『カヴァレリア・ルスティカーナ』間奏曲の名演は?
と聞かれたら、僕は迷わずカラヤン&ベルリン・フィルの1967年録音と答えるでしょう。
まるで天から降ってきたようなピアニッシモによる前半部が遠くに消えていった次の瞬間、
全空間が鳴り響くようなトゥッティが湧き上がります。周りの全てのものが身を震わせてあのメロディを歌い上げて
いるかのような素晴らしさ。しかもそれほどの音響でありながら音色は少しも瑕がなく、まるで1パートが1人に聞こえるほど
オケはコントロールされ、まるで一生物のように音楽を自在に膨らませたり縮めたりするのです。
恐らくオーケストラが到達した究極の姿の一つでしょう。
どうしたらこんな素晴らしい音が出せるのでしょう?
ベルリン・フィルは上手いんだから当たり前じゃないか、と言われるかもしれませんが、しかし技術が凄いというのなら
シカゴ響やクリーブランド管やレニングラード・フィルだってベルリン・フィルに負けず劣らず凄いヴィルトゥオーゾ集団です。
しかしそれらのオケからはああいった響きは聞こえてきません(無論逆も言えますが)。
となると何か別のテクニックがベルリン・フィルやカラヤンにはあったのでないでしょうか。
これがピアノなら知識や何となく分かる時があります。例えばホロヴィッツ。
勿論あの魔術的な演奏の全てを説明できるとは言いませんが(常識的な理論や理屈で説明できないのが天才の特徴の一つですから)、
それでもホロヴィッツの音の秘密の一端は今では分かってきています。
ホロヴィッツはある曲で殆ど5分に及ぶクレッシェンドをしました。これにはまず物理的に音量を上げるのではなく、
ペダル操作によって響きをコントロールすることでクレッシェンドしてるように聞かせていた部分を交えていた、といいます
(ホロヴィッツは自分のテクニックの大部分は大ホールでの演奏用に磨いたものだ、とも語っています)。
また、実演を聞いた知り合いの方の話では、始めの弱音部分を細かく段階分けすることで
後のフォルテがいっそう効果的に聞こえるようにしていたということです。
またホロヴィッツは、音楽が劇的に盛り上がる部分でわざと響きを、特に低音を、濁らせました。
音質の良いライブなどを聞くとよく分かるのですが、たとえば1982年ロンドンでのショパンのバラード第1番。
後半、第2主題が左手のアルペッジョにのって再現される部分の手前、4点ヘ音から変は音までの5オクターブ半を
一気に下ってくる場面でホロヴィッツはその下ってくる途中からペダルを踏むのです。
普通は音階的な動きでペダルを踏むと音が濁ってしまいますし、ピアノの低音はそもそも響きの汚い濁った感じの音がします。
それでもホロヴィッツは普通やるようにアルペッジョが始まってからではなく、その前からペダルを踏みはじめるのです。
こうやって音響をぐちゃぐちゃにしておいてからホロヴィッツはあの強烈なアタックを、戦場に大砲を打ち込むように、
その内で炸裂させるのです。
ホロヴィッツに劣らない技術を持ったピアニストは他にもいます。しかしホロヴィッツのような響きを出したピアニストは未だにいません。
きっとカラヤンとベルリン・フィルもそれと同じように、他のオケや指揮者が持ってない隠し味的な何かを持っていたのだろうと思うのです。
何せカラヤンは「リハーサル魔」で、響きの彫琢に異常な執念を燃やしていたといいますし、ベルリン・フィルはそんな指揮者に
30年以上も鍛え上げられたのですから。
合田先生は指揮者ではありませんが、オーケストラを診断するプロです。国内外の様々なオケに接し、
当然オーケストラを思い通りに響かせるための手仕事的な知識をたくさんお持ちです。
そんな合田先生がポルタの練習時に時々こんな前置きをして要求をしてくることがあります。
「これが出来るのは日本のオケでひとつぐらいしかないけれど…」
「ベルリン・フィルでなきゃこんなことは出来ないだろうけど…」
でやってみて、当たり前のごとく失敗するのですが、しかし出来る出来ないはともかく、
そのような様々な知識を聞くだけでも面白いのです。合田先生の指導を受ければベルリン・フィルにような音が出せる、
などとはこれっぽっっっちも思ってはいませんが、そういった中からカラヤンの『カヴァレリア・ルスティカーナ』の
秘密が見えてくるかもしれないですし、そういったノウハウが何かの拍子に自分に良い影響を与えないとも限らないのですから。
ではその無茶な要求がどんなものかというと <ワークショップに続く(かも…)>
2006年6月29日更新