For Whom the Fool Exists?

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 アメリカで通っていた高校から不定期的に送られてきていた同窓会誌がこのところ届かなくなった。というのも、今は立派なホームページがあって、卒業生はそれを見れば各人の連絡先や近況などを知ることができるのである。最近、つらつらとそのホームページを見ていたところ、同窓のケヴィンがイラクのティクリット(サダム・フセインの誕生地)に派兵されていることを知った。


 同時に、実は卒業生の中に少なくとも40名の軍人がいることも分かった。彼らのために「honor wall(名誉の壁)」というページが特別に設けられているのだ。一つの学校から40人というのが多いか少ないかはよく分からない。ただ、1学年が60名程度、全校生徒でも240名(当時)という小規模な高校から40人というのは、結構、多い方ではないかと思う。しかし、意外とは思わなかった。私が通っていたのはプロテスタント系キリスト教の一貫校で、とても宗教色の強い、ある意味とても愛国的なところだったから。


 1984年から2年間、英語を学ぶために私はオハイオ州コロンバス市に住む叔母のところに預けられた。ともに敬虔なクリスチャンである叔母夫婦は、言葉の分からない私を、家の目と鼻の先にあり従兄弟2人も通った公立高校に行かせるのを避け、スクールバスで20分程かかるその私立校に入学させた。


 授業はお祈りから始まり、聖書の授業も毎日。私服だったが男子は原則的にはネクタイ着用、女子はスカート。男女ともTシャツ、ジーンズは不可。ここってアメリカっ!? 下手な日本の学校よりも厳しいんだってば、ホント。新約聖書を暗記させられるのもしばしば。生物の時間には堂々と聖書の創造期が教えられ、社会の時間の登場する歴史上の三悪人はダーウィン、フロイト、マルクスだったり。そこで、私は校内唯一「異教徒」として勉強していたわけ。余談ですが、というわけで、私は、このアメリカ滞在中、ほとんど人を辱めるfour letter wordsや激怒した時に使うswear wordを聞いたことがありません……。


 たとえば、米軍によるリビアのカダフィ大佐に対するトリポリ空爆が行われたとき。授業中、その是非を問う議論がされたことがあった。先生をはじめ生徒ももちろんレーガン大統領(当時)を支持していた。正義はアメリカにあり、と。また、ブッシュ・ジュニアが使い始めてまた耳にするようになったけど、レーガンも確か「悪の帝国(evil empire)」という言葉を使っていて、当時、私たちの授業では特に共産主義ソヴィエトを指して使われていた。宗教の自由がなく、自分たちで努力して勝ち取ったものを国家が再分配するなど「邪悪」だということらしい。


 そんな教室の片隅で、静かに授業に耳を澄ましていたケヴィンが今や陸軍軍人としてイラクにいる。こうした環境に育った人々がいわゆるキリスト教右派になり、ブッシュ政権を支えていたとしても、それは自然の成り行きだろう。だから、この小さな学校が40人の軍人を輩出していても意外とは思わない。


 驚くどころか、反対に現在のブッシュ政権のレトリックは、当時と奇妙に似ているな、とさえ思う。言語学者のノーム・チョムスキーはレーガン政権下にも、「テロに対する戦争」というキャンペーンがあった、と指摘している。先のトリポリ空爆に際し、やはりイギリスに協力を要請し、乗り気でないサッチャー首相に対し、「リビアが大規模な攻撃に出る」と説得がなされた。で、これは米政府が作り上げたデマだった、ちゅーワケ。イギリスで大論争が起こっているイラクの大量破壊兵器に関する情報操作と、ま、同じだ。


 そんな正義感振り回されてもねぇ……。日本で仕入れた知識に反して、私が暮らしていたのは、住むところも教会も学校も人種や経済的階級で厳格に棲み分けがされている社会だった。「人種のるつぼ」を期待した私が無知だったのね。カーズもヒューイ・ルイスも悪くないけどオーティス・レディングやジェームス・ブラウンが欲しかったのに、手にしたのはエイミー・グラントだけつーの? トホホ。人種問題などあたかも存在しないかのように過ごせる環境作りが「解決」なんだー。ということはさ、アンタらが勇ましく言う「アメリカの正義」ってのもどうも張りぼてっぽくね? だいたい日本が地理的にどこにあるかも知らないような人がいてさ、アンタが乗ってるその車は日本製じゃないの。そのくせ、いっちょまえに国際問題に意見があるなんて、とすれっからしの日本人高校生は内心思ったもんです。


 私はこの学校にとても愛着があるし、彼らの献身的な姿に心打たれたこともある。ただ一方で、「神の国」からはみ出した住人に対する無知さや不寛容さもまた受け入れられず、その狭間で迷える子羊は迷ったまんまで現在に至っている。そしていまだ、政治上に登場するキリスト教右派と私に「良きアメリカ」を教えてくれた善良な人々が同じことに、なんとも割り切れない複雑な思いを抱き続けている。


 ケヴィンはこの1月に中東に行き、夏の時点で「早く国に帰りたい」と掲示板に書き綴っている。しかし、あと90日で配置換えというところで、また新たに200日間イラクに滞在しなければならなくなってしまったらしい。


 イラクに駐留している米軍は約150万人。内、ブッシュ大統領の戦争終結宣言の後、亡くなった米軍人は約150人。この犠牲者数は月を追うごとに増加傾向にある。一方、イラクの民間人の犠牲者の数は現在、1,500人を超えるという。




To スズキの助
 スズキの助さんの筆の冴えに、おもわず一足飛びにアメリカの奥深い闇に放り込まれた気持ちです。間違いなくこれが今のアメリカ。次の一歩をアメリカは、どのように刻むのか。内にかかえた矛盾を、どのようにして解決しようと努めるのか。行く先に光が見えてこないような気持ちになるのは、僕だけでしょうか。
 それにしてもミスター・ケヴィンがアメリカに帰ってこられるは、いつのことになるのだろう。
 最後にこの文章は03年10月初旬に書かれたことを付記させていただきます。(大江田)


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