雨竜沼湿原
 湿原の中の木道をたった一人で歩いていた。見渡す限りのこの空間に人間は私しか存在していない。それだけでも何か晴れ晴れとした気分になっているのに、心地よい風や鳥の声、たおやかな野の花が私をこれでもかと幸福にしてくれている。「ひとは天国の花園をこのようにして歩いていくのだろうか」と考えた。死ねば地獄に行くであろう私を哀れに思って見せてくれた天国のレプリカなのかもしれないが..。

 私の前には高層湿原の緑の大地が広がっている。遠くを見れば幾つもの雪渓を抱いた南暑寒岳から暑寒別岳に連なる山並みが、どこまでも蒼い気圏の底に横たわっている。足下に目を転じれば名残のミズバショウやワタスゲ、ハクサンチドリなどの高山植物が百花繚乱...は、ちと大げさか。だが未だ蕾のエゾカンゾウの大きな群落があちこちに見られる。ほどなく本当に百花繚乱の湿原を見ることが出来るに違いない。
 雨竜沼湿原は近年メジャー化されようとしているが、まだまだ穴場的存在である。出来ることならこのままずっと変わることなく静かな湿原にしておきたいものである。
1995.7.7

雨竜沼湿原 1999年初夏へ

雨竜沼湿原の詳細情報へ
  北海道一の規模の雨竜沼湿原は南暑寒岳と恵岱岳、群別岳の三峰に囲まれた450ヘクタールの、標高800メートルを超える山岳型の高層湿原であり、日光国立公園の尾瀬ヶ原に匹敵する。東西に4キロメートル、南北に2キロメートルの湿原には、大中小100余りの池塘が点在し、その水位は池ごとに違い、特異な景観を醸し出している。
 南暑寒荘から湿原までは距離にして約4km、標高差は約300mである。歩き始めるとすぐ前方に、標高 (853m) がほぼ雨竜沼湿原と同じ「円山」と呼ばれる岩塔が目に飛び込んくる。
 ペンケペタン川の左岸に沿った玉砂利の道から、円山の沢に架かる小さな鉄の橋を渡り、緩やかに登り辿ると、最初のつり橋に着く。
 
つり橋を渡ると今度はペンケペタン川の右岸に変わり、ここからやっと砂利道を離れ、歩きやすい登山道に変わり、「白竜の滝」分岐に到着する。

 滝を眺めるのに格好のテラスが上下にあり、行きと帰りで両方に立ち寄ることが出来る。分岐をやや下り気味に直進すると、滝を見上げる下のテラスに、分岐を左に滝を高巻くように進むと、滝を見下ろす上のテラスに出るのである。下のテラスからは直登して登山道と上のテラスに合流する道がある。公称落差 3 6。を誇るこの滝は、雨竜沼湿原の基盤となる溶岩台地の東端露頭部に懸かるもので、増毛山地を代表する美しい漠布といえるだろう。

 白竜の滝を過ぎ、二つ目のつり橋を渡り、ペンケペタン川の左岸に変わる道、これからが湿原までの間で最もきつい登りとなる。枝のねじくれたダケカンバの根元をシマリスが駆け抜けていった。わずか2ヶ月の間しか立ち入れない雨竜沼湿原。ねじくれた枝振りは冬の過酷さを物語る。振り返ると遥か下の谷底に小さな雪渓が残っていた。 

 小さなガレ坂を登りきると前方の視界が開け、深い緑の大地が出現する。雨竜沼湿原である。湿原の背後には三角形の南暑寒岳とその右に台形の暑寒別岳が連座しているのを見て取れる。平坦なササの中の道を進んで行くと、ようやく湿原入口の木道が始まる。

 木道は一周約4kmの周遊道となっており、「大沼」と呼ばれる池塘の先で左右に別れている。どちらから歩いても湿原西端で合流するが、基本的には「左側一方通行」である。

 湿原西端の木道合流点からは一本道となり、南暑寒岳を経由し、暑寒別岳へと続く縦走路へと続く。500m程先に湿原を見下ろす「雨竜沼展望台」があるので、時間と体力に余力があるなら是非そこまでは足を運ぶべきだろう。大正時代に測量されたときと全く変わらないと云う池塘の分布の全貌が臨めるのだ。

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