No.4 片島吉章



 


電柱上に書かれたメッセージ

7月某日

 吉祥寺の住宅街を歩いていると、いきなり強烈なパンチを一発、不意打ちでくらいました。かなりクラクラきたね、これには。
 



7月某日

 最近読んで、とてもおもしろかったのが、大阪のうどん屋の主人がおいしさを追求することの大切さを語った『きつねうどん口伝』(ちくま文庫)。うどんひとつで、ここまでの哲学を語るのか…と驚愕しっぱなし。しかも、“はんなり”とした関西弁でソフト&メロウに語られるのです。普段は修行精神や伝統とやらに懐疑的な僕も、思わず納得させられてしまう物言いの連続でした。ここにあるのは、現場に立つ人間の言葉の深みと確かさです。これから、うどんを食べる際には色々考えながら食べてみよう。

 


やっぱり、きつねうどん
 で、無性にうどんが食べたくなり、渋谷の某店へ。評判の店だけあって、味も薄味で美味。結局、哲学的なことなぞ全く考える間もなく、おいしくいただきました。
 しかし、東京ではなかなか関西風のうどんにありつけないですねえ。ちなみに僕が求めてるのは甘いお出汁のうどん。うどんは甘いものである。僕のうどん哲学です。
 



7月某日

 近くの商店街を抜け、しばらく行くとこんな坂道があります。名前が付いている急な坂でしたが、その名は忘れてしまいました。でも、薄暗くてひんやりとした独特の“気”を発するこの坂は、「暗闇坂」と呼ぶにふさわしい坂でした。



 


『風街ろまん』
「暗闇坂むささび変化」収録。歌詞中の「ももんがー」が「お化け」の総称の意であることは、随分最近になって知りました。
  はっぴいえんどが「暗闇坂むささび変化」で歌った「暗闇坂」とはどこなんだろうと、学生時代に東京に遊びに来たついでに探した記憶があります。後で判明したのですが、都内に「暗闇坂」という地名はたくさんあるのです。当時、僕が見つけた「暗闇坂」は、確か谷中とか上野近辺にあった坂だったと思いますが、残念ながら歌に出てきた坂とは違ったようです。




 

暗闇坂 この一帯が多摩川のハケにかかってるのです。
さて、その近所の暗闇坂を旅人気分で登っていると…。 
 「カナカナカナ…」
 
 お、今年の初ヒグラシだ! あまりに近くで鳴かれたので、風情もへったくれもなかったのですが、まあお初ということで許してあげましょう。初セミを聞く瞬間は、何だか縁起がイイ感じで好きですね。





 

焼鳥屋 カウンターのくたびれた色と、
角のとれ具合がたまらんのです。
 坂を探検した後は、同じサカでもサカ場へと急行しました。商店街の中ほどで、埋もれるようにたたずむ焼鳥屋へ。常連客がわいわいと呑んでいる狭いカウンターの後ろを、壁にへばりつくように奥の席まで入っていきます。
 そこは、呑んでるおっちゃん達の顔が見渡せる特等席です。とりあえずビールを1本頼んで、おっちゃんと店のおばちゃんの会話を肴に飲み始め。時間にして、まだ夕方の6時半くらいなので、商店街はわんさかと人が闊歩しています。そんな人の流れを背景に、手前にはすでに顔を赤らめた男たち数名。


 
 3メートル先の商店街には、女子校や女子大の生徒が見るからに花のような“香り”をさりげなく振りまきながら歩いている一方、僕の傍には、悲喜交々の人生を経て、いろんなものが熟成された“臭い”を放つおっちゃんたちが不防備な姿で、うだうだと時間をすごす。ああ、いい光景だ。今日の酒は旨いのう、と心の中でつぶやきました。
 やはり、酒には“臭い”のきつい肴の方が合うのです。そのうち、僕もそんな“臭い”を放つことができればと…。
 しかし、これだけ、いい顔がそろうのは良い店の証拠。御年80にもなるおばちゃんも、若い男ども(とはいえオーヴァー50)に囲まれて、いい顔してます。

 

男は自らを“スパイダー”と名乗り、
元モッズだったとか何とか言いながら…
 そう。何が目的で酒を呑むかと問われれば、いい顔が見たいからと答えるかも知れません。
 先日も悔しいほどイイ顔をして、イイ酔い方をする男と呑みました。こういう酔い方に憧れ、また呆れもするのです。男は自らを“スパイダー”と名乗り、元モッズで云々と言いながら、うだうだと人生を語っておりました。
 このとき、彼はあの“臭い”を発していたはずです。
 






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