ロッキン&ロマンス
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 第4回「No! Don't work. Listen to music all day!」

 電話口でトムはよく僕にこう言う。NRBQのドラマー、世界中でもっともリスペクタブルな音楽ファンのトム・アルドリーノと電話で話してるなんて、ちょっと前には考えられなかったけど、今、こうして友人でいられるのを隠すのが不健康なくらい、いつしか自然に思えるようになった。
 日本からマイナス14時間の時差の都合で、僕がトムに連絡出来るのは、だいたい平日の朝早く。週末、彼らは年柄年中ツアーに出掛けてるからね。それに僕は7時半には仕事に出掛けなくちゃならない。そうすると、彼は必ず電話口で最初のセリフを叫ぶ。
 「働くな」って言ってるわけじゃない。僕には嫁さんもいる。それに無職だった時代に作ったリズム&ペンシルでたくさんの借金を作った。その分以上にたくさんの友達も出来たとは思うけど。まあ、とにかく、音楽を忘れちゃならない、ってことだよな、と月並みに納得しては、またしばらく働いて。で、そのご褒美(嫁に言わせると、早すぎるご褒美だって!)ってことで、去年の11月NYに行ってきた。きっかけはNRBQのデビュー30周年を祝うイベントが2日間行われるってことへの祝福と、ゲストのメンツへの好奇心と、ちょうど10年前に同じ場所でお金取られて寝込んでたマヌケな男(前回参照)へのノスタルジーも少しだけ連れて。

 

 例年、インディアン・サマーが終わると駆け足で冬がやってくる、って言うから、上着をたくさん持って来たのに、汗ばむくらいの陽気が続くNY。インナーに長袖着てれば、上はTシャツでもオッケー。しまった。NRBQのTシャツは持ってきてないんだよな。 会場となるボウリー・ボールルームは、ボウリー・ストリートとデランシー・ストリートの交差点のすぐそば。グリニッチ・ヴィレッジからはブリーカー・ストリートを渡り、ソーホーからチャイナ・タウンへと東へ。そのはずれがボウリーだった。聞き慣れない名前なのは当然で、元は古い靴屋だったのを改造して、オープンしたのが1年ちょっと前らしい。おっと、観光ガイドを書いてるんじゃなかった。
 今回、僕はアメリカのNRBQファン、いわゆるQマニアといろいろ話してみたいと思ってて。昔話ももちろんいいんだけれど、アメリカ中から集まってくる20年超のファン・キャリアを誇る筋金入りのファンたちが、いったいどんな人で、どんな話し方をして、どんな生活をしてるのか、それが気になってた。どんな靴履いてるか、とか。 余談になるけど、僕は最近、そういうことが気になっちゃってしょうがない。こないだピーター・ゴールウェイのインストア・ライヴに行ったときも、お客さんの履いてる靴とか、聴いてる顔とかに見入っちゃった。実際、目の前で歌われている歌よりも、その景色の方がミュージシャンの音楽を説明する、ってこと。あるよね。無いか?
 最初に会ったのは、ニュー・ハンプシャーから来たスティーブ。いや、デヴィッドだったかな? 興奮してたせいもあって、名前は思い出せない。彼は友達と待ち合わせをしてる。一見、穏和なチカーノみたいな顔。
 「彼らが日本に行ったとき、どうだった? お客さん入った? 一回400人くらい入ったって? スゴいね。アメリカじゃ滅多に無いよ」
 次に現れたのが、きっとスティーブだ! 彼もコネチカットかヴァーモントのあたりに住んでる20年選手。日本に住んでると、ラウンダーのオフィスがあることもあって、NRBQの地元はボストン、みたいに思ってしまうけど、実際にはボストンとニューヨークの間、ハートフォードとかニューヘイヴンとか、そのあたりの地方都市もボストンもひっくるめてホームタウンって感じだ。
 「彼らと話したことあるの? そう。今日はキャプテン・ルーが楽しみなんだよ。長年、彼らを見てるけど、キャプテンはまだ無いんだ」
 NRBQのステージで、かつて(80年前後)むせかえるような熱いMCをかまし、ピアスだらけの強烈なルックスと巨体で鳴らしたキャプテン・ルー・アルバーノは、この地では伝説的な存在。アメリカン・プロレスWWF史上でも、銀髪鬼フレッド・ブラッシーと並び称される超・有名マネージャーだったのだ。あと両者の共通点は、クレイジーなレコードを共に出してること。ブラッシーはライノから、キャプテンは言わずもがなのNRBQと。
 そう、日本では掴みにくい距離感。ここではよく判る。例えば「シンプソンズ」。いちケーブル・ネット(それにしたって日本とは存在感が違うが)に過ぎない「カートゥーン・ネットワーク」では無く、全米ネットのFOX-TV週末のプライム・タイムを飾る番組としてのオバケ的ビッグさ。そして、そこにNRBQは出たんだな、実は。夏にまず「キャント・バイ・ミー・ラヴ」のカヴァーがとりあえず歌だけ流れたのを皮切りに、11月27日のオンエアでは、ついにキャラクターとしてあの絵のタッチで4人が登場し、劇中でテーマ・ソングを演奏した。いや、この時点では「した」じゃなくて「する」ってことで話題は持ちきりだった。
 向こうから歩いてくるノッポのお茶の水博士みたいなオッサンは、ジョニー・ディー。長年、彼らのファンジン「New Rhythm & Blues News」を作り続けてる怪人。
 「日本から来たの? ワオ。チケットある? 今日の分は売り切れだからねえ」
 20・21日と2日間行われたこのライヴ。初日のチケットは数日前に売り切れていた。キャパシティは500人位かな。でも、世界中から集まって、それだけかい!?って気もするけど。 しばらく周りと話してたら、時折、外の様子を窺う足の悪い老人がいる。長い髪を後ろでまとめ、髪同様にヒゲも輪ゴムでまとめ・・・、それが70歳のキャプテン・ルーだった。僕と同行していたユタカさんが「違いますよ、あんなに痩せてるわけないですよ」と言うのも聞かず、「いや、あのじいさんの目には力がある」と信じた僕は歩み寄った。
 「こんちわ。キャプテン・ルーさんですか」
 「その通り! ナイストゥーミーチュー!」
 NRBQとキャプテンがその夜、久しぶりの共演を果たしたステージで、演奏された2曲よりも印象的だったのは、出番待ちの間中、ステージのソデから握り拳をかまえて、「よし、よし、それ行け、ほら歌え!」と身体いっぱいで無言のエールを送っていたキャプテンの姿だった。惚れた。

 話は戻る。えー!戻らないで、ライヴの模様を教えろ! まあまあ、ちょっと待っててくださいね。
 7時に開場、ということだったけど、実際には7時にオープンするのは地下1階のバー・フロア。そこで1時間ほどご歓談いただいて、8時にようやく地上1階のライヴ・フロアがオープン。ライヴが始まるのは、さらにその1時間後、ということだった。前座が2つ(ホーリー・モーダル・ラウンダーズとシャッグス)あるということは、どう考えても0時は回る。「えー、やっぱり遅くなっちゃうねえ」とため息をもらしたのはビリーヴ・イン・マジックの長門芳郎さん。バンキー&ジェイクのジェイク・ジェイコブスのソロ・アルバム用に、ジェイクとNRBQのセッションで2曲、前日に録り終えてきたばかりで、この翌朝には西海岸に飛ばなくちゃいけない、という長門さん。でも、その疲労に見合うだけのいい仕事してます。ジェイクのソロ、お楽しみに。
 テーブルで休んでたら、「すいません、相席いいすか?」と英語で言いながら、「どうぞ」と答える前にコワモテのオッサンと3人の連れが座ってきた。彼はアトランタから来たスティーブ。そうだ、彼こそスティーブだった、よな?
 「NRBQは最高なんだよ。俺にとっては。こないだアトランタに4年振りに来てくれたんだ。今年の夏、ナッシュビルでアル・アンダーソンがステージに飛び入りしたろ。俺、あれ見に行ってたんだよ。今日、彼は来るのかな。え? 来ないって?」
 アメリカの古風なレスラーみたいに、坊主頭にしかめっ面だったけど、話は僕とよく合った。チープ・トリックが好きで、あとアメリカ人には珍しく、彼はキンクスの大ファンだった。でも、よく考えてみれば、NRBQのファンであることの方が、この国でも珍しいことなんだけど。
 「(順々に指さしながら)俺の妻も俺に影響された。彼女の妹もそう。そして、妹の旦那が今日、初めてNRBQを見るんだよ」
 この後、シャッグスがステージで嬉しそうに演奏してる脇で、シャッグスの実の息子達が一緒に歌ってる(あの「世界哲学」を!)のを目撃したり、はげ上がったり、太ってしまったりしたかつてのティーンエイジャーたちが年甲斐もなく熱狂する中に巻き込まれたり、とてもNRBQなんか聴きそうにない、と日本人には思える高そうなスーツを着こなした会社重役みたいな男性が大声で「こんちくしょう! 俺のリクエストを聞かねえのか! 『Dr.Howard』やるんだよ!」と口汚く絶叫しては、パイプを回してたりするお祭りの最中、僕の頭の中をある想いがぐるぐる回っていた。
 今日、ここに集まったお客さんたち、NRBQやゲストのみんな、何かを捨ててここに集まってるわけじゃない。人生のレールがあったとして、そこをはずれて転げ落ちたりすることで、初めて一発逆転したりする、って思ってたんだけど、そうじゃないんだよな、って。そんな了見こそ甘チャンだった。
 いろんな人たちがここに集まって、いろんな人たちがなるようにしかならない人生を好きなように生きてきて、好きな音楽を「好きだ」って思い続けることが出来たその結果が、こういうお祭りになっちゃった。「偶然の集まり」とか言っちゃうと、いかにもNRBQのメンバーが好きそうなフレーズだけど、その底に流れるのは、想像以上に強い意志のあるメロディ、頑固なハーモニーなんだ。
 だって、ジョン・セバスチャンはまだしも、ジェイク・ジェイコブスが現役のミュージシャンで素晴らしいレコードを出していて、今、また新しい歌を録音しようとしてるなんてことを、彼がNYで働いてる会社で気付いてる人がどれだけいるだろうか? シャッグス一家でシャッグスの音楽が生活の中で家族の誇りとして生き続けてたことは、どう説明する? そして、僕が会ったいろんなお客さんたちの、あまりにもいろんな顔、家族、人生は? 彼らも、そして僕も音楽をあきらめなくて良かった。
 トムの言ってることがそのとき僕は判った。音楽を聴き続けなきゃならない。いつでもどこでも誰の中にでも流れてる自分の音楽を。そしたら、いつか僕にもこんなマジカルな夜が訪れる。NRBQが30年続けた結果の奇跡は、僕たちの30年にも起こったんだ。そして、それは僕たちの30年後にも起こりうる。そう信じさせてくれるのなら、音楽に「魔法」って名前を上げようじゃないかい。
 僕の人生は変わらない。でも、トム・アルドリーノの叩き出すスネアの音に弾き出されるようにして、何かが判った。「感じた」んじゃ無くって、はっきり、そう「言えた」。そのとき僕は「デイドリーム」の一番高いところを歌い終えたジョン・セバスチャンのように、うれしかった。
 「No music, No life」。どっかのレコード屋が言ってる。でも、それは違うよ。それは「生活」のデコレーションに音楽を利用してるだけ。
 音楽を聴き続けなきゃ。
 Don't work. Listen to music all day.

 

<付記>

NRBQ・30th Anniversaryライヴは以下の様相で行われました。
11月20日
ホーリー・モーダル・ラウンダーズ(ピーター・スタンフェル&スティーブ・ウェーバー)
シャッグス
NRBQ・フィーチャリング
 ホールウィート・ホーンズ(ドン・アダムス&ジム・ホーク) 
 キャプテン・ルー・アルバーノ(キーボード・ソロも披露)
 カミ・ライル(トランペット&コーラス)
 T・ボーン・ウォーク(アコーディオン)
 ジョン・セバスチャン
※ スプーンフル・ナンバー3曲。「デイドリーム」「心に決めたかい」「うれしいあの娘」。声の調子が芳しくないセバスチャンは「顔」でジョンセバしました。大拍手。

11月21日
サン・ラー・アーケストラ
シャッグス
NRBQ・フィーチャリング
 ホールウィート・ホーンズ
 ジェイク・ジェイコブス(コーラス。エル・ドラドスの「Iユll Be Forever One Loving You」を全員アカペラで。リードはトム) 
 マイク・ミルズ(REM)
※トムのコーナーは「Our Day Will Come」。アンコールでは全員カラオケで「Everybody Loves Somebody」。
おいおい! 肝心のライヴ・レポートが無いじゃない!とお怒りの方、これがロッキン&ロマンスなんですよ。もし詳しくライヴ・レポートを読みたい、という方は僕の友人鈴木豊隆くんの素晴らしい文章が、スーパースナッズの東久保トモコさんのHPに掲載されています。http://www.geocities.co.jp/MusicStar-Drum/1169/qindex.htmlまでいってらっしゃい! また、シャッグスのライヴ・レポートはこれまた友人フロム大阪のKING JOEが2年振りに作ったグレート・ガレージ・ファンジン「Soft, Hell」(リズム&ペンシルと深く共鳴しあってる素晴らしい雑誌です)に僕が書きました。これって、どうやったら読んでもらえるのかな? 限定600部のフリペなんで、ガレージの匂いのある場所を探せばまだあるハズ。ハイファイにも僕の分を少し置いてもらおうかな?

 

 

 



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