Hi-Fi な出来事 Hi-Fiな人々

| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |

●亜米利加レコード買い付け旅日記 9  大江田信

モーテルで過ごすとまるでその街に暮らしているような気分だ>


買い付けにはモーテルが一番

 ぼくらのようにレコード買い付けのために、アメリカを車でくまなく走り回るような者にとっては、モーテルが最も使い勝手の良い宿泊施設だ。ダウンタウン界隈のホテルに比べて値段が安い、駐車場料金もまず無料、簡単な朝食がついている、ホテルの無いような小さな街でもモーテルはある、といったところが利点。難点といえば、日本から予約出来るモーテルが限られる、エレベーターがない場合もあるので、重たいレコードをかかえて階段を上り降りしなければならないこともある(これはよくある)、フロントから部屋まで荷物を運ぶラゲッジ・カートの用意がないこともある(ごく希にある)、窓からの景観は期待できない(まず間違いなくそう)、といったことぐらいだろうか。ホテルに泊まったことが無くはないけれど、モーテルを利用するのとほとんど変わらない過ごし方だったし、モーテルだから不便、ホテルだから便利と思ったことはない。それはつまり僕らがホテルで過ごす快適さを楽しむほど裕福な状況ではない、というだけのことかもしれない。例えば豪華な朝食を部屋で楽しむとか、併設のレストランに出向くとか、荷物を全てポーターに運んでもらうとか、確かにそういう経験はないのだけれど。

 モーテルはご存じの通り、モーター・ホテルの略。移動の主たる手段が車であるアメリカならではの宿泊施設だろう。モーテルには、チェーン・モーテルと個人経営のモーテルとがある。個人経営のモーテルは、ほとんどがごく安いモーテルで、都会にはまずない。そうしたモーテルがあるということは、よほどの田舎ということにもなるかもしれない。夫婦二人で切り盛りをするモーテルで、心尽くしのサービスを受けられる。チェーン・モーテルはというと、これはピンからキリまであって、簡易なホテル形式になっているホリデイ・インのチェーン、そこから少し格は下がるけれどほぼ似たタイプのデイズ・インなどで、1泊が80ドルから100ドルくらいのモーテルがトップ・クラス。なんせホテルとなると150ドルくらいから始まり、上は際限がない。ウエスティン・ホテルなんて、正装したドア・ボーイとベル・キャプテンが待ちかまえていて、入り口に近づくのも気が引ける格調の高さ。ラマダ・ホテル・チェーンが、ちょっと高級なデイズ・インといった風で気安く利用できる。


モーテル6はアメリカのどこにでもある

 キリの方のチェーン・モーテルとして有名なのは、なんといってもモーテル6(モーテル・シックス)だ。買付けに出向いたことのある日本のレコード・ショップのスタッフだったら、まず誰もが知っているだろう。アメリカ全土に760以上もあり、とにかく車窓から看板がよく目に付く。中西部を除くとほぼくまなく点在していて、大都市となると複数のモーテル6が隣町に軒を並べるなんてこともある。利用料金の安さが最大の売り。1室2人がほぼ30ドルから50ドルくらいまでで、それも通りに大きく出ている看板に明示してある。シンプルなベットとシャワーという室内で、人数分X2枚のフェイス・タオルとハンド・タオルが用意されていて、バス・タオルは無い。こちらが1階に泊まっていて、2階に子供連れでも通されようものなら、一晩中、足音に悩まされることもある。廊下を歩いてみると、薄暗くてまるで病院のよう。ただしアメリカではまず照明は暗めが普通なので、モーテル6側にそれほどの意図があるわけではないが。部屋はちょっと狭く、殺風景。コーヒー・メーカーや冷蔵庫はまずない。と一応の悪口を言っては見たけれど、あながち最悪でもない。冷暖房に問題はなく、シーツもタオルも清潔だ。なんせ夕暮れ時にはからっぽのモーテル6の駐車場も、通りすがりに見ると夜も更ければびっしりと車が止まっているのが通例なのだ。これにはいつも驚く。

 どこに泊まっている?とレコード店のスタッフに聞かれ、モーテル6と答えた時に彼らが一様に顔に浮かべる不思議な笑みを思い返すと、アメリカの人達のあいだでも、もしかするとちょっと恥ずかしい宿泊先なのかもしれない。でも「ふーん」といった後に、「あそこは決してそんなに悪い所じゃないんだよね」とつけ加えることからすると、恥ずかしいけどひっそり自分たちも使ったことがある、あるいは評判は決して悪くないということなのだろうか。
 そういえばモーテル6に滞在中に、「お探しの条件に見合う部屋が見つかりました」と不動産屋から電話が入ったことがある。家賃は幾らで住所はどこで、と先方は話し始める。そんなこと頼んでないと返事をすると、しばらくして僕らの前に同室に滞在していた人への電話だったと軽快な声の女性が言う。部屋探しをしている人が、幾日か利用していたのだろう。


モーテルを予約しておいた方が時間の無駄がない

 僕らもモーテル6を利用したことが数回ある。しかし最近は違うチェーン・モーテルを必要に応じて利用している。というのも今ではモーテル6もインターネット・サイトから事前の予約が出来るようになったけれども、それもごく最近のことだからだ。事前の予約を必要とせず、空き室ありの看板をみて立ち寄った利用者に部屋を提供することが、やはり従来からのモーテル利用の基本なのだろう。しかしその街でなんらかの催しものがある、スポーツ・イベントがあるなどの場合には、突如として街中の宿泊施設が満室になってしまうこともある。夜の10時11時になって、泊まるところを探してうろうろするのは、これはつらい。もちろん時間と体力の無駄でもある。

 アメリカに買付に通うようになっていくにつれ、使いなれたモーテルが、ぼくらのお手製のリストに溜まり始めた。レコード屋に通いやすい場所にあり、運送会社や郵便局に近く、運送用の段ボールや梱包用のテープなどが気がついたときにすぐ手に入りやすく、なおかつスーパー・マーケットが近くにあるモーテルがベストなのだが、そうは候補がないのである。そうそう、大事なことを忘れていた、あとはリーズナブルな料金が大切だ。

 日本に営業所や代理店があるモーテルは、先にあげたホリデイ・イン、デイズ・インのほかに、60ドルから80ドルくらいのクラスのベスト・ウエスタンがある。クレジット・カードを手元にそれぞれの代理店に申し込んで、予約が完了すると日本語で書かれた予約確認書が手元に届く。ほかのモーテルには、日本の代理店はない。レッドルーフ・インやクオリティ・イン、コンフォート・イン、ダブルトリー・インなどのメジャーなチェーン・モーテルは、50ドルから70ドル前後のクラス。個々のチェーンモーテルのインターネット・サイトから予約することも出来るし、宿泊施設をまとめている代理店サイトから宿泊する街を探し出し、適当なモーテルを選び出して、予約をすることもできる。こちらは予約が完了すると、確認のためのe-mailが返送されてくる。

 モーテルがまとまっているのは、空港の近く、ダウンダウンとその周囲、周辺の衛星都市に向かう街道沿いだ。たとえ目指す街から30キロくらい離れていても、ハイウエイを使って30分もあれば街にたどり着くことが出来るから、そんなに気にすることもない。むしろ空港周辺の方が街並みとしては味気ないから、ちょっと離れたちいさな街のモーテルの方が、ずっと気分はいい。


スグレもののモーテルの朝食

 モーテルには簡単な朝食がついていることもある。あのモーテル6でも、コーヒーとドーナツが、無料で振る舞われている。宿泊料金に含まれているのだから、堂々と食べて全くかまわない。平均的なモーテルの朝食は、こんなメニューだ。オレンジ・ジュースとアップル・ジュース、まれにトマト・ジュース。パンはトースト・ブレッド、すごく甘いマフィン、そしてベーグルやドーナツ。これにジャムとマーマレード、クリーム・チーズが用意されていて、適当にトースターや電子レンジを用いて暖めて食べる。数種類のシリアルやオートミールが用意されていることもある。そして暖かいコーヒーか紅茶。コーヒーは、カフェイン入りかカフェイン抜き。紅茶には何種類かのティーバックが用意されている。そしてバナナとリンゴなどのフルーツがかごに盛られている。こうした食事がキッチンやロビーなどに用意されていて、あとはセルフ・サービスだ。もちろん部屋に持って帰って食べても、かまわない。

 コーヒー・マシーンには、熱いお湯が出る蛇口も用意されているので、ぼくらはお湯を利用してよくカップ・ヌードル(アメリカのスーパーには何種類か必ずある。1個60円くらい)や、日本から持参したお粥、インスタント味噌汁なども食べる。インスタント味噌汁のカップにお湯を注いで朝食用に準備していたら、近寄ってきたおばさんに、「へえあなた、スープを食べるの、私は朝からピザを食べるのが好きよと」と言われたことがある。アメリカの平均的な朝食ではスープは食べないのだろうか。そんなに驚かなくても良いのに。彼らにとってスープはピザと同じくらい朝食として違和感があると感じているなんて。ぼくらのお腹には、脂っこいピザとあっさりした味噌汁は相当に違うものと感じるのだが。


朝ご飯はママの味

 そういえば日本で言うところのファミリー・レストランに、一日中朝食を食べられることをうたっているチェーンがある。そこのレストランの朝食の定番メニューは、卵2つの炒り卵か目玉焼き、ベーコンかハムを2枚、そして付け合わせにじゃがいもの細切りを焼いたもの(ロスティ。スイス風のじゃがいも料理。)に、ホワイト・ブレッドかウィート・ブレッドのトーストを4枚。目玉焼きの時は、両面を焼くか、片面か、良く焼くか、半熟かを言う。これで1人前。パンの変わりにまたは薄目に焼いたパンケーキにバターとメイプル・シロップをたっぷりかけて食べることもある。その場合のパンケーキは4枚くらいが普通。どちらの場合も飲み物は何種類のジュース、またはミルクから選び、それにコーヒーか紅茶を付ける。こんなところが朝食のメニューだろう。これだけ食べるとお腹一杯になる。マクドナルドの朝食メニューの4倍くらいの量がある。
 いかにも学生とおぼしき青年が、マフィンを片手に紙パック入りのミルクを飲む、その横で通りかかったスチュワーデスが、微笑ましそうに眺めている、そんな光景を何度か見たことがある。たぶん彼女たちは起き抜けの息子に朝食を振る舞う母親の気分を味わっているのかもしれない。

 アジの干物、焼き海苔、ほうれん草のおしたし、卵焼き、漬け物、そして温かいご飯と味噌汁。日本人だとこんなところが、平均的な朝食だろう。もしかするとこうした朝食は、今やなかなか準備が大変な献立となってしまっているのかもしれないけれど。そういえば旅先の旅館で食べるいかにもお定まりの朝食が、とてもおいしく感じるのは、どうしてなのだろうか。朝食には、母親の香りがする。なつかしくて、心に響く食べ物だ。一日中、アメリカン・タイプの朝食を振る舞うのは、日本で言うところのお袋の味の店ということになるのだろうか。
 そうしてみるとモーテルの朝食は、なかなか優れたものだ。とりたてて豪華ではないけれど、さりげない気配りがある。モーテルに泊まっていると、まるでその街に暮らしているような気分になることがあるのも、そんなところに理由があるのかもしれない。


SPで聴いていたポルカ

 数日も滞在していると、買い集めたレコードが相当な量になることがある。先日もレコードの整理を始めたのだが、西日の入る部屋のあまりの暑さに、思いあまって廊下側のドアをあけたまま作業をしていたら、ベット・メイキングを仕事にしているメイドさんが、部屋に入ってきた。もう優に60歳を越えたおばあさんだ。「何やってるのあなた達。これ、レコード?いったい、全部でどれくらいあるの?」1500枚くらいあった。「あたしの父がレコードを好きでね」と話し始める。彼女の一家はポーランドからの移民だという。夜になると父はレコードを聴いた。日曜になると家族全員でレコードを聴いた。それもいつもポルカだったそうだ。
 父は自分の生まれた国を懐かしむように、ポルカを聴いていた。彼女はレコード・プレイヤーのネジを廻す動作をする。レコードはSPだったのだろう。「いつもこうやってね。レコードがいっぱいあったわよ、昔は」。彼女は、ポルカのメロディを鼻歌で口ずさみながら、部屋を出ていく。「あなた達の部屋、いったい何時に掃除すればいいの?」「あと30分くらいで出かけますから」。背中に向かって答える。故郷を喪失した人々の国アメリカ。そして故郷を思い出させるメロディ。レコードはアメリカに暮らした人々の心に、どのような想いを届けてきたのだろうか。

 

大江田 信


| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |

▲このページのTOP  
▲Quarterly Magazine Hi-Fi index Page


Home | Shop on Web | How to Order | Shop information | Quarterly Magazine | Topics | Links | Mail | 販売法に基づく表記 |