと思ってしまうの。
 みんな命がけで戦っているのにそんなことを想うなんて、いけない事だって分かってる。でも、時々思ってしまうの。
 私、初めて本当に信頼できる仲間に出会えた。共に戦い、笑い、楽しいことも悲しいことも共有できる仲間。
 私、そんな『仲間』と呼べる人達にやっと出会えたんだもの。だから・・・」
「・・・」
「ごめんなさい、変なこと言っちゃって」
「ううん、私だって最初はクラウドと一緒にいたいというのが本音だったもの。でも、今は少し違う。
 何て言ったらいいのかしら・・・それぞれ想いは違っていても今という時をこうして共有できる仲間に出会えたのが嬉しいの。
 私だってエアリスと同じ気持ちよ。ずっとみんなと一緒にいたい。ううん、きっとみんなも同じ想いを抱いてると思うわ」
「ありがとう、ティファ」
「それに戦いが終わってみんなそれぞれの場所に帰ったって、いつまでもかけがえのない仲間よ。
 寂しい時、困った時はいつだって駆けつけてくれる筈。誰もエアリスを一人ぼっちになんかしないよ」
「うん・・・そうだね」
エアリスはニッコリ微笑んだ。

ティファはエアリスの過去を想うと、自分なんかより遙かに強い想いで仲間達を大切にしているんだと感じた。
いつも明るく元気良く振る舞う彼女の姿は、それだけみんなと出会えたことの喜びの表現なのかもしれない。
彼女はいつもみんなの事を考え、そして大切にしている。クラウドへの想いがあったとしても彼を特別に扱ったりしない。
むしろ恥ずかしいのは自分の方だと思った。自分はクラウドばかり見ているから。

クラウドが好き?そう。でも、それ以上にティファにはクラウドばかり見つめる理由があった。
それはティファだけが感じ得る。クラウドに対して感じる妙な違和感。ティファだけが感じることの出来る違和感。
彼と自分との間にある2年間の記憶のズレ・・・それらの理由は、今は分からない。
だからいつも側にいる筈なのに突然眼の前から消えてしまうんじゃないかという不安となってティファを襲うのだ。
だからティファはいつしかクラウドを愛する眼差しと同時に不安げな眼差しで見つめてばかりいた...。

「そういえば、クラウドは何処にいるのかしら?」
エアリスは起き上がってクラウドの姿を探した。
「クラウドなら、ほら、あそこで寝てるよ」
ティファも起き上がり、向こうの木陰を指さした。草で姿はハッキリ見えないが、あのツンツンした髪がニョッキり顔を出している。
「あ、本当だ。本当に寝ちゃってるのね」
エアリスはふふっと笑った。しかし、すぐに真顔になってボソッと言った。
「・・・やっぱりティファには叶わないね」
「え?」
「だってティファはいつだってクラウドの事を見守っているもの」
「・・・」
「私には真似出来ないわ。私、クラウドの事が好きだけど、そんな風に彼の事まだ見れてない」
「そ、そんな風にって、ただ私はクラウドの事が気になるだけで...」
「それだけティファの想いが強いって証拠。でも、誤解しないで。私、そんなティファがうらやましいけど、妬んでなんかいない。
 クラウドの事が好きだけど、私にはもっと時間が必要だと思うの。だから今はティファには叶わないって素直に思えるの」
「エアリス・・・」
「でも、そのうちティファに追いつけるかもしれない。ううん、追いついてみせる。その時が本当の勝負ね」
ティファはそんなエアリスの、本当に自分に正直にいようという想いにむしろ小気味よささえ覚えた。
「うん。でも、私負けないよ」
だからティファも素直に言えた。
今、眼の前にいるエアリスに対して恋のライバルというよりは同じ目標を共有する親友という感じがした。
もちろん、目標を達成できるのはどちらか一人。それでも今はむしろそれが互いの絆を深めてくれるような気がした。
それはエアリスも同じ事だった。こんな風に自分の想いを、それもライバルとなるティファに素直に言える自分が不思議だった。
でも、ティファだから言える。自分の想いを受け止め、そして理解してくれる大切な友達だから。
「でも、結局決めるのはクラウドなのよね。・・・そう思うと、何か悔しいね。
 二人の乙女がこうして頑張っているのに、当の本人があれだもの」
「本当にそうよね」
「それがクラウドの魅力って言えば魅力だから仕方ないけどね」
「クラウドの魅力、なのかな?それって」
「恋すれば何でも魅力に思えちゃうのよね。本当は欠点なんだけど、むしろ可愛く思えたりするもの」
「ふふ、確かにクラウドってどこか子供っぽいところがあるものね」
「クラウドと結婚したら、毎日膝枕させられるかもしれないね」
「うん、ありえるよ、きっと」
二人はクラウドが甘えて自分の膝に上で眠っている姿を想像して笑った。

「ああ、気持ち好い。私、少し眠るね」
エアリスは再び草に寝転がって眼を閉じた。
「私も少し眠るわ」
ティファも草に寝転がって眼を閉じる。そうしていつしか眠ってしまった...。


「おい、お二人さん」
そんな野太い声に、二人は浅い眠りから呼び覚まされた。
「う〜ん、誰?」
最初に目覚めたのはティファだった。眼を開けるとそこにはバレットが立っていた。
「バレット・・・どうしたの?」
ティファは眼をこすりながら横たわったままで訊いた。
「どうしたのって、釣り大会は終わったぞ。釣った魚をお前達に料理してもらわねえとな」
「あ、もうそんな時間なの!いけない、あんまり気持ち好いから眠ってしまったわ!」
ティファは慌てて飛び起きた。まだ明るかったが、陽はかなり傾いてしまっている。2〜3時間は眠っていたようだ。
「ホントに眠り過ぎちゃったみたいね」
エアリスも眼をこすりながらゆっくり起き上がった。
「私これから料理の用意するけど、エアリスは大丈夫?」
「うん、大丈夫。ティファ、料理教えてね。私もっと料理が上手くなりたい」
「うん、いいよ」
二人は立ち上がり、髪や服に付いた草を払い、そして料理の用意を始めた。

「そういえば、優勝者に私が特別料理を作るんだったよね。ねえバレット、釣り大会は誰が優勝したの?」
「あ、ああ、それがな、優勝したのはヴィンセントだ。しかもダントツだ」
「ヴィンセントなの!」
ティファは思わずエアリスの方を振り向いた。エアリスはニッコリ笑って言った。
「大穴、的中ね」
「シドは・・・釣り名人はどうしたの?」
「ああ、シドは3番だ。もっとも、奴はユフィにいろいろ教えながらだから仕方がなかったがな。それでも3番は大したもんだ。
 『ロケット村の釣り名人』というのもあながち嘘じゃなかったみてえだな。
 ちなみに、その他の順位は2番がケットシー、4番が俺、5番はナナキ、ユフィはさすがにビリだったな」
「ケットシーが2番なのは意外だったね」
「『ネコの意地』を見せたのね」
二人は顔を見合わせて笑った。
「じゃあ、ヴィンセントには特別料理ね。・・・でも、どんなの作ればいいのかしら?ヴィンセントの好みってまだ良く分からない。
 ねえ、エアリス、どんな料理がいいと思う?」
「難しいわね・・・これ、本当はいけない事だと思うけど、クラウドに作るつもりで料理を考えてみたらどうかしら?」
「え?でも、それじゃ、ヴィンセントに失礼だわ」
「大丈夫、ティファの作る料理だったら、誰だって美味いって言ってくれるわよ。
 ティファ、本当は特別料理はクラウドの為にしか作った事無いでしょ?」
「うん・・・・」
「クラウド以外の為の特別料理なんて考えられないものね。だから、いいんじゃない?
 だって食べるのはクラウドじゃなく、ヴィンセントなんだから。ヴィンセントだって変な期待してる訳じゃないんだから」
「そう言われるとそうよね」
ヴィンセント、いや、みんなには悪いとは思っていてはいたが、ティファはいつも料理を作るときに『今日はクラウドにこれ食べてもらおう』って考えていた。
もちろん、実際にはみんなの好みや栄養を考えて料理を作っているのだが、最初に考えてしまうのはクラウドの事だった。
「とにかく作ってみる。でも、クラウドの事考えるのは良くないと思うから、私なりにヴィンセントの事考えて作るわ。
 ヴィンセントの口に合わなかったら、その時は素直に謝るわ。だからエアリスも手伝ってね」
「うん、いいよ・・・ふふ、やっぱりティファならそう言うと思った」
「え?」
「ティファって、自分ではクラウドの事ばかり想っていると考えてるみたいだけど、決してそんな事ないよ。
 もちろんクラウドが第一だと思うけど、料理だってちゃんとみんなの栄養の事考えて作っているし。
 私知ってるよ、みんな同じ料理を食べてると思ってるけど、本当はみんな微妙に違うって。
 私やユフィには脂肪分が少なくなるようにしてるし、バレットやシドやクラウドにはお酒が合うように作っているでしょ?」
「あれは私が店をやっていたから...」
「きっとそうだと思うけど、でも、そこまで出来る人っていないと思うの。だからティファの店、評判だったじゃない。
 私でも七番街のセブンスヘブンって知っていたくらいだから」
「エアリス知っていたの?セブンスヘブンを」
「うん。名前と評判は聞いていたよ。美味い酒と上手い料理、そして美人のマスターって。だからティファの料理を食べて納得したわ。
 ティファの料理って、ちゃんと自分の事を考えて料理作ってくれてるって。だからティファはもっと自分に自信を持って欲しいの」
「ありがとう、エアリス。とっても嬉しい」
エアリスは微笑みながら相槌を打った。
「さあ、料理を作りましょう。みんな首を長くして待ってるわ。私は野菜とお魚を切るから、味付けはティファにお願いね」
「うん。頑張って美味しい料理作ろう」
ティファは嬉しかった。ティファは自分がクラウドの事ばかり考えている事を気に病んでいたのだ。
自分だけは旅の目的が違うのではないのかと。
だからエアリスの言葉はそんな自分にどんなに勇気づけてくれた事だろう。今はクラウドの事が第一、でも、それでいいのだと思った。
少なくともみんなのために何かをしてあげられるならば、旅をする意味があるんだと。

「ねえ、エアリス、こんなのどうかしら?」
料理の最中、ティファは何かを思いついたようで、エアリスに耳打ちした。
「それいいね、そうしよう!でも、大丈夫?」
「何とかなると思うわ。もっと忙しくなるけど、いいかしら?」
「うん、大丈夫だよ」
二人は料理の手を早め、せっせと料理を作り続けた。


「お待ちかねの料理が出来たわ。みんな集まって」
エアリスの声にみんな集まってきた。その中にはクラウドの姿もあった。
「クラウド、やっと起きたのね」
「あ、ああ。本当はもう少し眠っていたかったんだが、バレットの奴に起こされてね」
「うふふ、それじゃあ仕方が無いわね。さあ、席について。今日はティファと私で御馳走を作ったのよ」
みんなが席につくと、やがてティファとエアリスが料理を運んできた。料理にはみな蓋がしてあり、何の料理なのかはまだ分からなかった。
「私がいいと言うまで蓋を開けちゃ駄目よ。お楽しみなんだから」
エアリスは微笑みながら言った。

やがて全ての料理を運び終えると、ティファは言った。
「釣り大会の賞品は私の特別料理だという事で頑張って作ってみたわ。まず優勝者のヴィンセント、おめでとう!蓋を開けてみて」
みんなの拍手にヴィンセントはほんの少し照れ臭そうにしているように見えた。
ヴィンセントは蓋を開ける。魚を酒で蒸した料理で、美味しそうな香りが辺りに漂っていた。
「おお、こいつは美味そうだぜ。さすがにティファが特別に作った料理だ」
バレットがチョッピリ羨ましそうに言った。
「ヴィンセントはこういうのが好みかなって思って作ってみたの。どうかしら?」
「優勝を狙ったわけではないんだが・・・これは私の好物だ。ありがたくいただくとしよう」
言葉とは裏腹にヴィンセントはティファに向かって一瞬ニッコリ笑った。それは彼なりの最大の感謝の言葉だった。
「良かった...喜んでもらえて」
ティファはホッと胸をなで下ろした。
「次に準優勝のケットシー。ケットシーにも作ったから蓋を開けてみて」
「え、おいらも特別料理でっか?そりゃ嬉しいわ」
ケットシーが蓋を開けると、皿には魚のクリーム煮が乗っていた。
「ケットシーはクリーム系が好きだからこれが良いんじゃないかって思ったの」
「ティファさん、おおきに。とっても美味しそうですわ」
「喜んでもらえて良かったわ。続いて第3位...」

結局ティファは全ての参加者に特別料理を作っていた。
「ねえ、エアリス、こんなのどうかしら?」・・・それは全ての参加者に特別食を作るというアイデアだった。

「最後にクラウド・・・『今日も見張りご苦労様賞』という事で料理作ったから蓋を開けて」
「あ、ああ」
クラウドが蓋を開けると魚の切り身を薄くスライスしたものを皿に花びら状に並べてある。
「これを絞って上にかけてみて」
エアリスが小さな果実をクラウドに渡す。クラウドはそれを絞って魚の上にふりかけた。
「そのまま食べてみて。とっても美味しいわよ」
ティファは微笑みながら言った。クラウドは言われるがまま魚の切り身をつまんで食べてみた。
「うん、これは美味いよ」
「そうだよね。この料理のアイデアはエアリスなの。料理は私が作ったんだけど」
「良かった〜。クラウドの口に合って」
エアリスは嬉しそうに言った。

みんなティファの特別料理に満足そうだった。普段は見せないような笑顔で食事を心ゆくまで楽しんでいた。
「ティファ、良かったね。みんなとっても嬉しそうに食べてる」
「うん、みんなの嬉しそうな顔を見て作って良かった」
ティファは頷いた。


夜は更けて、クラウドはテント近くの木陰に腰を下ろし、木に背もたれてモンスターの夜襲を警戒していた。
もう、仲間達は眠りについている頃だ。だが、昼間タップリ眠ったおかげで眠気は襲ってこない。
微かに吹く風、打ち寄せる波の音、そして満天の星空だけが夜を優しく包み込んでいる。
こんな優しい夜にはクラウドは決まって故郷の給水塔を思い出す。たった一度だけティファと二人で眺めた星空を...。
(俺はティファとの約束を守れたのかな・・・)
確かに自分はソルジャーになった。けれど今はソルジャーではない。
(ピンチの時は助けに来て、か・・・もちろん俺はそうするつもりだ。でも、出来ればそんな事態にはならないで欲しい)
クラウドはふふっと微笑んだ。
(俺達は一緒にいるんだ。ティファをピンチになんかする筈が無いじゃないか)

その時、クラウドは背後に気配を感じた。
(モンスターか!)
クラウドが剣に手を掛けて振り向いた。

そこにはティファが立っていた。

「ティファじゃないか。どうしたんだ?」
「うん、クラウドお腹が空くかもしれないと思って夜食を持ってきたの」
ティファはクラウドの側に歩み寄り、バスケットをクラウドに渡した。
「あり合わせの食材で作ったから大した料理は作れなかったんだけど、良かったら食べて」
クラウドはバスケットをそっと開いてみる。あり合わせで作ったにしてはちゃんとした料理だ。しかも酒も入っている。
「美味そうだよ。それに酒もついてるし。すまないな」
「お酒は飲み過ぎないようにね」
ティファはニッコリ微笑んだ。
「クラウド・・・横に座ってもいい?」
「あ、ああ」
ティファはクラウドの横に座った。そして星空を見上げた。
クラウドはチラッとティファの横顔を見る。何故だかティファがとても美しく見えた。
「星が綺麗・・・こんな星空を見てると思い出すわ。給水塔でクラウドと一緒に見たあの星空を」
(ティファ・・・)
クラウドはティファもまた自分と同じようにこの星空にあの給水塔を想い出しているのに驚いた。
そう、ティファにとっても自分と同じようにあの夜の事は大切な想い出なんだと。
ティファの横顔にクラウドは幼い頃いつも遠くから眺めていたあの頃のティファの可憐な姿をダブらせていた。
「どうしたの?」
ティファは怪訝そうな顔をした。
「い、いや、ティファも同じように想い出したんだと思ってね。俺もさっきまで想い出していたんだ。給水塔での事を」
「クラウドもそうだったの・・・私にとっては給水塔はクラウドのとても大切な想い出なの」
「俺だってそうさ」
「クラウド・・・」
ティファはクラウドを見つめた。ティファの瞳は憂いを含んで輝いている。クラウドにはティファが自分にとってとても大切なものに思えた。
「俺、約束守れたのかな」
「・・・」
「俺はソルジャーになった。でも、今はソルジャーじゃない」
「ううん、クラウドは約束守ったよ。ちゃんとソルジャーになったじゃない。ソルジャーになれなくたっていいの。
 ちゃんとクラウドは帰ってきてくれた。そしていつも私を守っていてくれる」
「ありがとう、ティファ」
「クラウド、お願いがあるの」
「何だい?」
「これからも・・・私の事守ってくれる?」
「当たり前だよ。約束しただろ?『ピンチの時は助けに行く』って」
「ありがとう、クラウド」
「さあ、もう寝た方がいい。明日からはまた戦いの日々だ。ゆっくり眠れる時には眠っておいた方がいい」
「うん。じゃあ、私帰るね。クラウドも無理をしないで」
「ああ、分かったよ」
ティファはテントに帰っていった。

クラウドは再び夜の見張りを続けた。
(少しお腹が空いてきたな)
クラウドはバスケットを開き、ティファお手製の夜食を口にし、酒を少し飲んだ。
(美味い・・・美味いよティファ)
夜はやはりあくまでも優しく、星空と夜風とさざ波の音に包まれている。
(今日という日は神様が与えてくれたものなのかもしれない。もう2度と来ないかもしれない安らかで平和な一日。
 俺はこんな日のために戦おう。何の不安も無く過ごせる幸せな日が再び訪れる事を願って)

クラウドは己の中に強い決意が刻み込まれるのを感じていた...。


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あとがき

この小説はクラウド達が戦いの旅の中で過ごしたであろう束の間の平和な一日を描こうと思って書きました。
小説のタイトルである「One Fine Day」は僕が昔好きだった(今でも好きです)カーペンターズの名作と言われる
「Now and Then」というアルバムに納められている一曲から取りました。
「One Fine Day」は軽快な曲で、この曲の明るさに慰められた想い出があります。
この小説は僕にしては珍しく最初にタイトルがあって、それからストーリーを考えました。
小説の内容はどうもまとまりが無いように思えますが、平和な一日の雰囲気は出せたかなって思ってます。
最後のクラウドとティファの場面、やはり給水塔をメインに描いてしまいました。
僕にとっては給水塔が二人にとって全ての始まりであり、二人を結びつける最高の想い出だと思っているので...。