ロッキン&ロマンス
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第3回
ハプニング・テン・イヤーズ・タイム・アゴー


 この11月20・21日ニューヨークで行われるNRBQのデビュー30周年記念ライブに行ってくることにした。歴代のメンバーが勢揃い(アル・アンダーソンはもちろん)するだけでなく、ジョン・セバスチャン、サン・ラ・アーケストラの参加も現時点で決定している。個人的にはジョン・セバスチャンに会える、ということには特別な響きがある。希望としては、アル・アンダーソンに大きな影響を与えた初代ギタリストであり、現在はライブからライブへ転々と行方の定まらない生活を続けているスティーブ・ファーガソン、そして、アメリカン・プロレス界の鬼っ子、強烈なMCをかますマネージャーとしてNRBQのステージをどぎつく彩ったキャプテン・ルー・アルバーノの参加。来日直前のジェイク・ジェイコブスも是非! 欲を言い出したらキリが無い。例によっていつもの脳内妄想としては、コステロなんかとしみったれたレコード作ってるぐらいならNRBQをバックに自分で歌うレコードを作って欲しいバート・バカラック、ジョーイ・スパンピナートのベースに首ったけのキース・リチャーズも! 

 今回、10年振りのニューヨーク行きを決めたのは、アニバーサリイっちゅうかリベンジ。そういう気分も多分にある。もちろん、NRBQをお祝いしてあげる気持はいっぱいだけど、僕にとっては89年の10月、インディアン・サマーのニューヨークを振り返って、そこにいた僕を確かめてみたい、という気分もあるのだ。

 60年代に若きフォークシンガーたちが競い、フィフス・アヴェニュー・バンドやダニー・クーチらが午後の陽射しを満喫していたグリニッジ・ヴィレッジ。当時、20歳の僕は、ピーター・ゴールウェイの「ピ」の字すら知らなかった。昨日まで2日連続でローリング・ストーンズのシェイ・スタジアムで盛り上がってきて、まだうつつに心が戻っていなかった。
 その頃、ようやく僕は「シンパシー・フォー・ザ・デヴィル」や「サティスファクション」よりも、「デッド・フラワーズ」や「スイート・ヴァージニア」の方がいい曲だな、と思えるようになってきた頃で、特別に熱狂的なファンというわけでもなかった。しかし、昔どうしても食べられなかった五目チラシが好きになると、毎日そればかり食いたくなるようなもので、きらびやかさとうらぶれが同居した72年頃のストーンズばかり聴くようになっていて、8年振りの全米ツアーと聞いて、浮き足だったのは当然の流れだった。もちろん、それが初めて海外に出る、というきっかけになればそれでいい、という部分もあったが。
 実際には、このツアーから彼らはオリジナルのサウンドを忠実に再現する、というポリシーでライブをやるようになり、どっちかと言えば、ストーンズの捏造、っぽい感覚が強くなる。この翌年に行われた来日公演を契機に、日本でも結構な数のファンがストーンズから離れたのは事実だ。しかし、それはそれ。初めての外国で興奮しているし、花火が天高く上がれば、すべては天国だった。それにこの話の主人公はストーンズじゃない。
 ビレッジの入り口とも言える大きなゲートのふもとにある小さな公園、ワシントン・スクエアで僕はぼおーっとしている。同行していたK(現リズム&ペンシル編集人)は、その日は知り合いの寿司屋さんに会って来る、と言って朝から出掛けていた。
 日曜日の朝、頭を流れるメロディはヴェルヴェットアンダーグラウンド&ニコでは無く、何故か思いっきりザ・バンド。ストリート・ミュージシャンと呼ぶにはあまりに微笑ましいレベルの兄ちゃんたちが、さっきから「アップ・オン・ザ・クリプル・クリーク」を歌って(いや「唄って」が正しい)いた。それまで真面目に聴くものだったザ・バンドに対して「あ、これでいいんだ」とストンと落とし穴に落ちるように思いこみが晴れた。
 ルンペンたちは相変わらず「スモーク、スモーク」とひとりごとのように繰り返しながら、利くハズもないニセのドラッグを売るためにうろうろしているが、誰も相手にしない。ゼビウスに出てくる下っ端の戦闘機のようなものだ。それでも、最初はいちいち警戒してたけど。
 屋台でプレッツェルを買う。ハートを二つ重ねたような形をしている塩味の固パン。ウッディ・アレンの映画によく出てくる食い物。日本で売り出しても、絶対に当たらないだろう。スティーリー・ダンの『プレッツェル・ロジック』のジャケットそのまんまのおっちゃんが売っている。あのレコードも、このとき、すごく好きになれた。
 ついさっき、残りのトラベラーズ・チェックの換金を済ませてきた。あと4日。340ドルもあれば、まだまだいろんなものが買える。ホテルのそばにあるお気に入りのレコード・ショップ。2軒あって、ひとつは「リヴォルヴァー」、もう一軒は「イッツ・オンリー・ロックンロール」と言う。店の雰囲気としては「リヴォルヴァー」が勝ってると思うんだけど、電話がかかってきたときの「イッツ・オンリー・・」の応対がイカしてる。
 「ジリリリリ・・・・・」ガチャ。
 「イッツ・オンリー・ロックンロー!」
 電話の第一声で人生のポリシーを述べるようなもの。自分が店を持つとして、これに対抗出来るような名前ってあるかな? 今でもこれは宿題。
 宴会用ザ・バンドを唄っていた連中のプログラムがニール・ヤングに替わったようで、「ハート・オブ・ゴールド」が流れてきた。仮想ニール・ヤングの眉間には1ミリの皺も無くって、陽射しはにくいほど心地良かった。

 そして午後、事件は起きた。
 ホテルの部屋から換金したばかりの現金が紛失したのだ。そこからはフロントと警察が入れ替わり立ち替わり僕を尋問。何で? 金取られたのはこっちだよ!
 フロント「このホテルでそんなこと今まで起きたことないんだ! そんな悪事を働くメイドはいない!」
警官「(たったそれしきの金で呼び出しやがって)とにかく、君が不注意だったってことさ」
 両者からこっぴどく怒られた。このくだり、あんまり詳細に書いてもマヌケなだけなので簡単に済ます。聴取を終えて、へとへとで部屋に帰るとき、メイドのひとりとすれ違った。騒ぎを聞きつけたのだろう。そのとき、彼女は心底すまなそうな目で「ソーリー」とひとこと。こいつか!とそのときは思いもした。翌日は、チップも枕の下に入れなかった。
 その晩、ふてくされて寝ていると、Kが部屋にやってきた。手にはテイクアウトの中華を持って。
 「まだカードの残がいくらかあるハズ・・・」
 「したら、それでストーンズの追加公演、また見よう! 元気出るよ!」

 翌朝、キャッシング・マシーンに向かうと、やたらと威勢良く「GET CASH!」のメッセージと共に、現金が出てきた。そんなに残額は無いはずなのに、妙に力強くエールを送られた気分になり、「行くか」とシェイ・スタジアム行きの電車に乗り込むためにマジソン・スクエアに向かった。
 途中、Kが「ちょっと待ってて」と言って姿を消した。ボブ・ディランの2週間くらい前に終わったコンサートのポスターが、まるでパンクスの人海戦術宣伝じみた荒々しさで道ばたに貼られていた。ドント・ルック・バック。
 Kは5分ほどして戻ってきた。
 「松ちゃん! 号外が出てるで!」
 渡された新聞の号外には「RYOHEY ROBBED $340! BUT SOON HE GET CASH AND BE HAPPY!」と見出しが大刷りされていた。5ドルでやってくれる安〜いジョーク・サービスだった。
 泥棒にも何も出来なくて、ふてくされて寝るしかなくって、借金まで増やして、でも、確かにそのとき、最高にハッピーになれたのだ。

 帰国後、カードの限度額オーバーですったもんだの大騒ぎはするわ、恋人は他に男が出来てるわ、大学の試験はすっぽかすわ(結果、卒業まで7年)で、この後さらにろくなことが無かった気がするんだけど、どういうわけか、僕はこのときのニューヨークがいつも愛おしい。
 音楽が人生に何かをくれるのだとしたら、その何かのいくつか大事な部分を、10年前の情けないニューヨークがくれたと思っている。浅川マキの歌で「あの娘がくれたブルース」っていう、今の季節に聴きたくなるいい曲があるんだけど、このときニューヨークが僕にくれたのは、ロックンロールの本質は安くていい加減なものだって回答。でも、そのことが音楽を僕にとってすごく自由で楽なものにした。難しかろうが易しかろうが、自分にとってそのとき楽な音。それが音楽。そんな不真面目なことを僕は本当に大切にしている。今にしてみれば、340ドルよりも、そっちの方がよっぽど事件だった。
 「蠍座の貴方、最近、偶然に出会っていませんね」
 今回も、ずうーっと迷っていたけど、スポーツ新聞に載っていたレディース・コミックも真っ青の安〜い占いの文句を見て決めた。
 よし、またニューヨーク行こう!




 読者の皆様:

 今回は〆切に遅れた上に取り留めもない話で、遅れた人は廊下に立ってなさい!なところを大目に見ていただき、掲載の運びとなりました。この埋め合わせ、というわけでも無いのですが、次回はニューヨークでいっぱい「偶然」を仕入れて披露することにします。時間の都合次第ですが、ボストンに行けたら、ラウンダー・レコードを訪ねてみようと思ってます。どうなることやら。(松永良平)

 



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