FILCO FKB-92ERG「Stealth」、ALPS緑軸化



 メカニカルでエルゴで英語配列で、しかもテンキーレス。 日本語フルキーボードが主要ラインナップを占めるFILCOの製品群の中では突き抜けて異色ともいえるキーボードですね。 ぱっと目には実に希少で良い感じのブツです。 しかしながらスイッチにALPS簡易軸を使用しているためにかなり駄目駄目なキーボードになってしまっているのが残念なところ。 キートップは打鍵するたびにガチャガチャとうるさいですし、軸の安定度も低いので引っかかりのような物すらも感じてしまう。 おまけにクリックタイプのために打鍵音が壮絶に鳴り響くことも相まって、筐体内空間が広いために反響が凄くてかなり騒々しい物でした。 テンキーレスにエルゴでないと生きていけない私にとってはこのキーボードの形自体はなかなかの品だったのですが、いかんせんスイッチ周りがが駄目すぎる。 このままでは使えないと悶々とした日々を送っていたわけですが。

 でもこれにALPSの純正緑軸を移植すれば…!という考えを抱き、ついに実行する日がやって来ました。 天然リニアであるALPS緑軸。 しかも押し下げ力が最大でも50グラムという超軽量。 これは実現すれば、なかなかの物に仕上がるのではないでしょうか?

 作業手順としては単純な物です。 単にスイッチをはんだごてを使ってちまちまと移してやるだけです。



ひたすら分解結合するですよ

 作業手順は別に特筆すべきことではないんですが、一応手順としては以下の通りです。

1、筐体をバラす。

2、半田ごてと半田吸い取り器か吸い取り線を使って緑軸のスイッチを取り出す。 やりかたはスイッチの裏の半田をはずしたら、ラジオペンチで表から引っこ抜くだけです。 CHERRYスイッチと異なり、しっかりとしたストッパーで止まっているわけではありませんので楽に引き抜けます。 ただし、半田がうまくはずれていない場合には端子が破損する場合がありますので、半田の処理は慎重に。 とくにランドを破損してしまったら泣くに泣けませんので。

3、移植先のキーボードのスイッチを同じ手順で一列外しては移植、一列外しては移植を繰り返す。 まとめて全部外すと鉄板と基盤とのクリアランスを出すのが面倒くさいので一列づつやるのが良いでしょう。

4、全部装着し終わったら仮組をしてみて通電、すべてのスイッチが正常に動作するかどうか確認してから完全に組んでやり完成。




この単純作業を延々と繰り返して、ひとまず完成。
必要なのは技術ではなく忍耐です。 ガッツです。
全部作業が終了するのに三時間くらいかかりましたよ。
写真ではスペースバーの軸を入れ直し忘れていますが、
組んでから気づいてやり直す羽目に…。



で、けっきょく感触はどーなんよ?



 さて、実際に完成した感触ですが…ヤバいです。 それもかなりヤバいです。 良い意味で。 実に気持ちよく打てます。
 緑軸特有の「シュコッ→コツン」って感じのリニアで軽い打鍵感覚。 もちろん簡易スイッチにありがちなカチャカチャ感もありません。 さすがはメカニカル最高峰と名高いALPS旧軸で、一分のスキもございませんよ。 この安定感はCHERRY軸もかないません。 もしかしたらMX5000よりも良い打鍵感かも…というか、こいつを組んでからはこればかり使用しており、MX5000が部屋の隅で埃をかぶっています。 なんだか予想外の良品に化けたことが嬉しくて、しばらくは常用したい感じですね。

 ただ、CHERRY茶軸の軽い感触に慣れてしまっていたので、最初は多少重い印象は受けました。 CHERRY茶軸とALPS緑軸の押し下げ力についてはそれほどカタログデータ上の違いはないはずなのですが、実際に打ってみると明確な違いを感じました。 ALPS軸特有の擦れるような感触があるので、実圧よりも重い印象を受けるのかもしれませんね。 感触的にはCHERRY茶軸と黒軸の中間点くらいの印象でしょうか。 より軽い物を求める場合にはスプリングのカットなどの加工が必要かもしれませんが、今の私にはちょうど良い感じです。 軽くなでるような打鍵で、あまり底付きを起こさないような打ち方が好きですので、このくらいの圧力があった方が良いのかも。

 打鍵感ですが、もともとスイッチ自体の精度の良さという点ではCHERRYよりもALPSの方が定評のある物ですので、打鍵感が良くなるのは当然なのかもしれません。 それにこの筐体との相性はなかなかに良いようです。 プラスチックの厚みはさほどありませんが、エルゴ形状で複雑なカーブを多用している構造をしていますので、その形状故に剛性のアップが計らずとも向上しているのかもしれません。

 打鍵時の音はMX5000と比較するとかなり静かになっているために響くこともなく快適です。 MX5000の打鍵音が「カツン!カツン!」という甲高い音だとしたら、緑軸Stealthは連続打鍵をすると「タンッタンッ」といった感じの音で、非常に静かでおとなしい印象です。 これが実によろしい。 底付きの甲高い音もないというのは非常に良い。 一般的に存在しているメカニカルは音を出してなんぼといった感じのイメージが完全に瓦解します。 …こうなると消音白軸も試してみたくなる感じですね。

 スイッチを移植するだけでは筐体の作りのまずさなどもあるので駄目かもしれないと思ったのですが全くの杞憂でした。 うむ、実に素晴らしい。



良いことばかりではありませんがね



 ただ、少々問題が。
 ステルスのキートップは元々簡易軸に合わせて設計されているからか、妙な動きをしてしまうキーがいくつかあります。 Nキーなどはその最たる例で、下手をすると押したまま引っ込んでしまう場合すらもあります。 調べてみると、どうもスイッチ自体には問題が無く、キートップの内側が軸受けに干渉して引っかかりを起こしている模様。 これを解消するには軸受けかキートップの内側を研磨するしかないのですが、うまくプラスチックを加工する方法を知らない…ので、緑軸移植元のX68000初期型のキートップを移植することにしました。 StealthもX68000の物も同じブラックのキートップなので、多少の色の違いこそあれ見た目の相性も良いですし、ステップスカルプチャーの高さもほとんど同一です。 数字キーや機能キーの一部は配列や高さが異なるので移植すると問題が出そうだったことと、干渉を起こしているのは文字キーの一部だけだったので、メインとなる文字キーのみの移植ですませることにしました。 カタカナ表示とひらがな表示が混在してしまうのはご愛敬ってことで。 それにX68000のキートップは高級キーボードで標準だった2色成形ですので、コストダウンされまくった現代のシルク印刷キートップにはない高級感もあります。 まー、この辺は自己満足ですが。




 …と、単なる問題回避策と自己満足だったはずのキートップ交換だったのですが、副産物がありました。 それは打鍵感が明らかに向上したことです。 カチャカチャ感がより低減され、さらに安定した打鍵感が得られたのです。 これはうれしい誤算でした。 どうもこれは2色成形によってキートップの重量が増しているために安定したということのようです。 ためしにキートップをいくつか外して重量を計測してみました。 文字キー最上段の一列の場合、Stealthのが4グラム、X68000が7グラムでした。 そのほかのいくつかのキーでも試してみましたが、概ね160〜170%位の増加率でした。 この微妙な重さが安定した打鍵感を提供するのかもしれません。 逆に言えば、昔のヒューマンインターフェイス開発者はこういった重さの問題すら何度も検証して作成していたのかもしれませんね。 キーボードに金をかけることの許された時代の産物…というか遺産といったところでしょうか。 たかがキートップというなかれ。 この程度の、ほんの僅かな違いすらも打鍵感に大きな影響を及ぼすわけですな。




 けっきょく清掃も含めて諸々の総作業時間は5時間にもおよび、何とか完成しました。
 ああ、そうです。 最高です。 ALPS緑軸のしっとりとした打鍵感と鉄板マウント、2色成形のキートップ、エルゴ、テンキーレス。 おいらの理想が詰まったキーボードに変化してしまいましたよ。 これからももっと手を入れてやって、さらに理想を追求したいと思っています。

 今のところ考えているのは、筐体内部に吸音材と制振材を仕込んで反響を押さえてやることでしょうか。 あとは滑り止めのためにシリコン製の足を追加してやるとか。 他にも現在はADBのコントローラーをPS/2のnキーロールオーバーを採用した物に変更するっていうのも良いでしょう。 Stealthは筐体内部にかなりのスペースがあることから、リード線などを使用した再配線などの改造自由度が高そうなので、いろいろとプランが思い浮かびます。 中央部に広いスペースがありますので、IBMのトラックポイントの移植なんて良さそうですね。 夢が広がりっぱなしですな!



まとめ

○やってみて良かった点
 ・意外と剛性感があってタッチが非常に良好。
 ・予想以上にキートップの安定感が増加した。
 ・タイプとタッチパッドとの連携ができて便利。

 最も良かった点はキーボードとしての性能が非常に向上した点でしょうね。 特にキートップの安定性は特筆物で、CHERRY軸ですらも手指をキートップの上に載せてなでるように動かしてやるとカチャカチャと音が出るというのに、純正ALPSはそんなカチャカチャ音すらも発しません。 よほどタイトに作ってあるのでしょうね。 相当な成形技術がないとこんなタイトな設計はできないのかもしれません。 実際に移植前に付いていた簡易ALPS軸なんてのはカチャカチャを通り越してガチャガチャと鳴るくらいひどいもんでしたし。 でもこの緑軸換装型のStealthならそんな心配は無用。 指がキートップに着地した瞬間に発するカチャッという音なんか全く感じません。(ただしいくつかのスイッチは経年変化を起こして劣化しているらしく不快な音を出しているので、後々に整備が必要ですが。) さらに前述の通りStealthは筐体内のスペースがかなり空いていますので、コントローラも含めて中身の全入れ替えをすることが可能なのが良いですね。 利用するのは筐体と鉄板と基盤のみ、スイッチやコントローラは自分好みの物を選択して搭載するってことができるなら、たとえ破損しても半田付けできる程度の簡単な技術があれば自分で修理できますし。 意外と将来性もばっちりな逸品だったんですね、Stealthって。


●現在の問題点
 ・タッチパッドのクリックスイッチが渋くて使いづらい。
 ・マックのキーボードの仕様で、機能キーが左右で同じコードを出力するために
  右Altに漢字キーを割り当てるなどのカスタマイズができない。
 ・スペースバーが盛り上がっている形状のため、
  Bキーを押す際にスペースとうっかり干渉する場合がある。

 悪かった点はあくまでもおまけみたいなもんですね。 Bキー問題は慣れれば何とでもなるでしょうし、場合によってはスペースバーを加工してやれば良いだけですしね。 現在はマックはほとんど使用せずにウィンドウズメインのため、今度はコントローラの入れ替えをやってみるかな。 そうすればおのずとコード問題も解決するでしょうし。


□かかった費用
 ・FILCO FKB-92ERG(中古4000円)
 ・X68000初期型メカニカルキーボード(中古2000円)
  そのほか、半田ごてや半田吸い取り器(1500円)などの工具類とADB→USB変換器。

 この程度で最高レベルの打鍵感を取得できたのだから安いもんです。 もしこんなブツが市場に新品であったとしたら、三万円で売っていても買っているでしょうな。 ただでさえメカニカルテンキーレスエルゴは少ないですし。

 結論:「やって良かった」