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●亜米利加レコード買い付け旅日記 6  大江田信

 モーテルのベッドにひっくり返って新聞を読んでいたら、気になる名前に目が止まった。阿部に声を掛ける。「今晩スティーヴジョーダンのライヴがあるぞ、この町で」。スティーヴ・ジョーダンは、テキサスのメキシコ系アメリカ人の音楽、テックス・メックスの第一人者。アコーデオンを弾きながら歌う一風変わったシンガー・ソングライターである。従来の伝統的なテックス・メックスの枠に留まらず、革新的な音楽を演じるミュージシャンの筆頭でもある。

 「どうしましょう」と阿部が答える。3週間近くもアメリカをうろうろして、朝から晩までレコード探しを続けていると、さすがにくたびれる。まだ夜の7時だというのに、街に繰り出そうという気分にならない。新聞には9時半からショウとある。どうやらライヴがあるのは、町外れの小さなバーらしい。記された番号に電話を入れても、ベルはただなり続けるだけで、誰も出ない。しょうがない、よし出かけてみようかという気になったのは、結局、夜の9時も少し前だった。

 テキサス州サン・アントニオは、経済を観光に依存する小さな街だ。もともとテキサスはアメリカが石油を当て込んでメキシコから買い取った地域で、ヒューストンを中心とする州東部からは、見事に思惑があたって石油が出たものの、サン・アントニオのある西部のメキシコ側には、取り立ててこれといった産業が無い。街はさびれている雰囲気で、人通りも少ない。TVをひねると、英語とスペイン語がチャンポンになったCMが流れている。ラジオには一日中テックス・メックスを流す局がある。ラテン系アメリカ人が人口の5割を占めるという。

 サン・アントニオのダウンタウンに夜の明かりが輝いているのは、ほんの数ブロックだ。そこを車がほんの一瞬で通り過ぎてしまうと、また街は夜の暗闇になる。そのまましばらく走ると、いつの間にか薄明りのついた一角に出くわす。6、7軒のメキシコ風の建物が道の両側に並んでいる。観光客の姿はない。その一軒が今夜のライヴのバーだった。

 阿部が店に走り込んでいって、店の主人と話している。カウボーイ・ブーツをはいた堂々たる風格の女性だ。思わずはっと息を飲むほどの美人で、これは昔は相当に名を馳せたに違いない。そんな面影がある。「ライヴは一週間前だったのよ。新聞がスケジュールを間違えたのね。でも、今日のバンドもいいから、聞いていったらどう?」と彼女に誘われる。どうしようかと一瞬迷った。ダウンタウンのバーとは全く雰囲気が違う。店はほの暗く、ガランとしていて、中には誰もいない。ママが言った。「スティーブに電話してあげるわよ。私のボーイフレンドだから。さあ、いらっしゃい」。おずおずと店に入ると、彼女は本当に電話口で、阿部のことを説明している。「さあスティーブよ」。

 阿部にとってテキサスは憧れの土地だった。どこかいい加減でお気楽で、すごく人間味あふれるテックス・メックスが大好きだし、テキサスは数多くのサイケデリックやガレージなど独自のロック・ミュージックを生んだ場所でもある。とりわけスティーヴ・ジョーダンは、ずば抜けて自由で、まるでパンクのような音楽だと思う。アルバムももちろん何枚も持っている。

 電話が終わり店の奥から戻ってきた阿部は、まったく興奮気味だった。スティーヴはもう60歳近くになるというのに、実に若々しい声だったという。「日本から来ました。貴方の音楽が大好きです」というと「どうもありがとう」と答えてくれた。通り一遍の会話だけれど、そんなことより本人と話が出来たことが、まだ信じられない。嬉しい。バー・スツールに座り込みながらそう言う。

 僕らはちょっと奮発してメキシコ・ビールを注文して話を続けた。「さすが、彼女はガールフレンドだから」と言うと、それが耳に入ったらしくママはフフッと笑った。ポテト・チップスとサルサを出してくれる。これが飛びっきり辛く、そしてとびきり旨い。二人分、全部で8ドルだった。「ライヴのチャージは要らないの?」と聞くと、「要らない。私がミュージシャンを雇っているんだから」と答えが帰ってきた。

 店にはカウンターにスツールが20ほど、4人掛けテーブルが10ほどもゆったり置かれていて、奥は静かに話が出来るようソファのあるスペースになっている。店を切り盛りしているのは、ママ一人だけだ。壁には毎年サン・アントニオで開かれているチカーノ(メキシコ系アメリカ人)の音楽フェスティバルのポスターが10年分ほど貼られていた。アコーディオンを手にして「にっ」と笑うミュージシャン、ギターを手に上を見上げて誇らしげに胸を張るミュージシャンなどが描かれている。素朴で力強く実に素晴らしいグラフィックだ。この店がミュージシャンの一種の集会場になっていることが、感じられる。「スティーヴは今でも音楽を作り続けている。彼こそ本物よ。音楽が生きていることが大事。フラコ・ヒメネスなんかとは、比べ物にならないわよ」と彼女は言う。ママは厳しい批評家だ。

 結局その夜のライヴが始まったのは、夜の10時半になろうかという時間だった。客の数も30人くらいには増えていた。恐らくみんな地元の顔見知りなのだろう、一言二言ママと言葉を交わしながらテーブルについてゆく。恋人連れや、家族連れもいる。みんな彫りの深い顔つきをしている。女の子が素晴らしく美人だ。バンドの音楽は、陽気で楽しく、どことなく哀愁があって、もうこれぞ気分上々のテックス・メックスである。キーボードとボーカルがホセ・レヴィレ、ドラムがモレス・オリヴェ、ベースがペテ・モラッツ。詞も曲も書くホセのバンドだ。彼はカセットで自分の作品を発表したばかりだ。ママがメンバーの名前を紙ナプキンに書いて教えてくれた。

 ふと気がつくと、いかにも屈強な男達3人組が店に入って来て、スツールに座るなり、テキーラのストレートを2杯づつカッとあおった。そして塩をなめる。見事な飲みっ振りだ。そのうちの見るからにやくざな一人が、敵意に満ちた目で僕らをにらみ始めた。おそらく見慣れない顔だからだろう。自分達の大切な場所に土足で入り込んで来ているんだぞ、お前らは!という顔つきに見える。すると真ん中に座る野球帽をかぶった男が、にこやかにそれをとりなす。もう一人の若いのは、無関心を装う。ママが二言三言話しかける。すべてがスペイン語で、何を言っているのか全く分らない。

 2回目のライヴが始まる。酒もまわって、雰囲気は最高潮だ。僕らへの敵意丸出しの彼が、歌に合わせて身をよじり、叫ぶように声を張り上げる。まわりが大笑いをする。また叫ぶ。ミュージシャンも顔を見合わせて声を掛け合う。熱気が満ちる。気持ちが開放される。2回目のライヴが終わったのは、12時半くらいだったろう。とても幸せな時間だった。

 そろそろ帰り支度を始めている僕らに、ミュージシャン達が握手をしに来てくれる。「やあ、どうだったかい?」「最高だった!」どうした訳が、例の敵意丸出し男も握手に来る。「おい、お前達、楽しかったか?」「もちろん!」思わず両手で彼の手を握った。

 テックス・メックス音楽は、ライヴで演奏され、主としてカセットで売られている。CDとなると、白いテーブル・クロスのあるレストランでディナーを食べられるくらい高価なものなのだ。夕食のあとに下駄を突っ掛けて街のバーに行けば、そこには顔見知りの仲間がいて、テキーラは一杯2ドルもしない。テックス・メックスはそう言うところで演奏され、聞かれている。おかげで僕等は体じゅうがリラックスする一夜を味わっただのだった。

 


大江田信


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