ちゅんちゅん ・ QノノMay 29, 2006 - November 03, 2009

written by ちゅんちゅん




昼休み。九太郎の携帯が鳴る。
「モシモシ……」
ノノからの着信だと判ると気分が弾んだ。ひと月振りに会う約束をしていた。
「ノノ?今日は大丈夫、時間通りに帰れるから―――」
ところが返って来たノノの声は少し沈んでいた。
「久し振りに会えると思ったのに… 御免なさい、急に予定が入っちゃって……」
九太郎のテンションも下がる。
「ウ…ン、そうか、それじゃ仕方ないな。また連絡するよ」
“また連絡する”……この一ヶ月、何回言っただろうか。
「最近、元気無いな。何か有った?」
床に有る幾つもの機材を跨ぎ、研究室の窓から観える地球を眺めながら九太郎は訪ねる。
「ウン…… 大丈夫、ちょっと忙しいの。本当に御免なさい。また連絡するから」
ノノは言うと通話を切った。
“仕事なら仕方無い…な 俺も忙しいし”
携帯を作業着の胸ポケットに仕舞ながら九太郎は呟く。
確かにこの数ヶ月で九太郎の生活は変わった。
タンデムミラーエンジンに次ぐ、とも言われている火星往還船のエンジンの開発チームに新人にして抜擢された。
直接戦力に成る事はまだ少ないが、今までのデスクワークばかりの毎日より遙にエキサイティングだ。
仕事が深夜に及んでも、疲労感は然程感じずに、苦痛では無かった。
順調だった。ノノとの事を除けば。
会えば自分がノノに話すのは仕事の事ばかり、ノノが何を思っているかとかそういうのは気にしていなかった。
ノノは自分の話をいつも相槌を交えながら聞いていた……だから何も気にならなかった。
徐々に不安になって来た。
“本当に忙しいのか?”

「ホシノ、この後、予定が無いなら一寸付き合え」
片付けを終え、研究室を出ようとする九太郎を上司が呼び止めた。
どうせいつもの会議とは名ばかりの… と思っていた九太郎に上司は言った。
「昨日からEDC(地球外開発共同体)のメンバーが視察に来ているんだ。古くからの友人でもあるんだけどね。
これから会うんだが… 一緒にどうだ。」
「これから… ですか?」
ノノの顔が脳裏に浮かんだ。帰りに直接会いに行くつもりでいた。
顔を見られたらそれでいい、と思っていた。
「……女と約束か?」
上司はニヤリと笑い、九太郎の頭を小突いた。
「イエ、そんなんじゃないです。……俺が行ってもいいんですか?」
ノノが気になるが、EDCと聞いた途端に気持ちが揺らいでいた。
「勿論だ。それに是非お前には逢わせたい奴でもあるんだ。いい話が聞けると思うぞ、早く着替えて来い」
「ハ、ハイ!」
“ノノには今夜連絡すればいいか……”
九太郎は更衣室へ急いだ。

穏やかな顔をした初老の男だった。
「君のお父さん… ゴローとは機関士時代からの付き合いだ ―― そうか、君がゴローの息子さんなのか。
ウン、若い頃のゴローによく似ている 」
男は九太郎の顔を見つめながら言った。父親や兄の話になると不機嫌になる事が多い九太郎も今日は違った。
グラスを持つ手が微かに震えた。
上司の誘いの食事とはいえ、目の前にEDC(地球外開発共同体)の関係者が居る。
自分は黙って彼等の話を聞き、時折聞かれた事に返事をする程度であったが、緊張していた。
仕事の後で空腹の筈なのだが喉を通らない。喉ばかり渇き、気が付くとウィスキーの入ったグラスは空になっていた。
「オット… グラスが空になったね。同じモノでいいね?持って来させよう」
男はウエイターを呼ぼうとした。
「ィ、イエッ、あの、俺、酒はそんなに……」
九太郎は傍にあった水割り用のミネラルウオーターをグラスに注いだ。
「いいから気にするな。今日は奴の奢りだ」
上司が耳元で言う。
「ハ、はぁ……」
「……と、チョット失礼 ―――」
男は席を外し、上着の内ポケットから携帯を出し、店の外へ出て行った。
「アイツ、明日には地球(おか)に戻ってまた会議らしい。仕事が充実しているのは結構だが、ああなっちゃうとなぁ…… ホシノ、チョットは何か食えよ。緊張してるのは分かるけどよ」
ピスタチオの殻を割りながら上司は溜め息を吐いた。
「……“ああなっちゃう”って?……こんなに食えませんよ」
片手に盛られたピスタチオを少し皿に戻しながら九太郎は聞き返した。
「……仕事に夢中になり過ぎっていうのも良くないよな。アイツな、奥さんに逃げられちゃってな。」
「………」
上司は殻を剥いては口へ運ぶ、の動作を繰り返しながら話を続けた。
九太郎もつられて同じ動作になる。
「此処だけの話だぞ。……久し振りに家に帰ったら、居なくなってたらしい。寂しかったんだろうなぁ……」
「居なくなったって… 何処言っちゃったんですか?」
「……ガキだなお前、決まってんだろ、他の男の所だよ」
「ぉ…… ゲホゲホッッ!!!!」
思わず咳き込み、涙目になった目を擦る。
「ホシノ、お前もさ、女の1人や2人居るだろ?今のお前見てるとさ、アイツみたいになるんじゃないかって思うわけよ。上司としてはそうは成って欲しくない訳よ」
少し酔いのまわってきた上司は九太郎の肩を抱き、言った。
「俺はそんな… 居ませんよ、2人もなんて」
「ハハハ!お前正直だな!!…まぁいいや。そういう所も含めてお前の事は期待してるんだ。アイツもお前の話を聞いて会いたいって言うから今夜、一席設けたんだ。」
「……そうだったんですか?」
「いい話、色々聞けただろ?明日からまたやる気が出ただろ??」
「ハ、ハイ」
「でもなー、今のお前見てるとな… もうチョット肩の力抜けよ」
「はぁ……」
「仕事も大事だが、女も大事にしろな?仕事だけの人生は寂しいぞー」
「……だいぶ酔ってますね…… 大丈夫ですか?」
「アー 平気平気!」
上司はソファーに寄掛かり、笑った。

上司の言葉にノノの事を思い出した。
声を聞きたい、連絡を入れようと席を外した。
「…?」
立ち上がった際に後方のテーブル席が視線に入った。ノノが居た。
“ノノ?何時から居たんだろ… ”
歩み寄ろうとしたが、同席者を見た瞬間に足が止まった。白髪交じりの細身の男だった。
他の客の声で何を話しているのかは分からない。楽しそうに会話が弾んでいる様子だった。
……ノノの父親だろうか?いや、それにしては歳がかなりいっていそうだ……。
職場の人だろうか?ナースと医者の組合せって珍しくないって聞くし。
――― それって何だよ?
――― ノノの何なんだ?
俺がいつも約束を守らないから?まさか。ノノはそんな人じゃない ―――
さっきの上司との会話のせいで不安な気持ちが離れない。
ノノにだって自分以外の人との付き合いはある筈だ、と自分に言い聞かせる。
無理矢理納得させていた。
自分との約束を断ってまで会う男は一体誰なんだろうか。
席に戻るも、上司と男の会話は全く耳には入っていなかった。

見送りの為、宇宙港へ向う。
「4日後には地球(おか)でまた仕事だよ。好きでやっているからいいんだけどね」
九太郎からスーツケースを受け取り、男は言った。
「仕事ばかりのお蔭で女房に逃げられてしまったよ… ハハハ… 仕事も程々にしないといけないね」
「ハ、ハァ……」
九太郎は返事に困る。
“この人も親父みたいな生き方をしてきたんだ… それなのに母さんはずっと親父が還って来るのを待っている。よく分かんないけどコレッて愛さんの言う“愛”ってやつ?”
「ホシノ君、君は私みたいには成るなよ、君の活躍には期待しているけど。火星往還船も夢じゃない
……ゴローが羨ましい。大切な人は離しちゃいけない。……オット、私も酔ってるね……」
「……今日は有難う御座いました。お気を付けて」
「ああ、有難う。また会おう、オヤスミ」
男は陽気に手を振り、宇宙港ホテルのロビーへと消えていった。
ベンチで居眠りをしている上司を起こし、エレベーターを待つ。
扉が開き、大勢の客が降りて来る。その中にノノが居た。
“……ノノ?”
“星野さん……??”
人の流れに押され、ノノは立ち止まる事が出来ない。隣にはさっきの男が一緒だった。
「ホーシノォ!! ドア閉まるぞォ!!!」
上司がエレベーターの中から九太郎を呼ぶ。
「ハ… はい」
ノノの姿に後ろ髪を引かれながらもエレベーターに乗り込んだ。
九太郎を見るノノ。
男に呼ばれたのか、ノノは男の方へ歩いて行った。
“オ…オイ、そっちは ―― ”
ドアが静かに閉まった。

―― ガコン!
寮の入り口の自販機でビールを買い、部屋に帰る。
着替えもそこそこに、床に座るとパソコンの電源を入れ、ビールを一口飲む。
地球(おか)の友人やハルコからメールが届いていた。
ノノからのメールは無かった。溜め息を吐く。
“何なんだ、あの男”
“あの後… どうしたんだろう”
勝手な想像だけが膨らんでいく。
自分には経験が無い、でも想像ならした事は何度でもある。
ノノとの関係を今よりも深いものにしたいと思っているが、誘えない自分にイライラしていた。
ハンガーに架った上着から携帯の呼び出し音。
急いででると、ノノだった。
「……モシモシ、……遅くにゴメンネ」
「イヤ大丈夫……帰ったばかりだから」
「さっき、あんなトコで会ったからビックリしちゃった。あのね……」
ノノの会話を遮るように九太郎は話し出した。
「……今、何処に居るんだよ?」
「え?私の部屋だけど??」
「今日さ、ノノが居た店に俺も居たんだ」
「え、そうなの?なんで?」
「上司と飯食ってた」
「そうなんだー。私、気が付かなかった。声掛けてくれたらよかったのに」
「……誰」
「え?」
「一緒に居たの、誰」
「……先生の事……?」
やっぱり、と九太郎は大きく溜め息を吐いた。
「……ノノ、俺に何か不満が有るなら言ってくれよ」
「え?」
「俺、出来るだけノノと会えるように努力してるしさ、隠し事とかしてないし」
「え?」
支離滅裂… 九太郎は自分が何を言っているのか分からなくなった。
「だからさ、本当の事、言ってくれよ」
「?どうしたの?星野さん、何かあったの?」
「……あの後……、どうしたんだよ」
「あの後?」
「俺と擦れ違った後だよ」
「……」
「ノノ?」
「何が言いたいの?」
ノノの口調はいつもと違っていた。
「何がって…… 」
「私の事、そんな風に見てたの?」
「俺との約束断ってまで会う奴って一体誰だって… 普通、気になるだろ?」
思わずキツイ口調になる。
「……私、そんな女じゃない……」
涙声になる。

参照:スレ1 >>908,928,931,936





暫くの沈黙の後、ノノが話し始めた。
「星野さん……」
「ナ、何」
九太郎の携帯を持つ手に力が入る。
「……あの人はね、」
「……もういいよ………」
真実を知るのが怖かった。
「ちゃんと聞いて… あのね……」
「だから、もういいって……」
「ねえ、ちゃんと聞いて」
九太郎は手探りで缶ビールに手を伸ばし、缶を倒した。
溢れたビールはズボンを濡らし、ノートパソコンまで静かに流れる。
“……ヤベッ”
タオルを手に携帯を左手に持ち代えようとした拍子に誤って通話を切ってしまった。
「?! ……星野さん……?」
ツー と虚しい音だけが受話器から聞こえるだけだった。
ノノは受話器を握りしめたまま、溢れる涙を拭う。
九太郎はズボンにタオルを押し付けながらため息を吐いた。話を終えたとはいえ、先延ばしになっただけ…真実を聞く勇気が出なかった、誤ってではあるが、通話が切れた事にホッとしている自分に苛立ちを感じた。
濡れたズボンを脱ぎ、乱暴に洗濯機に放り込む。
「!?」
人の気配を感じて慌てて振り向くと、隣室のジェントが玄関に立っていた。
「無用心だなー、鍵開いてたぜ。…何だよその格好」
「……ビール溢した」
「……何かあったのか?」
「イヤ…別に。どうして」
「そういう顔してるぜ」
「何でも無えよ。…何か用か?」
「今日配られた耐久テストの資料、忘れてたぜ」
「あ… サンキュー」
資料を受け取るとパラパラと捲り、その表情は真剣なものへと変わっていった。
その様子を見ていたジェントはクスクスと笑った。
「……なんだよ……」

「ホシノ、お前ってさ、典型的日本人だよなー」
「俺が?なんで?」
クローゼットからジーンズを出し、穿きながらジェントを見た。
「鏡見てみろよ」
「どうせ仕事バカだよ、俺は」
ジェントは九太郎の同期で日本人の母親を持つ米国人のハーフだ。人付き合いが苦手な九太郎だが、ジェントとは不思議と気が合い、お互いにプライベートな話をする事もある間柄だ。仕事でもコンビを組んでいる。
九太郎は冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターを取り出した。
「…そういえば、白衣の天使ちゃんは元気か?」
「…エ?」
「惚けるなよ、俺は知ってるんだぜ?月面都市(此処)は狭いからな」
ジェントは九太郎の胸を軽く小突いた。その勢いでミネラルウォーターを吹き出しそうになる。

参照:スレ3 >>21





九太郎は吹き出しそうになるのを堪え、慌ててミネラルウォーターを飲み込む。
「仕事帰りに会ってるのを何度も見掛けてるぞ」
ジェントは冷蔵庫を開ける。
「何だよ、知ってるなら声掛けてくれりゃいいのに」
タオルを手にリビングに戻り、再度床を拭いた。
「邪魔しちゃ悪いと思ってさ」
ジェントはコーラを取り出すとキャップを外し飲み始める。
「珍しいな、俺に気を使う事あるわけ?」
タオルを洗濯機に放り込み、ノートパソコンの電源を入れた。
「お前、珍しく合コンに参加した事あったよな。その時の子だろ?」
一瞬、キーを叩く九太郎の指の動きが止まる。
「う…ん まぁ…」
九太郎はディスプレイを見詰めたまま答えた。
「“清く正しい”って感じだよな、お前達」
「え?」
「手ェ繋ぐのもスッゲェ勇気出してる、って感じでさ」
九太郎は無言のままパソコンに向かう。
時折、脇に置いた携帯に視線を向けるが、再度ノノからの着信は無い。
「…で?最近は何処で会ってんだよ」
ジェントはコーラのボトルを床に置き、九太郎の隣に座った。
「? 何処って…… 仕事帰りに待ち合わせて……飯食って… 時間ある時は違う店行って飲んで……」
九太郎はディスプレイから視線を外さずに答える。
ジェントは九太郎を見ていた。
「……そんな感じかなぁ…… そんな事聞いてどうすんだよ?」
「……それだけか?」
「え?」
九太郎の右手からマウスを取り上げると、ジェントは九太郎の肩を抱いた。
「 ?! ナ、何だよ」
「まだなのか?」
ヒソヒソと耳元で言う。
「…あぁ、あと今日のデータを入れたら終わるよ」
九太郎はジェントの手からマウスを取り返そうとする。
「そうじゃねえよ、彼女… エート、名前何だっけ」
「……ノノ、だよ」
「ノノとお前…まだなのか」
「何がだよ?」
九太郎はマウスを取り返し、ジェントから離れようとした。
「アレに決まってるだろ」
「アレって何… さっきから何訳分かんねエ事言ってんだよ?用が済んだら部屋に帰れよ。」
不機嫌な表情に戻って行く。
「SEXに決まってんだろ 訳分かんねェのはどっちだよ?」
「セッ……」
九太郎は慌てて自分の口を塞ぐ。
「……マジで清く正しいってヤツか?」
「……悪いかよ……」
九太郎はジェントを睨み付ける。
「別に悪かねぇよ」
その時だった。ドアをノックする音が聞こえて来た。
“何だ?こんな時間に”
モニターのスイッチを押す。すると女性が一人、立っていた。
ショートの金髪に青い瞳、短いタイトスカート…ノノとは違った雰囲気を感じる女だった。
「ねぇ、ジェント来てる?」
「え?」
九太郎は部屋の奥に居るジェントを呼ぶ。
「ジェント、お前にお客さん…」
「 ! ヤベェ… 忘れてた 俺帰るわ」
ジェントは慌てて部屋を出て行った。
守っている者は殆んど居ないが一応、寮は女子禁制だ。
数日置きにジェントの部屋に女が出入りしている事は知っていた。
姿を見たのは今日が初めてだったが、声や物音で何となく分かっていた。

参照:スレ3 >>31-32


部屋のドアが閉まると、九太郎は再びPCの前に戻った。
ふと部屋を見回す。
いつもは散らかり放題の部屋。ノノを部屋に誘う事を意識する様になってからは小まめに掃除をする様にしていた。何となく自分らしくない、こざっぱりとした部屋。違和感が無くなって来た所に今夜のアクシデント。
今夜、何事も無くノノに会っていたらノノを部屋へ誘うつもりだった。
もしかしたら進展があるかもしれない…と秘かに期待して。
明日は休日…自分の中で想像していた計画は全て狂ってしまった。
ハァッ… っと深い溜め息を吐く。
ミネラルウォーターを一口飲み、目を閉じ軽く頭を左右に振った。
軽い頭重感……今夜は飲み過ぎだ失敗した、と悔やむ。
壁一枚隣では同僚が楽しい時間を過しているというのに自分は……。
再び、ハァッ… と溜め息を吐く。
ジェントの持ってきた資料に一通り目を通し、ファイルに挟もうとファイルを取り出す。
“? 一部多いじゃん”
資料を手にジェントの部屋のドアをノックした。
少ししてドアが開く。
「お前の分も俺ン所に来てた……アレ?」
目の前にはバスローブ姿のさっきの女が立っていた。白い胸の谷間に一瞬、目の遣り場に困る。
「…あら、一番人気の日本人」
女は青い瞳の眼を見開き、九太郎を見るなり言った。「……は?」
人の顔を見るなり失礼な奴だ、と九太郎はムッとする。
「アー 失礼。ホシノさん、でしょ?私、スーザン、 よろしく」
ニコリと笑い、手を差し出した。
「あ…よろしく……」
九太郎も手を差し出し、握手を交わした。日本では初対面の人間と握手を交わしたり抱き合うといった習慣がない為、未だこういった挨拶に九太郎は馴染めないでいた。
「ジェントなら、今シャワーだけど?」
「! コ、コレ…渡して…… それじゃ」
書類の束を押し付ける様にスーザンに渡し、慌ててドアを閉めようとする。
“馬鹿か俺は…!こんな時間に”
「そんなに慌てなくたっていいじゃない 入ったら?」
「アッ、イヤ、もう遅いし…」
九太郎はドアを圧しながら応えた。
「……アァー もしかして、変な事想像してる?」
「エ……」
一瞬、ドアを圧す九太郎の力が弛み、スーザンがその隙にドアを開けた。勢いで九太郎の額に当たる。額を抑えながら前屈みになった。
「ゴメン!大丈夫?」
スーザンが慌てて駆け寄り、九太郎の額に触れようとした。
「…ッテェ…… ダ大丈夫……」

参照:スレ4 >>120


“………ン?”
顔を上げると目の前にバスローブから覗くスーザンの白く豊満な胸が迫って来た。
「ウワッ!」
尻餅をつき、そのまま後ろへ倒れてしまった。
「!? ねぇ、ちょっと…大丈夫?」
起き上がろうとする九太郎にスーザンが手を差し伸べる。
「あ…あぁ、大丈夫…」
スーザンの胸元が視界に入らない様に視線を反らしながら立ち上がった。
「……ホシノ?どうした?」
ジェントがタオルで濡れた髪を拭きながら奥から姿を現す。スーザンが資料を手
渡し、一瞬ジェントを睨むと部屋の奥へ入って行った。
「お、サンキュー …ってか、気付かなかった」
資料を手に、ジェントは陽気に笑った。
「あのさ…一応重要書類のサイン入ってるだろ?頼むぜオイ …悪かったな、邪魔して」
九太郎はドアを閉めようとドアノブに触れた。
恐らくジェントは彼女と楽しい時間を過ごしている最中だったに違いない、と急
いでその場を離れようとした。
「…ちょっと入れよ」
閉じかけたドアをジェントが抑えた。
「何だよ…彼女来てるんだろ?いいって。資料持って来ただけなんだし」
「…頼む…ちょっとでいいからさ、まずいんだよ」
「? 何が?」
「いいからいいから」
ジェントは九太郎の背中を押し、強引に部屋へ入れた。
「…お邪魔します…」
九太郎は洗面所に居るスーザンに声を掛けた。スーザンは髪を乾かしていた。
「…何だよ、何がヤバいんだよ?」
ヒソヒソと九太郎はジェントに聞く。ジェントは冷蔵庫からハーフボトルのワイ
ンを取り出すとグラスと一緒にテーブルに置いた。
「…俺が此処に居る方がヤバくね?」
「まぁまぁ…飲め」
グラスにワインを注ぐと九太郎の前に置いた。
「酒はいいよ 何だよ、どうしたんだよ?」
今度は冷蔵庫からオレンジジュースを取り出した。
「まあまあ…座れって」
ジェントは九太郎をソファーに半ば強引に座らせた。
「みてよ、コレ」
スーザンはハンガーに架かった服を九太郎に突き付けた。前身頃全体に淡くワイ
ンレッド様のシミが拡がっていた。
「買ったばかりの服なのにさ。ゆっくりワイン位飲ませてよ」
スーザンはジェントを押し退け九太郎の隣に座ると、グラスに注がれたワインを
一気に飲み干す。その様子を九太郎は無言のまま眺めていた。
「……フーッ……」
スーザンはグラスをテーブルに置くと、九太郎の方へ身体を向け九太郎を見つめた。
「? ナ、何か?」
九太郎は思わず身を引いた。
「……フゥ〜ン…… ノノ、結構イイ趣味してるかも」
スーザンはブルーチーズを一欠片口に放り込み、ワインボトルを九太郎に持たせた。
「…え ノノ?…ノノを知って……」
九太郎は喋りながらスーザンのグラスにワインを注ぐ。
「あぁ…私、ノノの先輩。今、一緒の病棟勤務 …ホラ、ホシノさんも飲んで飲んで」
スーザンはワインが注がれたグラスを九太郎に渡した。グラスの反対側の縁に淡
く口紅が着いていた。促されるままに九太郎はワインを口にする。
「あの時、私も居たの。覚えていないでしょ」
「……エ あの時?」
「ホラ、皆で飲んだじゃない」
スーザンは再度九太郎のグラスにワインを注いだ。

参照:スレ4 >>601