Hi-Fi な出来事 Hi-Fiな人々

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●亜米利加レコード買い付け旅日記 7  大江田信

  アメリカでのレコード買付にレンタ・カーは欠かせない。アメリカをある程度の日数を滞在しようと考えたとしたら、車はもっとも重要な要素になるはずだ。シカゴのようにオヘア国際空港からダウンタウンまで地下鉄が走っていれば、とりあえず街まで行ってから、別の手だてを考えることもできる。街中にトロリー・バス、路面電車、バスなどが走っていれば、それを利用することもできるし、例えばいっぱいレコードを買って持ちきれない場合は、ホテルまでの帰り道にタクシーを使ってもいいかもしれない。
 空港からダウンタウンまで地下鉄が用意されているというのは、よほどの大都市か、東海岸の古くからの街に限られている。残念ながらそれほど多くない。しかもそうした街ほど駐車場所不足が深刻で、歩道側のパーキング・スペースから出る車を待つ車がその内側のレーンでハザード・ランプを点滅させながら待っている、なんて光景も珍しくない。これは大阪で有名な二重駐車みたいなもので、さすがにアメリカではそれが原因の渋滞までは起きないものの、めざす場所の近くに車を止めるのは至難の業になる。そしてだいたいそういう所では、けっこうな料金をとるビル構造の駐車場が目の前にあったりするのだ。それでも日本の大都市の駐車場料金とそれほど変わらない料金で利用できるのだから、安いと思わなければいけないのかもしれないけれど、25セント・コイン1枚で1時間近くを過ごせる路上パーキングに一度なれてしまうと、つい億劫になる。
 大都市周辺の高速道路には2人以上の乗客を載せている車だけが走ることを許されるレーンが用意されていて、どんなにほかの車線が混んでいても、そのレーンはだけはすいている。(アメリカではこうした交通法規は、厳しく守られている。お盆やゴールデンウィークの混雑時に、緊急車両だけが走ることを許されてはずの路側帯を傍若無人に突っ走る車を見かける日本とは大違いだ)。要するにアメリカでは1台の車に一人乗っていることがほとんどだ。これが街が車で溢れかえる大きな理由のひとつだろう。サンフランシスコの金曜の夜7時に、ハイト・アシュベリー周辺に車を止めるノウハウを持っている人がいたら、ぜひその方法を教えてもらいたいと思う。

 時にはそんな駐車場所探しの困難があるとはいえ、アメリカでの移動の第一手段が車であることに変わり無い。ことに僕らのような買付をする人間にとっては、レンタ・カーがなにより重要だ。それも安心して乗れる車が必要になる。限られている時間のなかでレコードを探しているのだから、車のトラブルなどに割く時間は無い。エイビス、スリフティ、ダラーなどアメリカにはレンタカー会社がある中で、僕らが利用しているのは、ハーツなのだが、日本語による緊急時サービスを行っていることがその理由だ。レンタカー会社それぞれに電話を入れてみたところ、公式に日本語サービスを提供しているのはハーツだけだった。しかし車の整備が万全だというと、いろんなトラブルを経験した。なにしろこれだけレンタカーを利用していると、交差点の手前でエンジンが止まってしまった、エンジンをかけたままドアを閉めてしまったという件の事件のほかに、ちょっと思いついただけでも、クーラーが利かない、ワイパーが古くなっていてダメ、走行中にトランクが開いてしまった、フロント・パネルの警報ランプが消えない、満タンにしたはずなのにタンクが空っぽだとしてガソリン代を請求された等ということがあったのだった。駐車場の柱にドア・ミラーをぶけて壊してしまったということもあった。これは僕らが悪い。その後に高速道路を走っていてパトカーに路側に止めるよう指示され、壊れたドア・ミラーのせいかと思ったら、スピード違反だったというおまけまで付いた。これまではクレーム処理に格別に日本語を必要としなかったとはいえ、いざというときに日本語で相談できるのは安心だし、やっぱりうれしい。値段もそれなりだという意見もあるが、いたれりつくせりのバカでかいアメ車に1週間乗って、ガソリン代を除く税金やら保険やら何やらすべてを最大級に支払って、それで一日6000円程度。1600CCクラスの車だったら5000円強。実は車を借りるだけだったらこの半分くらいの値段ですむ。とてつもなく保険代が高いのだ。とは言うものの世界に冠たる訴訟国家のアメリカで、人身事故でも起こそうものなら数億の保証なんて当たり前なのだから、保険に加入しないわけには行かない。

 ぼくらはアメリカに暮らしているわけではないので、残念ながらアメリカに住む人たちが日常で享受しているサービスや特典のすべてを手に入れることは出来ない。新聞やレシートの裏に付いてくるクーポン券を利用してスーパーの買い物ごとに数ドルの値引きを手に入れるとか、市内通話は一定金額、それも月に数千円ほど払えばその他の経費は一切かからずパソコンさえあればインターネットは一日中継ぎ放しに出来るとか、たぶんそのほか山ほどお得な事柄があるのに違いない。なかでもいつかは利用したいと思っているのが、一日19ドル50セントというレンタル・トラックだ。運営している会社はU Haulという。荷物の運搬用の車のレンタルが主な業務だが、そのほか営業所では段ボール箱や壊れ物用の詰め物、ガム・テープまで売っている。そしてこれがなかなか優れものなのだ。遠くの大学で寮生活をしていた学生が使っていた家具の一切を詰め込んで実家に帰る時など、お手製の引っ越しなどに利用されることが多いらしい。なにしろ乗り捨て料金が一切かからないのである。レコード買付に利用している日本人の同業諸氏を見かけたことはまだ無いが、古着の買付をしている若い二人組がこのトラックを運転しているところと出会ったことがあった。たしかロスアンジェルス郊外の吉野屋の駐車場だった。残念ながらU Haulの代理店は日本にはないので、アメリカのオフィスに直接に予約を入れなければならない。そしてなにより面倒なことに、空港の中にはU Haulのオフィスは置かれていないので、最寄りの営業所までトラックを取りに行かなければならない。この辺を解決する妙案をひねり出して、いつかぜひトラックを運転して買付に廻ってみたいものだと思う。

 車を運転するときには、助手席のナビゲーターが必須の存在だ。運転手よりも、ナビゲーターの方大変かもしれない。地図を見るコツも重要だが、車の中から今走っている道りの名前を見つけだし、番地を探し出す方がずっと難しい。なれてくればこれほどに明快な住所表示のシステムもないのだが、日本人にとってはアメリカ式の通りの名前と番地による表現はなかなか馴染みにくいのだ。日本式はゾーン・システムで、おおよその目処を付けるときには好都合だが、同じ番地に何軒かの家がまとまっているから、いざ現場に行くと曖昧さが残る。アメリカ式だとその住所には一軒の家しかない。これには最初はずいぶん苦労したが、いまは手元の地図に便利なスーパーやら馴染みのレコード店やら安くてうまい中華料理店などが書き込んであって、独自のハイファイ式アメリカ地図が出来上がりつつある。そういえばとあるレコード店の主人と話をしていて、「たまには北カリフォルニアのナパ・ヴァレイにでもワインでも楽しみに行ったらどうかな」と言われ、「そういえば、ぼくらは空港とモーテルとスーパーとレコード屋しかしらない。朝から晩までレコード屋。そのままモーテルに帰って、レコードを聴きながらビールを飲むのさ」と答え、大笑いになったことがあった。彼は博識で知られる歳の頃60近い人物で、なかでもジャズに詳しく、SP時代の音楽に大変な愛情を持っている。ちょっとした彼との会話は、僕らの毎回の楽しみの一つでもある。その彼は笑いながらこう答えてくれた。「そうだね、それだけ知ってれば充分かもしれないね。朝から晩まで、レコード、レコード、レコード。それが一番楽しいんだもんね」。

 

 


大江田信


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