Hi-Fi な出来事 Hi-Fiな人々

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●亜米利加レコード買い付け旅日記 4 大江田信

 このところ渋谷や原宿、赤坂などで見掛けるようになったコーヒー・スタンド、スターバックスはここ10年で一躍急成長したアメリカのコーヒー・スタンド・チェーンだ。最高経営責任者のハワード・シュルツが、チェーン店11軒でしかなかったシアトルのローカル企業スターバックスを買収したのが1987年。3年ほど前ですでに800店の出店を終え、今世紀中に全世界で2000店を目指すという話だ。僕らがいつも利用するキャリアーはユナイテッドなのだが、機内サービスのコーヒーはスターバックス製だし、アメリカの飛行場のユナイテッドのゲート周辺には、スターバックスのコーヒー・スタンドが数多くある。シカゴでは、確か6つのスタンドがあった。ハワイにも出来た。ホノルル市の西部にあるハワイ大学の校舎のちょうど真裏の住宅街にある。アメリカ国内での進出振りは、驚くべきほどだ。
 もともとシアトルの地元企業から出発したからか、ワシントン、オレゴン周辺では街のコーヒー・スタンドは今やスターバック一色である。シアトルズ・コーヒーというチェーンもあり、日本には虎ノ門に支店があるが、残念ながらこちらの影は薄い。セルフ・サービス式に簡単な食事がとれるようになっているダウンタウンの店や、大学周辺にはやや薄ぐらく広い店内で、ノート片手に長い間語り合っている学生仲間が一杯の店もある。立地やらなにやらで少しづつ雰囲気が違うが、店の演出には統一性がある。ゆったりとレイアウトされた空間、明るいながらもちょっとグルーミーな色合いで演出された店内、自然な食材と油を使わない調理による食事、そしてエスプレッソ系のコーヒーの味がスターバックスの売りだ。
 禁煙について最もうるさいのが、西海岸だ。まず公共の場で煙草を吸う事が認められていることはない。自然食のムーヴメントの発祥の地も、西海岸、オレゴンの都市、ユージーンだった。そうしたここ数年のアメリカ西海岸発の<健康>と<食>についてのトレンドを、スターバックスは上手く引き寄せている。軽めの”アメリカン・コーヒー”のこの国で、やや濃い味のコーヒーが新鮮な魅力になっていることもある。カフェ・ラッテやカフェ・モカ、カフェ・アメリカーノなどのアイス・コーヒーが、他の温かいコーヒーと肩を並べて売られているコーヒー・スタンドもスターバックスだけだろう。エスプレッソ系のコーヒーをベースにしているから、いつでもアイス・コーヒーを用意することが出来る。
 アイス・コーヒーと言えば、阿部君はもうほとんどジャンキーといってもいいほどの缶コーヒー・クレイジーだ。普段の生活では一日数本の缶のアイス・コーヒーを飲まなければ、気がすまない。ミルクたっぷりの甘いものだったり、時にはブラックのやや軽い味のものだったりするが、とにかく冷たいアイス・コーヒーがなければ、夜も日もあけない。ところがなんと困ったことにアメリカには、アイス・コーヒーが無いのである。いつだったかレストランの食事の後で、ボーイ氏にアイス・コーヒーを頼み、とても驚かれ、しかし「トライしてみるよ」と言って持ってきてくれたコーヒーは、単なるアメリカン・コーヒーに氷を投げ込んだだけのアイス・コーヒー。なんとも飲めた代物ではなかった。どこだかのハンバーガー・スタンドでアイス・コーヒーを頼んで、「そんなもの無いよ」と笑われたこともある。モーテルの備え付けのコーヒー・メーカーで濃く入れたコーヒーに氷を落とし、やっとまずまずのアイス・コーヒーを飲むことが出来るのがせめてもの幸せだった。とは言えコーヒー・メーカーが備え付けのモーテルは、モーテルの中でも相当に上のクラスだ。我々が泊るようなクラスのモーテルには、まず無い。彼はアメリカではアイス・コーヒーを飲みたくて飲みたくて、さんざん苦労している。 ハワイのダイエーで昼食を調達していた時だった。ハワイのダイエーには、ハウスのククレ・カレーやら永谷園のお茶漬けのもとやらなんやら、日本を思い出させてくれるなんともなさけなく、しかしうれしい食べ物が数多くある。コンドミニアム滞在の日本人グループ旅行者には、ちょっとした有名スポットでもある。「あの、ちょっと済みません」とつぶやいた阿部は、ビールの並んだ飲み物の棚の前に行き、何かを掴んだかと思うと脱兎の勢いでレジまで向かった。小銭を支払ったかと思うと、これまたものすごい勢いで、外に飛びだして行く。どうしたんだろうと後を追うと、駐車場の隅で彼はおもむろにポケットから煙草を取り出し、何やら缶の飲み物の栓を抜いていた。あわてて後を追った僕が「どうしたの?」と聞くと、「いやあ、アイス・コーヒーがあったんですよ」とうれしそうに言う。アイス・コーヒーと煙草。阿部にとってこの二つに勝る嗜好品は、まずないのだ。煙草をうまそうに深々と一服する。そして「これだけコーヒーの旨い国なんだから、ぜったいアース・コーヒーも旨いっすよ」と言いながら、彼はうれしそうに缶を口にした。するとほどなく、おやっという顔をして、缶をじっと眺める。「どうしたの?」と聞くと、「いやあ、まずい」となんとも悲しそうな顔をする。「なんだ、これ!飲んでみます?」とやや怒りのこもった声とともに、僕に缶を指し出す。渡されたアイス・コーヒーは、ものの見事に薄ーいアイス・アメリカン・コーヒーだった。残念ながら、これは飲めた代物ではない。温かいコーヒーの方がまだいい。缶を眺めると、そこには日本の有名な清涼飲料水メーカーの現地法人の名前が記されていた。
 一昨年の夏には、アメリカの西海岸のスーパーで瓶入りのアイス・コーヒーを見つけた。スターバックス製だった。すごくおいしい。こくのあるコーヒーに、柔らかいミルクの味が溶け込んでいる。随分と買って飲んだ。ただし少々お高い。確か1本が、2ドル近くした。ビールよりも高い。ビールの350CC缶は、1ドルでお釣りが来る。
 去年の夏には、スーパーでスターバックスより安い値段の缶入りアイス・コーヒーを見つけた。スターバックスの瓶となりに、並べてあった。喜びいさんで20缶近くをまとめ買いした。スーパーのレジの年配の女性が、「へぇ、アイス・コーヒーだって。これ、新製品?私も試してみようかしら」といいながら、缶を袋に詰めてくれた。
 これまた旨い。ほんとに旨い。びっくりするくらいだ。ものの見事なスターバックスのコピー商品なのだが、なにより安いのがいい。いったいどこの会社がこんな見事な「あと追い商品」を作ったんだ?と思って缶を眺めたら、そこにはハワイで見つけたあの缶コーヒーと同じ日本の清涼飲料水メーカーの現地法人の名前が、バッチリ記されていたのだった。

 


大江田信


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