4)「木曜倶楽部」〜ムードメーカーの存在〜
木曜日の利用者さんは、男性の割合が高い。いつもは2割いればいいのだけど、この日ばかりは約4〜5割。
最近は、介助の必要な人が多くなってきた木曜日なのだけど、一週間の中で、一番楽しい曜日になっている。
利用者さんの一人が言うには、「木曜倶楽部」だとか(笑)。でも、そんな言葉もぜんぜん嘘っぽくない、笑いに溢れた一日である。
以前は、木曜日の午前中はPTの先生が来て、体操をしていた。しかし、この春からそのPTの先生は海外留学をすることになり、それから後はスタッフが体操とレクをしている。そして、木曜の午後はもう3年前から「歌」と決まっている!童謡あり、演歌あり、歌謡曲あり、なんでもありの1時間。皆さん大きな声で歌いまくっている。
実は、この木曜倶楽部にはキーパーソンが存在する。 彼の名は充さん。利用者さんの中では(今は)一番若いんじゃないかな?
充さんは、8年前に脳出血で倒れるまで、板前さんをしていた。
駅前にお店をもっていて、2時3時まで働いて、そのまま仮眠をとって市場に行って
仕入れをし、一杯飲んでから昼頃まで眠り、また店にいって仕込みをはじめる、というくらい、
仕事に情熱を燃やしていたそうだ。
60の坂を越え、これからは仕事のペースを落として、家族との時間も大切にしようと
思っていた矢先の出来事だったという。
充さんの障害は、決して軽いものではない。
自力で歩けはするものの、歩行時に杖は絶対に必要だし、
体の半分は麻痺でほとんど動かない。
それだけなら、多くの脳出血の患者さんには珍しくないことだ。
しかし、充さんの場合、体のあらゆる神経に障害が残り、
軽い言語障害に加えて、視力もほとんどない。色も判らないのだとか。
充さんの場合、お店で倒れたので発見・処置が早く、
頑張ってリハビリを続けてきたにも関わらず、だ。
そんな苦労を重ねてきた充さんだが、決して自分は大変だ、ということを 強調したりはしない。むしろ、店の主人だった、という経験からか、 木曜日のムードメーカーになっている。それでもって、サービス精神旺盛。 競馬が趣味の充さんだけど、当たった週には利用者さんに出してやってくれ、と おやつを差し入れしてくださる。 そんな充さんの存在に、わたしたちもすっかり頼ってしまっている。
だから、新しい利用者さんが来た時は(特に男性の時)、必ずといっていいほど、
新しい方を充さんと同じテーブルに案内する。すると、充さんはいろいろな話題を
用意して、新しい方にたいへん気を遣ってくださる。
スタッフから利用者さんに気を遣うのは当然のこと。利用者さん同士での信頼関係ができると、
それは、お互いにとって安心感にもつながるし、深い絆にもなりうる。だから、利用者さん同士の
交流を持てるような機会を、できるだけ多く提供しようとするわたしたち。
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充さんの話題は、いつ聞いても豊富であるし、とても楽しい。 なかなか恋多き若き日々を送っていたらしく、演歌をリクエストされた後には 必ずご自分の恋の話を添えてくださったり(笑)。 他の利用者さんのお気に入りの曲を発見すると、充さんの方から その曲をリクエストしてくださることも珍しくない。 当然他の利用者さんからも「あの方はとても面白い方よね〜」と 人気がある。今年の春先に、足を捻挫して一ヶ月くらい休んだ時は、皆さん心配していたもの。 まだ70歳ちょっとだけれど、もう3年前から利用されてるので、 来所しはじめたのは60代の後半から、っていうことになるんだよね。 きっと初めの頃は、ご自分の若さに戸惑ったんだろうな、と思う。
充さん自身は、きっと持ち前のサービス精神を発揮することで、
木曜日を明るくしようと思っているのだろう。今年の充さんの誕生祝の時だったか、
皆さんの前でこんな話をされたことがある。
「わたしは60を過ぎた頃に脳出血で倒れて、こんな身体になってしまった。
死にたいと思った時もあったけれど、看病してくれたかみさんや
お店を守ってくれている息子のことを思ったら、とても死ねなかった。
どうせ同じ日々を過ごすのだったら、後ろ向きに過ごすより、毎日皆さんと
笑って過ごせたらと思ってます。」と。
毎日を笑って、前向きに過ごすこと。心が健康であればそうそう難しくないことで
あるように思うのだけど、わたしたちでさえ、それらを維持することが難しい日々もある。
明日のことすらわからない高齢者にとっては、「前向き」に過ごすことって
わたしたちの想像以上に難しいのかもしれない。
難しいからこそ。頭で考えるより、実際に笑ってもらおう。
それを自然な形で、多くの人に実践しているのが充さんのすばらしいところだ。
わたしたちも常々、学ばせていただくばかりだ。
充さんの爆笑トークと、元気な歌声とともに、木曜倶楽部は今週も発車予定だ。
(2003.8.24up)