下関から新幹線に乗りこんだ男が「あの女にやられた」と叫び、突然の死を遂げた。あとに残されたのは「火の山の上で逢おう」という謎めいた手紙。そして差出人は“耳なし芳一”となっていた。ルポライター浅見光彦は偶然車中にいあわせたばかりに、漫画家志望の家出娘、池宮果奈と自称ヤクザの高山とともに、事件にかかわることになってしまった。果奈は殺された男、永野に見覚えがあった。一昨年前の雪の日、下関の赤間神宮で永野らしき男が、じっとたたずんでいたというのだ。「あの女」とは誰なのか、“耳なし芳一”が企む過去からの復讐とは―絶好調“浅見光彦シリーズ”舞台は長州下関へ―。
角川文庫(本のカバーから引用) |
この作品は、戦争中の不幸をいまだに背負っているという、どうしようもなく哀しい物語です。 けれども、出だしはおもしろいですね! 下関から家出同然に東京に向かうマンガ家志望の池宮果奈、列車でたまたま隣に座った高山ヤクザ、さらには、浅見光彦まで登場して、まるでコメディー・タッチで話が進んでいきます。 実際、このキャラクターがなんともおもしろく中程までは一気に読めました。 内田先生は、たびたび陰惨な事件を、まるでオブラートで包むかのような演出で和らげます。 例えば、「死者の木霊」では、竹村が詠む俳句に心が和み、そして妻・陽子の明るさにバラバラ事件の凄絶な印象をしばし忘れさせてくれましたね。 そう、列車の中で毒殺された永野が怨念で殺されたというような記述を読むと、後半の陰惨さがなんとなく分かって、読むのが億劫になってきます。 後半で明らかになる事実を思えば、前半の明るイメージが霞むほどの辛く哀しい結末に驚きます。 「あの女にやられた!」その女が誰を指しているかが分かると、驚きと同時に暗澹たる気分になります。 いったい50年も一緒に暮らしていた相手をそれほど憎めるものでしょうか? そんな動機が本当にあるのでしょうか? これは、経験したものでないと分からないことなのでしょうが、それでもなお、この事件の動機、結末には素直に納得できない気分になります。 この作品に登場した、池宮果奈、高山ヤクザさんには、別な作品でまたお目にかかりたいものです。 1998.10.20記 |