長安寺の三葉虫
Palaeophillipsia japonica をめぐって

gallery長安寺の三葉虫

長安寺の産地は2001年4月、消失しました。
有名な場所でもあり あまり効果はないと知りつつ、
産地保護のため これまでこの産地名の公開は控えてきましたが、
無くなって初めて正確な地名を示すことが出来るとは・・思いは複雑です。( 2001.6.3
)

テーチス会2

 「テーチス会」最初で最後の巡検は、K沢に続いて日頃市町の古刹・長安寺付近に分布する
日頃市統の化石産地を叩いて終了した。この時、高校生の一人が非常に興味深い化石を発見している。
それはこの産地で普通に見出される三葉虫とは明らかに異なる特徴を持った頭鞍の破片だった。

 杉山敏郎博士(1944)はこの産地の層準を最上部デボン系とし、新属新種Palaeophillipsia japonica
提唱している。しかし、その後大久保雅弘博士(1951)のPhillipsia ohmorensis の報告、遠藤隆次・松本
英二博士(1962)の研究によって層準は最下部石炭系であり、三葉虫もP.ohmorensis の特徴を
備えているとして新属の存在は疑問視されるようになった。

 そこへ発見された標本は、デボン紀のProetus型の特徴を持っていたので色めき立ったのである。
今日、この産地が最下部石炭系日頃市統とされることは揺るがない。しかしデボン紀型の三葉虫が
混在することで、その名の如くPhillipsia の古い型としてのPalaeophillipsia が再浮上してきたのだ。

 私は何時かPalaeophillipsia の存在を確かめてみたいと思っていた。しかし既存のポイントでは
岩が硬くて歯が立たず、私達の興味が樋口沢の日頃市統に移っていったのはLinguaphillipsia subconica
項に記したとおりである。

 やがて私は新たなポイントで三葉虫の密集帯を見つけ、多くの標本を得た。その中にはPalaeophillipsia
最大の特徴である頭鞍前広部が認められるものが幾つかあり、その存在の可能性が高まってきた。
その後、1980年のモノグラフによって、大部分は Phillipsia ohmorensis と考えられてきたこの産地の 
三葉虫は実に9種に分類されることとなった。

杉山博士の標本は戦災で消失しているものの、残された写真と追加された幾つかの頭部標本によって 
Palaeophillipsia は復活を遂げたのである。


長安寺の三葉虫

1.Brachymetopus kitagawai
2.Phillibole arakii
3.Phillipsia ohmorensis
4.Linguaphillipsia choanjiensis
5.Linguaphillipsia subconica
6.Palaeophillipsia japonica
7.Palaeophillipsia tenuis
8.Palaeophillipsia (?) kitakamiensis
9.Paladin (?) mizunoi

 「テーチス会」の巡検の際 発見された唯一の標本はPhillibole arakii と命名された。
3〜8.については標本を一見して区別するのは難しい。同一産地のものでも難しいのだから
異なる産地のものを区別するのは更に困難だろう。私にはとても出来ない(笑)。

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