2019/05/12 Model: in  Hokkaido-Pref.
 宗谷本線雄信内−糠南 19/05/12
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    令和元年 5月22日(水) 扉写真更新(2019年春の宗谷よりその12)
    令和元年 5月21日(火) 扉写真更新(2019年春の宗谷よりその11)

   Windows7のInternet Exproler11で動作確認、IEのフォント指定「MSゴシック」「MSPゴシック」、文字大きさ"中"で横幅800ピクセルぐらいの画面で
   スクロールしながら見ることを想定して作成しています。Macや携帯、他のブラウザはそれなりに。FLASHなど難しいのはないので表示できるかな?
   1280x1024で画面いっぱいに表示の方とかは右にスペースすかすかですが気にしないでください。
   感想やすべてのメール連絡はこちらまで。(その筋関係者は例のアドレスも可能です)

・お約束
 このWebに掲載されている
 すべての画像の無断使用、画像およびhtmlファイルへの直接リンクを禁じます。
 ただし、モデルご本人による画像の利用(フリー)、要請あって許可を出した場合(現在Le Pucelleさん所の1件)、
 およびTOPページ(http://park1.wakwak.com/~yura/top/index.html)へのリンクはその限りでないです。


更新履歴とは関係がない近況報告

(19/05/23)(水)
 いろいろ作業が滞っていてどうにもならんのですが、
 また今週は出かけるのです。いつ自宅にいるんでしょう。

 そろそろ夏の当落通知のセットをしないといけない時期になりましたが、
 今回は取材というか最近の現地訪問に不十分感があって、
 ちょっと出せるかな-というのがちょっと疑問符ついてたり。

(19/05/22)(水)
 建物の登記の手続きが、相続時に謄本大量に用意しないといけないものだから、
 面倒くさくてなされないまま放置されて、
 いざ売買しようにも権利関係がわけわかんないことになって、
 相続人の戸籍を大量にたどってOKもらいに行かないといけないとかなんとか。
 役所が手続きをややこしくして、結果空き家問題を生んで泥沼にはまってるということで
 法務省のほうで、家系図を作ってそれ1枚あればいろいろ使えるようにしたとかなんとか。
 ページを見てると、むっちゃ登記手続きやれーって書いてあるあたり、
 それがほとんど国策のごとく進めたがってる感じです。

 ところで登記がわけわかんない土地の固定資産税って、誰が払ってるんだろう?
 その時点で誰も固定資産税払わないまま差し押さえしたらいいのでは?と思うのは私だけなんだろうか。
 たぶんそうはいかない何かがあるんだろうなあ・・・そこまではわかってないです。

 でもまあ都会の土地でそれをやるのはわかるんですが、
 田舎の土地って激安もいいところ・・・家屋の値段含めて失礼ながら吹き出したのが先々週の道内行きでの話。

(19/05/21)(火)
 艦これのメンテが長引きすぎて明日の朝までかかるということで、
 別のこといろいろやってたりとか。画像アップがはかどるのっていいね。
 ゲームが生き甲斐の人は止めないけど、それ以外にやりたいことてんこもりの人には、
 ゲームは1時間までとか子供みたいな決まりをこさえとくのも案外いいのかもしんない。
 ゲーム屋さんもそれを阻止しようと、時間経過で1時間後再び出来ますとか、2時間後に回収しますとか
 毎日1回はログインとかあの手この手をしかけてきます。
 でもたいがい、それはゲームのサービスが終了した時には水泡として消え、
 手元に残るのはなぜかイベントで回収した薄い本・・・あれ?思い出になるものってそれなの?

(19/05/20)(月)
 先週末は大阪でいろいろ作業など。
 使い捨て胃カメラ(飲み込み下から出てくるカプセルのもの)は回収しないといけないという
 姉の謎の解説など・・・電波で外部にデータを出したあと、それを再利用しようということ?やだよ・・・。
 帰りに川崎これくしょんのカタログなど。

(19/05/19)(日)
 13日の行程の続き。
 ・幌延のスーパーに知ってる方がバイトしていて、
  総菜コーナーが事前注文を断るほどに人手不足でそこの救世主となってるとかなんとか。
  どんなのつくってるのかとのぞきにいって、うまそうな弁当とエビチリ単品を買いだし。
 ・レジのおねーさんとかにもそろそろ顔を覚えられてる予感がするのですが、
  そちらの人は案外多いようでわりと静かに通過するのです。
  これが某食い物屋だとおねーさん(注:おじょうさんではない)の話が長くなって(ぇ
 ・ささっと車を出発させ、雪印のバター工場の脇を通って下沼駅へ直行。
  最近ちょっと寄れていない下沼駅の待合室に入り、ひるごはん。ちょうどこの駅なら机もあるから食事台になるし。
 ・駅ノートをながめつつ弁当にエビチリをおいしくいただいて。あとからの情報で、関係者はエビチリを作ったそうで。
 ・中華系でちょっと味が濃かったので、駅前の下沼湧水を飲んで一服。ここの水は軟水でおいしいのですが、
  ここから300mぐらい先にある第2湧水は硬水で味が全然違うのです。
 ・わりとくつろいでしまい、14時すぎぐらい。
  ここから稚内までは・・・国道なら素直に行けるけど、オロロンライン経由だとそこまで出るのに10キロちょっと、
  ちょっと急がないといけない、かな?
 ・利尻富士が見えないのなら安全パイで国道を行くのですが、
  まるみえの日でございます。桜の花が咲いてなければ天塩中川なんかで撮らずに兜沼まで行って撮っていたであろうぐらい。
 ・ただ時間的余裕は少ないので、国道40号で豊富市街地までは行って、そこからサロベツ原生花園を経由する道道で
  オロロンラインで出るコース。なお、2日前に地元の方の車で通ったコースでもあります。
 ・途中のサロベツセンターのところでおやつを買おうかと思いつつ、気がついたら入り口を通過という失敗。
  でも結果的に失敗して正解だった、かも。
 ・その先の稚咲内バス停のところでちょいとネタ撮影など。
 ・そこから利尻富士を見ながらの快速運転開始。
  ちょうど微妙にのろいというか制限速度で走るトラックが前方にいて、それにあわせた定速運転。
 ・むっちゃ開放的で、右側チラ見では残雪もある利尻富士。最高のシチュエーションですが前を見ないと。
 ・さらに途中のトイレだけある休憩所で1分撮影とかして後続車を行かしてしまい
  抜海駅も寄らずにまっすぐ稚内市内へ。
 ・南稚内横の踏切で、さっきペースメーカーしてくれてたトラックに追いつき。
  速い車はとっとと追い抜き、信号待ちの間に私に追いつかれてるのね。
 ・ちょうど16時、ガソリンスタンド到着。
  スタンドが込んでいて給油がちょっと遅くなりましたが、無事満タンに。
  2300円とな。いまガソリンって150円ぐらいするのね。
  400キロは軽く走っているはずなので、燃費的には30km/l近く行ってるんでしょうか。
 ・のろのろと空港へ。稚内で返してもいいんですが、空港連絡バスの運賃を節約です。
 ・16時30分、レンタカー屋に到着。予定ぴったり。空港に送迎してもらい、無事稚内空港到着。
 ・17:25発の新千歳空港行き、以前は地平から歩いて乗っていたのですが、今回はボーディングブリッジにアダプタをつけて
  ボンバル機に乗り込めるようにセット。新しくあのアダプタがついたのか、あるいは昔からあったけど今日は風がおだやかだかだから?
 ・わりとこんでたボンバル機。窓の向こう、海の向こうに大きな陸地がうっすらと。
  あれが・・・ロシアになってしまった樺太?むちゃ大きくない?
 ・距離がそんなに長くないので、航空写真が撮れそうな高度で飛んでいくので、
  幌延の町とかあちこちちょくちょく撮ってました。
 ・新千歳空港はたった20分の乗り継ぎ。たまたま乗り継ぎの飛行機が遅れたので乗り継ぎは余裕を持って。

(19/05/18)(土)
 13日の行程の続き。
 ・自分の運転技量のなさもよく考え、そして途中駅でちょっとやっておかないとならんこともあって、
  音威子府での普通列車撮影はあきらめ、その普通が音威子府に到着する1時間15分前に出発。
 ・さっきの神路渓谷の、逃げ場がほとんどない谷道を20キロ延々と。
  微妙なアップダウンがあり、そして基本川を下るので下り坂。あわてないあわてない。
 ・幸い車が少なくて、途中で1台先に行ってもらったぐらい。
  トラックが後ろに見えてきてちょっとやばいかもというところで佐久の集落が見えてきました。
  国道から佐久へ入る橋へ右折、助かった感じ。
 ・佐久駅はトイレ休憩と、近況情報収集。
 ・名寄以北のいわゆる宗谷北線における特急通過駅で、佐久駅だけが駅ノートの確認がなされていません。
  なので今もないのかと待合室に入ると、おっさんが弁当くっていてびっくりされてました。
  まあトイレ休憩のついでに観察してますって感じで動いて。
 ・駅ノートはなし。書籍棚みたいなところはあってそこにもなし。意外でもあり。
 ・ここから多分車は来ないであろう線路沿いの道道を。
  佐久以北の幌延までは、問寒別−雄信内の一部をのぞいて天塩川の左岸に国道40号、右岸に道道と宗谷本線が走っています。
 ・あんまり整備された道道ではないです。一応2車線あるけど道幅狭め。
  牛乳や牧草運搬の大型車がきたらすれ違いがシビアです。
 ・延々と工事が続く音威子府バイパスの工事現場を越えたら、そこそこましに。
  なんかうしろから軽トラが迫ってきたけど気にしない。
 ・ほどなく天塩中川。撮影ポイントの観察でちょっとぐるっと。
  朝に撮った公園の、順光になる民家側から撮ろうと思って、跨線橋もあるし公園の駐車場から容易にアクセスできるので
  そちらに車を停車。天塩中川12:34発を待ち構え。
 ・電柱やら雑草やらいろいろあったので、そんなに美しくはないけど
  むちゃ記念撮影的なのはとりあえず撮れました。
 ・これで列車撮影終了。このあと天塩中川で撮影できる14:30発の特急が着く頃には、幌延の北にはいないとならぬので。
 ・天塩中川のスーパーで、ボールペンを購入。
  それを持って問寒別へ。ここからは走り慣れた道。
 ・なんにもなくなりつつある歌内を通過して、道道の小さな峠を越えて問寒別へ。
 ・駅舎に入ってボールペンを置いてきました。
  駅ノートを書くためのペンがなぜかマジックしかなく、裏のページににじむ有様だったので。
 ・そして滲みこそしないもののボールペンがなくマジックだけなのは糠南駅でもおんなじ。
  ちょうど問寒別のQマートが開いていたので、ひるごはん探しを兼ねて入ったのですが総菜は晩ご飯のおかず的なのしか無く、
  あんパン1コとボールペン1コ買っていきました。
 ・そして糠南駅に立ち寄り(この旅何度目だ・・・)、ボールペンだけ駅ノート袋に入れて
  また夏に会いましょうと願をかけて出発なのです。
 ・国道経由の雄信内からまた道道。糠南駅そばの林道を上がるのは遠慮しました。
 ・途中、今回立ち寄ってなかった南幌延駅で5分休憩。ここの駅ノートは駅前の方が管理されているので、
  あまり心配はしてないのですが様子見。
 ・幌延の町のスーパーで、昼ごはん調達。

(19/05/17)(金)
 13日の行程の続き。
 ・もう1人、桜を目当てにしたと思われる人がこんにちわしてきて、陸橋のところで撮影スタンバイ。
 ・なぜか桜の木の下に洗濯物をぶら下げた人が。微妙に入ってしまうのですが。
 ・帰ってからのトリミングで調整できるようちょっと広めの画角で撮ろうかなと。
  そうでないとせんたくものレタッチで消した方がいいのかどうかって塗ってからで無いとわかなんないし。
 ・天塩中川駅9:46発、すなわち9:43ごろに構えて9:44ごろ通過の便が無事通過。
  早朝に撮れたら順光なところ、ちょっと逆光ぎみ。本来間に合うはずだったのに、フロントガラスについた霜め・・・。
 ・終了して車に荷物を詰め込んだら、音威子府に出発。
  駅にして3駅なのですが距離にして約30キロ。途中はカーブだらけで見通しが悪い神路渓谷もあって、
  凍結の季節は過ぎたとはいえ、30分ちょっとで無事着けたらいいな・・・
 ・天塩川を渡って国道に入り、後ろから車が来てもなかなか先に送り出すことができない区間。
  後ろから来ないのを期待しつつ・・・1回パーキングのところに突っ込んでやり過ごしたりとか。
 ・25キロ延々と進んできて、ちょうど後方にトラックが迫ってきましたよ・・・というところで救いの筬島(おさしま)橋。
  国道から筬島橋に曲がって、人の気配がほとんどない筬島駅でプチ休憩。
  線路の向こうに、音威子府のバイパス工事現場が見えます。あれ、10年ぐらい工事やってないかな・・・。
 ・5分ぐらいで再出発。後ろからトラック来ないことを期待しつつ、でも軽自動車が来てしまいましたよ・・・
  でも5キロぐらいで音威子府、そこで道の駅に自分がそれるのでそれまでの我慢。
 ・音威子府道の駅とうちゃく。
  建物から100mちょっと?で音威子府駅が。構内のホームも見えておりました。
 ・5分ぐらいで下り特急が来るので、急ぎ近くの川の堤防へ。
  30年前に廃止になった天北線の鉄橋が近くにあるはずですが、
  それの観察はまたの機会に。今回は宗谷本線の鉄橋を目指して堤防の階段を上って・・・
 ・実は鉄橋じゃなくて、コンクリート橋になってるところ。
  川の堤防改修の時に付け替えられたのでしょうか。
  橋のところだけちょっと近代的な宗谷本線。
 ・堤防上に線路への柵がなく、運転手さんにあぶなくないよアピールとして堤防を少しだけ下ったところで撮影。
  これなら線路に来ないだろうなって警戒される心配なし。通過後の後ろ姿がコンクリ橋になります。
  わりと気楽に編成写真が撮れるところ。
 ・駅に出向いて、4月末から復活したという駅蕎麦へ。
  しかし、「風邪のため」お休みでした。GW中多忙で体調くずしたのかな。
 ・道の駅にテナントが入って、そこでいただくことにしました。
  内容的には同じようなものが出てきます。ちょっと高め。
 ・名寄寄りにある一路食堂にも行って見ましたが、閉まっていました。こちらは体調くずしたわけではなかったようで、
  基本月曜定休日。月曜がカレンダー上祝日や振替休日の時は火曜が休み。調べたらわかることなので、それだけにへこみます。
 ・駅前のAコープで蕎麦購入。こちらはしっかり入荷してました。
 ・さて、このあとの予定。次の列車はさっきの特急が幌延に着いたときに交換して名寄に向かう普通列車。到着は13時12分ごろ。
  それを狙う・・・にはちょっと厳しいかな。
 ・稚内のレンタカー屋に16時半までに到着、ガソリンは16時までに稚内に入れるとなると、
  2時間半で稚内に着かないといけない。青看によると稚内まで約121キロ。
  不可能じゃ無いけど寄り道は全く出来なくなります。

 続きは明日以降。

(19/05/16)(木)
 異動のひっこし準備の打ち合わせとか、段ボールとか、いろいろどたばた。
 まあなんとかなるでしょうけど、立ち作業がつらいっす。
 撮影のときはずっと立ってるのに仕事の時はすぐへたれそうになるのってなんなのでしょう。

(19/05/15)(水)
 すいません業務多忙で続きは明日以降に。

(19/05/14)(火)
 13日の行程。
 幌延--天塩中川--(ここまで南下・旭川方向)音威子府(ここから北上・稚内方向)--佐久--天塩中川--問寒別--糠南--
 --南幌延--幌延(食料買い出し)--下沼--(豊富〜サロベツ湿原〜稚咲く内〜オロロンライン経由)--稚内(給油)--稚内空港
 稚内空港から飛行機で新千歳経由帰宅。
 ・朝4時10分起き。今回はちゃんと目覚ましが鳴りました。
 ・ごはんはパン1コ。準備もあわただしく5時15分ごろ出発。宿は前精算したのでフロントに人はいないけどそのまま出発。
 ・ここでトラップが1つ。外が寒すぎる。
  5月も中旬なのですが、まさかの霜が降りてまして。
 ・そもそも4時半の段階で屋外がものすごい霧。100m先が全く見えない。
  これって車の運転大丈夫なの??太陽が昇ったら瞬間的に消えてくれることもあるけど、とっても心配。
 ・車の窓が霜でびっしり。えーこれでは運転できない。
  ワイパーでこすれる気がしなくて、暖房かけて窓ガラスを徐々にあっためて。
 ・ちょうど日差しが出始めたので、ドアのガラス全開で車の方向を入れ替え太陽にあてて溶かす作戦。
 ・余計なことで10分以上時間を取られて、5時30分ようやく出発。
 ・あさひがまぶしい・・・
  しかし突如現れる霧のホワイトアウト。むちゃこわいっすよ。
 ・町中は霧が少ないところを見ると、町は水分少なめなのか、あるいはそういうところを避けたところにみんな住んでいるのか。
  ともあれヘッドライト点灯して走行。さすがに6時前だと対向車は少なめですが、ないことはない。
 ・国道まで出てきたころには日もだいぶ上がってくれて、霧もほとんどなくなって。
  でも朝方なので鹿の群れが出るかも知れず、注意深い法定速度運転していても後ろからあまり来ない6時前。
 ・天塩中川駅で下り一番列車が到着5分前。
  ささっと2番線のホームに移って1番線に入ってくる列車の撮影準備。
 ・そしたら乗客が1人やってきまして。昨日幌延まで送っていった子が。あのあと中川まで移動して中華料理を食べてたみたいで。
  これから通勤で幌延まで。相方の居候くんはまだ宿で寝ているらしく。
 ・まずは下り列車撮影終了。本当なら唯一順光になる便だけに近くの桜が満開名公園で取ろうとしてたけど、
  霜トラップと霧トラップにやられてダメ。
 ・天塩中川駅のトイレが最強。きれいだし洋式水洗だし暖房も入っているし。
  朝に用を済ませずに出てきても、これがあると助かるのです。
 ・続いて普通列車と特急を撮影したけど、若干不満かなあ。
  9時半ごろの普通列車まで場所取りして(平日で誰も来ませんが)、車の中で休憩。

 続きは明日。

(19/05/13)(月)
 ・長応寺に到着して、靴を脱いでそっと本堂に入ると、ちょうど読経が始まったところ。
 ・この日は、徳川家康の第一側室の命日法要。
  そして、家康のもとに奉納された室町時代の曼荼羅絵(お経をマンガ化したと言えばいいでしょうか)が
  毎年1回この時に虫干しを兼ねて公開されているのです。
 ・もともと三河のお寺で、戦乱で2回ぐらい焼け落ちたあと、そのお寺があったとこの城主が
  徳川家康の家来となり、その娘が家康の第一側室となってその姫のお願いに家康がハイハイと受けたのかな?
  今の東京都品川区に再建されて、その後ずっと姫の法要を担当しているお寺です。今回が413回忌。
 ・武家のお寺なので、法華宗。
  うちの父方は日蓮宗ですが、同じ南無妙法蓮華経な法華宗と何が違うのかはさっぱりわかりません。
 ・北海道のお寺の住職はせいぜい開拓以降の歴史で3世か4世ぐらいなのに、ここは突然室町時代からカウントする35世。
 ・江戸時代は幕府から石高をもらっていたぐらいの由緒あるお寺。
 ・それがなんで江戸時代とほぼ関係ない、道北に至ってはアイヌ以外明治以降の歴史になる北海道にあるの?
  そのへんのお話は、13時〜法要のあと20分休憩の14時から。掛け軸の紹介、寺の歴史、
  ここにやってきた経緯、曼荼羅絵だけじゃない数々の宝物がなんでこんな僻地にあるのか、などなど。
  それを聞けるのも楽しみに。
 ・幌延に来たきっかけは、ざっくり3つぐらい。
 ・1つめ、明治維新で石高がもらえなくなった。
 ・2つめ、大本山が火事で焼けてしまい、それの復興でお金がいるから、
  今や高輪ゲートウエイになるらしい一等地にあった敷地を売った。
 ・3つめ、檀家の武家も仕事がなくなって困っていて、そんなときに北海道開拓の話があって。
  北海道開拓で入植した人たちは、わりとお寺など宗教つながりの人が多くて、
  お寺を核にして耕作地を広げ、耕作料をお寺はもらってやっていく、みたいな。
 ・で、通常はは宗派でそういう人を集めても、現地では新たにお寺を作って、ということになるのですが、
  お寺自体が土地を売ってしまった長応寺はそれ自体が北海道に移転したのでした。
 ・環境は厳しく、ようやく本堂が建った時には檀家の半分ぐらいが消えてしまい、
  お寺の経営は厳しかったそうで。それでもとりまとめていた住職、その手腕を買われて本山に行ったあと、
  火事でやけてしまったのです。
 ・室町時代からとにかく焼けまくってるお寺で、戦国時代のいくさでの焼き討ちは仕方ないにしても、
  江戸時代にも焼いて、そのとき宝物は焼けたと思っていたらなぜか豊橋のお寺が預かっていたとか、
  幌延で焼けたときは、12月だったから雪が積もっていて、
  それをクッション代わり?に宝物やら仏具やらを投げ出して、キズは入ったけど8割方救われたとか。
 ・いやもう僻地であること最初から自覚していて、むしろそんなド田舎に移転したがために
  関東大震災や戦争での空襲で焼けることなく残ったという、塞翁が馬みたいなお名無しが。
 ・とにかく奇跡的な強運で生き残った掛け軸類、目の前に軽率にぶら下げてありますが、
  見る人が見たら必涎モノらしいし、そういうオファーもあったとかなんとか。
  日頃は幌延にあるどこかの金庫に厳重に保管されてます。
 ・でも、大正時代の本堂は老朽化が進み、
  上幌延は幌延の中心地ではなくなって、駅前なんて民家2件とあとは酪農家がぽつぽついるだけ。
  ものすごく孤立した場所で痛んだお寺を立て直すべく、今年9月に幌延の市街地へ移転するのが決まって、
  いまその工事の真っ最中です。
 ・いまあるうちに、部外者である自分もお邪魔できるタイミングで、どんな歴史が隠されているのか知りたくて、
  今回お邪魔した次第。
 ・法要はむっちゃ豪華な、葵のご紋入りの装束でされていて、
  これがまた金を縫い付けたという特別仕様のもの。全然色あせない輝きだそうです。その代わり分厚いとか。
 ・読経の合間に焼香もあり、参加。数珠は持ってない人も多いし気にしない方向みたいですが
  諸事情で自分の数珠は実家に常備になってるので北海道まで持ち出せないのです。
 ・日蓮系統のお経のときってにぎやか。木魚ぽくぽく、ドラを鳴らして参列者も太鼓を叩いたり。
  子供のころ父方の祖父の法要で見たことあって、ちょっと懐かしかったです。
  ちなみに母方は農家で浄土宗の南無阿弥陀仏やってたので、
  日蓮方面の楽器鳴らし出すのに対して坊さんがアカペラで歌い出す、みたいな。
  違う宗派の法要行くといろんな違いがあって興味深いです。
 ・解説は旭川のお坊さんがやってくれたのですが、
  ときどきぼけてまして、年代とかいろいろ間違えてるけど本質なところでもないので突っ込まないでおきました。
  それでもほんと濃いお話を聞くことができて、満足なのです。
  この町の歴史もまた一歩知ることができたし。

 ・上幌延駅のくるま置き場に置いてきた車のところまで戻って、雄興というところまで。
  宗谷本線の駅でいうと、雄信内の駅がある付近と、もと上雄信内があったタンタシャモナイの地区。
  今はタンタシャモナイに2世帯が住むだけのところです。
 ・ゴーストタウンの無人地帯雄信内駅は交換施設があったり川の対岸の天塩町からの利用車もいるので残り、
  上雄信内駅は利用が皆無でJRからタンタシャモナイの住民に廃止していいか?の電話がかかってきて、
  もう使わないからいいよーと返して廃止になったという、えらくお気軽な駅廃止のお話があって。
  今だと大騒ぎになるのでしょうか。
 ・もと宗谷本線の線路が通っていた下平橋を通って、タンタシャモナイ集落へ。(2軒しかありませんが)
 ・なお2軒中1軒には、ついったの相互ふぉろわーさんがいたりします(ぇ
  今日はそっちじゃなくて、もう1軒のほうの道に入り、さらに民家を通過してその先の廃屋へ。
  コンクリな家らしく、初めて見たときから廃屋だけど20年ぐらい経過してまだ雪に押しつぶされず立ってます。
 ・さらにその先に行くと、線路。線路の向こうに牧草地があったり。
 ・その先に行くと、線路の横に車の転回スペースがあって行き止まり。
 ・昔、この地区から糠南に抜ける道があったと聞いて、どのへんかなと調べてみたのですが
  航空写真では今もすぐそばまで続く林道(ただし途中で崖崩れ箇所あり)があって
  でもそこからタンタシャモナイに降りてくる道が見当たりません。
 ・今の道の取り付けから想定するに、このへんに山に上がっていく道があったのでは・・・
  でも航空写真では森だらけでわかりません。道跡のひっかきキズの痕跡もよくわかんない。
 ・で、ネット資料でわからないなら、現地現物調査に来たわけですよ。
 ・夕陽の逆光と戦いながら観察してると、最初想定していたところはJRの保線用と思われる道。
  でも少し道を戻ったあたりに、線路の反対側の山の斜面に不自然な勾配が。
  角度一定、そして斜面がなにやら盛りつけたようま。
 ・もしかして、これが昔の取り付け道で、山に登っていたのかな?
  でもその勾配の両線は、木がしっかり成長して立ち入るような状態では無く。
  入れたとしてもそもそも線路を越えないといけませんし、反対側は人ん家の牧草地。
  いくらふぉろわさんだといっても突然の訪問はだめっしょ。
 ・あとはまたネット資料を見るとして、一応現地調査はここまで。
 ・帰りに、下平橋と平行して宗谷本線新線のトンネルを掘っていたときにあった旧道も、
  下平橋経由の現道から調査。現道より高い視点のところに、段差が認められて、
  これが工事時に使われた、そしてその後も一時期使われていた道の痕跡か、と。
 ・ちょうど5月で、雪解け後のまだ雑草が生い茂る前の段階だったので、道跡がよく見えるのです。
  ただその場所に行くのは勘弁被りたいです・・・冬場ならまだしも、ここって熊がよく出る地区ですよ?
 ・脱出のち、既に17時になっていたことに気づいて。
  しまった雄信内と問寒別の間の国道沿いにある、おいしいソフトクリーム屋さん、閉店時間ではないか;;
 ・問寒別から糠南に戻ったけど、既に駅ホームは日差しが山の陰になってしまって、暗い。
  すぐさま問寒別のほうに戻ると、知り合いが外に出ていてこんにちわ。
  これから天塩中川まで中華料理を食べに行こうとしていたみたい。
 ・ちょうど列車が来るので、一緒に鉄橋のところへ。夕陽に照らされた列車の撮影。
 ・宗谷本線の鉄橋の下に、つくしが大量に生えているのを発見。
  昨日に続いて山菜摘みなのです。全然食べ尽くせないぐらい大量に生えてて、取る方も手にいっぱい。
 ・幌延で買い物してから天塩中川に向かう予定が家を出たのが遅すぎて間に合わないとのことで、
  ならばと私が幌延まで送ることに。
 ・途中南幌延で寄り道しつつ、幌延のスーパーに到着。
  買い出しして、2人はあと3分だと良いながら駅のほうへ。わたしは宿へ。
 ・濃い1日でしたが、翌日もまた朝早いので22時には寝るのです。

(19/05/12)(日)
 12日の行程。すべてレンタカー。
 幌延--歌内--天塩中川(撮影)--問寒別の関係者宅--糠南(俯瞰撮影)--上幌延・長応寺--雄信内・タンタシャモナイ
 --糠南・問寒別鉄橋、関係者宅--幌延
 ・目覚ましが鳴らない・・・外が明るくなるので気づいて起きたのが4時半。
 ・準備をしつつ、トイレに行けないまま出発。
 ・最低気温4℃。エンジンをかけるともくもくと。
 ・朝から向かったのは、桜が満開な天塩中川。
 ・その前に、上幌延で下見。徒歩5分程度で「大スキ」の文字や羊のイラストが描かれた廃サイロ。
  その向かいに長応寺踏切があり、その先の勾配を上がると長応寺というお寺が。
  また後で来るので、この場は5分だけ下見。
 ・でも、宿を出るのが20分ぐらい遅く。
  途中で朝一番の列車が来るので、それを撮れそうな場所を探しつつ。
  結局運転中に列車のヘッドライトが見え、路肩に止めて撮影。
 ・天塩中川の公園に着いて・・・真っ先にトイレへ。トイレが駐車場の前にあって助かります。
 ・公園はキャンプ場で、車が2台。泊まっていた様子。
 ・公園はちょうど桜が満開。
  これはいろいろ撮れそう。
 ・でも問題が。線路と桜の距離があり、微妙に撮りにくいのです、
  いろいろ歩き回って場所を決めて・・・遠くから望遠で撮ればいいと思って近づいたら土手の蔭になってしまったりとか
  なんとか2本撮影。あと踏切で撮ればいいかなと思ったのですがそれは明日かな。
 ・朝の撮影が終わって、10時の便まで2時間。いつもの糠南駅のほうに移動。
 ・問寒別を行くと、昨日の山菜採りで一緒に活動した2人が。
  ちょっとご挨拶して、糠南駅を俯瞰するポイントへ。
 ・林道がちょっと荒れていて、徐行箇所とか時には降りて落下物をどけたり。
 ・時間があったのでちょっと奥地まで行ってみたのですが、荒れてる箇所が多くて、
  途中で折り返し。見覚えのある俯瞰場所へ。
 ・昨年草刈りが行われた場所があって、そこが冬を経て雪解けの春に至るまで刈られた状態のままになっていました。
  これちょうどいいわとそこで撮影。あまり下のほうに入り込んで、マダニに捕獲されたらいやなので茂みには入らず。
 ・駅にはちょうど1人が乗車していきました。さっき会った方。
 ・後ろから追っかけてくる特急まで1時間ちょっと。糠南駅でしばし作業など。
  その後ふたたび俯瞰まで行って特急の撮影。
 ・糠南駅を一望できる堤防まで行って撮影を構え。駅後方のラップサイレージが駅にかぶって、駅がゴミ屋敷に見える;;
 ・すると、列車到着10分を切った頃にマイクロバスが?
  団体さんが出てきて糠南駅の観察開始。なんだこりゃー。
 ・わたしゃ毎年のように来てるからこういう現象もネタとして押さえにかかるけど、
  一見さんだと暴れそうな話かなあ。そしてさっきの便で出て行った人がお戻りに。
 ・撮影後、夕方16時半までにやってくる列車は特急1本だけなので間が空きます。
  この間に今回の北海道訪問のメインイベント、葵祭へ。
 ・上幌延駅に車を置いて、徒歩5分程度で「大スキ」廃サイロ。
  既にお寺に向けて坂を登る車がちらほら。徒歩で登ると、案外駐車スペースはあって、
  よそ者だからちょっと遠慮したけど無駄な配慮だったみたい。

 続きは明日。

(19/05/11)(土)
 予定が天気や桜が散ったりと2転3転して、たどりついたのが何故か山菜採りという11日の行程。
 旭川6:03(宗谷本線下り普通)→11:32兜沼--(自家用車)--ネギ場--タチブキ場--Cafe MooMoo--海岸--豊富
 豊富16:43(特急サロベツ1号)→17:23稚内--(レンタカー)--抜海--徳満--幌延
 ・朝4時15分起き。3時間程度で起きる時間。
 ・外を見ると雨はあがったみたい、晴れ間も見えてる・・・でも、時間が経つとまた雲が多めに。
 ・当初の予定は、いつもの糠南駅直行。
  そこから新十津川の桜が咲いているなら行こうかとなったけどもう既に散ってる模様で、
  なら塩狩峠の桜はどうかと考えたけど曇り空で映えず。実際現地を通ったときは、まだ5分咲きぐらい。
 ・そうこうしているうち、幌延豊富方面から謎情報が。
  糠南で山菜採りして、次いで豊富町方面で山菜採りと。
  途中で僻地の喫茶店に寄りますよ、と。
 ・旭川駅まわりの桜の様子とかいろいろ考えて決断したのが、朝イチの宗谷本線下り普通の発車15分前。
  行き先は、兜沼。謎の山菜採りイベントに参加の方向で。
 ・車内にはビデオ撮りの人がひとり。窓に吸盤でビデオカメラをくっつけて。
  名寄で運転手が交代後は、先頭部分にもつけてました。
 ・わりと高校生が乗ってきます。部活っぽい。
  東六線で2人男子高校生が乗ってきたりとか。
 ・名寄から雨が舞う空模様。
  ビデオの人もだめな日に挑戦をやってしまわれたなあ。
 ・沿線ではタチブキという黄色い花がいっぱい。これが食べられるらしい。
  時々水仙もあるけどそれは食べてはいけません。
 ・ミズバショウも今年は結構残ってます。聞くところによると霜が降りたりしてだいぶ遅れてる感じ。
 ・問寒別でおにーさん乗車。この方、実は問寒別にいる知り合いを訪ねて住み着いている方で、
  山菜採りに参加するというのを知るのはのちのことでした。糠南は乗車なし。
 ・幌延で知ってる顔とこんにちわ。駅員さんにも覚えられているし。
 ・20分ちょっと停車の合間に、荷物を置きに宿まで1往復。
  すぐさま戻ってきました。
 ・金曜時点でレンタカー屋の車ががらあきだと油断して、土曜にネットで申し込もうとしたら埋まっていたというトラップ。
  ほら土曜日の予定がなかなかきまらなかったから金曜のうちには申し込まなかったのです。
  ハイブリットの小型車なら空いてるとか言われて、千円高めなのですがそれしかないならどうにもならん。
 ・兜沼で3人下車。
  わいわいがやがやしゃべりながら降りたのですが、乗車券の出発地が幌延と問寒別と旭川というバラバラぶり。
 ・駅前に地元の方の軽自動車が待機。狭いけど山道には軽の4駆がモノを言うみたいで。
 ・よろしくおねがいしまーすと出発して着いたのが、兜沼駅すぐそばにある、もと芦川駅駅舎。
  隣にあった芦川駅が廃止になったあと、もと貨車の駅舎を引き取って音楽の練習場所に使っているそうな。
  駅舎の横には桜の木が。ほぼ満開できれいでした。
 ・ここから、よくわからない道を進行。途中まではちゃんとした舗装道なのですが、
  脇道に入って、さらに4つ角から土道に入り、さらに分岐して木が倒れているところをくぐると・・・
  半分藪になりかけの道をばりばりつっこんでいくのです。なんだこりゃー。
 ・昔は燃料かなにかで山に入るためにちゃんと整備された道だったそうですが、今は放置もいいところで、
  むしろ轍がよく残っているなというぐらいのところ。生身で入ったらひどい藪こきの上に、
  野生動物がいても無防備状態です。これをがしがし進んでいく4駆すごい。
 ・1度には曲がれず切り返しがいるカーブをすぎたあたりで、停車。
  道ばたにネギが多数。摘むとものすごいネギのにおいが。
  かなりの量があり、全刈りするほど取る気もおきないぐらい。たっぷり残留させてあります。
 ・いろんな花とかもあって、ある意味お花畑に来たみたい。
 ・20分ぐらい散策を山菜採りを楽しんだ後、車に乗り込み、ものすごい勾配を登ったりして脱出。
  舗装道路がいかにすばらしいかを感じつつ。
 ・すぐそばに2箇所目の山菜採り場所が。タチブキが山盛り。ミズバショウも。黒いミズバショウの仲間もありました。
  かよわい黄色い花に見えていて、その下はしっかりと蕗がありました。開けてびっくり、みたいな。
 ・タチブキやミズバショウのまわりには枯れ枝が集積していて、踏むとばきばき。
  薪として持って帰れるんじゃないかと。実際昔はそういう場だったのかなと。
  この枯れ枝効果かどうかはわかりませんが、この場所のタチブキはおいしいそうです。
 ・のんびり収穫を終え、ちょっと山を越えて僻地のカフェへ。
  まわりは牧場地帯で地元の方以外はまず気づかない、地図を見ても迷ってしまいそうなところにあり、
  しかも農閑期の土日だけ、6月を過ぎると牧草の対応があるのでお休みになってしまうお店。
  家屋の横では牛舎があって、牛が何匹も。牛乳とか産地直送数十メートル?
 ・今日のランチということで、ジャガイモとかカレーとか、アスパラに鹿肉を巻いた揚げ物とか、
  どれもおいしくて。デザートのパフェも知る人ぞ知る有名品らしいですがシフォンケーキもおいしそうでそっちを。
 ・途中から自転車乗り回ししていた約4人が車でかけつけてきて、2時間ぐらい長居してました。
 ・最後に海岸のほうで、蝦夷丹生(エゾミュウ)という無駄に背が伸びてカリフラワみたいな頭をつけるみたいな
  へんな植物の採取とか。食べられるらしいのですが本当かどうかわかんないらしい。
  宿に戻ってからの情報では、食べると結構苦みがあっそうです。
 ・さらに海岸でハマホウブウという植物を採取。高級料亭に出る山菜だと主張していましたが、本当かなあ。
  わりと見つかりにくく、採取方法もちょっと難易度があがります。でも探せばあるものです。
 ・豊富駅まで送っていただき、おわかれ。
  問寒別組は豊富温泉まで送ってもらってお風呂につかって帰るそうで。
 ・特急で稚内まで移動。レンタカーを借りて南下開始。
  途中でちょっと買い物など。
 ・稚内市内で渋滞につかまったりして、郊外に出てからはちょうど上り普通列車と競争するタイミングに。
  抜海で撮影。その次の勇知駅では撮影に間に合わず。いい夕陽だったんですけど。
 ・車両感覚がいまいちつかめないまま走っていたので、追っかけるのはやめてちゃんと車線に入るように走行。
  薄明かりがあるうちにやっておかないと、サイドミラーで車線が見えなくなってからでは遅すぎるのです。
 ・小型野生動物の目を輝かせたりしつつ、無事に幌延に到着。
  買い出しのち宿に車を置いてばんごはんへ。

(19/05/10)(金)
 ということで旭川に着きました。
 ダッシュの乗り換えが全部うまいこといきましたが、失敗してたらどうなってたんでしょう。

(19/05/09)(木)
 今夜中にしておかないといけない脱走の準備が全然できてない(汗
 扉画像更新のみです。

(19/05/08)(水)
 今週歓迎会があるのですが、
 それでみんな早く帰り支度をするのに紛れて脱走のち空港に向かおうと企んでいる人が約1名。
 でも単身赴任の人が一斉に新幹線に乗り込む日でもありますよ・・・
 長いGWのあと4日労働でやってくる土日、今回はパスして来週に・・・という人が続出してくれると
 いいなあ、なんて思うのは私が電車で座りたいから(おい

(19/05/07)(火)
 久しぶりの出勤日、とにかく眠い・・・つかれてました。
 はい遊び疲れです。同情の余地なしなのでなんとか治します。

 ちょっと練習ゴト始めようかなと思いつつ、
 そのための設備投資はいまはちょっとという感じで。
 ものすごーくコストダウンしたやり方で始めようかと。

(19/05/06)(月)
 6日の行程、午前中編。徳島−海部(JR牟岐線)、海部−甲浦(阿佐海岸鉄道)の往復。
 徳島5:44→7:55鯖瀬8:59→9:09海部9:15→9:26甲浦9:37→9:48海部10:02→12:11徳島
 ・朝4時10分起き。眠いけどなんとか起きだして準備。
 ・宿にチェックアウトと15時までで着替え等の荷物を預けて、駅へ。
 ・日本で唯一、鉄道車両の電車が1両もない徳島県。徳島駅は駅ビルは大きいけどホームに出たら昭和の風情。
  朱色のほぼ製造当時のままの姿をしたキハ47とか、もうものすごいね。
 ・1両だけの1500系気動車で、海部に向けて出発。
 ・早朝ですが結構乗降があります。徳島市かいわいの通勤や生活の足となるべく、駅を増やしたみたい。
  快晴のなか、田植えが終わった田んぼの中を快走します。
 ・阿南駅までは徳島の都市圏で、30分に1本列車があります。
  その先は1〜2時間に1本の田舎線路。でも時速110キロ対応なのがJR西と違う所。
 ・その先も結構な速度で走りますが、車窓は山中の風景へ。
  平野が減って山が海のほうまで迫ってきます。
 ・最初は私鉄が建設した平野部区間でトンネルがないのですが、建設時期がだんだん新しくなっていき
  トンネルが連続するようになります。牟岐駅から先は1973年開業の鉄建公団が建設した区間で、
  昨年廃止になった三江線の中間区間とおんなじ、トンネルを貫いた線路を突っ走る区間です。
  三江線と違うのは、手前の区間でも結構飛ばすので、三江線ほどの低速運転から豹変する走りでは無いこと。
 ・牟岐の次の駅、鯖瀬駅で下車。
  駅の横にお寺があり、お遍路さんが利用するための駅っぽいです。
 ・実はこのまま乗って終点甲浦駅まで行っても海部への折り返し列車がなく、次に徳島から来る便で甲浦に行っても
  戻ってくる時間は変わらないのです。なので、どこかに駅ノートが置かれている駅はないかなーと調べたところ、
  最近になって鯖瀬駅に置かれたという情報があってそこを下車駅に。
 ・近くのお寺にお参りして、お墓のところから駅を俯瞰できるのでそこで撮影。
  きちんとご挨拶したので祟りとかはないでしょう、たぶん。
 ・駅にトイレはないですが、お寺のほうの駐車場にちゃんとしたトイレがあります。
  地元民以外で使うのはお遍路さんなので、お寺にトイレがあったほうが合理的なんでしょう。
 ・駅の待合室は開放型。そこにノートが1冊転がってました。
  ノートの中には既に書き込みがたくさん、イラストもいろいろ。
 ・でも、風雨をしのげない状態なのは、これからやってくる台風シーズンなどを考えるとどうなのさ。
 ・ということで、こういうときの為に持ち歩いている100均のファイルケースを1コ置いてきました。
  海からの風は直接あたらない(待合室の壁がある)ので、そう簡単には飛んでいきそうにないし、
  とりあえずしのげるでしょう。
 ・下り列車でトンネルをくぐりまくって、海部駅へ。
 ・その筋で有名な「トンネルのガワだけのトンネル」をくぐって海部駅到着。
  もともと山があったところにトンネルを作ったら、宅地造成で山家なくなってトンネルだけが残ったという珍物件。
 ・運賃はここで一旦精算、高架だけど構内踏切があるというよくわからない構造ですが踏切をわたって隣ホームへ。
 ・車内にこいのぼりがいっぱいの阿佐海岸鉄道車両。たった2駅のために2両車両を持っているようで。
 ・トンネル15コぐって宍喰(ししくい)駅、ここは大きな町です。車両の車庫もあります。
 ・さらにトンネルをくぐって進んだ先に、甲浦駅。
  ここは既に高知県。ほかの高知県の駅から遠く離れた高知県の駅。
  ここで高架はぶっつりと切れ、先は室戸岬方面へのバスへ乗り換えと。
 ・バス乗り場はプレハブ。この駅、来年からDMVを使った運用をやろうとしてるらしく、
  高架から下の道路に降りるための設備をかなり大がかりに作っているようで、
  工事資材が大量に置かれていました。その規模と不釣り合いなほっそい駅前道路。
 ・時間はあまりないのでささっと撮影して待合室を観察して、列車に戻るのです。
 ・海部駅で13分待ち。駅前まわりを8分だけ探索し、車内へ。
 ・さっき来た道を延々と引き返すのです。結構いい駅とかあるんですが、今回はここまで。
 ・徳島駅に近づくにつれ、車内はかなり混雑、そして空は雲行きがあやしく。
 ・徳島駅に到着して、急ぎマチアソビの会場に急行。
  最低限撮っておきたい方を無事撮って、あとは雨宿りしつつの・・・あれ、やんできた?
  このあと15時の終了時間までぱらぱら程度は降りましたがなんとかもってくれました。
  15時終了とともに雨脚が強まってきて、しつこく残ろうという方を追い払うかのように。
 ・そうめんは売り切れだったので、タコスでひるごはん。おいしいけど、こちらもあと4つで
  販売停止だったようでやばかった。
 ・15時終了後は宿に荷物を回収しに行って、徳島駅でラーメン食べてバスのひとになるのでした。

(19/05/05)(日)
 5日の行程。
 ・移動手段、徒歩のみ。
  朝から列車に乗って駅ノートを見に行こうかなとも思ったのですが、
  くたばって寝てました。
 ・宿であさごはんして、10時までごろごろして、それから出撃。
  徒歩5分で到着という近さ。
 ・朝10時から途中休憩はさみながら15時まで撮影タイム。
  白滝製麺の半田そうめんが人気みたいで並んでみまして。
 ・撮影終了後は5分で宿にひきこもれるという、
  
(19/05/04)(土)
 4日の行程。
 ・あらすじは、大阪駅に出て、8:30発の徳島行き高速バスに乗って、徳島駅前の宿に荷物を置いて、
  マチ☆アソビをふらつくというもの。
 ・バスはすいていて、乗車率6割ぐらい。ペアな方が2人並んで座る以外は1人ずつという感じ。
 ・阪神高速湾岸線で事故渋滞。軽自動車と大型乗用車の事故っぽくて。
  軽に乗っていたと思われる子供たちや母親?4人が路肩に座り込んでいました。救急車が来てたけど
  無事だったんだろうか・・・と思いつつ、でも事故起こしてみんな迷惑だぞ−って視線を受けてるっぽい。
 ・その先でも渋滞で、突然地下の高速道路を走り始めてなんだこれと思ったら、六甲山系を横断して
  神戸山手線を通ルートに。たしかにこちらはガラガラだ。
 ・快晴の明石大橋、走行車線の車ののろいこと、みんな海のこう見物しながら走ってるだろ。
 ・鳴門大橋も順調に通過し、予定より20分ほど遅れて11時半ごろ徳島駅到着。
 ・宿に荷物を置いて、さっそく会場へ。
  あちこちに会場があるみたいなんですが、コス関連は駅前の川沿いの公園が指定されてます。
 ・わりと多いようで、でもやはりそこは徳島ということで参加人数は名古屋より少ないです。
 ・食べ物屋さんが充実していて、そもそも駅前繁華街近くだし、ごはん屋さんもいろいろ。
 ・ちゃかちゃかと撮っているあいだに15時で撮影会場は終了。
 ・宿に戻って休憩。焼き鳥屋で呑んで、それからまだ明るい町中商店街を探索。
  むかしコス撮したときに帰りに立ち寄ったうどん屋さん、どのあたりだったかな・・・と探して、
  それらしき店は見つかったのですが、休業してました。ネットで調べたらなんと20時開店?
 ・徳島に2泊なので、明日は宿に荷物を置いて探索なのです。

(19/05/03)(金)
 予定変更で3日夜は高松に行くのを取りやめ。
 家の都合と、あと高松泊の理由が坪尻駅に行こうとしたからなんですが、
 坪尻駅の停車便があまりに少なくて・・・こりゃあかんだろレベル。
 阿波池田に泊まらないと難易度高くて、一応高松泊でもバスを使って先回りすれば不可能では内のですが、
 最近使う人もなく荒れてきてる山道を通らないとバス停から駅にたどり着かないのですよ。
 阿波池田宿泊以外の場合は坪尻8時15分頃着の29分発が安全パイなのですが、
 その便乗るなら別に徳島からでも可能なので、ならそうしようと。

(19/05/02)(木)
 平成の時と違って、令和初日がお祭りムードなのが印象的でしたが、
 ここの近況報告は西暦下2桁です。年を表記するポリシーがばらばらですが、
 実のところ平成終了と共に西暦に統一しようとも思っていたのが、
 1ヶ月のうちに令和も妙になじんでしまってそのまま使っているところが。
 でも社会の教科書だって、大政奉還以前は645年に大化がくるの以外はほとんど覚えてないです。
 寛政の改革とか応仁の乱とか寛永通宝の寛永とか全部元号なので知らない間に使ってはいるんでしょうけど、
 明治以前はもうさっぱりだなと、仏壇前の先祖代々法名一覧に書かれた謎元号を見て思ったりするのです。

(19/05/01)(水)
 扉画像は、昨日今日と飯田線城西駅。
 昨日付が平成のテールライト、今日付が令和のヘッドライト。

 30日の行程。
 飯田6:20(飯田線上り快速)→7:03唐笠7:48(上り普通)→8:52城西…向皆外10:13==(遠鉄バス)==10:25水窪駅入口…水窪
 水窪13:08(下り普通)→13:19小和田13:42(上り普通)→16:16豊橋 以降東海道線
 ・朝4時半起き。朝風呂使わないともったいない。
 ・5時から飯田線下りは運転開始のようで、それに乗ってもよかったんだけどさすがに寝たいです。
  無理して起きたところで外は雨ざあざあです。
 ・6時になぜか女子高生いっぱいの宿ロビーをすり抜け駅へ。
  この先豊橋に着くまでごはんがないと思われるので、コンビニで食料調達も。
 ・来た普通列車はがらがら。時間帯的にそうだろうなあと。
  多分これは旧水窪町(現在浜松市)地区から中部天竜へ通学に使う列車の回送はもったいないから客扱い。
 ・天竜峡まではワンマン運転。雨がやまない。
 ・天竜峡から運転手と車掌の2人乗務。
  一番乗客が少ない区間が必ず2人乗務のあたり、日本一危険な路線と言われ、過去には実際に落石車両転覆事故も
  あった区間なので、いざというときの対策でしょうか。
 ・唐笠駅で下車。次の門島駅で降りて折り返してくるつもりが、鯉のぼりに釣られて撮影に走ってみようかと。。
 ・唐笠駅は2回降りた事がありますが、かなり以前でたぶん20世紀。
  165系が走っていた時代だったような。
 ・こいのぼりが天竜川をまたいでぶら下がってるのですが、雨に濡れた洗濯物みたいにぐちゃーっとなっていて
  限界感あふれる状態でもうだめ。
 ・雨もやまないのですが、近くの鉄橋から俯瞰撮影してきました。
 ・駅前のししおとしがカンカンにぎやかです。結構うるさいのは、もしかして熊よけか何かも兼ねてる?
  駅前の唐笠港とそこの民家は今も人が住んるようで、車が1台出てきました。
 ・猫2匹が駅待合室の裏でにゃあにゃあ。
  でも既に列車が接近する時間で、踏切警報器の音で逃げてしまいました。
 ・唐笠から南下。
  1駅ごとにトンネルいくつくぐるのだろう。飯田線全体で173コ、うち天竜峡以北2コ、三河川合以南5コぐらい。
  のこり全部が戦前に旧:三信鉄道が作った区間。地域輸送以外に当時は沿線の発電用ダムへ建設資材を輸送するルートの
  意味があったので、電力会社の資金ってすごいわーと。
 ・トンネルと橋が全体の半分以上を占めるという金かかりすぎというか山岳地下鉄。
  しかも中央構造線がすぐ横で断層のかたまりみたいな地域で、落石の防護策やセンサ、時には屋根をつけたりもうものすごい。
 ・乗車した便は平日なら温田まで学生輸送便で、過去に乗ったときはこんな崖っぷち区間を満員電車が走るという
  なかなかシュールな光景が。この日は5月1日臨時祝日で昭和の日にはさまれた30日も祝日なので、
  クラブ通いと思われる高校生が数人だけ。
 ・温田発車後は10人ぐらいかな。車内で唐笠→城西の乗車券購入。
  カメラ持っていても、秘境駅めぐりにしては秘境じゃないとこ?この人変わったコースをたどるなと思われていそうで。
 ・大嵐駅で以外と多めの乗客を乗せ、特段長いというより天竜川から山の向こうの水窪川に移動する大原トンネル。
  それを抜けると水窪の町が。10年以上前ならこいのぼりが並んでいたんだけど、少子化なのかどうなのか
  最近はすっかり減ってしまいました。この日に限っては雨というのもあるかも知れませんが。
 ・見慣れたコースをたどって、城西駅に到着。
  きっぷを渡して、ホームから見送り。
 ・前回の平岡駅前で宿泊して通った時は城西パスだから、降りたのは調べたら2016年9月5日以来の2年8ヶ月ぶり。
 ・昔の下り線だった線路跡には、制御ボックスが並び、もうここには列車が復活することはないんだなと。
  勝手踏切もがっちり封鎖されてました。
 ・ツツジの季節、以前はかなり咲いていたはずなのですが、そちらもかなり減ってしまって。
  そして駅前にかろうじて残っていた桜の木も伐採され、昔見た山間の桜あふれる城西駅は過去のものになってしまいました。
 ・昔、この駅の写真に惹かれて、いろんなシチュエーションをそこから見付けて、
  それがベースになってるし、さらにはそんな飯田線のそばに住んだこともあったり。
  いろんな思い出がある路線の、さらにその核心的な駅。
 ・ここに知ってる人もいたのですが、今はどこで何をしてるんだろう。
  永遠なんてない、変わり果てた、でも駅舎やホームはまだ記憶のままの駅。
 ・もっと進んだ方がよかったのか最初から違う選択肢を選んだ方がよかったのか
  いまとなってはわからないけど、この町にわずかながらでも縁がもてたことをうれしく思うのです。
 ・撮影の原点と決めてる場所あたりで撮影。ちょっと雨が降って地面がぬれてるのがつらいかも。
 ・上り下りの普通が通過した後、駅から徒歩5分の向皆外(むかいがいと)の道路橋へ。
  水窪で交換した特急がすぐに来るので、ちょっと急ぐのです。カメラを出して1分程度でやってきました。
 ・撮影のちこれまたすぐにかばんにカメラを片付けて、橋のたもとのバス停へ。
  1日5本しかないバスですが、特急が通過したあと2〜3分でやってくるという忙しいタイミング。
 ・城西〜向市場〜水窪はJRのほか歩いて移動することが多いのですが、
  バスは初めて。このタイミングで折り返し西鹿島まで乗って浜松に脱出しようかとも思いましたが、
  いやいや小和田駅に立ち寄ってみようというのとちょっとした葛藤。結局後者が勝ちました。
 ・水窪から電車に郵便局員さんが乗車。旧富山村の富山地区へ郵便配達に行くんだなと。
  富山地区は険しい林道を20分走るか、佐久間・中部天竜から広域県道1号を細いトンネルやトラックをかわしつつ
  20キロ走ってようやくたどりつくところで、電車で5分で安全に大嵐駅に着いてしまう飯田線を使って
  大嵐駅の車庫からバイクだったか車だったかを取り出して集配に行くようです。
 ・水窪→小和田のきっぷを購入したら、きっぷが出てくるなり「回収してよろしいですか」
  下車駅で回収するために走り回るのが面倒だから顔を覚えてどうぞするんだな。
 ・小和田駅で絵描きさんが1人書いてました。スケブに鉛筆書きかな?
 ・雨もあがったので、軽く下のほうまで降りてみました。ミゼットと思われる廃車体が転がっていて、
  工場だったと思われる廃屋もあり、昔はここまで車で来て作業やってたんだろうなあ。
 ・滞在時間制限23分、ほとんど時間がないので5分で降りて上がってきて、以降駅ノートチェック。
 ・過去のは前回訪問時に読んだことに(ぇ
  最近のだけ見ましたが、それでも分量が多くてたまんない。イラスト撮ってそうこうしているうちに
  列車到着時間となりました。たぶん平成最後の駅ノート貴重は小和田駅。
 ・小和田からは豊橋経由のまっすぐ帰宅コース。
  車掌がいるときちんと切符が買えて便利。ただレシートみたいなきっぷなのが萎えますが。
 ・まだスーパーも開いてる時間帯ですが、ばんごはんは家でレトルトの賞味期限そろそろな物など。

(19/04/30)(火)
 29日の行程。
 ・有明でイベント。
 ・宿からビックサイト行き送迎バス(無料)があると聞いて、
  それに乗り込むと運転手さんが固まってた。
  ディズニーランドへの送迎がメインで、休日にビックサイトはいないと思っていたのかな。
 ・東西線沿線から有明は乗り継ぎが結構面倒なので、むちゃ便利だし交通費浮くし。
 ・1階で本屋さん、4階でゲーム系。
 ・コス受付もやってたみたいですが・・・一般でコスしてたの1人?
  遅い時間になると、企業の方がちらほら。
 ・本屋さんのほうは適当に買い出しして、のんびりひるごはんなど。
 ・この日がminoriさん最終イベント参加で、通信販売やメンテを除いて開発終了ということで、
  物販も倉庫在庫品を一挙放出みたいな。私が行ったときはほぼ枯れ野原。
 ・ちはやさんとことか寄ったのち、minoriメンバーの撮影隊に加わって。歴代キャラのコス衣装が並びました。
 ・16時頃撤収。16時50分頃に新宿到着。
 ・余裕を見込んで18時55分発のバスを予約していたのですが、あまりに早めに着いたので
  17時25分に間に合ってしまうし座席も空いていたので乗車変更で乗り込み。
  到着が1時間半前倒しだとだいぶ違います。
 ・バスの中ではほとんど寝てました。気がついたら日が暮れていました。
  特急便で、途中20分休憩のほかは途中3時間ほど無停車みたいな。
 ・雨が降る飯田駅に到着。さっそくコンビニ経由の宿へ。
  やけに豪華な宿です・・・そこしか空いてなかったからですが、
  田舎町で8000円近くするとこんなに豪華なのかと。

(19/04/29)(月)
 29日はcomic1/chara1だったのですが、その後移動等あって
 書いてるヒマがなく、扉画像更新での速報です。

(19/04/28)(日)
 28日の行程。
 ・朝は目覚ましより早く6時10分に起きだし。
  宿のあさごはんたべて9時すぎまで部屋でごろごろしてようやく出発。
 ・西船橋駅の総武線各駅停車ホームには折り返し用の中線があって、
  昼間は使われていないため、そこの行先表示の電光掲示板に「お時間ドーリ」という表示。
  そして鳥さんが歩いてるイラストが電光掲示板に。
  ちゃんとしたキャンペーンで、定時運転のためホームの端っこ歩かないスマホとかいろいろと。
 ・京葉線が南船橋乗り換え。
  電光掲示板、舞浜方面東京行きはまあわかる。南船橋方面南船橋行きって何。
 ・東京行きに負けず劣らず混み混みの南船橋行きからさらに乗り換えて海浜幕張駅。
  昨日とあまり変わらない時間に到着。
 ・がらがら風味の昨日と違って、この日はかなり混雑。昨日の1.5倍ぐらいいないかな。
  9ホールの広場も、既にかなりの混雑でしたし。
 ・やすらぎのホールでぐるっと回ってみて、その後はずっと9ホール方面。
 ・ついったでテキストと画像という位置情報を投げながら。
  あの空間でGBSは意味がないのに求められる位置情報。
 ・撮影って集合やあわせ以外は基本1人しかできないから、時間列で2人いるけど片方だけに。
  瞬時に、時には場の流れを見ながら、求められる切り替え作業。
  そんな訓練の場にも見えてきます。全部は到底抑えられない。
  恣意的に行く、アトランダムに行く、それぞれの傾向と融合みたいなそんな場。
 ・っていったい何を楽しんでるんでしょうという文章書いてますが、
  ただコスを撮るだけといってもそこに入った情報ってすごく多いなと。
  もしかして関東圏ならでわなんかもしれないくて、違うパターンはまたこのあとやってみようかと。
 ・撮る人も、いろんな目的持ってる人がいるなと。
  この日もローアングラーを大量に集めた囲みが並んでいるそばにあったとか。
  自分も目当ての人を探したり、ファンだったキャラをやってる人を見つけて急行したり。
 ・とりあえず、この日の撮影における締めは管理人さんが姫のエプロンをめくる構図でして(ぇ
 ・終了後は宿まで直行。帰りの電車が再び南船橋・西船橋乗り換えで、
  こみこみの京葉線使って帰ってきました。
 ・天ぷら定食でばんごはん。カロリー控えめのようで天ぷら自体油を吸ってましたね。

(19/04/27)(土)
 「平成最後の」って単語が無駄にあふれるんですが、
 まあ年末みたいなものだろなということで、やってることも年末と同じように
 3日連続イベント行きの月末です。
 まずは27日の行程。
 ・新幹線で東京につっこみ。
  「東京駅はホームや改札が大変混雑しています、品川駅のご利用を検討ください。」
  のアナウンスにとんでもないことが始まったかと思ったのですが、
  東京駅ホームの自由席の行列は確かに長く、指定席はまあ普通かな?
 ・長期連休の初日の朝の新幹線指定席が窓席取れたのは、上り便だからでしょうか。
 ・9時半のコインロッカーは笑えるほどがらがら。
  休暇2日目からはこうはいかないだろうなあ。
 ・10時すぎには京葉線、10時半ごろ海浜幕張。
  今回は前売り券を持ってちゃっちゃと入場。高校生は通学日のところも多いのか、
  あるいは天気があまりよろしくないのか、思ったほど混んでいません。
  イベントの収支やばくない?
 ・雑にブースをまわったり、さっそく館内でコス撮影してみたり。
 ・時々撮ってる方が9ホールに移動の情報が入って、そちらへ。
  むちゃ行列が長かった・・・セッション撮影会だとさくさく取れるんですけど。
 ・次いで隣の方を。むちゃ人気ある方のようですが名前がよくわかってませんでした(おい
 ・遠くで伊織もえさんが取材撮影の行列をこなしてるのを横目にそちらの撮影待ち。
  終了後取材列の後方に向かうと、ちょうど終わるところ。
  そこから広場に降りて、囲みの中で久々に正面からの撮影なのでした。
 ・そろそろ姫と管理人さんが来る頃かな・・・と思ってぽいぽいコスの列にいると
  来ました連絡が。ぽいぽい撮影してから急行すると、長い、なんか撮影列が長い・・・。
 ・アズレンのバンパイアのコス、昨年9月に撮れなかった衣装で来てくれたのでした。
 ・あきなさんの撮影でこの日は完了なのです。
  いちご先生とよ○やさんが引き揚げたとたん雨がやんで空が晴れてきたのはさすがとしか。
 ・この日の問題点、広場横の公道を、高収入バイトの宣伝トラックがしつこく回ってくること。
  いま行ったからしばらく大丈夫だろうと思っていたら別の会社の高収入がやってくるという
  なんの嫌がらせなんでしょう。
 ・16時半で撤収。東京駅で荷物回収、新宿でちょっと買い物とばんごはんして宿に引き揚げました。