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上代文学――『万葉集』『古事記』『日本書紀』(Verson:2.02)

 

【テキスト】

 『万葉集』や『古事記』が書かれたころ、日本にはまだ平仮名も

片仮名もなかった。

 上代の諸作品は、外来の文字で自分たちのことばを書き表そうと

した人々の、血のにじむような努力の結晶なのである。苦闘の痕跡

は個々の表現にも刻まれている。テキストを求める際には、ぜひ本

文(漢字の原文)がついたものを選ぼう。

  もっとも、たとえば、

   茜草指武良前野逝標野行野守者不見哉君之袖布流

という文字列を見て、「あかねさす紫野行き標野(しめの)行き野守は

見ずや君が袖振る」とすらすら読める人はめったにいないだろう。

この額田王の歌は、高校の教科書や各種の入門書・秀歌選では、たい

てい仮名混じりに書き下されている。作品に親しむためなら、それで

不都合はない。だいいち、黒々とした漢字の群れを前にいちいち首を

ひねっていたのでは埒があかない。

  しかし、原文は、あらゆる解釈が常に立ち返るべき原点である。

「あかねさす紫野行き標野行き……」はあくまでも訓読文であって、

原文ではない。訓読文にはすでに一定の解釈が含まれているし、その

解釈はことによると不適切かもしれないのである。

  以下に、『万葉集』『古事記』『日本書紀』のテキストを示す。

 ○新編日本古典文学全集『万葉集』全4冊(小島憲之ほか)

   1994〜1998 小学館

    [『万葉集』の最近のテキスト中、もっとも信頼性が高いもの。

    訓読文・原文のほか、頭注・現代語訳つきで、各冊の解説も有益。]

 ○新日本古典文学大系『万葉集』全4冊(佐竹昭広ほか)

   1999〜2003 岩波書店

  [最新の全注で、上記の本と比較しながら読むとおもしろい。]

 ○新編日本古典文学全集『古事記』(山口佳紀ほか)1997  小学館

  [『古事記』研究の最新の成果を凝縮。「日本神話」といった漠然

   たる把握をしりぞけ、一冊の書物として読み抜こうとする。]

 ○日本古典集成『古事記』(西宮一民)1979  新潮社

  [『古事記』のテキストとしてもっとも普及しているもの。原文が

   付いていないが、巻末付録「神名の釈義」は有益。]

 ○新編日本古典文学全集『日本書紀』全3冊(小島憲之ほか)

   1994 小学館

  [『日本書紀』の最新テキスト。訓読の方針に新機軸を打ち出す。]

 ○岩波文庫『日本書紀』全5冊(坂本太郎ほか) 1995  岩波書店

  [旧版・日本古典文学大系所収のものを、文庫版に組み直したもの。

   やや古いが廉価。]

 

【入門書】

 『古事記』を通読するには休日が3日もあれば事足りるが、『万葉集』

は一続きの筋立てのない歌集なので、4500首以上の歌々――しかも

秀歌ばかりではないと来ている――を記載順に読み進めるのはかなり

骨が折れる。そこで求められるのが適切な入門書である。世の中には、

自称文化人の書きなぐった「私の万葉集」だの、タレント本まがいの「フェ

ミニズム古事記論」だのも横行しているが、まずは下記の諸書を手に取

るようお勧めする。

 ○土橋寛『万葉開眼』上・下 1978 NHKブックス

  [『古事記』『日本書紀』『風土記』の歌謡の研究を主導してきた著

   者が、歌謡の構造と機能に関する知見に立脚して、『万葉集』の

   創作歌を読み解いたもの。主要歌人ごとに作品を解説する体裁

になっている。]

 ○西郷信綱『万葉私記』1970 未来社

  [表現の細部を見逃さず、そこから作品や時代の全体をつかんで

ゆく手際が見事。]

 ○斎藤茂吉『万葉秀歌』改版 1968 岩波新書

  [近代日本の出版事業を代表する一大ロング・セラー。]

 ○西郷信綱『古事記の世界』1967 岩波新書

    [古事記神話の分析に構造主義を応用した早期の成果。]

 ○神野志隆光『古事記と日本書紀』1999  講談社現代新書

    [前記の新編日本古典文学全集『古事記』と同じ立場から『古事記』

     と『日本書紀』のそれぞれの特質を解説。]

 

【注釈書】

  上代文学の世界について大まかな見取図が得られたら、今度は自力

で歩き回ってみよう。作品を熟読するのだ。入門書には触れられていな

いような小さな路地裏にも、意外に素敵な出会いが待ち受けている。

  ただ、袋小路に迷い込まないためには詳しい地図が必要だろう。下

記の諸書が役に立つはずであるが、旅の愉しみはむしろ、地図に載っ

ていない道を見つけることにある。

 ○ 沢瀉久孝『万葉集注釈』全22冊 1977 中央公論社

  [『万葉集』の注釈書は無数にあるが、まずひもとくべきもの。それ

までの諸注が集大成されていて、注釈の態度も詳細かつ堅実。]

 ○ 諸家『万葉集全注』全20冊(刊行中)1983〜 有斐閣

  [戦後の研究蓄積を踏まえた注釈だが、巻によって出来映えに差

   がある。]

 ○和歌文学大系『万葉集』全4冊(稲岡耕二)1997〜  明治書院

  [万葉歌の世界をダイナミックに捉える視点に特色があり、創見に

   富む。訓読文・原文に脚注と補注を付す。ただし刊行途中。]

 ○伊藤博『万葉集釈注』全11冊 1998 集英社

  [個人の手になる最新の注釈。]

 ○西郷信綱『古事記注釈』全4冊 1989 平凡社

  [本居宣長『古事記伝』以来の膨大な研究蓄積があるが、なかでも

   有益な書。作品と読者のスリリングな関係に気づかせてくれる。]

 ○神野志隆光・山口佳紀『古事記注解』全11冊(刊行中)

   1993〜 笠間書院

  [前記の新編日本古典文学全集『古事記』と同じゴールデン・コン

   ビによる、詳細極まる注釈。]

 

【研究の指針】

  演習の発表を準備したり、論文をまとめたりするための指針となる文献

を紹介しよう。

 ○学燈社『別冊国文学』シリーズ

  [『万葉集事典』1993、『万葉集必携』1979、『万葉集必携U』1981、

   『日本神話必携』1982、『古事記日本書紀必携』1995、

   『万葉集を読むための基礎百科』2003]

 ○品田悦一ほか共編『〈うた〉をよむ――三十一字の詩学』

   1997 三省堂

  [古典和歌から現代短歌までの総合的手引書。歌と楽しく付き合うため

   の糸口の見つけ方と、迫り方を示す。主要研究文献の解説つき。]

 ○坂本信幸・毛利正守編『万葉事始』1995 和泉書院

  [『万葉集』を調べるための基礎知識をまとめたハンドブックで、

    利用価値大。]

 ○『セミナー万葉の歌人と作品』全11冊 1999〜2005 和泉書院

  [昭和50年代以降の万葉研究史を集大成する企画。]

 ○学燈社「国文学」の上代文学特集

  [上代全般……32巻2号、33巻1号、44巻11号、48巻14号など。

   万葉関係……28巻7号、30巻13号、35巻5号、49巻8号など。

   神話・記紀関係……29巻11号、33巻8号、36巻8号、39巻6号など。]

 ○至文堂「国文字 解釈と鑑賞」の上代文学特集

  [51巻1号、62巻8号など。]

 

【ウェブ・サイト】

 ○「上代文学会

  [機関誌『上代文学』の全目次(創刊号〜最新号)が見られるほか、

   大会・例会などの催しの案内もあり、関連学会・機関ともリンク

   している。]

 ○「万葉集の宅頁

  [大阪女子大の村田右富実氏の個人経営サイト。万葉集本文・万葉

   年表・人麻呂関係研究文献目録などが利用できる。]