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第13回 合田香氏・前野一隆氏対談
選曲にあたって その1


--今回、この選曲になさった理由は?

前:やっぱりそれは音楽監督の合田さんから答えていただいたほうが(笑)。

合:やだよ〜(笑)。

前:やっぱりあのぉ、この団体の最大の特徴は、私は素人というかアマチュアなんですけど、他にもプロの方が指導したり棒を振ったりしていらっしゃる団体があるかと思うんですけど、なんていうんですかね、関係が"主"と"従"っていうか、偉い指揮者がいて、その下でみんながやるっていうスタイルが多いと思うんですけど、ウチの団体はどっちかっていうと、合田さんに音楽性とか音楽の方向性みたいのを示唆してもらう、サジェスチョンしてもらって、プレイヤーとか私みたいな指揮者が、それをどういう方向に持っていったら合田さんの言ってるような音楽になるのかっていうのを探求していくスタイルだと思うんですよね。

合:いいインタビューだねぇ〜(笑)。

前:まぁ、そういうことをしていく団体であるというのを世の中に見せたいので、そのためにはある程度スタンダードなマンドリンの合奏、あるいはマンドリンでやれるチャレンジ精神あふれるような曲とかですね、そういうところをいくつかプロットしないといけないんじゃないかと。とくに今回は最初の演奏会ですから、そういう意識が選曲の根っこにあったのかなと。だけど、だが故にかなりキツイ選曲になっちゃったっていう気もしますけどね。

合:まぁ細かな選曲のこともあるけども、ボクなんか練習やって聞いても、これがカザルスホールで鳴ったらどんなんだろう、っていうのはすごくイメージありますよね。 練習が進んでる中で、これはきっとカザルスではこういう響きがするんだろうな、っていう思いはすごくある。

例えばモーツァルトのディヴェルティメントはギターが入っていない。 そしたらどんな音がするんだろうなぁ。 それからチャイコフスキーの弦楽セレナードをマンドリンだけでやったら、どういう響きがするんだろうなぁ。 もちろんマンドリンでたくさんやられてはいるんだろうけど、しかしカザルスでそれをやるとどんな響きがするんだろうと、練習を見てるとすごくイメージがわく。

反対に、オリジナルをどう仕上げて、どう世に問うか、っていうところはあるかもわかんない。 だからオリジナルの2曲と、モーツァルト・チャイコフスキーの2曲っていうのは、問われ方が少し違うと思う。 それぞれの内容のシビア度もちょっとずつ違うかもわかんないですね。

野口先生を囲んで
特別ゲスト!バイオリニスト野口先生(写真左)


--意図的に対比させるために選曲をしたと?

合:それはあるよね。 オリジナルとクラシックが2曲2曲になっているということと、ボクと前野さんが2曲2曲で振るということも。


--具体的に、シビアさの違いっていうのは説明できることなんですか?


合:モーツァルト・チャイコフスキーと、オリジナルとの差っていうのはあるでしょう。 モーツァルトとチャイコフスキーっていうのは、元はバイオリンのために書かれているわけですよね。 だからそれをマンドリンでやるっていうことは、まず機能的にいろいろ問題が出てくるわけですよね。 それをいかに処理して、マンドリンというものの表現力を自ら否定しない、つまり音楽の表現力として明らかな可能性をそこに見いださなきゃいけない。

ところがオリジナルをちゃんとやれるということは、本来のマンドリン団体としての能力を明らかにできなきゃならない。 だからオリジナルの曲がちゃんとできるってことは大きなことかもわかんない。 だけどその先に、モーツァルトやチャイコフスキーができるっていうことも大きなことですよね。

前:多分、団員の中にも「何でモーツァルトとチャイコフスキーを選んだの?こんなに大変なのにぃ」っていう意見も多々あると思うんですよ。 で、選んだ本人たちも

合:大変だなぁ〜と(笑)。

前:という感じなんですけど(笑)。 だけど、だからこそそれを選ばないと、この団体の意味自体が無いんですね。 ハードルは高いですけど、この団体の行きたい方向を示すためには、ある程度のチャレンジをしなきゃいけない部分もあるんじゃないかなぁ〜と思うんですよね。

一番気をつけなきゃいけないのは、そういったチャレンジをする時に、最初から「マンドリンじゃこれは出来ない」って決めちゃうってことですかね。 そういうことしちゃうと、音楽的に向上心が出てこない。 マンドリンオリジナルの曲でマンドリンで弾けるように書かれた曲と、さっき合田さんが言ったように機能的に違う曲をやろうとしてるわけなんで、そうすると自ずとマンドリンでどうやって表現したらいいのか、どうしたら音楽っぽく聞こえるんだ、っていう探求をしないと、モーツァルトもチャイコフスキーも本来は弾けないんですよ。 それを「やってるんだよ」っていうのを見せられたらいいなと思うんですけど。

合:だから、ここで大見栄をきるのは難しいんだけど、ボクは「モーツァルトのディヴェルティメントの136っていうのをマンドリンでやりました!」っていう演奏はしたくないと思ってるんです。 ちゃんとモーツァルトをやりたい。 ウィーンの人が聞いても、ドイツの人が聞いても、「モーツァルトじゃん」「ディヴェルティメントじゃん」っていうものをしたいわけ。 「とりあえずマンドリン合奏でディヴェルティメントをやりました」「ああ、こんな感じか」っていうものの先をやりたい。 こうやって言って、当日紙面になっていると思うと、相当ボクにプレッシャーがかかるんだけど(笑)。 だけど、それをしないと意味が無い。

前:何でこの団体に関わる気になったのかという話があったけど、まさに今話してたことで、それをやるんだったら、ある意味参加させてもらってもいいかな、というふうに思ったんですよね。 逆に言うと、それをやれないと思った瞬間に、「じゃあ、今回限りということで」っていうことになっちゃうかもしれないですね。 難しいですよね。

2002年9月3日更新
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