For Whom the Fool Exists?

| 1 | 2 | 3 | 4 |


 音楽から始まることもある。比較的最近でいえば、アイルランドや沖縄がそう。音楽から入っていって、食べ物や歴史にまでたどり着く。今ではプレミア・リーグで応援するのはアイルランド人選手だったり、ちょっと贅沢したいときに飲むのはMurphy'sというアイルランド産ビールだったり。ああ、このビールは缶に仕掛けがあり、シュワシュワッとクリーミーな泡が缶ビールでも楽しめるようになっていて、いい。ま、好奇の虫がうずうずと音楽で揺り動かされてしまうという次第で。


 アイルランドを例にすると、私の場合、アイルランド共和国に止まらず、アメリカ合衆国、というか新大陸にまで飛んでいってしまう。アイルランドは移民の国だから、ね。移民で構成された、という意味ではなく、希有なほど移民を排出した国という意味で。一説によれば、アイルランドからアメリカへの移民は700万人といわれ、現在、アメリカ国民のうち4000万人が彼らの直接的または間接的子孫ということになるそうだ(アメリカ白人で最大のエスニック・グループはドイツ系)。一時、アイルランドでは総人口のほぼ半数が新大陸へ向かったというのだからたまげる。現在、アイルランド共和国に住む約400万人には、海外に誰かしら親戚がいるというのもうなずける話だ。


 でも、「アイリッシュ系アメリカ人」がどんな人たちなのか、私にはいまイチ分からなかった。そもそも、よく言う「何々系アメリカ人」というのがよく分からない。面と向かって、「ところであなたは何系アメリカ人ですか?」なんて質問はだいたいのところしないように思う。見てくれが明らかに違う黒人や東洋人は別にしても(最近ではヒスパニック系も)、主流派の肌の白い人たちに対して、ご先祖様がどこから来たのかなんて、最近移住して来た人にしか尋ねないのかもしれない。私が通った高校には当時4学年で240人程度の学生がいたけれども、黒人と東洋系は併せても全校で10人くらいしかいなかった。黒人は黒人。東洋系は中国系のみ。で、私は日本人、と。でも、残りの大多数の白人の生徒の先祖がどこから来たかなんて、特に知らない。そういうことは、家の中まで踏み込んでみて、ママが作る伝統料理の中にかろうじて残されていたりするかもしれないけど。もうすでに「てやんでぇ、こちとら3代遡っても、生まれも育ちも新大陸よ」という人たちがほとんどなわけで、「アイルランド系アメリカ人が、うんぬんかんぬん」と字面で言われても顔が浮かばなかった。


 あ、思い出した。例外あり。ギリシャ系。これは何でかというと、彼らの「Greek Nose(かぎ鼻)」と名前が明らかに違っていたから。そうね、名前から知るという手だてもある。確かにスズキといえば日系だろうし、ニューマンといえばユダヤ系だろうし、なんとかスキーであれば東欧系だろうし。アイルランド系であればオハラやオライリーなど名前の頭に「O'」と付くとかね。


 しかし、だ。いつぞやか読んだ本の中に書かれていたこと。ブリテンの統治下で、多くのアイルランド人が遠島の刑というか、そういうことで西インド諸島へ流された時代。同じく下層の民だった黒人奴隷たちとアイルランド人は交流を持った。もちろん音楽も交わったに違いない。しかし、実は名字もそうで、彼の地出身の黒人の中にはアイルランド姓を名乗る者もいるという。


 また別な例もある。たとえば、イタリア系移民もアイルランド姓を名乗ることがあるそうだ。それはどういうカラクリかというと、イタリア系は19世紀半ばをピークとするアイルランド系移民よりも後に合衆国へ到着した後続組。アイルランド人はすでにアメリカ社会の中で居場所を確保しており、中流化もイタリア系より早く進んでいた。すると彼らは、ご多分に漏れず、今まで暮らしていた都市のスラムからより良い暮らしを求めて別な場所【郊外】へ移動する。それまでアイリッシュが使っていたみすぼらしいアパートや誰もやりたがらない仕事、カソリックの教区が残ったままとなった都市部スラムには、同じくカソリックであるイタリア系が流入し、そっくりそのまま受け継いだ。地方選挙などでも両者は協力体制にあったらしい。両者はそうした関係にあり、いわば先輩格の、アイルランド姓の方がつぶしが利くと、変名を使うイタリア系の人たちもいたらしいのだ。ボクサーだったフランク・シナトラの実父もそうした人のひとり。ちなみに、フランク・シナトラはもともとJFKを、つまり民主党(伝統的にマイノリティが支持するとされる政党)支持者だった。しかし、裏社会との繋がりがあるシナトラを毛嫌いしたJFKと喧嘩別れをし、以後、共和党(こっちはWASPや金持ち、企業寄りの政党)に鞍替えしたそうだ。ま、シナトラがその後支持したニクソンにしろレーガンにしろアイルランド系だけどね(あ、二人ともカソリックではありませんよ)。


 こうしたことが起こっていたのは、さすがに半世紀以上前のこと。いまやいろんな人種間の婚姻も進んでいるわけだし、以前とは状況は違うのかもしれない。しかし……。イラク問題に協調しなかったフランスへの嫌がらせとかもあったしな。いまや大統領候補のケリー上院議員が「フランス人顔」だとか、フレンチフライは「フリーダムポテト」だとかくだらないことを言っているうちはいいけど、それがいつエスカレートしないともかぎらない。だって、その「フリーダム〜」というのは、もともと第一次世界大戦中に、ドイツ系移民たちが食べていたザワークラウトを「リバティキャベッジ」と呼び換えたのに由来するっていうからね〜。なんか同じことしているね〜。ふとした時に、こういう問題が噴出するのもよくある話なので、なんとも無視はできないからね……。


 ああ、またアイルランドから遠く外れた地点に着地。本当は、伝統歌の素人歌合戦が行われるダブリンのパブで、ビールを一杯といわず何杯か引っ掛けてみたいのですがね、いつか。




To スズキのさん
 カソリックの高い塔を持つ教会があるアメリカの町には、だいたいにおいてアイリッシュ・パブがありますね。週末になると地域のローカル・ピープルの素人芸パーティが大騒ぎで行われたり、ウィークディの静かな夜には、じっと顔を見つめ合う若きカップルが片隅にひっそりと座っていたりします。アルコール度高いし、がぶがぶ飲むにはなんだか、生ぬるいし。でもあのエール・ビールは最高ですねえ。あれは、美味しい。ワンパイントのピアマグを片手に、だらだらと過ごすパブでの時間は、なんとも最高です。
 そういえば、何回かクダクダしに行ったアイリッシュ・パブでは、必ずと言っていいほど軍で日本駐留の経験をもつオジサンにつかまりました。アイリッシュ系のオジサンたちって、ビアマグ持たせて厚手の編み込みのセーターを着せたらパブの看板写真になりそうな人たちがホント多くて、それになんだか絶妙に皮肉上手なんだなあ。こうしているうちに、思わずノドが鳴りましたよ、スズキさん。 (大江田)


| 1 | 2 | 3 |

▲このページのTOP  
▲Quarterly Magazine Hi-Fi index Page