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●亜米利加レコード買い付け旅日記 1
大江田信
◆レンタカーを借りるのに免許が無い!
初めてアメリカにレコード買い付けに行ったとき、スケジュール作りとアメリカの中古レコード店の調査は綿密に行なったけれど、事前に一冊の旅行ガイドも読まなかった。ガイドブックなんてろくなもんじゃないと、それまでの数回の海外渡航の経験でたかを括っていた。そんなこんなで成田を発った飛行機の中で、ヴィザの申請用紙が配られたときには、心底たまげた。日本語の申請用紙もあるということが、後になってわかったのだが、その時配られた用紙は英語のもので、座席の前にあった機内誌を見ながら、意味も分からぬまま必死で記入をした。
飛行場に機体が降り立つと、機内を出てぞろぞろと歩く人の後ろをなんとなく付いていった。すると円形の奇妙なガラス貼りの部屋に着く。一昔前のSF映画のシーンのようだ。正面には数枚のドアがある。僕が「なんだ、これ」とつぶやくと、阿部が「ここから荷物が出てくるんですよ」と言う。「ふーん」とうなずいていると、急に自動ドアが空き、それは乗客をメインターミナルまで運ぶ無人電車だった。慌てて乗り込む。自動ドアがすぐさま閉まり、電車は動きだし、英語と中国語とフランス語と日本語で、空港内の解説が始まった。阿部もガイドブックなんてちっとも読んでいなかったのだ。
なにしろ万事がこんなありさまで、ちょっとした機転があれば何とかなるということを、何回かの旅から教えられた気もする。もちろん知識があれば、あることに越したことはないけれど。
なんせこの時、僕は自動車免許証を持っていくのを忘れたのである。予約をしてあったレンタカー会社のカウンターへ行き、自信たっぷりに予約の確認書を取り出したのはいいが、日本の免許が必要と言われ、これには慌てた。国際免許は持っていた。しかしアメリカでは国際免許は付帯的なものであって、自動車免許の役を成さない。これもあとになって知った。
最悪だ。致命傷だ。思わず「どのレンタカー会社でもそうなのか」とカウンター嬢にきくと、そうだという。車がなければ、レコードの買い付けなんてできない。体中を汗が流れる。さあ、どうしよう。困った。
◆秘策?があった
「ファックスで日本の免許をアメリカまで送ったらどうか」と思い付いたのは、やや年かさのいった気の良いおかあさん風のカウンター女性だった。そうか、その手があるのか。慌てて日本に電話する。免許を探し出し、コピーをして、ファックスを入れてくれ!と頼む。日本では家中のものが起き出して、なにやら大騒ぎになったという。なんせ日本は真夜中なのだ。ファックスはレンタカー会社のオフィスについて、それをスタッフがカウンターまで届けにきた。この間10分ほどだったろうか。「コピーもファックスもあるなんて、すごいわね?」と件のカウンター婦人が僕に言った、とだいぶ後になって阿部が教えてくれたのだが、僕は舞い上がっていて気がつかなかった。ファックスで送られてきた日本の免許証の番号と、国際免許の番号を照合が終わる。するとやっと無事に車を借り出すことが出来た。キーを受けとる。レンタカーの駐車スペースの説明を聞く。そうだ、大事なことを忘れていた。「何週間か先にまたホノルルで車を借りるんだけど、その時もこのファックスを見せればいいの?」「そうです」。そうか。「じゃあ、このファックスのコピーをちょうだい」。
ホノルル空港でコピーの免許証で車を借りることが出来たか。それがなんと出来たのである。でもアロハを着て充分に太ったロコのカウンター嬢は、相当にいぶかった様子だった。免許のコピーを取り出した僕に、「えっ?」と言いながら、隣の同僚の女性に「コピーでいいのかしら」と訪ねたので、僕は会話に割り込んで、「この前もこれで借りたんだ」と叫んだ。「へぇ、じゃあいいんでしょう」と言いながら、彼女は僕にキーをくれた。そして満面の笑みを浮かべながら言ったのだった。「ハワイの旅を楽しんでね」。「もちろんさ」と僕も満面の笑みをたたえて答えたのは、言うまでもない。
◆アメリカでの車の駐車
車の免許をとって27年近く。この間に日本で犯した交通違反の回数は、確か3回ほどだ。スピード違反が一回と、駐車違反が一回、それから右側通行が一回。決して威張れることではないけれど、それほどひどい運転者でもない、と思う。ところがここ2年ほどの間に買い付けで車に乗るうちに、3回も違反を犯した。駐車違反、スピード違反、一時停止不履行違反、この三つである。
車にまつわる日米の習慣やモラルは少しずつ違う。おおむね日本よりも、アメリカの運転者の方がモラルが好い。なにより日本とアメリカで最も違うのが、車の駐車だろう。アメリカの車の運転車は実にきちんと車をしかるべき場所に留め、数分の駐車でもまめに小銭を払う。日本的な「まあ一寸だからいいか」という感覚は見られない。いつくかの大都市を除けば、ダウンタウンのそれも中心の数ブロックだけが全面駐車禁止の区間で、5分ほどさえ歩く気になれば、どこかしら無料で車を停められる道路があるのにもかかわらず、それでも目的の場所のすぐそばまで車に乗ってくる人が多い。当然のことながら道端のパーキング・ロットに車を停めるか、駐車場に車を入れるかしなければならない。しかしいずれにせよ1時間で1〜2ドルほどだ。パーキング・ロットが開いていて、運よく停められさえすれば、10セント硬貨一枚で6分の駐車が可能という場合もある。
ちょっと郊外にいくと、メインの大通りから一本裏道に入れば、車がびっしりと駐車しているなんてことも多い。家に駐車場があっても通りに停めっ放しの人もいる。僕らがレコードを買いに立ち寄るスティーブは、ベンツとヴァンの2台を家の前の通りに、いつも停めっ放しだ。「この辺の人は、みんなこうなんだよ」と笑いながら言う。だたし例外はスーパーなどの入り口近くに設けられたハンディキャップを負った人のための駐車スペースで、ここには一般車は絶対に駐車しない。これは絶対に守られている。
ボブの店の前の駐車スペースが一杯で、隣のファミリー・レストランに駐車したことを伝えると、彼は「それは、まずい。オレはあのレストランにいかないんだよ。だったら向かいのファースト・フード店に停めてくれ。オレはあの店ではよく買物をするんだ。車を停めた後で、オレにダイエット・コークを買ってきてくれないか」と言う。見るとレストランの駐車場には、半分も車は停まっていない。店の人に見つからずに、ちょいと他に出向くことも簡単だ。しかしどうも日本式の見つからなければ停めちゃったってイイ、という考えは通用しないようだった。よく見ていると、だれもがきちんとパーキング・ロットに停めるか、近くの有料駐車場まで車を停めに行っていた。
◆駐車違反をしてしまった
アメリカでの交通違反の第一号、駐車違反は大雪の日に犯した。冬のシカゴ郊外の街だ。日本宛に送るレコードを積んで、ダウンタウンの中心の郵便局に向かった。前が良く見えない。信号の点滅もよく見えないくらいで、ものすごい大雪の日だった。町中には車の影がほとんどなかった。郵便局の前には25セントで15分駐車可能なパーキングロットがあった。「こんな大雪の日なんて、誰もチェックしませんよ」と阿部が言う。25セントは、円に直すと30円強の金額だ。30円をけちるなんて、恐ろしくみみっちいはなしだけれど、「そうだよな」などど言って、郵便局に手続きに向かった。あまりの寒さにポケットから手を出すのも億劫だったのかも知れない。
15分ほどして車に戻ると、ワイパーに何やら書類がはさんである。駐車禁止の罰金の請求書だった。請求金額は10ドルだった。(だから長い駐車の場合は、違反をした方が駐車場代より安いという不埒な意見もある。)小切手を作って、地元の警察署まで送れと書かれている。こんな大雪の日でも駐車のチェックをするのかと驚いた。彼らにはこれほどの雪でも、大したことがないのかもしれない。しかしそのきびしさに驚いた。それ以来、駐車違反取り締まりの様子を注意して気に留めるようになった。
するといくつかのことに気づいた。車の中に人が乗っていても、駐車違反の場所に停まっていれば、すぐに違反と見なされる。日本のようにタイヤと地面にチョークをひき、現在時間を書くなどという悠長なことはしない。取り締まるのは、駐車違反取締り専門車(まるでホンダのステップ・バンのような形をしている)に乗った婦人警官が行なう。忠告は行なわず、猶予も与えない。駐車違反は1分犯そうが、1時間犯そうが、違反に変わりないのだ。事実があれば、処分する。どうやらこれがアメリカの取締りの現実のようだった。車がレッカー移動される現場に出くわしたときも、警察官は泣き叫ぶ若い女性の釈明にまったく耳を貸そうとはしなかった。
だいたいどこの通りでも朝8時から夕方6時までが路上駐車禁止の時間帯だが、街の人達は何時まで取締りが行なわれるかをよく知っている。この通りでは3時までしか取締りはないとか、聞けば教えてくれる。そして夕方の6時を過ぎ、街が夜の賑わいを見せる頃になると、通りには寸分の隙も開けず、びっしりと車が並ぶのである。
◆スピード違反まで犯してしまった!
スピード違反を犯した時は、心底驚いた。街から数時間離れた国道で、パトカーが道影に隠れていた。はるか彼方まで真っすぐ続く道の脇の、ちょっとした広場にいた。スピードの違反の自覚はあった。「あっ、いやだな」と思ったら、車の屋根に取り付けられた照明器を点滅し、サイレンを鳴らすパトカーが猛スピードで後を追ってきた。あのサイレンの与えるプレッシャーは大きい。とにかく甲高くうなる脅迫的な音色だ。パトカーから車を右に寄せろという声がする。なんだか、もう人生もおしまいだという気分になる。
警官は白人の背の高い青年で、極めて丁寧にこう言った。「あなたは、制限時速60マイルのこの道を、時速80マイルで走ったのです」。マイルで言われてもピンと来ない。キロに換算する。96キロ制限の道を、128キロで走ったことになる。おやおや、これはすごいスピード違反だ。「免許証を見せて下さい」と言うと彼は、なにやら手帳にメモを書き始めた。「あとで貴方の自宅あて、請求書を送ります」。スピード違反の罰金はいくらになるんだろうと思った。「これからは気を付けて運転するように。それではアメリカの旅をお楽しみください」。違反をしたのは、右手に太平洋が広がるウエスト・コーストの片道一車線の州道だった。真っすぐの道のすぐ脇に、それはそれは美しい夕陽が少しづつ山影に沈んでいた。時間はおそらく夜の7時すぎくらいだったろう。見渡す限り、車は一台もいなかった。若い警察官が僕らにこう説明する間に、僕らを抜いていった車も一台もなかったのだ。
20マイルのスピード違反の罰金がいくらが、僕はまだ分らない。あれからもう1年近く経ったけれども、なんせ、日本に請求書は今だ送られてこないのである。
(大江田信)
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