そんなこととは関係なく定期演奏会は迫ってきて、戦力としても一年を鍛えなくては演奏 会にならなくなってきます。当時のドラは3年1人、2年1人、1年2人という少数精鋭でした。 思えば少数精鋭以外で演奏会をした経験があまりありません。 先輩の声が冷たく聞こえるのもこの時期です。 「はーい、今からトレモロします。メトロ一本。120の16分ね。遅れないこと。」 ああ、すいません。メトロ一本という単位はありませんね。これは当時使用していたネジ式 メトロノームが尽きるまでという意味です。約25分。必死になって、早く尽きるメトロを探し ましたが、どれも変わりはなく。ボロメトロだから切れる5分くらい前になると振幅が小さく なって段々速くなるという代物。疲れた頃にもう一つギヤを上げなくてはいけません。
「昔の先輩は毎日2本これやってたんだからねー。」 なんて言われてもなんの慰めにもなりません。 「広島カープの正田はキャンプで毎日バットを3000本振ってたんだからねー。」 と言われるのと同じくらいの現実味しかありませんでした。 120の16分を、楽器弾き始めて二ヶ月の人が25分弾く。これはきついです。できません。 10秒弾いてはピックがずれ、また10秒弾いては腕が疲れ、苦痛以外の何者でもない練習でした。
頭が悪いので先輩に相談します。 「ピックがずれちゃうんですけど。」 「ああ、それはしっかりピックを持ててないからだな。」 どうすればしっかり持てるかは教えてもらえませんでした。
「トレモロが速くできないし、ピックが弦にひっかかってガリガリ言うんですよ。」 「大学の去年のドラトップは160の16分でスケールできたらしいぞ。」 適切な回答ではありませんでしたが、力強い説得力がありました。 できないまま8月の合宿に突入。 「一日3時間しか寝かさないからな!」 なんて脅かされましたが、当時の先輩方は人間ができていて、4時間くらいは寝かせてもらいまし た。 合宿では、昼間はパート練習したり、とんぼを焼いたり、合奏したり、卓球したりしていました。 雀の死骸を焼いていた先輩もいました。 夜はロウソク立てて、道路で練習していました。ひたすら基礎練習。 練習の意味がわかりませんでした。先輩に見守られながらひたすらダウンアップ。真っ暗な中で練 習するから、アップのときにE線の上のところにピックが入っているのに気づかなくて、A線の練習 をしているのにE線切ったりして。 「こんなことしても多分うまくはならないんだろうなぁ。」 と思いながらも、熱心に教えてくださる皆さんの好意を無下にもできず、バイーン、バイーンと ダウンアップを繰り返していたのです。 合宿も無事に終了し、帰ってからもひたすら基礎練習が続きます。 当時基礎練習に意味を見出していなかった僕は 「もう曲の練習してもいいですか?(もちろん、このときには合奏にも参加していたので、質問とし ては比較的妥当なものです)」なんて聞いては、 「お前ら、基礎練てのは何時間やってもやりすぎってことはないんだよ!」 なんて先輩に怒られてその後、例によって
「はーい、今からトレモロします。メトロ一本。144の16分ね。遅れないこと。」 少し速くなっています。できるか!と。 ところが、やってみたらできました。25分間一回も止まることなく引き続けられたんです。 マンドラ弾いてて、あれだけ「うまくなった!」という実感があったことはないですね。 ピックもガリガリいいませんでした。ちゃんと持てるようになってました。 今思えば、楽器弾くための筋肉が付いてきたのでしょう。トレモロのふり幅が段々大きくなっていっ たのだと思います。合宿で嫌々ながらやった練習が、大いなる意味を持っていたのです。
ここから13年、トレモロの苦痛の修行が始まるのですが、基本はこのとき先輩に習ったことですね。 いつも頭に置いてやっています。たまに、後輩に指導のまねごとなんかするときもこればかり言って ます。 「上の弦に引っ掛けて、弾く弦の下の弦まで一気に振り下ろすんだよ。」
これは中大の伝統的な指導方法なんですかね? ドラの巨匠に聞いてもやはり同じことをおっしゃっていました。 ふり幅が大切だと。上の弦に引っ掛けて振り下ろすのは、プロレスラーがロープの反動を利用して走る ようなもんだ、と。さすがにわかりやすいです。
やっぱりプロでもアマでも、上手な人はトレモロのふり幅が大きいですよね。もちろん、わざと狭く して音色の使い分けなんかはあるのですけど。基本はふり幅なんじゃないかと思います。
アマの目というか、ほとんど思い出話でしたけど、まあ第一回ということで。 行き詰ったら呪文のように唱えましょう。
「トレモロはふり幅だ!」
2003年5月18日更新
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