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 すみません。実は、前回更新したこの不定期連載、一週間ほどで閉鎖してしまいました。実は、ここから先を読んで頂ければわかりますが、聴いたことがあるという人にあったことのないフェイフィ50年代〜60年代前半の78rpmに、幸運にも手が届きそうになってきたのです。全く聴いたことがないより、一枚でも聴いて書いた方がいい。そこで小心者の僕としては、あまり騒がないでさくっと入手したいと思い、急遽大江田さんに無理を言って引っ込めてもらいました。ですが、実際に音源を入手できるまで、だいぶ時間がかかりそうなので、とりあえず前回のものをほとんどそのまま掲載させていただきます。

John Fahey その1 
なぞすぎる78rpm群〜1960年前後


 
今回で一応2回目なのですが、前回はワーナーの名盤探検隊シリーズでリイシューされた際のライナーを流用したため、仕切り直して一回目ということにさせていただきます。ここでは、ギタリスト、ジョン・フェイヒィ(僕はフェイヒィもフェイも間違っていないと思うのですが、こちらが最近通りがいいので)の録音物を中心に、ファンとして興味本位なノリで話しをダラダラとすすめていきたい。そして、折りに触れ興味深いエピソードなど、僕の知っている範囲でご紹介していきたいと思う。とにかくフェイヒィの周りはいちいち面白いのです。ゴシップでも眺めるような感じで読んでください。

 一般的に知られているフェイヒィのファースト・アルバム『Vol.1 Blind JoeDeath』(Takoma C1002)は、音源的にはサード・プレスにあたる。数えるほどしかプレスされていない59年のファースト・エディションは、海外のディーラーのリスト何年もを血眼になって探しても、未だに出くわしたことのないレア盤で、とてもじゃないけれど詳細確認不可能です。ただ、このファースト・エディションの数曲を入替えてリリースしたのが『John Fahey / Blind Joe Death』(Takoma C1002)。サイドAがブラインド・ジョー・デス名義、サイドBがジョン・フェイヒィ名義のもの。Takoma/Fantasyより『The Legend Of Blind Joe Death』というタイトルでCD化されているので、興味のある方は聴いてみてください。僕もつい最近この盤を手に入れたのだが、白地にでっかく”John Fahey”、裏には”Blind Joe Death”という文字があるだけの厚手ジャケットを手に取り、モノラルで59年録音のギター・ピースをデカイ音で鳴らしてみて、正直その迫力というか、デモ・テープから発散される匂いのようなものに圧倒されました。周到な完成品に詰まっているアーティストの尊い努力を感じるのと同じ意味で。ビートルズの『Please Please Me』のUKオリジナル・モノラル盤は聴こえ方が全然違うという話を聞いたことがあるけど、そういう感じに近いのだろうか。まあ、このファーストに関しては次ということで、今回は、ファースト・アルバムあたりまでのあまり知られていない音源に関して話をすすめていきたい。でも、なんたることか、僕はこれから挙げる音源をほとんど聴いたことがないのです!というか誰かいるのでしょうか?とにかく、僕の手元にある数少ない資料をもと
に、あれこれ想像しながら追ってみたいと思う。
 1956年頃まで、フェイヒィはブルーグラス・バンドでギター/バンジョーを演奏していたことは比較的知られている。そして、友人のDick Spottswood(ディック・スポッツウッド。著名な戦前ブルース/ジャズ78rpmコレクター/研究家)より盲目のゴスペル・カントリー・ブルース・シンガー、ブラインド・ウィリー・ジョンソンの存在を教えられ、ブルースに傾倒していった…ということもわりと知られている事実。だが、この後、フェイヒィは62年6月(セカンド・アルバム録音前後)まで、地元メアリーランド州の78rpm専門レーベル、Fonotone(フォノトーン)に、知りうる限りなんと28枚のSPを吹き込んでいる。これはサード・アルバム『DanceOf Death And Other Plantation Favorite』のファースト・プレスの付属ブックレット中の記述にあったもので、詳細に録音日、場所、メンバー、曲目その他びっしりあるのだが、僕はこの「Musical History Of John Fahey」とタイトルが付けられた記述を、長い間眉唾だなあと思っていた。狼少年じゃないけど(失礼)、とてもフェイヒィの言うことを真に受けてたら…というか、これは彼が記したものではないのだけれども、うのみにはとても出来なかった。だが、ひょんなことから、こりゃホントのことだったんだと納得せざるをえなくなってしまった。それは、去年手に入れたレコードのライナーノーツに、このフォノトーン・レーベルの記述があったから。『Jolly Joe And His Jug Band』(Piedmont 13160)
 このジョリー・ジョーことJoe Bussard(ジョー・バサード)こそ、そのフォノトーンのオーナーで、フェイヒィを含む50年代後半のメアリーランド州〜ワシントンD.C.エリアの鼻息の荒かったブルース・マニアックの重要人物。そして、このレコードのプロデュースは、前述のディック・スポッツウッド!これだけフェイヒィ人脈の濃いレコードも他にはないと思う。さてこの、ヴァージニア州アーリントンを拠点としたピードモント・レーベルは、ミシシッピ・ジョン・ハートの再発見後録音などで知られる、カントリー・ブルース〜トラディショナル・ミュージックを専門にしていた先駆的レーベル。東海岸のヤズー〜ブルーグース、西海岸のアーフーリーなどの先輩にあたる。このジャグ・バンドも、戦前のルーラルな黒人ジャグ・バンドをロウに再現した感じで、すこぶる内容はいい。すわフェイヒィのクレジットは!?と目を皿にして探したがさすがにそれはなかった。とにかくこのライナーのジョー・バサード紹介の部分で、メアリーランド州フレデリックで78rpmオンリーのフォノトーンなるレーベルを片手間で運営している(現在形!)という記述があり、フェイヒィが78rpmをリリースしていたということをようやく信じるに至ったので、ここに知りうる限りの全アイテムを掲載しました。リストを眺めるだけでもちょっとビックリの内容。(レーベルはすべてフォノトーン:カッコ内はアーティスト名義)

Early 1958?
FOT 1157 Takoma Park Pool Hall Blues / Transcendental Waterfall (JohnFahey)
FOT 1182 Buck Dancer’s Choice / Barbara Namkin Blues (John Fahey)
FOT 1184 St. Louis Blues / On Doing An Evil Deed Blues (John Fahey)
FOT 1185 In Christ There Is No East Or West / Stak O’Lee Blues
If You Haven’t Any Hay / C.C. Rider (John Fahey)


 ラストは2枚組みということなのだろうか?目新しいのは、戦前のヒルビリー・ブルース・ギタリスト、サム・マッギーの傑作インスト・ギター・ピース「BuckDancer’s Choice」を取り上げていること。同じ戦前の比類なき白人ブルース・ギタリスト、フランク・ハチソンの「Worried Blues」のフェイヒィカヴァーを取ってみても、「Buck…」はオリジナルに割と忠実な軽やかなスタイルではないかなーというのが僕の想像です。『Anthology Of American Folk Music』に多大に影響を受けたと自身でも明言しているフェイヒィは、黒人のブルースだけでなく、こういった白人のヒルビリー、ホワイト・ブルース、ストリング・バンドも並列に聴いていたはず。他にも「Stack O’Lee Blues」「C.C. Rider」と、トラディショナルはあるが、目をひくのは、最初期のレコーディングで、ファースト・アルバムに収録されることになる「Transcendental…」や「In Christ…」といった、どこをどうすれば生れてくるのか分からないようなギター・ピースを既に録音していること。Episcopal Hymnal(キリスト教監督派の讃美歌)からの影響ということが言われたりもするし、実際後のアルバムの中に「Episcopal Hymn」という曲もあるのだが、それだけではうなずけない複雑なピッキングの構成力・完成度の高さと、ブルースの轍を踏んでいないのにこれ以上ないくらい感じるブルース・フィーリングがある。つまり、最初からよく分からんわけです。ファンとしては知りたいですけど。
 そして次、カントリー・ブルース・ファンが悶絶する一枚です。

Late 1958
FOT 1199 Mississippi Boweavil Blues / Green River Blues (Blind Thomas)

 ゲゲ!そうです。両面ともに“顔はマウスのようだが、声は雄牛のよう”と言われたデルタ・ブルースの創始者、チャーリー・パットンのカヴァー。しかも、友人でもあり、ファースト・アルバムのエンジニアでもあるPat Sullivan(パット・サリヴァン)という人物のヴォーカル入り!「Mississippi…」は29年のパットン初レコーディング曲で、「Green River Blues」は、パットンの中でも1、2を争うのでは、と思えるほど美しく不思議な和音を持つギター・リフが印象的な大名曲。フェイヒィに会った時に、“ブルースは今でも良く聴くよ”と言って“チャーリー・パットン、スキップ・ジェイムス、トミー・ジョンソン、ランクを落としてイシュマン・ブレイシー”とフェイヴァリットを挙げていたのがおかしかった。とにかくこの2曲だけはなんとしてでも聴いてみたい!どういう風に演っているのだろうか?数年前に、『Early Years Of John Fahey』的なタイトルでリイシューが出る、という噂を耳にし、もしや、と期待したのだがその話もどこへやら。どうしてフェイヒィに会った時にその辺のことを聴かなかったのだろうと、今でも悔やんでいます。とりあえず、知りえたデータがあまりにも少ないので、下記にこの後の78rpmをずらり並べます。ちなみにこれ以降、ブラインド・トーマス名義の作品が多くなる。

 

Later 1958
FOT 511 Over The Hill Blues / Labbas Rag (Blind Thomas)
FOT 607 Pat Sullivan Blues (Blind Thomas) ※This maybe a one sided record

Nov. 15, 1959
FOT 505 Blind Blues / Poor Boy Blues (Blind Thomas)
FOT 506 Long Time Town Blues / Gulf Port Inland Blues (Blind Thomas)
FOT 507 Blind Thomas Blues / part 2 (Blind Thomas)

April 15, 1960
FOT 610 Wanda Russel Blues / Going Away To Leave You Blues (Blind Thomas)
FOT 611 John Henry / Paint Brush Blues (Blind Thomas)
FOT 612 Lay Me Burden Down / Hill High Blues (Blind Thomas)

Nov. 15, 1961
FOT 631 You Gonna Need Someone On Your Bond / Jesus Gonna Make Up My
Dying Bed (Blind Thomas)
FOT 632 Banty Rooster Blues / Tom Rushin(Rushen?) Blues (Blind Thomas)
FOT 633 Yallaboosha River Blues / You Gonna Miss Me (Blind Thomas)
FOT 634 Weissen Schaetlich River / part 2 (Blind Thomas)
FOT 635 Blind Thomas Blues part 3 / part 4 (Blind Thomas)
FOT 636 Zekian Swamp Blues / Nobodies Business (Blind Thomas)

March 24, 1961
FOT 6146 Going Crabbing Talking Blues / part 2 (Blind Thomas)
FOT 6147 You Better Get Right / I Shall Not Be Moved (Blind Thomas)
FOT 6148 Weissman Blues / Dasein River Blues (Blind Thomas)
FOT 6149 Racemic Tartrate River Blues / part 2 (Blind Thomas)
FOT 6150 Ickweissnikt River Blues / Smokey Ordinary Blues (Blind Thomas)
FOT 6151 Old Country Rock / Little Hat Blues (Blind Thomas)

June 15, 1962
FOT 6219 Black Swampers Blues / part 2 (Mississippi Swampers)
FOT 6220 Green Blues / Stone Poney (Mississippi Swampers)
FOT 6221 Some Summer Day #2 / Dark And Lonely Night Blues (Mississippi Swampers)


 これらほとんどがギターのインストと思われます。ボストン〜ケンブリッジに置けるフォーク・ムーヴメントで、デイヴ・ヴァン・ロンク、エリック・フォン・シュミットといった白人フォーク・ブルース・マンの動きがあわただしくなってきた頃、フェイヒィは東海岸とはいえ遠く離れたメアリーランド州で、数少ないブルース狂と戦前ブルースを掘り、一人自分のギターを模索していた。どうです、この圧倒的な量は。ファースト・アルバムの録音が59年4月ということと、このリストを掛け合わせると、その頃の事情が多少は立体的になると思う。トラディショナルなブルースあり、後にアルバムで取上げるものあり、聴いたことも見たこともないタイトルあり(これがダントツで多い)といった感じなのだが、なによりまずこの字面だけ眺めて一番感じるのは、フェイヒィはたった数日でこんなに大量の曲を録音していること。59年から数えると、つごう五日間で42曲。この大量の“なになにBlues”というタイトルの78rpmリリースからいかに多くのことが伝わってくることか。“スタジオ代がもったいないから家で死ぬほど練習する”と後のアルバムのライナーにあったのを思い出すが、この超人的なヴァイタリティにはホント恐れ入る。フェイヒィのナイーヴで美しいトーンのギターはこの体力に支えられている。フェイヒィの楽曲(ハワイアン・スタイルのものは特に)は、音符をコピーすることはたやすいかも知れないが、フェイヒィをコピーするとなると、これが疲れる。あの、滑らかなスライド・ギター一つ取ってみても、言いようのない張り詰めた緊迫感を発していると思いませんか。妙にフラットというか、ヴィヴィッドにするところはするのだけれど、無理に感情を沈めているようなところがある。実際に弾いてみるとわかるが、それがとにかく疲れる。トーンの重要性といったことをフェイヒィは口にしているが、トーンを操ることが楽器を演奏することで一番体力がいることでは、と思う。
 さて、そのトーンのことで語らなければならないのが、62年1月に録音されているMississippi Swampersという名義のもの。これはフェイヒィと、これまたメアリーランド州出身のカントリー・ブルース・ギタリスト、Backwards Sam Firk(バックワーズ・サム・ファーク)ことマイケル・ステュワートのデュオ。彼は、後に同州シルヴァー・スプリングに拠点を置く、タコマ・レーベルよりもさらにカントリー・ブルース色の濃いレーベル、アデルファイから二枚のソロ・アルバムをリリースしている。この人もフェイヒィと同じく、トーンを強く感じさせるブルース・ギターを弾く人だ。もっとも、彼の場合は、フェイヒィのようにトーンを作り上げるタイプではなく、徹底したリアリズムというか、ざらついた生のトーンに固執する演奏。僕のフェイヴァリット・ギタリストです。彼とフェイヒィが一緒に活動し、3枚も78rpmを吹き込んでいたなんて。そしてまた「Stone Poney」「Some Summer Day」とチャーリー・パットン・ナンバー。ちなみにFOT 632も、両面ともにパットンのカヴァーだ。フェイヒィのパットン熱は相当なものだったようで、この頃、世界で初めての、戦前ブルース〜ジャズの再発を専門とするレーベル、オリジン・ジャズ・ライブラリーが起ち上がり、初めてのリリースとなったチャーリー・パットンの編集盤にフェイヒィはライナーを寄せている。また、1970年に、イギリスの出版社スタジオ・ヴィスタより『Charlie Patton』という最初のパットン・バイオグラフィーを発表していることも有名。この本は、現在世界のブルース・コレクターの垂涎のアイテムになってしまっている。僕も手に入れるチャンスがあったのだけど、おしくもタッチの差でいかれてしまいました。これは一度手に取って読んでみたい。
 とにかく、全く虫食い状態で手が付けられない感じだが、この辺78rpmの補足は、運良く現物を手に入れることが出来たらその報告も含め、次回にさせていただきます。 

 

 (阿部広野)

 

 

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