一夜だけのセブンスヘブン


ニブルヘイムを薄闇が包み始める。
村の中心にある給水塔近くの小さな家に明かりが点る。
家の中からは料理の何とも言えない好い香りが漂ってくる。家の前を通り過ぎる誰でもが食欲をそそられるような香りだった。

ティファは忙しく夕食の料理を作っていた。料理はもう殆ど出来上がっていた。
時折バスに行き、湯加減を確認する。既に丁度好い温度になっている。
もうすぐクラウドが帰ってくる時分。それに合わせて全ての準備は整いつつある。
いつもと変わらぬ日常の一コマ。それでもティファの心はこんなひとときにも幸せを感じるのだった。


クラウドとティファが結婚してからもうすぐ一年になろうとしていた。
子供はまだいない。二人共子供は欲しいと思っていたが、決して焦ったりはしない。
まだまだ二人の夫婦生活は始まったばかりなのだから。

ティファはセブンスヘブンを半年前に閉店していた。
結婚当初は村の人々の願いもあり、またクラウドの理解もあって店を続けていたが、やはり店と家事を両立するのは無理だと判断して店を閉めたのだ。
いや、家事が忙しくて店を閉めたというのは正確な表現ではないのかもしれない。
結婚するかなり以前からクラウドと夫婦同然の生活をしていても、彼女はセンブンスヘブンを続けていたのだから。
妻としてすべき事は店を続けたとしても出来た筈だった。
それでもティファは店をたたむ決心をした。形だけ妻としての体裁を整えるのは嫌だったから。

店を開いてた頃、クラウドの食事を作りながら店の新しいメニューを考えてしまう事があった。
クラウドがたまに早く帰ってきても彼女が帰宅するのは夜遅くだった。
クラウドはそんな時でも微笑んで待っていてくれた。むしろ疲れた自分をいたわってくれた。
でも、ティファはそんな自分が堪らなく嫌だった。

いつだって暖かい食事を作ってクラウドの帰りを待っていたかった。
疲れたクラウドをいたわっていたかった。
いつだってクラウドの事を考えていたかった・・・それがティファの願いだから。
だからセブンスヘブンを閉めた事には何の後悔もしていない。
今、セブンスヘブンはクラウドだけのものになったのだから。



「ただいま〜」
「おかえりなさい!クラウド」
ティファはクラウドの上着を脱がせ、壁に掛ける。クラウドは居間のソファーに腰掛けて装備を順番に外していった。
「お疲れさま」
ティファは着替えをクラウドの脇に置き、冷やしたタオルをクラウドに手渡す。
「ああ、すまない」
クラウドはタオルで顔や首筋を拭う。ひんやりした感触がとても心地良かった。
「ふ〜、気持ち良い。今日はコスタ・デル・ソルまで行ったから少し疲れたよ」
近年、ようやく村々や都市の間を結ぶバスが整備されてきて人々の行き来は安全かつ楽になった。
とはいえ、やはり危険がある事には違いなかった。モンスターや盗賊と遭遇する可能性は決して少なくなかった。
そこでそういった不測の事態に備えてバスには必ずボディガードを帯同させていた。
クラウドはこのボディガードを生業としていた。
「食事の用意は出来てるわ。風呂も今丁度良い湯加減よ。どうする、クラウド?」
「食事にするよ。お腹がペコペコなんだ・・・何しろ家では美味い料理が待っているんだからね。お腹が減っても我慢していたんだ」
「まあ、クラウドったら...すぐに食事にするわね」
ティファはニッコリ微笑んで。ダイニングへ歩き出した。クラウドも着替えてダイニングに行った。
家に入る直前から料理のいい香りに食欲をそそられていたクラウドは料理をすごく楽しみにしていた。

「今日はパスタにしてみたの。この前覚えた料理なんだけど、初めて作るからあんまり自信無いんだ」
そう言ってティファはクラウドの前に料理を盛った皿を置いた。
初めて作ったというパスタ料理はソースの芳醇な香りを振りまいている。クラウドには口にせずともこれが美味い事は分かった。
「いい香りだ。美味そうだよ」
「本当!?早速食べてみて」
「ああ、そうするよ。いただきます」
クラウドは料理を口にした。ゆっくり噛みしめそして飲み込んだ。
「・・・」
「どう?・・・」
ティファは不安そうに訊いた。
クラウドは何も言わず、一気にパスタを平らげてしまった。
「ティファ、おかわり!」
クラウドは空になった皿を差し出して、ニッコリ微笑んだ。
「これが答えさ。美味いよ、これ。ソースの美味しさとパスタの確かな歯応えが最高だよ」
「本当!?良かったあ。あ、ごめんなさい、すぐにおかわり持ってくるね。まだ一杯あるからどんどん食べてね」
ティファは嬉しそうに笑った。クラウドは料理も大好きだが、ティファのこういう笑顔を見るのはもっと好きだった。
クラウドは自分が知らぬ間に微笑んでいるのに気付いた。幸せを実感するというのはこういう時をいうのだろうなと思った。

食事を終え、入浴を済ますと、クラウドは居間へ戻る。テーブルの上には晩酌の用意がしてある。
ティファは手早く『プレミアムハート』を作るとクラウドに差し出す。彼女も軽いカクテルだが一緒にお酒を飲む。
このひとときがクラウドにとって一日で一番くつろげる時間だった。
「ティファ、今日、コスタ・デル・ソルでジョニーに会ったよ」
「ジョニーに!?懐かしいわね。彼、今どうしてるの?」
「あいつとは意外な形で再会したんだ。仕事の合間にコスタ・デル・ソルの街を歩いていたんだが、突然声を掛けてくる奴がいてね。
 『お兄さん、宿をお探しなら、貸別荘なんてどうだい?』なんて言ってきたんだ。
 俺には関係無い話だなと思ってそいつの顔も見ずに無視して歩いたんだが、そいつはしつこくついて来て売り込みをしてきたんだ。
 あんまりしつこいんで『悪いが俺には興味が無い』そう言おうと振り返ってみたら・・・そいつがジョニーだったんだよ」
「ジョニーが貸別荘の客引きをしてたの!?」
「ああ。ビックリしたよ。もっとも俺よりもあいつの方が驚いていたようだったけどね。
 あいつはすまなそうな顔で俺に事情を説明したよ。
 俺も初めて知ったんだが、あそこは最近まで別荘の建設ラッシュだったようだね。
 もともと観光地で有名な所だから当然といえば当然なんだが、最近の観光ブームに乗せられてそれに拍車がかかったらしい。
 ところが観光で来る人間は多くても、別荘まで買おうという人間は多くなかったらしく、結果として供給過剰になった。
 そうなると当然ながら別荘の安売りが始まり、それにつれて強引な勧誘も眼についてきたというわけさ。
 ジョニーもブームに乗せられて別荘を建てたはいいが、買い手がいなかったらしい。
 そこで貸別荘に切り替えたのは賢明だったが、それでもやっぱり借り手がいなくて困っていたらしいんだ。
 それで相手が俺だとも知らずに声を掛けたという訳さ」
「それでどうしたの?」
「もちろん俺は仕事で来ていただけだから、彼には悪いが断ったよ。
 でも、あいつの話を聞いていて何とかしてやりたいと思ったのも事実だ。
 だから今日は別荘を借りる訳にはいかないが、後で一週間ほど別荘を借りると約束したんだ」
「別荘を借りるって・・・」
クラウドはチョッピリ照れ臭そうに言った。
「ティファと結婚してもうすぐ一年になるしな・・・俺も記念に旅行でもと考えていたんだよ。だから丁度いいかなってね。
 幸い今は仕事も忙しく無いし・・・ティファ、一週間コスタ・デル・ソルで過ごしてみないか?」
「旅行!?うん、行きたい!いつ行くの?」
「とりあえずジョニーには来週に行くと言ってある。ティファ、大丈夫だよな?」
「うん、私はいつでもOKよ。・・・一週間の旅行、楽しみだな」
「二人でのんびりしような」
ティファは結婚してからというもの、殆ど村を出た事が無かった。出る必要も無かったし、出るキッカケも無かった。
別にそれに不満は無かったのだけれど、かつて旅した村や街が今どうなっているかを想う事はあった。
クラウドが話す外の様子・・・それがティファにとって知り得る情報だった。
だから旅行に対して子供が初めて外の世界に出ていくような新鮮な喜びを感じていた。



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バスはゆっくりとコスタ・デル・ソルの街に近づいていく。
日差しは眩しく、常夏の行楽地での楽しさを予感させるに充分だった。

「クラウド、コスタ・デル・ソルが見えてきたよ」
ティファは目を輝かせながら言った。
「ああ、もうすぐだね」
「何年振りかしら・・・きっと随分変わったよね?」
「そうでもないさ。建物はかなり増えたけどね」
「そうなの?でも、あそこで一週間過ごすのね。楽しみだわ」
ティファは子供のようにウキウキしてるようだった。そんなティファを見ててクラウドはふふっと微笑んだ。
こういうティファの笑顔を見れただけでも旅行に来て良かったなと思った。

バスはやがてコスタ・デル・ソルの街に到着した。
二人がバスから降りると、真夏の暑い空気が身体を包み込んだ。
「コスタ・デル・ソルはさすがに暑いね」
「俺はいつも此処に来るたび海で泳ぎたくなるよ。仕事だから無理だったけど、今回は思いっきり海で泳げるよ。
 でも、とりあえずジョニーの所へ行こう。全ては荷物を置いてからだ」
「うん、行こう」
二人は町外れのジョニーの家に向かった。


「やあ、待ってたよ。来ないかと思って心配してたんだ」
「俺が約束を破るような男に見えたか?」
「いやあ、冗談冗談。もうそろそろ来るかと思って待っていたんだ」
「ジョニー、久し振りね」
「やあティファ、久し振り。相変わらず綺麗だね」
「ふふ、ジョニーは相変わらずね」
「まあ、とにかく入ってくれよ」
クラウドはティファは促されてジョニーの家に入った。
家の中は広くゆったりとしていた。さすがに別荘を建てるだけあってそれなりに裕福な生活を送っているようだった。
「その辺にでも座ってくれよ」
クラウドとティファはソファーに座った。
「おい、何か冷たい物を持ってきてくれ」
「はい」
やがて一人の美しい女性が冷えた飲み物を運んできた。彼女はテーブルに飲み物を置くと、ジョニーの横に座った。
「ああ、紹介するよ。妻のサラだ」
「初めまして、サラといいます」
サラはペコリと頭を下げた。
「初めまして、クラウドです」
「妻のティファです」
二人も軽く会釈をした。

しばらくはジョニーの家で世間話などをして、それから二人は別荘に案内された。
「とても素敵な別荘ね。とっても広いし」
「8人用の別荘だからね。せっかくお二人さんが来てくれたんだ、これくらいはサービスさせて貰うよ」
「ありがとう、ジョニー」
「どういたしまして。じゃあ、俺はこれで失礼するよ。何かあったら家に来てくれ」
「ああ、そうするよ」

ジョニーが帰った後、二人は荷物を解き、別荘の中を一応チェックして回った。
「ねえ、見て!クラウド、窓から海が見えるよ〜」
2階からティファの声が響く。クラウドは2階に上がり、ティファの横に立った。
窓の外には海が良く見えた。右の方を見ると、コスタ・デル・ソルのビーチも見える。
「いい眺めだな」
「私、小さい頃から夢見てたんだ・・・結婚して、海の見える丘の上の白い家に住むのが。ちょうどこんな風に・・・」
「ティファにそんな夢があったなんて知らなかったなあ。何で教えてくれなかったんだ?」
「だって・・・子供みたいだし・・・」
ティファは恥ずかしそうに答えた。
「馬鹿だな、そういうティファを俺は好きなんだ。水車小屋で俺にヒーローになってくれって言ったティファ。
 ミッドガルで再会して約束を守ってよって言ったティファが俺は大好きだ」
「クラウド・・・」
「ここが気に入ったら、いつか買おう。俺の稼ぎではいつになるか分からないけどね」
「クラウド・・・ありがとう。私も小さい頃から変わらないあなたが好き」
「ティファ・・・」
二人は軽く口づけを交わした。

こうして二人のバカンスは始まった。



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クラウドとティファは心ゆくまでバカンスを楽しんだ。
クラウドは真っ黒に日焼けしていた。ティファも日焼けしないように充分注意してつもりだったが、やっぱり少し日焼けしていた。


夢のように日々は過ぎ去り、いよいよバカンスもあと二日を残すだけになっていた。


二人はコスタ・デル・ソルの街を歩いていた。
今回の旅の思い出に何か記念になるような物を探していた。
「クラウドはあんまり変わってないって言ってたよね」
「それがどうかしたかい?」
「やっぱり、かなり変わってるよ。クラウドは時々此処に来てるから、少しづつの変化に気付いて無いと思うの。
 ほら、ああいうお店、一年前には無かったわ」
ティファの指差す先には『蜂蜜の館』があった。
「そういえば、そうだったかもなあ」
「明日、バレットが来るんだよね」
「ああ、でも仕事だからな」
「でも、こっちには寄るんでしょ?だったらいろいろ用意しなくちゃ」

実はコスタ・デル・ソルへ来る途中でコレルでバレットと久し振りの再会をしていた。
偶然にもバレットも明日コスタ・デル・ソルへ来る事になっていた。
コレルもゴールドーソーサーに近い事もあって少しづつ観光として訪れる人々が増えてきたが、
そこに目を付けたコスタ・デル・ソルの観光業者がコレルを観光コースに取り入れたいと申し入れをしてきたのだ。
バレットはコレル村の代表としてこの観光業者との打ち合わせにこちらへ来る事になっていたのだ。


「すいません、もしや・・・」
不意に後ろから男の声がした。
二人が振り返ると、そこには一人の中年の男が立っていた。
「あの・・・もしかしたらティファさん、じゃないですか?」
中年の男は恐る恐る尋ねた。
「はい。確かに私はティファですけど・・・」
「ああ、やっぱりそうだった!おいら、昔七番街に住んでいたんだ」
「七番街に住んでいたんですか!?」
「もっとも、七番街がああなる前に八番街に移っていたんで助かったんだけどね。
 セブンスヘブンにも何回か行ったこともあるよ。もっとも、ティファさんはおいらの事なんて覚えちゃいないだろうけど」
「ごめんなさい・・・」
「いいんですよ。でも、おいらははあそこで飲んだカクテルが今でも忘れられなくてねえ。
 おいらだけじゃない、今ここに住んでる元スラムの連中の多くは一度はセブンスヘブンへ行った事があるんだ。
 だからたまに昔話をしているとみんな言うんだ。『セブンスヘブンのカクテルがもう一度飲みたいなあ』ってね」
「そうだったんですか...」
「ティファさん、今はもう店はやっていないんですか?」
「ええ。半年前までは故郷の村で同じセブンスヘブンという名で店をやっていたんですけど...」
「そうですか、それは残念だったなあ。知ってたらきっと行ったのに。でも、ティファさんが生きてたって知ったら連中も少しは喜びますよ。
 何しろみんなティファさんにホの字だったですから。そういうおいらもそうだったんですけどね」
男は頭を掻いて照れ臭そうだった。
「まあ!・・・でも、今は私も人妻ですから」
「分かってますよ。おいらも含めてみんな今じゃ女房子供持ちですから。・・・お隣にいらっしゃるのが旦那さんですか?」
「はい」
「すいません、あんまり懐かしい人に出会ったものでつい話しかけてしまいました。忙しいところすいません」
男はクラウドに頭を下げた。
「いえ、いいんですよ」
「では、おいらはこれで失礼します」
男は軽く会釈をしてその場を去っていった。

「驚いたわ。まさかこんな所でスラムの人に出会うなんて」
「・・・」
「どうしたの?」
「なあティファ」
「何?クラウド」
「明日はバレットも来ることだし・・・どうだ、明日一晩だけセブンスヘブンを復活するっていうのは?」
「クラウド・・・」
「今でもこうしてセブンスヘブンを想い出してくれる人がいる。七番街が崩壊し、ミッドガルも消滅した。
 残されたものはもしかしたらセブンスヘブンだけなのかしれない。
 セブンスヘブンはもう無いけれど、一晩だけなら復活させてもいいんじゃないか?」
「でも...」
「俺も七番街の住人だった。俺もティファと結婚していなかったら同じような想いが残っていると思えるんだ」
「クラウド・・・私、一夜だけのセブンスヘブンを開く。セブンスヘブンを愛してくれたみんなに感謝の気持ちを込めて」
「さあ、さっきの人に伝えに行こう」
「うん!」


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『一夜だけのセブンスヘブン』・・・そうは言ったものの、ここはコスタ・デル・ソル、事は簡単にいきそうもなかった。

クラウドとティファはジョニーに事情を話し、協力を頼んでみた。ジョニーも大いに乗り気になってくれて、方々に手を尽くしてくれた。
元スラムの連中も協力してくれた。
当初、この貸別荘をセブンスヘブンとしようとも考えていたが、町外れの既に廃業した酒場を一晩だけ借りることが出来た。
みんなジョニーそして元スラムの人々のおかげだった。

翌日は朝から忙しかった。
廃業した酒場には調度品は残っていたが、肝心な調理器具などは既に撤去されていた。
セブンスヘブンを開く以上、調理器具やら酒やらカクテル作りの道具が必要だが、そんな物は持ってきている筈もない。
全てこちらで揃えるしかなかったのだ。
幸いにもジョニーや元スラムの連中が必要な物は調達し、搬入も彼らが手伝ってくれた。
だが、それらをセッティングするのは結局ティファがメインでやるしかなかった。

「ああ言ってはみたものの、店を開くというのも大変なんだね」
クラウドは道具を運びながら言った。
「一日でやるのは無理があったかもしれないね。でも、これでも本来の5分の1くらいなのよ」
「そうなのか?ティファも店をやってた頃は大変だったんだな・・・気付かなかったよ」
「だから店を閉めたの。だってお店やってたら奥さんらしい事出来ないと思ったから」
「すまないな」
「ううん、今はとっても幸せだもん。お店もそれはそれで楽しかったけど、二人の生活が大切だもの」
「ティファ・・・」

「おう、久し振りだな」
そう言って店の扉を開いて一人の大男が入ってきた。
鉄のような薄黒い筋肉、角刈りに右の腕には義手・・・それはバレットだった。
「あ!バレット」
「やあ、バレット、久し振りだな」
バレットはツカツカと店内に入ると、辺りを見回して言った。
「今晩、セブンスヘブンを復活させるって聞いたが、まだ全然準備が出来てねえじゃないか」
「だから今急いで準備してるんだ」
「おいおい、これじゃあ夜には間に合わねえぜ・・・仕方ねえな、俺も手伝うぜ」
「バレット、有り難う」
「いいって事よ。俺もおめえのカクテルが飲めるのを楽しみにしているんだ」

バレットに手助けもあって、何とかセッティングしてようやくそれらしい準備が出来たのは夕刻近かった。
ここからはティファの腕の見せ所だ。彼女は手際よく料理の仕込みをこなしていった。


そして日も暮れた頃、一晩だけのセブンスヘブンが店を開いた。


ジョニー夫妻、元スラムの人々が店にやって来た。
「みんな、今日は有り難う。こんな形でセブンスヘブンを開くなんて思わなかったけど、私とっても嬉しい。
 今晩は思いっきり飲んで頂戴ね!」
「おう!」
セブンスヘブンはこうして開いた。想い出の中の酒場、セブンスヘブンが一夜の夢のように復活したのだ。

みんなティファの料理、そしてカクテルにかつてのミッドガルを想い出していた。
決して幸福ではなかったかもしれないけど、誰もが思い出の中ではミッドガルには楽しい思い出ばかりが去来してしていた。
みんな思い思いに語り合っていたが、いつしかミッドガルでの思い出を語り合っているのだった。

「上の連中は下の俺達のとこをスラムって呼んでいたみたいだけど、下には下の良さってもんがあるんだよな」
「俺は何回か上に行ったことがあるが、何ていうか、息苦しんだよ。みんなよそよそしくてよ」
「少なくとも下ではそんな事はねえよな」
「上の連中にとっちゃ、怪しげで危ねえ所に映ってたのかもしれねえが、俺にとっちゃ、上の方がよっぽど怪しいねえ」
「そうだよな」
「それに下には絶対上には無い素敵な場所があったしな」
「素敵な場所?」
「セブンスヘブンだよ」
「おう、その通りだ。あんな美味い酒と料理は上にも絶対にねえ」
「陽も入らず、金も無かったが、自由とセブンスヘブンはあったよな」
「あの頃は金持ちになることばかり夢見てたが、今想い出すと、あの頃も、もしかしたらあの頃の方が幸せだったかもしれねえな」
「ああ。でも、今こうして昔の連中と一緒にティファの酒を飲んでると、まるであの頃にいるみたいだな」
「本当にそうだよな」

「こうしていると、本当にあの頃のようだな」
バレットが店内を見回してしみじみ言った。
「これでマリンがいりゃあ、あの頃と錯覚するかもな。いや、それでも足りねえな。やっぱりあいつらがいねえとな...」
「ああ、そうだな」
クラウドは相槌を打ちながら、ミッドガルでの過去を想い出していた。
ビッグス、ウェッジ、ジェシー・・・みんな俺の事を仲間だと思ってくれていたのに、あの頃の自分はまるで他人のように振る舞っていた。
今なら共に笑い、そしてもっと語り合えたのに・・・そう思うと、無性に寂しくなった。

「しかし七番街の崩落は酷かったよな」

その言葉にクラウドとバレットは自然にその会話に耳を立てていた。
「ああ。俺の友達もかなりいたんだが、みんな死んじまった」
「あの崩落、神羅はアバランチの仕業と言ったけど、本当は神羅がやったようだぜ」
「そうらしいな。でも、どっちがやったにしたって許される事じゃない」
「神羅がやったのも、アバランチのせいにするためだっていうじゃねえか」
「それだけの為に七番街の連中を犠牲にしたんだよな」
「そういう意味ではアバランチも罪がねえとはいえないな」
「今更恨んでも仕方ないけどな」

「みんな・・・」
バレットはそう叫んで立ち上がろうとした。が、クラウドが彼の腕を掴んでそれを止め、再び彼を座らせた。
その場にいる全ての者がクラウド達のテーブルに注目していた。
バレットが振り向くと、クラウドは微笑みながら首を振りそして代わりに立ち上がった。
「みんな、今日はしんみりした話は無しだ。一晩限りのセブンスヘブンで大いに楽しもう」
クラウドはグラスを上に掲げた。
「おお!」
他の連中もグラスを上げ、それに答えた。

「クラウド・・・」
バレットはクラウドを見上げて言った。その声にはいつもの力強さは全く無かった。
「少し外で飲まないか?いいだろ?」
「お、おう」
クラウドはニコッと笑い。ティファに向かって言った。
「ティファ、俺達は外で飲んでるよ」
「うん、分かった」
クラウドはグラスを持って外に歩き出した。バレットもそれに従った。

「今夜も星が綺麗だなあ。メテオが近づいていた頃は正直言って、もうこんな星空は見られないのかなと思ってたよ。
 やっぱり平和っていいよな。明日に希望を持つ事が出来るんだから」
クラウドはそう言ってグラスを傾けた。
「クラウド、俺は・・・」
「バレット、あれはバレット一人の責任じゃない。俺やティファだってアバランチの一員だったんだ、自分一人で責任を感じる必要は無いよ」
「でも、アバランチを作ったのは俺だ。『星を守る』なんて言いながら、俺は私怨からアバランチを作ったんだ。お前達とは違う。
 俺がアバランチさえ結成しなければ七番街は、ビッグス達はあんな事にはならなかったんだ。
 コレルの事だってそうだ。俺のせいで村はあんな事になっちまった...」
「・・・」
バレットは未だに過去を引きずっている。取り戻す事は出来ないのに、彼の心は過去の罪を償いたいと思い続けている。
だが、それではいけないのだ。過去の過ちは認めても、そこに留まっていてはいけないのだ。
クラウドはキッとバレットを睨んで言った。
「バレット、キッカケはどうあれ、アバランチが星を守ろうとしていたのは本当なんだろ?
 ビッグスもウェッジもジェシーも星を守ろうとするあんたを信じたからこそ最後まで戦ったんじゃないのか?
 あんたは彼らの死まで嘘だったと言うのか?」
「そ、そんな事は絶対に無い。あの頃は俺だって真剣に星を守ろうと考えていた。あいつらを騙したつもりはない」
「バレット、全てはちょっとしたボタンの掛け違いだったんだよ。アバランチの『星を守る』という正義に間違いは無かったんだ。
 ただ、その方法は正しいとはいえなかったし、そのせいで神羅は七番街ごとアバランチを葬り去ろうとした。
 結果から見れば俺達のした事は間違っていたんだろう。
 でも、全てはもう過去の事なんだ。
 俺達がどう罪の意識に囚われたって、死んだ人達が生き返るわけでもない。
 みんな七番街の事をこうして過去の事として話が出来るようになったのに、彼らの心を乱すような事はしてはいけない。
 新たな恨みの感情を持っても何の意味も無い。恨みはただ悲しい結末を産み出すだけだ。
 それよりも未来に目を向け、残された人達の為に何かをする事の方が大事じゃないのか?」
「・・・」
「俺にしたって、メテオを呼び出したのは俺が黒マテリアをセフィロスに渡したせいだ。
 星を危機に陥れ、ミッドガルで多くの犠牲者を出したのも俺のせいなのかもしれない。
 でも、俺は罪の意識を引きずるのは止めにしたんだ。
 自分の責任は責任として受け止め、けれどそれに囚われる事無く生きようと思っている。
 今、俺は微力でもみんなのために働き、そして一番大切な人・・・ティファを幸せにする事が自分のすべき事だと信じている。
 バレット、あんたもみんなのためにコレルで働き、マリンを幸せにする事が一番大切なんじゃないか?
 いつまでも過去を引きずっていてマリンを悲しませる事があんたの本意じゃないだろ?」
「マリン・・・俺はあいつを悲しませる事だけはしたくねえ・・・」
「俺だってそれが正しい事なのか自信は無いよ。でも、それが今の俺に出来る最大限の事なんだ。
 ティファを悲しませる事だけは絶対にしてはいけない・・・自分がどんな事になろうともそれだけは譲ることは出来ない」
「クラウド・・・」
「そんな顔マリンに見せちゃいけないよ。マリンのお父さんは男らしく、強く、そして明るく、だろ?」
「すまねえ、クラウド・・・そうだよな、今の俺に出来ることはみんなのためにコレルで働く事、マリンを幸せにする事だよな。
 罪は罪で俺の心の中にしまっておくしかねえんだよな」
「ああ、きっとそうさ。さあバレット、飲もう」
クラウドはニコッと微笑んでグラスを掲げた。バレットも落ち着きを取り戻し、ぎこちない笑顔とともにグラスを掲げた。

「こんな所で何の話してたの?」
ティファが酒の肴を持ってやって来た。
「うん?たまには男同士のしんみりした会話をね」
クラウドはそっとバレットに目配せをした。
「お、おう、そうだな」
「ふ〜ん、女房の悪口でも言ってたんじゃないの?」
「俺がティファの悪口言う訳ないだろ、言ったら何されるか分からないし」
「んも〜、それじゃ私がいつもクラウドに何かしているみたいじゃない」
「お、おい、じょ、冗談だよ」
「うふふ、信じてるわ。クラウドはそんな事言わないよね」
ティファは微笑んで酒の肴をテーブルの上に置いた。
「本当は私も一緒に飲みたいけど、みんな私の料理を待っているから。店が終わったらゆっくり飲もうね」
「ああ、そうだね」
ティファは再び店に戻っていった。
「ティファ、いい嫁さんになったな。昔から分かっていたけどな」
「ああ、ティファは最高の妻だよ。俺はあいつを守る、これは星を守るのと同じくらい大切だ」
「俺にとってマリンも同じだ。あいつもティファのようないい嫁さんにするまでは俺は頑張るだけだ」
「余計な事を考えてる余裕は無いよな」
「ああ、確かにそうだ」
二人は杯を傾けた。


夜は更けて、ようやく最後の一人が店を出て一夜限りのセブンスヘブンは店を閉じた。
ティファ、クラウド、バレット、そしてジョニー夫妻は急いで後片づけを済ませ、ようやく一息ついたところだった。
「ふ〜う、やっと終わったな。店をやるのも大変なんだな」
「私達には無理ね」
ジョニー夫妻は片づけた食器やゴミの山を見てしみじみ言った。
「いろいろ手伝ってもらってゴメンね」
「俺からも礼を言うよ。おかげで素敵な夜になったよ」
クラウドとティファはジョニー夫妻に礼を言った。
「いやあ、俺こそ礼を言いたいくらいだ。ティファの美味い料理と酒を堪能させてもらったからね。
 こいつもティファに負けないくらい料理が上手くなりたいって張り切っているし。
 さて、俺達はそろそろ帰る事にするよ。道具類は明日返す事にしよう」
「ジョニー、今日は本当にありがとう」
ティファはペコリと頭を下げた。
「礼には及ばないよ」
ジョニー夫妻は帰っていった。


「あの人が昔あなたが好きだった人なのね」
ジョニーと家路を歩きながら、サラはボソッと言った。
「ああ・・・でも、もう過去の事だ」
「・・・」
「今でもティファはやっぱり美しい、いや、昔以上に美しくなっている。
 やっぱり心のどこかに引っかかっていたんだろうな、ティファへの想いが。
 でも、それも今晩でお終いだ。ティファは俺にとっては良き昔の思い出だ。もう、過去の女性なんだ。
 今、俺にはサラという大切な妻がいる。それが全てだ」
「ジョニー・・・」
「すまないな・・・お前は分かってたんだよな。俺の中で引きずっていた想いを・・・すまない」
「私、あなたを信じてたから・・・」
「サラ・・・」
ジョニーはサラを固く抱きしめた。ジョニーは心の中でハッキリとティファにさよならを言った。
自分の中からティファの面影が消えていくのを感じていた...・


「さて、これで全部終わった〜」
ティファは大きく腕を伸ばして言った。
「ティファ、今日はご苦労様。疲れたろう」
「やっぱり久し振りだからチョット疲れたわ。でも、楽しかった。みんな喜んでくれたかな?」
「おう、そいつは間違いねえ。何たってティファの料理と酒は最高だからな」
「でも、お店やるのは久し振りだったから、チョットドキドキだったのよ」
「ティファ、セブンスヘブンは?」
「半年前に閉店したの」
「そうだったのか・・・でも、それがいいんじゃねえか?」
「?」
「やっぱり妻がいつも帰りを待っていてくれるのが一番だ。だからこそ男は働けるってもんだからな。
 男ってやつは根無し草のように見えても、本当は安息出来る場所を求めているんだ。俺の考えが古いのかもしれねえがな」
「クラウドもそうなの?」
「俺も同じさ。もっとも、結婚する前は自分はそういう男じゃないと思っていたんだ。でも、結婚して初めて分かったよ。
 仕事を終えて家に帰ると家には明かりが灯っていて、ティファが笑顔で迎えてくれる、それをいつも想いながら家路についていたんだ」
「ごめんなさい・・・お店やってた頃、クラウドに寂しい思いをさせてたのね」
「いいんだ。もともと店を続けるように勧めたのは俺なんだし、もう昔の事だ。今はいつもティファが待っていてくれているんだから」
「クラウド・・・」
「おいおい、見ちゃいられないな。明日は朝から会議だしな、俺もそろそろ帰ることにするぜ」
「もう帰っちゃうの?せっかくこれからみんなでゆっくりお酒が飲めると思ったのに」
「お前達は明日帰るんだろ?旅の最後の夜をゆっくり楽しめよ。
 どうせ来月は昔の仲間が全員集まるんだから、その時にでもゆっくり酒を飲もうぜ」
来月はかつての仲間達全員で忘らるる都にエアリスに会いに行くことになったいたのだ。
「じゃあな、今夜は楽しかったぜ」
バレットは宿に帰っていった。

「さあ、俺達も帰ろうか」
「クラウド」
「ん?どうした?」
「もう少しここにいない?」
「ああ、いいけど。何かあるのかい?」
「これからセブンスヘブンを開こうと思うの」
「?」
「二人だけのセブンスヘブンを開きたいの。クラウドだけのためのセブンスヘブン・・・一度やってみたかったの。
 いつもクラウドが店に来る度に思ったわ。お客さんを全員追い出して、二人きりになりたいなって」
「でも、酒も道具もみんな片付けてしまったよ」
「うふふ、ちゃんと出来るように少しだけしまわずに残しておいたの。プレミアムハートは作れるわ」
「そうか・・・それもいいかもな。旅行最後の夜、少し昔に帰ってみるのもいいかもしれないね」
「じゃあ、早速用意するわね。クラウド、何飲む?キツイの?それとも軽いの?」
「キツイのをくれないか」


もう一つのセブンスヘブンは二人だけの旅の思い出として静かに開店するのだった...。



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【あとがき】

実はこの話を書くにあたって二つのアイデアがありました。
一つはこの話し、もう一つはミッドガルを舞台とした一夜限りのセブンスヘブンの話です。
二つ目の話はティファ、クラウド、バレットがアバランチのメンバー(ビッグス、ウェッジ、ジェシー)を偲んで廃墟と化したミッドガルに訪れ、そこで彼らの思い出話とともに一夜限りのセブンスヘブンを開く・・・というものです。
この話しもいいとは思いましたが、リクエストがコスタ・デル・ソルという事なのでこちらの話を書きました。
実を言うと、FF7でジョニーについては殆ど印象が無かったんです。
再プレイする時間は無かったのでジョニーはかなり想像で書いています。
ジョニーとサラの事をもうチョット書きたかったのですけど、これくらいしか書けませんでした(^^;)
ぱんぱーすさんのリクエストに充分応えられたかチョット不安ですけど、思いっきりイマジネーションを働かせて書きました。