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●亜米利加レコード買い付け旅日記 2 大江田信

 レコードの買い付けにアメリカ国内を動きまわるとき、なにより車は欠かせない。アメリカでは、車がなければ動きがとれない。昨年の秋の買い付けの時には、日本に帰って計算してみたら4200マイル走っていた。キロ数に直すと6700Kmほどで、東京から鹿児島までを三往復近く走ったことになる。相当に長い時間を車の中で過ごすことになる。ドライブ中にはどんな音楽がふさわしいか、これはけっこうな難問だ。
 カリフォルニアの海岸沿いを走る時、ふとチューニングを合わせたFMからビーチボーイズの音楽が流れ出そうものなら、もう格別の気分だ。輝く太陽ときらめく海、ボタン・ダウン・シャツの少年と、ギンガム・チェック・ワンピースの少女、どこまでも続くフリーウェイ。カリフォルニアを舞台にした青春映画の主人公のような気分になる。
デビュー当初のビーチボーイズの音楽には、60年代初頭にロスアンジェルス周辺で流行していた風俗が、巧みに描き込まれている。もちろん彼らを一躍有名にしたサーフィンとホット・ロッドがその代表的なものだが、サーフィンに比べホット・ロッドの方は語られる機会が少ない。ホット・ロッドとは、スピードを目的とした2台の車で1/4マイルの直線コースを競い合うカー・スポーツだ。サーフィンもホット・ロッドも、サウンド的にはほとんど同じで、歌詞のテーマが違いを分けている。ビーチボーイズのホット・ロッドもののヒット曲には「いかしたクーペ」「ファン・ファン・ファン」「ビー・トゥルー・トゥ・ユア・スクール」などがあり、彼らはまたの名を「キング・オブ・ホット・ロッド」とも呼ばれた。63年12月にはホット・ロッド作品だけ集めたアルバム「リトル・デュース・クーペ」を発表し、これはビルボード・チャートの4位まで上昇した。
数多くのアーチストがビーチボーイズへの愛を表明しているなかで、やや特異なナンバーをセレクトして、カバーしているのがニック・デカロである。ファースト・アルバム      「ハッピー・ハート」にブライアン・ウィルソンが書いた「キャロライン・ノー」を収録した。「ハッピー・ハート」は新進の編曲家としてニックがハリウッド映画やTVの音楽の仕事で一応の実績を上げ始めたころ、発足直後のA&Mレコードからリリースされた作品だ。イージー・リスニングとして当時のヒット曲をカバーした内容で、バラエティあふれる選曲の目配りと、それを一枚のアルバムにトータライズするアレンジ手法に、すでに非凡な彼の音楽キャラクターが見え隠れしている。端的に言えば「ロック」感覚のイージー・リスニング・ミュージックだった。選曲、アレンジ、ビート感など、「ロック」以前のイージー・リスニング作品とは明らかに違う質感が感じられる。
 ジャケットに記されたニックのメッセージには、ソロの作品を初めてリリースする喜びが、実に率直に表現されている。その初めての作品の1曲に「キャロライン・ノー」を選んだ彼のセンスに、僕はとても共感を覚える。

 

「キャロライン・ノー」
長い髪を切っちゃったんだね
昔の君はどこに消えたの?
あのときはあんなにキラキラ輝いていたのにさ
かなしいね、キャロライン

あんなに綺麗だったのにね
いつまでも変わらないって、君だって
言ってたのにね
でも、それは夢
かなしいね、キャロライン

ねえキャロライン、なんてせつないんだ
僕はほんとに泣きそうなんだよ
美しいものがしおれていくって
なんてつらいんだろうね、
キャロライン

君をじっと眺めていたら
昔の君が見えるだろうか?
昔の想いがよみがえるだろうか?
かなしいよね、キャロライン

(村上 春樹訳「波の絵、波の話」より)

 

 一般的に、ビーチボーイズは一貫して「夢のカリフォルニア」を表現したバンド思われている。70年代の一時期の低迷期以降は、そうした役割を楽しそうに引き受けているようにも見受けられる。彼らのそうしたイメージは、デビュー直後に立て続けにヒットしたサーフィン/ホット・ロッド・ナンバーによるところが大きい。ところがスターダム渦中の60年代半ばにおいてすでに、いつまでもサーフィン/ホット・ロッド・バンドを続けるのかどうか、バンド内ではすでに深刻な対立が生まれていた。
 ブライアン・ウィルソンはビートルズの「ラバー・ソウル」に打ちのめされ、アルバムをシングルの寄せ集めでないトータルな作品にする挑戦を始める。この当時からツアーに参加していなかったブライアンは、メンバーが日本を含むワールド・ツアー中に、スタジオにこもった。10ヵ月の期間をかけて、ロスのスタジオ・ミュージシャンとアルバム「ペット・サウンズ」の制作を進めた。ツアーから帰ったメンバーが聞いたサウンドは、それまでのビーチボーイズの音楽とはかけ離れたていた。誰よりもマイク・ラブが強硬に反対した。しかし最後にはブライアンの意見が通る。メンバーは、その後ボーカル・トラックのレコーディングに参加し、「ペット・サウンズ」は66年の5月に発表された。  「キャロライン・ノー」は、ブライアン名義によるシングルとして既に発表されており、後に「ペット・サウンズ」に収録された作品だ。不安をたたえたサウンドと悲しげな歌詞。まるで「夢のカリフォルニア」の日差しが、かげり行く様に立ち会うかのようで、なんとも胸の詰まる思いになる。どういう経緯を経てブライアンの単独名義でシングルが発表され、そしてその後にビーチボーイズとしてのアルバムに収録されるようになったのか、このあたりの正確な事情はまだよく判っていない。
 なお余談だが64年の暮れ、スターダムにのし上がった彼らが、レコーディングとツアーの日々を繰り返す中で、神経衰弱になったブライアンが倒れたことがある。ロスアンジェルスからテキサス東部の街、ヒューストンに向かう飛行機の機内だった。そしてその後ブライアンが医師にツアーを止められ代役が必要になったとき、これをこなしたのがグレン・キャンベルだった。
 そう言えばヒューストンといえば、僕らのレンタカーが黒人街のド真ん中の大きな交差点の直前で、立ち往生したことがあった。車のトラブルは、事故でもない限り、電話と時間さえあればなんとかなるのだが、この時ばかりはさすがに焦った。ショッピング・センターの駐車場から、大通りに出た瞬間に車が止まった、それが午後の2時ごろ。この日の夕方までに積み込んであるレコード一切を送って、明日は朝一番の飛行機で次の街まで発つ予定になっていた。5時には運送屋のオフィスが閉まる。仮にレコードを送ることが出来なかったとしよう、しかし手荷物としてとても持ち歩ける量ではない。5時までの3時間が勝負なのだ。
 いくら車のキーを廻しても、エンジンはウンともスンとも言わない。しょうがない。もしもの時には交通整理をするようハザードを着けた車に阿部を残し、電話を探しに行く。近くに公衆電話が無い。見当を着けた中華料理のファースト・フード店に飛び込み、奥の電話を勝手に借りた。
 レンタカー会社は一通りのことを確認したあと、まず現在地を言えという。マニアル通りの対応なのだろう。通りの名前を言うと、次に綴りを言えという。そんなの正確には覚えていない。一度電話を切る。通りの表示をチェック、そして阿部の様子を見に行く。「どうだ?」と聞くと、「ガソリンが無いんだろう?売ってやるよ!」という薄笑いを浮かべた若い白人の2人組が来たという。そんなバカな。車が止まっている交差点は、ガソリン・スタンドの真ん前だというのに。
 また店の電話に戻り、レンタカー会社につなぐ。通りの綴りを言う。「道路の悪い所を走ったか?」と聞かれる。いやな予感がした。確かに昨日、走ったのだ。阿部と「これがテキサスだ!」と叫びながら、アルマジロでも出てきそうな草原のド真ん中の悪路の砂利道を。アメリカのレンタカー保険は、舗装された道でしか適用されない。そう記されたパンフレットの文字が、脳裏をよぎる。こんなところで、いたずらな出費はしたくないのに。
 「はい、少し走りましたけど」と答える。「それならトランクをあけると、左側に25セント硬貨くらいのボタンがあるのでそれを押し、しばらく待って再度エンジンをかけ直してみてくれ」と言われる。「だったら通りの名前の確認なんかの先に、それを早く言え!」と思う。電話を切って車に戻る。中華料理店の客と店員の女性たちがいぶかしげに僕を見た。
 トランクをあけると、確かにボタンはあった。ただし右側だった。しばらく待ち、キーをひねるとエンジンがかかった。体の力が抜けた。ほっとする。ガソリン・タンクのある後部から、前部のエンジンまでのパイプが、おそらく車が揺れた拍子に自動的に閉ざされたのだ。25セント硬貨大のボタンは、そのパイプにガソリンを再び通すためのスイッチだったに違いない。
 そう言えばさっき大通りに出る際に、駐車場と通りの間のほんの小さな段差で、車の後部が大きく沈み込んだ気がする。なんだかマフラーを地面にすったような嫌な音がした。そうだ、エンジンが止まったのは、昨日の砂利道のせいなんかじゃない。違う、レコードのせいだ。何て言ったって、トランクの中にはアルバム600枚以上、オトナの男3人分、約200キロもの重さのレコードがびっしりと入っていたのだった。

大江田信


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