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 いやはやこれは寄る年波のせいなのか、それとも平日と週末をまるっきり別の人間として生活するアメリカ的生活パターンのせい?
 もうとにかく驚異的な月日の早さに焦りを感じながらも、為す術も無く、近頃はひたすら呆気にとられたように過ごしております。


 ついこの前まで夜9時頃まで日が暮れず、仕事から帰った後でもプールで泳げるような毎日だったのに、最近はもう5時過ぎには夕闇に包まれるような具合だし、朝は7時過ぎてもお日様が出てこないので、自然に目が覚めても外は真っ暗で何時なのかがピンとこなくて慌てて飛び起き、TVや携帯で時間を確認する始末。10月末にやっと冬時間に戻ってくれたので、ようやく朝晩の感覚が徐々に調整されつつあります。このサマータイム制度、たかだか一時間程度の時差とは言え、案外体に負担がかかります。特に夏時間に変わる時は強引に一時間早まってしまうので、個人差はあるでしょうが僕の場合なんかは一週間くらい睡眠不足気味で昼間もアクビしっぱなし。DAYLIGHT SAVING TIMEなんて言っても真夏は夜10時近くまで明るいですからね、一時間も進めなくても充分元は取れると思うのですが。ただこちらのお父さん達は帰宅後、夕食を取ったあとに子供達と外で遊ぶ時間というのがけっこう重要な日課なようなので、その点では理にかなっているのかも。
 
 一週間があっという間なら、一ヶ月、三ヶ月なんてもっとあっという間。
 シドニー・オリンピックなんてつい一昨年くらいの出来事という感覚でいたのに今年はまたまたオリンピック・イヤー。たぶん4年後の北京オリンピックの時にも同じような気分で溜息ついてそうな予感もしますが、それは別にしても今回のアテネでの日本代表選手の数々の健闘ぶりは、ここ米国にいてもやっぱり嬉しいニュースでした。
 しかしですね、こちらで放映権を獲得しているチャンネルは当然アメリカ代表選手のゲームを中心に放送するので、競泳やいくつかの陸上競技を除いてはなかなか日本代表選手の活躍を目にすることが出来ませんでした。
 女子のフルマラソンなどは週末だったこともあってレース展開のすべてを観戦することができたのですが、例のラドクリフの途中棄権の後、中継のほとんどは米国代表ディーナ・カスターが3位入賞なるか否かに集中。確かに素人目にも冷静なレ−ス展開という印象は受けましたが、まるでラドクリフの一件まで作戦勝ちみたいな口ぶりのレース解説には、さすがに閉口。トップでゴールイン、テープを切った野口みづきのインタビューは当然ながら一切放映されず。その数分後にゴール、3位入賞ブロンズ・メダルを獲得したカスターが感極まってトラック上で涙している様子は一部始終オンエア、一息ついたところでインタビューがスタート。画面中央で祝福を受けるそのカスターの横で、四つん這いになってゲェゲェと嘔吐している選手がいるなあ、なんて思って見ていたらなんと日本の放送局とのインタビューを終えた直後らしき野口選手でした。
 気の毒にまさか全米ネットで電波にのっているなんて、たぶんまったく気付いていなかったような様子で、カメラマンもさすがにあっと思ったのかどうか、画面は途中からカスターの上半身のだけのカットに変わりましたけどね。なんだよなぁ、恐れ多くもゴールド・メダリストだぜ・・とどうも釈然としない気分でTVを見つめておりました。

 競技種目にもよりますが、一般的にこちらの皆さんのオリンピックに対する関心度というのは日本に比べるとあまり高くはなさそうでした。長嶋(不在)ジャパンで、日本人の日の丸感情をあれほど盛り上げた野球も、ここでは参加競技にあるなんて誰も知らなかったみたいで。一事が万事そんな調子でありまして、我々にしてみると気になる競技の情報をこまかくフォローできるのは、おのずとインターネットや日本語チャンネルのTVジャパンしか無いわけです。
 ところがどっこい、このテレビジャパンというのも一筋縄ではいかない曲者チャンネルでありまして、放映権の保護と管理が厳しいこの国においては如何ともしがたい部分ではあるのでしょうが、コピーライト規制でズタズタに編集されたパッチワーク番組の連続なのであります、これが。とりわけニュース番組のスポーツコーナーなんて全編がまともに放送されることなんてほとんどありません。サッカー日本代表のニュースの場面で夕暮れの鳥取砂丘のスライド写真が映っていたり、6月の全米オープンでの丸山の活躍のニュースも、なぜかミカン農家のオバちゃんたちが映っていたりと、まあかなり苦しい展開。大江田サ ン・松永サン、よーくご存知ですよね。

 普段でさえそんな内容なので4年に一度とは言え、TVジャパンのオリンピック報道、こりゃかなり厳しいだろうなぁと端から期待はしておりませんでしたが、案の定嫌な予感が的中。今回はほんの数秒だけという条件付で動画の放送が認められたようではありましたが、その効果も極薄。ガッツポーズ決める北島の写真など眺めながらテンション高めの中継音声だけ聞いてみても、まあ間抜けなこと。期間中、一日三回朝昼晩と「オリンピック速報」なる特番が組まれたものの、数枚のスライド写真を映しながら、某国営放送局を定年退職した嘱託非常勤アナウンサーといった感じの初老の男性がポツリポツリと奇妙に落ち着いた口調で結果を読み上げる、なんともシュールな番組でありまして、どうもその臨場感とか躍動感とかがまったく伝わってこないのでした。その静寂感はまるで「ラジオ深夜便」といったオモムキ。ひどい時なんか言葉に詰まってしまったのかな、そのシニア・アナウンサーが数秒間沈黙してしまって、この人仕事中に寝ちゃったのかな、なんてマジで心配したこともありましたもんね。

 と文句は言いつつもやっぱり早いし便利だし貴重な情報源。以前、20年くらい前に米国に駐在をされていた取引先の方に、高校野球のトトカルチョ集計のためにLAあたりの若手が夜中に太平洋の向こうから届くラジオに耳をくっつけ毎日の結果を必死で聞き取っていた、なんて当時のお話を伺ったことがあります。ほんとかどうかはちょっと眉唾ですけど、その当時とは比較にならないくらい今の我々を取り巻くツールは進歩し、時差や距離は短縮されているのでしょう。

 そんなこんなのTVジャパン。リアルタイムで日本のニュースが見れたり、日本語の番組が見聞きできるおかげでほっとリラックスしている日本人も大勢いると思います。毎月30ドル強の料金でこんな番組が受信できます (テレビ・ジャパン)。再放送が多いのは東部西部、両方の視聴者に愉しんでもらうためとのことですが、みんな録画なりするだろうから、その分プログラムの種類を増やしてもらえないものかしら。民放のオバカ系バラエティもたまには見たいんだけどな。幼児・子供向けの番組がこちらでのしつけ上・教育上必要だったりするのは理解できるのですが、なにも「忍たま乱太郎」、週に二回も放送しなくてもね。おかげで見てもいないのに最初の歌、覚えちゃいましたよ。個人的には「新・日曜美術館」「日本の話芸」それに「トップランナー」、この辺をビデオに録っておいて秋の夜長にゆったり鑑賞するのがお気に入りであります。あ、それからもちろん「新撰組!」もですね。

 ところが問題は「サタデースポーツ」と「サンデースポーツ」。週末の夜に日本で放送されているスポーツニュースは、やっぱり必ず見たい番組のひとつなのですが、ここ東部時間ではオンエアが週末の正午から。こちとら週末だけが楽しみで生活してるってのに、真っ昼間に部屋の中でTV見ていられるわけないじゃないですか。しかも今年は素晴らしいことに、春から秋にかけては週末に晴れなかったことは一度も無く、ウィークデイは雨や曇りでもウィークエンドは必ず晴天ナリという恵まれた年だったので、TVを見るためにじっと家にいる、というわけにはいきませんでした。我が愛しの近鉄Bu球団や浦和レッズの動向は気になりつつも、とりあえずはタイマー録画。でもスポーツニュース録画して後日見るのって、「冷めたピザ」。ちょっと野暮ですからね、ほとんど見ないまま消去してしまうことが多かったですけど。

 ここサウス・オハイオは気圧配置によっては時折、高温多湿の南部的気候に近いときもあるのですが、西から東へ大気が入れ替わると、もうそれは見渡す限りの青空にドライな風が流れて、とても爽やかな空気に包まれます。こちらで言う Picture Perfect 。本当に今年の夏はほとんどの週末がそうした爽快な晴天に恵まれていたので、毎週のように行われた野外イベントには大勢の人たちがフォールディング・チェアとクーラーボックス持参で集まっておりました。

 7月4日の独立記念日にはあちらこちらで大きな花火が打ち上げられ、去年は突然のサンダー・ストームで急遽中断してしまった地元FM局主催のイベントも今年は最後まで大盛況でした(昨年はドゥービー・ブラザーズが来ていましたが、今年はスティックス。ちょっとコレはパス・・)。日没が9時頃なので、花火のフィナーレも10時過ぎ。今年はレイ・チャールズ爺が亡くなった直後でもあったので最後の大玉連発のあと興奮覚めやらぬ会場では、彼の“America the Beautiful”が感傷的に鳴り響いていました。アメリカ国民でもないのに、あんなに気分が高揚したのは、いったいなんでなのかな。


 昨年JTを見に出かけたオハイオ・リバー沿いの River Bend Music Center。
 ここでは今年もたくさんの野外コンサートが催され、僕も2回ほど事前にチケットを購入して出かけましたが、なにしろ屋外なので大半の人たちは直前まで天気と相談しながら当日に判断をしてやって来るようでした。加えてロケーションがすぐ川沿いなので、大雨のあと川の水位が一定レベルを越えると会場が洪水のように水浸し。そのせいでトビー・キースなんかは日程が秋口まで延期になったらしいし(この強面の星条旗野郎もさすがに天気には勝てなかったみたい・・笑)、あるいは直前まで天気予報がさえずに切符の売れ行きが伸びないと、一枚買うともう一枚タダ、BOGO(Buy One Get One)なんて大胆な叩き売りが始まるケースも。夏のイベント企画といった志向も強いので、単独アーティストの公演よりも複数の組み合わせによるコンサートが多いのもここの特徴かも。いやアメリカ全体的にそうなのかな。意外な組み合わせ、言い得て妙な納得の組み合わせ、いろいろあって楽しいですけどね。時にはちょっとToo Muchなのもあって、去年はREOスピードワゴン、ジャーニー、それにスティクスなんて豚カツにデミグラス・ソースたっぷりかけて、その上に背油チャッチャと振ったみたいなメニュー見ただけでキャベジン飲みたくなるようなのもありましたし、キッスにエアロスミス、ポイズンと「ザ・ガマン」ハード・ロック耐久マラソンみたいのもありました。

 今年もジョン・メイヤーにマローン5といった可愛らしいカップリングや、そうかと思うとKC&ザ・サンシャインバンドにヴィレッジ・ピープル、イヴリン・シャンペイン・キング、その他「オヤジそんなに腰振って大丈夫かよーっ」てなイベントもあって、けっこう楽しいのですね。 Riverbend Music Center でご覧になれるようなスケジュールなのですが、毎年そんなに目新しいラインナップになるわけではなく、殆ど常連のようなジミー・バフェットやデイヴ・マシューズあたりが真っ先にソールド・アウトになるみたい。同じくらい早々に売り切れているのがケニー・チェスニー。ってアンタいったい誰だよって感じもしなくはないですけど。

 で、この夏、僕らが最初にリバーベンドに出かけたのは6月15日のシカゴとEW&Fのジョイント。オープニングは両者競演で“September”“Saturday in the Park”。その後はコイントスで先攻後攻決めて、負けたアースが先攻決定。
 EW&F、近頃はわざわざ聞くことはほとんどなくなっていたのですが、やっぱり昔取った杵柄“In The Stone”あたり、今でも目の当たりに聞かされると胸踊りますねえ。それにシカゴ、やっぱりもともと好きなバンドで数年前にリリースされた『Night And Day』、愛聴盤だったので結構楽しみにしていたのですが(ちゃんと調べてみたらもう10年前のCDでした。唖然)、無理矢理アースのフィリップ・ベイリーに“If You Leave Me Now”歌わせたりしたのはちょっと興醒め。しかもこの晩は仕事で大きなトラブルに巻き込まれていて、途中でオフィスに戻らざるを得ず、実はシカゴのステージ途中でお暇してしまいまして全部は観ておりません。ほぼ徹夜の作業になってしまって、明け方にフラフラと帰宅したのでした。なんだかそっちの印象の方が強くてですね、私事で恐縮です。

 8月の末には‘Rock And Soul Review’と銘打たれたホール&オーツにマイケル・マクドナルド、それにアヴェレージ・ホワイト・バンドの面々というブルー・アイド・ソウル好きには堪らない組み合わせで、約3時間半ぶっ通しのコンサート。これはもう文句なしに楽しかった。トップバッターのAWB、現在のメンバー構成についてなど詳しくは知らないのですが、演奏は完璧なAWB。開演直後から時間を追うごとに客席の興奮度、それに僕自身のアドレナリンもグイグイと盛り上がってくのをハッキリと感じていました。グルーヴィンってヤツですかね。


 大学時代に擦り切れるほど聞いていた(ウソ)中古盤の『Cut The Cake』や『Soul Searching』。あの当時は聞く音楽買うレコード全部が楽しくて。あの頃の興奮がそのままに、いっさい損なわれることなく原型通りに蘇ってきたものだから、懐かしいやら嬉しいやら。何だか当時の友達連中にも会いたくなっちゃったりして。
 彼らのようなシャープなスタイルを維持するのは、継続的な自己管理を必要とするきっと大変な作業に違いないと察するのですが、このオジサン達はそういう汗臭さは微塵も感じさせず、またそのさり気なさが誠に粋でした。

 ところが、ちょいと意外だったのがマイケル・マクドナルド。
 ドゥービー後期、あるいは彼の最初のソロ・アルバムのジャケットのイメージでは思慮深い眼差しに口ヒゲのよく似合うグッド・ルッキング、しかもあのスモ−キー・ボイス。きっともてるんだろうなァ、この人、なんて思い込んでいたのですが、実はえらく小柄なんですね。

 それに加えて妙に頭が大きいせいで舞台上での全体像が微妙にアンバランス。まさかそれを気にしてではないと思いますが、終始エレピの前に座ったままで、あまり立姿を観ることができませんでした・・なんてボロクソ言っていますが、ずいぶんとイメージが違ったものですから一応ご報告。ついでに昔、機内で偶然出くわしたマイケル・ボルトンもびっくりするくらいの short people でしたので念の為。って全然フォローになってませんが。

 もちろんひとたび演奏が始まればそれはそれはカッコ良かったですよ。“Ain’t No Mountain High Enough”あたりを原曲のキーをいっさい外さず歌いきってしまう、しかもまるで彼のオリジナルみたいに聞かせてしまう。先のモータウン・カバーの企画はほんとにヒットだったなと改めて納得。でもたぶんこうして3分の1くらいの感じで観るのがちょうどいい湯加減なのかも(たびたび失敬)。
 というのもトリのダリル・ホールが期待通りに素晴らしかったので。今までお店でもお話する機会が無かったかもしれませんが彼らの“ Wait For Me”、79年からいまだに僕の心のベストテン第一位なのです(オザケン風に・・・って『Life』、これももう10年前でした。再び唖然)。

 ホントに良かったんですよ、ホール&オーツ。決して昨今の80年代再評価に煽られて輝いて見えたわけではなくて、どんな音楽もソウル・マナーにコーティングしてしまう彼のヴォーカル、体全体で音楽を楽しんでいるようなステージ・アクション。先日リリースされたカバー曲中心の新譜もとても気に入っていて、個人的にもこの人に歌ってみて欲しい曲がまだまだ一杯。今回の『Our Kind of Soul』的企画、今後も続いて行かないかな。エジソン・ライトハウスの“Love Grows”みたいな、いかにもまさしくの美メロ70年代ポップスを集めたものとか、フレディ・ジャクソンの“Jam Tonight”みたいな80年代ブラコンを集めたものとか、ケミカル・ブラザーズの“Let Forever Be”みたいな90年代デジタル・ロックに挑戦してみたりとか(おっとこれはSONY繋がりでしたね)。一昔前のロバート・パーマーのように、好き勝手にやってみて欲しいのですが。

 二人の登場と同時に会場に流れたのはMFSBのTSOP、「ソウル・トレインのテーマ」。ちょっとヒネリが無さ過ぎでしょう、せめて“Philadelphia Freedom”くらいにして欲しい気もしましたがそれも一瞬の出来事。あとは最後まで休むヒマもなく誰もが知っている独占ヒット・パレード状態でした。“I Can’t Go For That”のような永遠に真空パックされた曲はもちろん、下手したら「スリラー」みたいになりかねない“Private Eyes”や“Maneater”あたりでさえ全然風化はしていない。この人たち、あとの問題は当時のレコードのジャケットがね、毎度毎度目を覆いたくなるくらいダサダサだったのでもう一度洗練されたデザインに作り直してボックスセットとか出してくれないかなァ。なんだっていっつもあんなオドケタようなポーズの写真ばっかり使ってたんでしょうね。




 ちなみにアンコールは、きっと盛り上がるだろうと期待していた3組揃っての競演。H&Oが“Work To Do”, M.マクドナルドが“If I Ever Lose This Heaven”、それに“Kiss On My List”(これはハッキリ言って本人達に演って欲しかったのがホンネ)、お返しにH&O が“What A Fool Believes”(これもまた然り)。賑やかで楽しかったですけどね。最後には全員でテンプテーションズの“Since I Lost My Baby”にスライ・ストーンの “Hot Fun In The Summertime”、クロージングはH&Oの“You Make My Dreams”。自分が元来好きだった音楽達の根っこを久しぶりに再確認した夏の宵でした。



 青瞳魂つながりでお次はフェリックス・キャバリエ。依然として堂々とはラスカルズを名乗れずにいるようですが、彼も近所のだだっ広い芝生で地元オールディーズ専門局によって催された屋外イベントに登場。お盆の週末。競演はなんちゃってタートルズ、フロー&エディ。会場自体はまるで日本の縁日みたいな雰囲気でしたが、“Happy Together”に“It Ain’t Me Babe”、ウェスト・チェスターのおじさんおばさん達、大合唱でした。フェリックス・キャバリエの若々しさを失わない歌声も、真夏の夜空にちょっと哀愁を漂わせながらも軽やかに響き渡り、彼らの往年の名曲にあらためてsalute。この時ふと思い浮かんだのですがスプリングスティーンの“Hungry Heart”って“A Beautiful Morning”と似てないかな。イタロ系好みのコード展開なのでしょうかね。


 この他にもラジオ局主催のイベントが頻繁に行われていて、懐かしのディスコ系中心のJammin’Oldies 専門局によるシャイ・ライツの無料コンサートがオハイオ川沿いの公園で7月24日に。生で聞く“Stoned Out of My Mind”、サテンのピンクのスーツ、さすがに決まっていましたね。翌週末には同じ場所で地元カレッジFM局の運営によるQueen City Blues Fest。アドミッションは3ドル。僕のいちばんの目当てはランス・アレン・グループ。ランス・アレン、その存在感だけで圧倒的でしたが客席のほぼ95%を占めていた黒人達も集団ヒステリー状態。

 ゴスペル・チャーチの興奮がそのまま野外に運ばれてきたような様相で、正直ちょっと怖い気もしましたが、がんばって最後まで見ました。でもたぶんキッスとエアロスミスを一晩で観るよりは体力消耗していなかったはず。体が弱くちゃこんなライブ、完走できません。見てくださいこのヘビー級の巨体。
 まだまだありまっせ。9月になっても残暑というよりまだまだ真夏の太陽が照りつける毎日。ただ9月の第一月曜日のLabor Dayを一つの夏の終りの節目に感じているようで今年は18・19日の週末、この街の70%を占めるドイツ系移民の風習を色濃く残した秋祭りOktoberfest Zinzinnatiが開催されました。ま、早い話がビール祭り。ダウンタウン全体が数限りない屋台とアトラクションに埋もれてしまう感じで、そこらかしこでみんながフォークダンスを踊っているし、通りすがりに行き交う人たちも、気になる地ビールや屋台料理(これがまた説明しきれないくらいバラエティに富んでいるのです)があると、「なによそれ、ちょっと一口頂戴!」「どうぞ!」なんてその場で分けあうような和やかなお祭りでありまして。写真でそのフレンドリーな雰囲気伝わるといいんだけどな。








 同じく9月の半ばに行われたのがシンシナティ・チリ・フェスト。強引に例えれば「宇都宮餃子祭り」とか「お好み焼き選手権@広島」みたいなモンでしょうか。アメリカのいろんな州自慢のチリ料理が一同に会して、やっぱりオラが町のチリが一番美味ぇよなぁと張り合うイベント。なぜかそこに登場したのがジュニア・ブラウンとBR549。二日目はスピン・ドクターズにジン・ブロッサムズ。もし「広島お好み焼き祭り」なんてのがあれば、きっと奥田民男があたり担ぎ出されるだろうし、そんなに不思議な話じゃないのかもしれませんが、それにしてもね、ちょっと微苦笑を禁じ得ず。写真はナッシュビルの非オルタナ・カントリー・バンド、BR549であります。時代錯誤と鼻で笑うのは簡単でありますが、掛け値なしのHappy Sounding、かつ緻密に完成された見事なバンドであります。



 他にもチャーリー・ダニエルズ・バンドやコモドアーズのライオネル・リッチー抜き、“Since I Don’t Have You”のスカイライナーズなんてのもご近所の商店街に来て演奏していました。凄いんだか何だかよくわからないですけどね。


 話題がたくさんありすぎて最後になってしまいましたが、これは忘れるわけに行かないのでもうひとつ。ボブ・ディランにウィリー・ネルソン、それにホット・クラブ・オブ・カウタウンのジョイント・ライブ。8月21日の土曜日、場所はケンタッキー州レキシントン。サラブレッドとトヨタ・カムリの名産地であるこの町の、アップルビーズ・パーク内にある野球場。

 開場の1時間くらい前に大型リムジン・バスで到着したウィリー卿ご一行様、列をなして待ち受ける我々に車窓から手を振ってご挨拶。当日並んで入手した僕らのチケットでは事前にはどのゾーンで見ることができるのか判らないまま とりあえず促されて入場。入ってみるとセンター・フィ―ルドあたりにステージが構えられていて、まるで牧場のヤギの群れみたいに誘導、流し込まれたのはちょうどピッチャー・マウンドの近くでした。あわよくば地面に座りたいと考えていたのですが、鮨詰め状態でとても無理、立ちっ放しでした。いやぁ疲れた。

 正直言って、いちばん良かったのは先日ハイファイBBSでも二の腕がいいか膝小僧がいいかの喧喧諤諤大論争を呼んだホット・クラブ・オブ・カウタウン。前座扱いの時間的にも限られた内容でしたが一期一会的気合が感じられる熱のこもった演奏で、会場はとても盛り上がっていました。なにしろ華があるし(後続の初老の男性二人に比べてというレベルではなくてね)、あの可愛らしいルックスで、あんなキュートな音楽を奏でられたら誰もが好意を抱いてしまいますよね。最後にはウィリー卿がJoinして大喝采。


 続いて登場はそのウィリー・ネルソン、71歳。いつかは絶対に観てみたいと思っておりましたが思いがけない形で実現。星条旗をバックに登場、でもすぐにテキサスの州旗ローン・スターに入れ替わり、あとはひたすら優しい笑顔を浮かべながらギターを弾き歌を歌い続ける。継続こそ力なり。参加することに意義がある。分け隔てなく、どこに行っても自分を出し惜しみしないこの御大のあの笑顔を見ると、誰もが無条件に敬うその理由がわかったような気がしました。アメリカ・ショービズ界の森繁久弥。ちなみに去年春に刊行された雑誌Texas Monthly春の特別号は全頁彼の70歳の誕生日をお祝いするスペシャル・エディション、クールな写真満載の愛情溢れるトリビュート、永久保存版です。

 

  散々待たされた挙句に登場はボブ・ディラン。僕も広くアメリカ音楽を愛する者として、彼のこれまで創り出してきた音楽には少なからず感銘を受けてきたし、今でも幾つかのレコードを大事に聴き続けてはいるのですが、あれ、ディランの現在の演奏って、声ってこんなだったの・・・といささか戸惑ったのが正直な印象。僕の場合、彼のあのボーカルがひとつの楽器として演奏に絡んでいくテンションの高さに張り詰めた心地よさを感じていたのですが、今回観たライブはそんな生易しいレベルではありませんでした。その場にいる者全員に視線を背けることを断じて許さない、緊張を強いる音楽。こちらも怖いけど、いや怖いから見てしまう。少なくとも僕にはそんな感じの第一印象でした。

 ただ最初は熱過ぎたお風呂にも、慣れれば肩まで浸かってしまう。そのうちビールのおかげか、徐々に張り詰めた空気がほぐれてショックの束縛から解き放たれ始めましたが、最初は今までたぶん何百回と聴いてきた“Maggie’s Farm”でさえあまりのインパクトの強さに気が付くまで時間がかかってしまったほど。

 それにしても真夏の野球場、立ちっ放しだし、ビール飲んだせいか大量に飛び交う薮蚊にまとわりつかれるし、明らかにおかしな煙草喫っているヤツはいるし、しかもみんな前へ前へと押し寄せようとするので、ひどく窮屈。いつのまにか隣にやって来ていた腰タトゥーの姉ちゃん、片手にバーボン・ソーダ持ってフラついて、持ってる煙草も危なっかしいなあと思っていたら、やっぱりやられちゃいましたよ、根性焼き。

バカヤロ・・・でも疲れていたのもあって内野スタンドの席に黙って移動しました。そんなときもウィリー卿はニコニコ手を振って再び登場、“I Shall Be Released”をさりげなく競演してくれました。

 すっかり長くなってしまいました。もう締め切り日も過ぎているし、早く仕上げて送らなきゃいけないのですが、オリンピックと同じく今年は大統領選の年でもありました。「気の抜けたビール」になってしまう前に、もうちょっとお付き合いを。

 ようやく秋らしく紅葉が色鮮やかになり始めた10月初旬頃から、いよいよ選挙戦もラスト・スパート。家々の庭先や行き交う車、いたるところで投票を呼びかけるステッカーやバナーが掲げられ始めました。TVをつけてもディベート番組ばかり。関心はあるもののいささかウンザリし始めていた投票日直前の日曜日10月31日。つまりハロウィーンの夜にここシンシナティにブッシュ大統領が遊説に来るというのでヤジ馬根性全開で冷やかしに行って参りました。題して‘A Halloween Night with Mr.President’。「小泉潤一郎総理と豆撒き」みたいなモンでしょうか。場所はレッズの Great American Ball Park。また野球場ですわ。入場は無料、ただ事前に簡単な登録手続きが必要だったみたいなのですが、ボランティアの人に「どうすれば入れるの?」と質問してみたら「チケットならあげるよ」なんてその場でいとも簡単に入手。あの、ボク選挙権無いんですけど・・いいのいいの入った入った・・ってマジすか。

 大統領のお出ましは夜8時過ぎだということだったので、時間潰しにダウンタウンをブラブラ散策。ここオハイオ州は特に激戦が予想されたBattle Filed Stateということもあって投票日直前の週末に大統領自ら乗り込んできたようですが、街の中心部では民主党指示の人たちが、いわば共和党反対集会のような趣旨で結束していました。ハロウィーンということもあり、KKKみたいな白装束で「イラクの罪無き一般市民を殺しつづけるブッシュ云々・・」といったプラカードを集団で掲げているグループもあって、ちょっと異様な雰囲気。

 

 正午過ぎに会場はすでに入場可能でバックスクリーンにベンガルズのゲームを中継したりしていたようですが、我々は午後6時頃入場。その後何人かの応援演説。「ジョージ・W・ブッシュ、ジョージ・W・ブッシュでございます。ジョージ・W・ブッシュがみなさまに最後のお願いに参りました」っていう感じ。
 応援演説の中にはレッズ現役のキャッチャ−、ジェイソン・ラルーやシンシナティ・ベンガルズ往年の名プレーヤー、アンソニー・ムニョス、それにテキサスのぴんから兄弟ガトリン・ブラザーズなどの面々も。


 そろそろ間延びしてきた夜8時過ぎ、いよいよファースト・レディーと共にご本人が登場。入場のBGMはなんとヨーロッパの“The Final Countdown”。ちょっと笑っていいのかどうなのか、冗句なのか真剣なのか困ってしまうところでした。
 どうせこの路線で行くならAC/DCの“Dirty Deeds Done Dirt Cheap”ぐらい使って欲しいもんです(苦笑)、なんて考えつつも、さすがにこちらを向かれた時には僕も思わず両手を振り回していました(照笑)。
 集まった聴衆の興奮度は言わずもがな。正直、あの中に無反応でいるのは非常に肩身の狭い気がしたので、いちおう周囲のみんなと一緒にシュプレヒコール。「USA!USA!」ってね。ついでに「4 MORE YEARS! 4 MORE YEARS!」も。

 白状します。ボク、言っちゃいました。思ってもいないのに。でもたいして深い意味は無かったんです、つい出来心で。でも誰だって普段は、つまらないなんて文句言っていても、実際にスタジオ・アルタに行けば、「いいとも!」って応えるでしょ。それと同じです。

 30分程のスピーチのあと会場を出ると外は殺気立った雰囲気。昼間ダウンタウンに集まっていた白装束集団が会場出口を取り囲んでいて、出てくる共和党支持者達ひとりひとりに何かを伝えようと詰め寄って来ていました。それに真っ向正面から挑む人もいて、周辺は一触即発の緊迫した雰囲気。
 巻き込まれないように、目をそらしながら早足で逃げましたけどね。もし呼び止められても「もちろんケリーさんの味方です」って言って握手して立ち去ろうと思っていました。このくらいのフットワークの軽さが無いとね、危険を避けることはできませんね。

 そのVote2004からも早や一ヶ月。感謝祭 Thanksgivingも過ぎて、あとはひたすらHoliday Seasonムードで、もうなんとなく今年の仕事も終わったような感じです。

  最初の話に戻りますが、時の流れの早さに焦る気持に足元をすくわれがちで、また今年も落ち着いて継続的に何かに取り組むこともできないままに終わってしまいそうです。東京の友人たちから時折届く近況報告などを聞くと、そんな代わり映えの無いままの自分に微かな不安を感じることなどもあって。仕事の忙しさのせいにするのは容易いですが、来年はもうちょっとこれまでとは違うペースで取り組みたいものです。
 
  今年夏にリリースされたデビット・バーンの『Grown Backwards』はそんな気持に揺さぶられた不安定な日常を遠目に支えてくれた、ボクの新しい「友人のような音楽」。素晴らしい一枚でした。あんなに落ち着きの無さそうだったデビット・バーン。いつも貧乏揺すりして右眼と左眼が違う方向見てそうだった彼が、ふと一人になったときに誰に聞かせるわけでもなく、自然に口ずさんだような音楽。その成熟した軽妙さにこの上ない居心地の良さを覚えたものでした。これからどのくらいの間、このCDと付き合っていくことになるのかしら。
 2004年、愛聴した新譜のいくつかを、最後にメモ代わりに残させていただきます。大胆な公私混同、どうぞご容赦を。

David Byrne “Grown Backwards”
(Nonesuch79826-2)
Darden Smith “Circo”
(Dualtone 80302-01156-2)
Jolie Holland “Escondida”
(Anti 86692-2)
Madeleine Peyroux “Careless Love”
(Rounder 11661-3192-2)
Cafe Accordion Orchestra “Le Disque Francais”
(Dan Newton DN0044)
Various Artists“Beautiful Dreamer” the song of Stephen Foster
(American Roots Publishing 591594-2)
Various Artists“Mary Had A Little Amp”
(Epic EK92908)
Miracle Mule “The Subdudes”
(EMI 70876-18478-2-6)
k.d.lang “Hymns of the 49th Parallel ”
(Nonesuch79847-2)
Daryl Hall & John Oates“Our Kind of Soul”
(U-watch 480103-2)
Paul Weller “Studio 105”
(V2 63881-27211-2)
Barenaked Ladies “Barenaked for the Holidays”
(Warner Brothers)

 というわけで今年もお世話になったたくさんの音楽達にあらためてThanks。
 大江田さん、夏には洒落た場所での楽しいお話に美味しいフレンチ、どうもありがとうございました。
 では皆様、素敵なクリスマスと楽しいお正月をお迎えください。
 




To 嶋田歩さん
 先日のアメリカ買い付けの際にラジオのFMから流れる歌声に思わずメモをとったのが、Madeleine Peyrouxの歌う「Careless Love」でした。その彼女のアルバムを嶋田さんが2004年の愛聴盤にあげておられてビックリ。おまけにハイファイが大好きなCafe Accordion Orchestra の「Le Disque Francais」まで。
 Madeleine Peyroux って、どこかで聞いたことがある名前だなあと思いながらCD棚を見ていたら、我が家には1996年発表の彼女のファースト・アルバムがありました。ここに収録の「手紙でも書こう」がいいんですよね。となると嶋田さんリストにあるこのアルバムももしかすると、またこのアルバムもと気になり始めてしまって。
 
Madeleine Peyrouxつながりってことかな。確かに嶋田さんにボクは趣味が似ているのかも知れない、そうだったのかと一人で腑に落ちた次第でした。
(大江田信)

 
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