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 今年の東京はひどい冷夏だったようですね。皆さんお変わりないでしょうか。こちらはいつもの年より少し雷雨の多い夏だったとのことですが、もう5月の末には陽射しも強まり、6月早々にプール開き。僕の住まいはダウンタウンから20マイルくらい離れた郊外なのですが、どこのモールやレストランの駐車場でも、ハイスクールを卒業したばかりと思しきティーンズの男女のグループが楽しそうに集まっていて、なんかそんな彼らの浮かれた様子も待ち焦がれた夏の到来を街中で喜んでいる風景に、とても似合っていました。
  こんな初夏の場面にはフォア・フレッシュメンの「GRADUATION DAY」あたりがBGMにぴったりなんだろうな、なあんて勝手に想像したりして。

 この夏のあいだ、オハイオ周りでは野外でのイベントなんかもたくさん行われていました。今回はそんな中、幾つかの足を運ぶ機会のあったものを書いてみたいと思います。
 
 ケンタッキー州北端、オハイオ川沿いの界隈は古くからのドイツ風街並みが残り、また船着場町独特のちょっと怪しい雰囲気もあり、この辺には珍しいエリアなのですが、個人経営のこじんまりしたパブやバーが多い中、ちょっと規模の大きなお店があって、その裏庭の倉庫を利用したリトル・フィートのライブがありました。おそらく100人も入れば満員のような場所でしたが。

 6時開演との事だったので、早めに仕事を切り上げて向かったのに、案の定と言うべきか彼らの登場は前座バンドの後、もう9時過ぎ。その間ずっと立ってるわけで始まる前にくたびれてしまい。勘弁してくれよ、なんて思ってたのですが、いざ始まればやっぱりあの力技の強さで、じわじわとプチ・トランス状態にもってかれます。おそらく平均年齢40歳以上の観客側のノリも、みんな好き勝手に盛り上がってるのに、全体に落ち着いた統一感があって、「大人のロックの楽しみ方」を肌で感じた気がしました。ただ僕自身とても好きなバンドなのに全然アップデイトでなかったので、女性ヴォーカルが真ん中にいるのを見て、えらくびっくりしてしまいました。演奏は確かにレコードで馴れ親しんだフィートの音なのですが、どこか微妙に軽量感が漂っていて、ちょっとそれが違和感に感じたのも正直なところ。

 そのおかげと言っては何ですが、ノンストップで続く演奏途中に何度かトイレに行くことができました。でもボブ・マーリーの曲なども織り交ぜながら40分くらい平気でチャカポコチャカポコ続けられている間に、「この感じ何かに似てるな」なんて感じ始めて、ああチャック・ブラウン&ザ・ソウルサーチャーズ?そういえばインクスティック芝浦なんて行ったな、真冬のすごく寒い中 とか昔のことを思い出したり、ああ、やっぱりこれはロバート・パーマーの1枚目のA面だよ、あの「SNEAK IN THROUGH THE ALLEY」に繋がっていく快感にそっくり、でもそりゃそうだ、あれってローウェル・ジョージだもの、アラン・トゥーサンだもの、などと脳ミソも徐々にパンチドランクの状態に。軽く汗ばむ感じの気持のいいライブでした。

 それから数日後、今度はダーティー・ダズン・ブラス・バンド DDBB の告知をタウン誌で見つけて、とある金曜日の晩に大学のすぐ近くの、これまた小さなパブに出かけてまいりました。入場料10ドル也。今回は9時開演とあったので、週末とはいえそんなに遅くはなるまいと思い、会社帰りに料金を払って手首にテープを巻いてもらったまま、一度帰宅。カレーライス掻き込んで9時過ぎに再び会場へ。ところが、まだほとんど人もおらず、ホントに今夜ここでそんなイベントがあるの?って雰囲気。まだ外もほんのり明るかったのですが、仕方なく生ビールなど、うぐうぐ飲っておりました。 

 そのとき隣でゴルフゲームに熱中してモニターに大声上げていた黒人のお兄さんの着ていたTシャツがとても洒脱していて、グレイのクルーネックのフロントに「DIRTYSOUTH」とネイビーのプリントがあって、背中にはなぜか33の背番号。どこで買えるのか教えてと尋ねたくなるほどカッコよかったのでした。10時過ぎてようやくステージの用意が始まって、ホッとしたのも束の間、どうも揃った楽器の様子が違うな・・と思って見ていたら、全然違う前座のバンドがデビッド・ボウイの「FAME」だとか、スライの「THANK YOU」だとかを大音量で始めてしまって、ああどうしてこっちのコンサートって見たい物だけを見たい分だけ見せてくれないのかな、いったい何時に始まるんだろうと不安な気持ちになっていました。

 そのお店の周囲の雰囲気が少々ヤバイ感じがしていたので、あんまり遅くなると嫌だなと来た時から思っていて、初めて来た場所だし、真っ暗じゃ方角もよくわからないし、おっかねえなと、まあつまり、ビビリ始めていたのでした。ただそうこうしているうちに大勢の客が集まり始めて、中には善良な市民的な人もけっこういたので、もうこのままでいいやと覚悟が決めたのが深夜12時。

 手狭なハコがスシ詰め状態になってきて DDBB の連中がドタバタと出てきたのが12時半。あれっと思ってよく見てみたら、さっきのイカしたTシャツのお兄さん、ステージ中央で楽器持って、踊っておられました。一緒に遊んでいたスティーブ・クロッパー風のおじさんもギター持って舞台にいるし。
 おまいらTVゲームやってんだったらさっさと始めとくれよ。こちとらもう眠たいんだから。(なぎら健壱 風に)
 なんて文句は一切言わせないくらい圧倒的なヘビー級パンチ連続のライヴでした。

 兎に角カッコいいっていうのが一番。TALLにSHORTY、BIGにSKINNY、このバンドにはいろいろいるのですがヴォーカルを兼ねるチビッコリーダーの客の煽り方が最高でして。この人が高音のダミ声で マーヴィン・ゲイやAWBのカバーなんかを必死の形相で唸り上げるんです。首を捻って歌い上げる様子は、あの「わたしゃ もすこし背が欲しいぃぃ 」っていうやつ。玉川カルテット?でしたっけ。毎度こんな例え話でお恥ずかしいですが、まさしくあのノリ。
 伝統芸能に根をはっていながらFUNKYっていうのはボーイズ物の特徴かもわかりませんがそれで言うと、DDBBの芸風、まさしくボーイズの極みと言えるのかも。なんて最近高田文夫とか小林信彦とか、そのヘンの本ばっかり読み漁ってるせいかな。
 ちなみに終演は3時前。でも全員と握手できました。HOT FUN IN THE SUMMERTIME。


  6月の半ばにはもう夏も本番に近くなり、日が暮れても暑さが残るようになりました。
土曜日の夜、コロンバス北部にある野外シアターでのニール・ヤングのコンサートに出かけました。外野席は屋根が無いのですが、全面よく手入れされた芝生が広がっていて、みんな思い思いにフォールディングチェアやらマットやらを持参して、ちょうどお花見のように場所取りをしていました。

 思いのほか開演定時に照明が落ちて、最初に出てきたオープニング・アクトはルシンダ・ウィリアムス。華奢なのに凛とした立姿。タイトなバンドの演奏が、その佇まいを際立たせていました。若くもないし目立ちもしない。音数も多くなく控えめ。大人の生活のBGMとしてのロック。
 僕も最近、もうそんなにたくさんのコンピレ盤だとかBOXセットだとか要らないかもと思うことがあって、トム・ぺティとか、スティーブ・ミラー・バンドとか、フリートウッド・マックとか、ジョン・メイヤーとか。幾つかのこんな感じの音楽さえあればいいのかな、なんて。決して新しい刺激に対して気が萎えているわけではないですけど・・・どんな心境の変化なのか自分でもまだちょっとわからないのですが。

 肝心のニール・ヤングはというと、既に各メディアでも紹介がされているようですが、GREENDALEという新譜・架空の集落を舞台にしたトータルアルバムに基づいた寸劇仕立てのステージで、総勢40人くらいのアクターたちと、完璧な展開でその作品が再現されているようでした。明らかに9・11以降の彼の創作意欲に駆られて湧き出た作品連だということは、その詳しいストーリーや細かい背景を理解できなくてもはっきりと感じられる表現の強さがありました。

 コンサート本編、最後の曲が終わった時には、隣の長髪・バンダナ巻き・サイケ柄Tシャツのおじさんに抱き締められ(なんでだ?)、その後も手を繋がれて大きく天に突き上げられまして。これは HAND IN HAND だなってなんて思っていたら最後には PIECE!とシャウト一発。込み上げる感情はよく分かりましたが、ちょっとね。なぜだか僕が照れたりして。

 そのクリエイティブなパワーにはあらためて感心しながらも、やっぱり初めて見るニ−ル・ヤング。アンコールから始まった「MY,MY,HEY,HEY」や「ROCKIN IN A FREE WORLD」だけでなく旧譜からももっと演って欲しかったというのが正直な気持。「WALK ON」、「SOUTHERN MAN」とか。そういえば先日、この新譜を買おうかなと思いBARNES&NOBLESに向かったのですが、 「渚にて」の再発CDを発見。しばし悩んだ挙句こっちを買って帰ってしまいましたよ。いいでしょ?、別に。

 今回、あらためて実感したのは、ニ−ル・ヤングはギタリストなんだということ。ピアノの弾き語りもありましたが、ギターを掻き鳴らして会場をグアングアン揺らしている時のカッコよさは、特筆物でありました。あの歪んだ大音量が快感に感じるのは、いやはやこれは何ゆえ?余計な物を削ぎ落として、いつも同じ歩幅で歩き続けて、その結果変化していくニ−ル・ヤング。好きなんですよねぇ。僕にとってのロックのICONなのです、ポール・ウェラーと同じくらい。

 ところで、ニ−ルの曲がその登場シーンにいちばんぴったりはまる野球選手はカープの前田じゃないかと思うのですが、いかかでしょう、虎党の皆さん。

 コロンバスからの帰り道、2時間以上の道のりだったのですが、夜風が気持良かったせいか暗闇に無音の状態が妙に心地よく、カーラジオもかけずにひたすらドライブしておりました。ニ−ル・ヤングのギターの余韻の中、そのときに僕がぼんやりと感じていたこと が「『友人のような音楽』と僕」という松永さんの文章に、これ以上完璧に言葉に出来ないというくらい的確に、しかも豊かに書かれてあって、何度読んでも思わずため息が漏れてしまうのでした。

 で、僕にとっての「友人のような音楽」。というと、これはやっぱりJTなのです。

 ソウルが好きで、サザンロックのレイドバック感が好きで、AORも大好きで。
どれもずいぶん長い時間、多くのレコードを聞いてきて。そのあとに何年か経って一人暮らしを始めた頃から僕の生活に沁み込みはじめて、たぶんこれから先もずっと身近にあり続けるだろうレコード。それまでも持っていたし聞いていたのに、ある時期から特別な響きで聞こえるようになったレコード。紅葉をポケットチーフにしていたデビュー盤からダンガリーシャツ3部作、フィッシャーマンズセーター姿のWALKING MAN。とりわけこの頃のジェームス・テイラーの音楽は僕にとってかけがいのないものなのです。

 2月に日本を離れ、着任直後のホテル住まいのさなかに、夏にこの街でJTのコンサートの予定があることを知り、慣れない土地での悪天候の毎日にブルーになっていた自分に、半年頑張ろうと道標を立てて新生活に取り組んできました。その頃までには落ち着けているかな、なんて考えながら。

 前夜の雨降りのおかげで空気がすっかり入れ替わって、その日は真夏の天気にしては湿度が低く終日爽やかな晴天で、オハイオ川からの風も最高級の快適さを運んでいました。
夏の間だけオープンする野外シアターで、やはりここも外野席が芝生になっていて、ステージには遠いけれども ここはまた夏の宵にJTを聞くには特上席だなと思いました。
もちろんビール片手にね。

 ドラムはスティーブ・ガッド。コーラスにはデビッド・ラズリ−とバレリー・カーター。いやはや卒倒モノです。まだ日の沈みきらない薄暮の夜八時、ほぼ定時に白いボタンダウンシャツにカーキパンツ姿のJTが登場しました。HOWDY!と一言。さすがはJT。躾が、お育ちが違うよ。と一人で納得。でも思ったより大柄な彼が、力強いステージアクションでバンドを煽っていたはちょっと意外でした。

 ホーンセクションを携えて「IN THE MIDNIGHT HOUR」を熱唱しても、ギター一本抱えて「SWEETBABY JAMES」を演っても、彼のテンションは押し付けがましくなく、でもこちらの目をそらさせない強さで会場全体を包み込んでいました。

 僕の席は(自慢しちゃうのですが)3列目。でも目の前にいるのに、その安定したボーカルと一糸乱れぬバンドのバックアップで、ちょっと生のライブ感に物足りない感じがしたのですが、それは文句言うことじゃありませんもんね。なんていうかこう、せっかく初めて目にしたのに、余りに完成し尽くされていたもので、こちらの思い入れの強さが、ちょっとはぐらかされた感じがしたのかな。まあ、複雑なファン心理ということでお許しを。

 そんな風に、おそらくいろんな気持でいろんなファンが集まっていたのだと思います。僕は大好きな「Don’t Let Me Be Lonely Tonight」や、「Brighten Up Your Night With My Day」(なんて素晴らしいタイトル!)も演ってもらえず、ちょっと心残りも。でもやるわけないか。「Your Smiling Face」や「Mexico」で盛り上がるアロハ・シャツのおとっつぁん達は、たぶんその殆どが2週間後の週末に、同じ場所で行われるジミ−・バフェットのライブに再び集まってくるのでしょう。待ち侘びた夏を両手一杯のビールとともに、目一杯楽しんでいる様子は見ている僕まで幸せな気分に。
 また一方では「Something In The Way She Moves」や「Carolina In My Mind」にしんみりと聞き入る女性達。きっと学生時代の飾らない雰囲気そのままに、年を重ねているのでしょう。中学生くらいの子供を連れたファミリーもけっこういて、ごく普通の感じのお母さんたちも大勢いました。

 一人一人にとって、その晩のハイライトは違ったと思うのですが、それでもショーが終わりに近づいた頃に歌われた「You’ve Got A Friend」には、その場にいた全員が胸を震わせていたのがわかりました。10年くらい前に東京で行われたキャロル・キングのコンサートで「君の友だち」が弾き語りされたとき、会場中ですすり泣きが聞こえたと聞いたことがありますが・・・わかるわぁ、それ。「EVERGREEN」という言葉の意味を、肌で感じた瞬間でした。

 で、アンコール最後の嘘のような風景。照明の落ちた舞台で一人ギターを爪弾くJTの周りを、信じられないくらいたくさんの蛍たちが飛び回っていました。あの場面、一生忘れることは無いんじゃないかな。自分の年齢を忘れて、このBITTER SWEETな夏の瞬間に浸っておりました。

 たしかB・スプリングスティーンは映画「BADLAND」を見て、「NEBRASKA」を書き上げたとか。(なぜか僕は彼の作品の中で このアルバムが一番好きで)。
ニ−ル・ダイアモンドは「E.T.」に感動してキャロル・ベイヤー・セイガ−とバート・バカラックと一緒に「HEARTLIGHT」を作ったんでしたよね。たとえばジェームス・テイラーが村上春樹の「蛍」なんて読んでいたら、どんな歌が生まれているんだろう。思いがけない場面に出くわして、そんなことを考えていました。そういえば「ノルウェイの森」って、どこか「Fire And Rain」の匂いがしませんか。

 この夏はそんなわけで、思いがけず長年待ち望んでいた二人のライブを体験する機会に恵まれ、なにやら思い入れたっぷりのこっ恥ずかしいお便りになってしまいました。でもまあ、いいか。

 最後に7月4日の独立記念日の日に近くの公園で行われたイベントついて少々。
 P&Gという会社のリクリエーション施設を利用した野外イベントの一環で、入場料無料のドゥービー・ブラザーズのライブがありました。タダだしね、いそいそと出かけて参りましたよ。会場ではたくさんの屋台やアトラクションがお祭り気分を演出してました。

 完璧な好天の中、幕開けたステージは以前に東京で見たときよりも土地柄を意識してか、ややカントリー風味の濃い内容でのどかに始まり、徐々に「Jesus Is Just Alright」や「Takin’ It to the Streets」あたりの連発で盛り上がってきたのですが、同時に北の空から明らかにそれとわかる凶暴な雷雲が迫り地響きが鳴り始め、こりゃピンク・フロイドの方が気分だね、なんて余裕かます暇無く真っ暗になったと思ったら、タープテントが空中に巻き上げられ砂埃と豪雨。

 全員着の身着のまま逃げ出し始めても、逃げ惑う観衆を知ってか知らずか、背後では「China Grove」のインマグロが。でもその瞬間、プスンと音が止んだので走りながら振り返って見ると、既にステージは真っ暗。停電で会場丸ごと暗闇に包まれました。舞台の様子は気になりましたが、僕も身の危険を感じ突然のサンダーストームにパニック状態の観衆に身を任せて駐車場へ走りました。

 帰り道すがら、木が倒され道路が封鎖。信号は停電してるし、叩きつける雨で前は見えず。翌日の新聞によると死者も出たDEADLY STORMだったようで。あのあとドゥービーの連中、いったいどうしたのかな。

 




To 嶋田歩
 "こちらも先週末から一気に冷え込みが厳しくなり、日中でも息が白くなるほどでした。そろそろ行き交う人たちの挨拶もHAPPY HOLIDAYSになり、周りの家からも暖炉の焚き火の匂いがしてきます。本格的に冬支度が始まったこのごろです"なんて、素敵なお便りを最近いただきました。赴任先のオハイオで迎える初めての冬ですね。半年頑張ろうと道標を立てた新生活。もしかしたら島田さん、音楽にあふれてもっともっと幸せものになっちゃうかも。それにしてもJTクンは、幸せクンです。これからも楽しいリポートお待ちしてます。
 お手紙、そっとご紹介してしまってゴメンナサイ。(大江田信)

 
DAYTON OHIO 2003 | 1 | 2 | 3 |
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