For Whom the Fool Exists?

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●これぞアメリカのどん底!? 最低賃金では生きていけないの巻き  スズキの助

 見ました、エミネム主演の『8mile』。いまどきキャバクラでも話題に上るってんだから日本でもそうとう人気のエミネムですが、やっぱりお若い方々はどん底からの成り上がりという彼の“売り”に共感しているのでしょ〜か〜ね〜。若くない私は、それよりアメリカの“どん底”の方に興味が向いてしまいました。いや、だって、設定は90年代も半ば。それって、アメリカの経済がどんどん上向きになってきた頃じゃないの。なのに、ろくでなしの母親はトレーラーハウスに男を連れ込んで、働きもせずにビンゴ通いで賞品狙いの毎日。世界一裕福な国で、どうしてそんなにだらしなくビンボーなの!?

 そう思うのも、私が80年代にアメリカで暮らしていた時には、そんな光景をまったく目撃したことがないからかも。日本じゃ、新宿駅に行けばホームレスがいるなんてーのは、子どもの頃から知ってたのにぃ。家のある郊外(サバーブ)からダウンタウンに向けて車を走らせると、だんだん家が古くて小さくてみすぼらしくなっていくこと、そこは非白人の居住者が多く、子どもたちはスクールバスでわざわざ1時間も掛かけて公立高校に連れてこられていること。それがせいぜいで、当時、私の日常は、圧倒的に(中流)白人社会の中。エミネムが育ったような環境がどこにあるのか知り得なかった。ただ、アメリカって意外と分断されているから、まったく見なくても済むわけよ、見たくないものは。

 で、Barbara Ehrenreichという50歳前後の女性ライター(白人。生物学の博士号まで持っている)は、その見なくて済むものをわざわざ見に行ったんですね。潜入取材で「この世の中、低賃金でやっていけるか??」を実践したわけ。エミネムの母ちゃんが住んでいたようなトレーラーハウスを借りたりなんかして。高級誌『Harper's Magazine』の編集者とフランス料理のランチを食していたときの会話がきっかけだったとか。優雅ではありませんか。んっ、この場合、ある意味嫌みでもあるわな。

 しかし、その著書『Nickel and Dimed』で、彼女はウェイトレスをやり、メイドをやり、ウォールマートで働き、アメリカの低賃金層がいかに“やりくり”できていないかを報告する。いやだってね、たとえばウェイトレス。時給2ドル43セントでっせ。1ドル120円として、約300円。もちろん、チップの収入があるわけだけど、雇い主から払われるのはそれだけ。チップとその時給を足した額が法定最低賃金(たいていの州で現在、時給5ドル15セント。ミシシッピ州など南部では最低賃金を設けてないところもいくつかある)を下回る場合、その差額は雇用者が埋めなければならないという法律はある。そりゃ、何度もコーヒーを注ぎに来たり、愛想よくしたりするわけさ。ウォールマートでは時給7ドル。実働9時間以上であれば、法律で残業代を付けにゃならんのに、そんなのどこ吹く風の雇い主もいる、いる。雇われるためにドラッグ・テスト(尿検査)まで受けさせられて、なのにそんな扱いかよ〜。

 だいたいどの仕事もフルタイム働いて(時に2つの職場を掛け持ちをしながら)、月に1000ドル前後、彼女は稼ぐわけです。しかし、バブル後のアメリカ、特に“ドット・コム・リッチ”が増加した都市の住居費ははね上がっており、時に収入の半分以上をトレーラーハウスや週払いのモーテルにつぎ込まなければならない。でも、彼らに与えられる仕事は金を持ってる人に対するお世話みたいなもんだから、そこに住まないわけにはいかない。やりくりはもう極限だから、前払いのデポジットがいるちゃんとしたアパートなんか選択外。本当にジリ貧の時、ボランティア団体が配る食糧配給にまで手を出してましたね。ウォルマートでフルタイムで働いている人でも、実際、こうした団体が提供するシェルター(一時避難所)を利用しなければならないこともあるとか。身につまされます。

 それでも、彼女は一時的にそこにいるだけだからまだいい。98年から2年がかりで完結したこの取材の動機のひとつに、「福祉の援助なくして」この人たちはやっていけるのか、という疑問があったと彼女は書いています。これは何を意味するかというと、アメリカでは1996年に大々的な改革が断行され、60年代の公民権運動から続く福祉政策が大幅に後退した。やったのは、はい、クリントンさんです。続くブッシュ大統領も、もちろん路線を同じくしている(ここらへんの事情はマイケル・ムーアの著書『Stupid White Men』の「Democrats, DOA」の章に詳しい)。80年代のレーガン政権下、貧困は失業と結びついていたが、今は職を持っていてフルタイムで働いたとしても、つましい生活ですらままならない。ちなみに、ミネアポリスを例にすると、親一人子一人の家庭で、最低の生活を保障するには時給11.77ドル必要だそうです。この本を読む限り、そんな時給の仕事は(全米どこを捜しても)、.技術や経験のない人にはなさそうです。

 場末のモーテルで、TVにも映画にも雑誌にもどこにも、“今”の自分のような人間が登場しないことに彼女はふと気が付く。ヴァーチャルな世界は金のある者の世界のみを映し出していて、まるで貧者はこの世に存在しないかのようだ、と。以前、こうした低賃金労働の重要な供給源だった学生は、最近、自分のキャリアに有利になるようなインターンなどを好むようで、そういう意味でも、ますます貧困層は社会から不可視な状況に追い込まれている。最後に、彼女はこの貧困の原因は繁栄であると見抜く。そう、アメリカは人口の1%が国の富の約3割強を独占している国なのです。いや〜ん、ウェルカム・トゥ・資本主義ワールド。恐いわ〜。日本は追随してほしくないわ〜。


これってオマケ、それとも本命!? 結構ボリューミーな註です
★『8miles』:『LAコンフィデンシャル』で知られるカーティス・ハンソン監督が撮ったエミネムの半自伝的映画。エミネムはカンザス・シティ生まれ、デトロイト育ちの超人気白人ラッパー。毒舌&大口を叩きしばしば波紋を起こすが、しかしどこかコミカルなとこも。96年にデビュー後もファミレスでバイトしたりしてましたが、ドクター・ドレーに見出されてからはトントン拍子に出世。
★ビンゴ通い:日本でも結婚式の二次会よくやりますね、ビンゴ・ゲーム。アメリカでは日常的にビンゴを行う会場(入場料いる)があり、商店街の「くじ引き」的に景品が当たるのよん。今はオンライン・ビンゴ・ゲームってのもある。
★Harper's Magazine:1850年、ニューヨークの出版社により刊行。マーク・トゥエインやジャック・ロンドン他、有名ライターが寄稿したこともある古くて、ま、格式のある雑誌。文学やエッセイ、ノンフィクションの記事などを掲載。高学歴かつ金持ちじゃないと読まない、ね。
★ウォールマート:アメリカ最大手のディスカウント大規模小売店。おしめから薬、ビデオ、衣服など取り扱わないものはない感じ。最近は生鮮食品を置くSuper Walmartまでできたとか!
★ドラッグ・テスト:大会社では最近よくやるみたい。分かるのはマリファナだけなんだけど。この尿検査、反対にコカインなんか、3日経ってしまうともう分かりようがないんだとか。
★前払いのデポジット:Security Depositと呼ばれる敷金、それから1カ月分の家賃前払い。不動産屋を使ったら、やっぱ家賃1カ月分相当の手数料を支払うことも。物入りですな。
★技術や経験のない人:「unskilled labour」。日本のアルバイトやパートに充てられるような仕事のことといえばイメージが持ちやすいでしょーか。会社側に立ってこうした人々を管理する人は、やっぱ大学の学位がいるかなぁ。
★インターン:就職前、夏休みなどを利用して、自分が目指すキャリアに役立ちそうな場所で実地に働くこと。必ずしもインターンをした会社に就職するとは限らない。

To スズキの助
なかなか見えてこないアメリカのホントを、すこしづつ語ってくれるスズキの助さん。ジョアン・ジルベルトに続いてリンダ・トンプソンが来日と、"会えないと思っていたアーティストのライヴに行けるなんて、本当かな、夢じゃないのかな、ウムム"とおっしゃってます。今年は、いい夏になりそうですね。(大江田信)


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