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第5回「Lazybones」
「松永くんは“たぬき”なんだな。年上に好かれるんだよ」
と、仕事先の上司Nさんは言うのだ。現在、派遣されて働いている某椅子メーカーで、何故か親しくなってしまったNさんは、35歳のライダー上がり。手っ取り早く言うと、元暴走族。というわけで、短く刈り揃えられた茶髪に、手の行き届いた眉の形、薄く伸ばした口髭などという面影を持つ。まあ、あまりハイファイに現れるようなタイプでは無いし、僕の周りにもまず居ないルックスの持ち主だ。
奥さんにつられて読み出した「動物占い」の本で早速占ったらしく「会社のアイツは象だから要注意、あの娘は黒豹だから周りを気にする」とかケラケラ笑いながら話しているが、Nさんは怒らせると怖い。決断も速いし、仕事も出来るのに、短気が災いして一匹狼を社内では貫いている。しかし、頭の回転は速く、話は面白い。興奮してくると、普段はツッケンドンな口調が何故か「〜なんですよ」と敬語になってしまうのも可笑しい。
最初に気が付いたのは僕の方だった。Nさんの仕事机に70年代のカワサキやホンダのバイクの写真が貼り付けられているのを見つけたのだ。不謹慎な言い方だが、小中学生の頃、下敷きにアイドルやガンダムの切り抜き挟んでたのを思い出して「かわいいな」とそのとき感じた。ただでさえニラみの効いたルックスで一目置かれていて、そのうえ活舌抜群の言葉運びで部長や課長をやり込め、部下を張り倒して(言葉で、ですよ。若い頃は手も足も出してたらしいけど)ゆく姿に、一歩も二歩も身が退けてたのが、何とも頬緩む感覚に襲われてしまった。同じ「業」を感じてしまったのだ。
そして、思わずNさんに話しかけていた。1ヶ月以上一緒に働いていて、自分から声をかけたのはそれが初めてだった。
「バイク好きなんですか?」
Nさんは、一瞬たじろいだように見えた。そして、様子を伺うように、らしくない小声で返事した。作業の指示と「おお、なかなかサマになってるじゃない」とか何とかいうセリフ以外で話しかけられたのも、これまた初めてだった。
「なに、好きなの? バイク」
「いや、古いバイクの写真があったから。珍しいなあ、って思って。僕、バイクのことは判らないけど、古いもの好きな人の気持、何となく判るんですよ」
「あらぁ、そうなんだ・・・・」
何かを愛でるとき、人はどうしてこうも弱っちくなるんでしょうか。
とにかく、まるで小学校で隣の席の子と友達になるときみたいに自信無さ気な、こんなさぐり合いから僕はNさんのことをよく知るようになった。
取りあえず「昔悪かった」系の話は定番みたいなものなので割愛しよう。Nさんは8歳上のお兄さんの影響でバイクの魅力に取り憑かれ、乗り回す方はもちろん、とりわけ60年代後半から70年代前半のカワサキのマシンの持つ、一種のフェロモンにやられてしまったのだ。気が付いたら、いっぱしのバイク・マニアになっていた。知り合いのバイク業者と組んで、副業でバイク・マニア向けの部品提供(ブローカーとも言う)をやってることもコッソリ教えてくれた。
「自分が持ってるのは、休みの日に乗る一台あれば十分なんだよ。あとは、いろんなもんを欲しがってる人たちに届くようにするのが面白いんだよね。もちろん、小遣い稼ぎにもなるしさ」
何でも、カワサキのバイクは独特の人気があるだけでなく、当時、修理代が高くついたため大事に乗り続ける人が多く、日本国内では市場に出にくい上に現存するパーツも摩耗していたり状態の悪いものが多いのだそうだ。当然、価格も高騰するのはしょうがない。そのため業者連中は、当時、海外に輸出されていたマシンを狙ってアメリカに買い付けに行くのだという。まるでレコードみたいじゃない?
去年の11月、僕がアメリカに行くときにも、「そのまま住んじゃったらいいのに。したらさ、東海岸からバイクを送ってくれないかな?」と冗談めかして言っていた。ところが、帰ってきたらNさんは本気だったらしく「どう? 決心着いた?」だって。
バイクの話で飛び火したのが、やはり70年代前半に梅宮辰夫主演で16本も作られた東映B級映画の金字塔「不良番長」シリーズだった。Nさん、そんなのをリアルタイムで体験してる筈ないのだが。
「いやね、知り合いがさ『君の探してるようなバイクがわんさか出てくる映画知ってる?』つって教えてくれたんだよね。で、ビデオ屋行ったら4本ばかしあったから、借りてみたんだよ。そしたら驚いたね。いや、俺、バイクの排気音とか走行音を録音してるレコードなんてのまで持ってるんですよ。恥ずかしながら。そこで『このバイクは電圧の関係でどうしても録音することが出来ませんでした』って書いてあるヤツの音が入ってるんですよ! そんなことあるんですよね!」
「不良番長」シリーズ。本当に情けないほど短絡的でナンセンスな映画だけど、まあなかなかにたまらない映画ではある。かくいう僕も2本ほどコピーを持っていて、結局、またしてもNさんと盛り上がってしまうのだった。個人的には若き安岡力也のデニス・ウィルソンのごとき野生味&オーバーアクションなルックスが目に焼き付いている。Nさんとしては、シリーズ後半、中年太りが激しくなってきた梅宮辰夫が「俺ぁ40歳になっても番長やるんだかんな!」と劇中で宣言してるあたりが最高にシビれるらしい。
それにしても、Nさんの持っているというその排気音レコード。興味あるなあ。以前、明石屋さんまが話していた「故・横山やっさんの家に遊びに行くと、必ずモーターボートのエンジン音を録音したテープを延々聴かされてまいった」という話に溢れすぎているやっさんのボートへの愛情(ついでにさんまのやっさんに対する愛情も)を思い出してしまった。
そんなNさんが若い頃、バイクと同時に狂ってたのがダンス・ミュージック。「ブロンディの『コール・ミー』の12インチが欲しくてしょうがなかったんですよ」とか、「兄貴の聴いてたマーヴィン・ゲイはカッコ良かったんですよ」とか、時々、話題にまぶされる隠れ音楽話が、短いけれど、またイイのだ。そう言えば、音楽の話をするとき、Nさんは必ず敬語だ。
しかし、Nさん。どういうわけか、よく仕事を休む。それも無断欠勤。
仕事もよく出来るし、家に帰ってもバイク仕事に余念が無い。中途半端が何よりも嫌いで、何事も筋を通すことを最重要視してる。それなのにどうして何の前触れもなく休んじゃうのか? そのくせ、自分が出社してるときに誰かが休むと、その相手への攻撃に手心なんか加えない。痛快なくらいにこきおろして笑っている。で、その日の午後からいきなりいなくなったりしちゃう。困るよね!
僕は思う。これは性格とか生活とかの問題じゃない、と。骨がだらしなく出来てるんだ、と。血が怠け者なんだ、と。
水は低いところに流れる。愛を注ぐ、という言い回しの「注ぐ」が水に関する言葉であることでこじつけするまでもなく、何かをすごく好きになってしまう性質を持つ人は、水を低いところに進んで流してしまうだらしなさを性根の部分で持っているのだ。実はそういうようなものが「愛」というものの本質なのだ、と言い切ってしまいます。大瀧詠一のナイアガラなんて、そのスケールからしてものすごいだらしなさで、すなわち「愛」の垂直落下なわけだ。叩きつけるように水が落ち続けるんだからね。普通の人が落ちたら、溺れ死ぬくらいじゃ済まないよ。新作が出ないのは、もはや宿命みたいなもんだ。
というわけで、Nさんが居なくなると仕事はあがったりになってしまうんだけど、困りきってはしまえない僕がいるのだ。大瀧さんには遠く及ばなくても、多分、僕にもNさんにも似たようなLazyboneが流れてるから。いや、原稿が遅れた言い訳してるんじゃないですよ!
Nさんの隣の部署に支店から転属されてきたWさんが、こないだ僕に話しかけてきた。
「ブルータス読んだよ。NRBQって面白そうだね」
それまで、そんな話の素振りすらないようなカタブツ面したオジサンだったから、面食らってしまった。
「実は僕、60年代のソウル・ミュージックが死ぬほど好きでね。僕の無人島の一枚はブッカーT&MGユsのベストなんだよ」
そして翌日、Wさんも会社を休んだ。おいおい。出来過ぎだよ。
後書き
この1ヶ月ほどの間に、何故かホーギー・カーマイケルの曲を外で聴いたり、彼のレコードを目にしたりする機会が多くて、これも縁だ、つまりロッキン&ロマンスってことだと思い、彼の曲名をタイトルにして何か書こう、というところから今回は始めました。僕の好みからいくと「Old
Music Master」でも「Memphis In June」でも「Two Sleepy
People」でも良かったのですが、結局「Lazybones」にして。しかも、こんな話になっちゃいました! ごめんよ、ホーギー。
なお、この原稿を書き上げるにあたっては、宮本千賀さんの「Sounds
Zounds!」に非常に感銘を受け、その勢いに酔ったおかげであったことを、ここに白状しておきます。(松永良平)
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