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日本語学は「日本語について深く考える、あるいは研究する学問の分
野」である。そこでは、日本語についての個人的な考えや思いつきの感
想を述べるのではなく、さまざまな現象を「与えられた証拠にもとづき、
論理にしたがって考え、合理的に説明する」ことをめざす。日本語学を
学び、日本語について研究するのに役立ちそうな道具となる著作を紹介
する(江戸時代以前の日本語については「日本語史」の項を参照)。
言語とは何かを知るために次の2冊を推奨する。
○エドワード・サピア『言語−ことばの研究序説』1998 岩波文庫
[言語のあらゆる分野を、文化・文学にまでおよんで説く。「対照言
語学」を受講する場合は必読]
【日本語全般】
日本語という言語にかかわることがらを総合的にあつかったものと
して次の2つがある。
○『日本語百科大事典』1988 大修館書店
[日本語・日本語学のほとんどすべての分野にわたって平易に
解説していて、個々のトピックについて調べるのに便利]
○「日本語」『言語学大辞典 第2巻』1989 三省堂
講座ものの1部にはその時々の「流行の先端」を追いかけるため、現
在では内容が古くなっているものがある。ただし新しければ良いという わ
けでもないので、いくつかを合わせ読むことも必要になる。図書館で 以下
のものに目を通すことを勧める。
○『講座 日本語と日本語教育』16冊 1989 明治書院
[トピックが比較的細かく設定されていて、それぞれの分野について
○『ことばシリーズ』41冊、『新ことばシリーズ』1994〜 文化庁
[日本語のさまざまな分野についての一般向けの解説。個々のトピッ
○『岩波講座 言語の科学』11冊 1997 岩波書店
[主として西洋言語学の立場から日本語を眺めるもので「先端」を知
○『朝倉日本語講座』10冊 2002-2005朝倉書店
【音声・音韻】
どんなことば(外国語・方言)の音声でも、訓練しだいで発音が可能で
ある。といってもその習得は容易ではない。人間に発音が可能で、世界
の諸言語に使われる音がどのようなものかを調べる分野を「音声学」と
いう。発音するためには舌・口・歯などの器官をどのように動かし、のど
をどのように使うかなどを知る必要がある。音声のそうした面を研究する
分野を「調音音声学」という。次は調音音声学の分かりやすい解説書で
ある。
○斉藤純男『日本語音声学入門』1997 三省堂
○猪塚元・猪塚恵美子『日本語音声学のしくみ』2003 研究社
音声学では、音声を表記するのに独特の記号を用いる。そうした記号
をまとめて解説したのが次である。
○ジェフリー・K・プラム他『世界音声記号辞典』2003 三省堂
音声記号にある個々の音の発音や聞き取りができても、特定の言語
あるいは方言の音声を発音ないし聞き取りができるとはかぎらない。そ
れは、それぞれの言語・方言が、どのような種類の音声をどのように組
み合わせて使うかについて、独自の規則にしたがうからである。個別の
言語の音の使い方の規則を研究する分野を音韻論という。
○窪園晴夫『日本語の音声(現代言語学入門2)』1999
岩波書店
[書名に「音声」とあるが、音韻論までを含む概説]
○トゥルベツコイ『音韻論の原理』1980 岩波書店
[音韻論の古典。やや専門的]
○ヨーアンセン『音韻論総覧』1978 大修館書店
[音韻論についての諸学派の説を調べるのによい]
音韻論は近年、理論の展開がめざましく、その流れを概説するものは
日本語では読めない。英語で読むなら、次が諸分野の概説書として便利。
○Goldsmith ed. The Handbook of Phonological
Theory.
1995 Blackwell.
音声そのものは物理的な実体であるから、機械的に合成したり電波に
乗せて伝達したりできる。そうした面は,音一般の物理的性質を研究する
音響学であつかわれる。言語の音声も音の一種であり、日本語学でも、
実験的手法で音声をあつかう論文があるので、音響学について初歩的な
ことは知っておくのが望ましい。以下の事典が参考になる。
○『音のなんでも小事典』1996 講談社ブルーバックス
[音のさまざまな話題を見開き方式で平易に解説している]
○『音の百科事典』2006 丸善
[音響学から社会・心理・歴史など、音にかかわるあらゆる分野の
事項を平易に解説する]
【文法】
われわれがテレビ・ラジオ・新聞・雑誌で見聞きする文の数は、通算す
れば見当がつかないくらいほどに多い。しかし、どれほど多くの新しく見聞
きする文に出会っても、そのほとんどは、少なくとも表面的に理解可能で
ある。それは、文・文章の部品である語をあらかじめ知っているからである。
ただし、語を知っていても、「構文」が分からなければ、文を理解することは
できない。文が、どのような原理や規則にしたがって語を配列するのかを
明らかする分野は、「統語論」(日本語学では「構文論」とも)と呼ばれる。
構文の中での働きに応じて語がその形を変えること(用言の「活用」など
の語形変化)をあつかう分野は「形態論」という。
文の配列にとって重要なのは統語論および付随的に形態論であり、
この2つの分野がすなわち文法だというのが伝統的な考えであり、また
日常一般の理解でもある。そのような意味での、日本語文法の概説と
して以下の2つに定評がある。
○益岡隆志・田窪行則『基礎日本語文法改訂版』1992 くろしお出版
○寺村秀夫『日本語の文法上・下』(日本語教育指導参考書4・5)1981
[上記2つは日本語文法の基本的な事項を知るのに便利]
文の成立には構文だけが必要なのではない。語の意味と文の意味の関
係を明らかにする「意味論」、も文の成り立ちに深くかかわる。そこで、文の
成立にかかわるありとあらゆることをあつかう研究を、「文法」という用語で
表そうという立場もある。「生成文法」と言われる研究がその代表である。
生成文法の考えには賛否両論があり、否定的な考えの研究者が少なくな
いが、20世紀前半までの言語研究の方法に衝撃を与え、それを肯定しなく
ても、その存在は無視できず、生成文法についてある程度の知識は備え
ておくことが望ましい。生成文法の最新理論は抽象的で、予備知識なしに
は理解がむずかしい。初期の理論にもとづいたものは、具体的で分かりや
すいので、まずそれを読むといい。以下の2冊を勧める。
○柴谷方良『日本語の分析』1978 大修館書店
[生成文法の基本的な考えを、日本語を材料にして解説する]
○久野ワ『日本文法研究』1973 大修館書店
[日本語の文法現象について、生成文法の考えを取り入れつつ、斬新
な説明を示した古典的な著作。読みやすく面白い]
生成文法が登場してから約半世紀、その間の理論の展開はめまぐるしく、
その流れをつかみ最新理論をフォローするのは専門家以外には不可能で
○町田健『チョムスキー入門 生成文法の謎を解く』2006 光文社新書
[全編にわたり批判的に書かれている。生成文法をまたく知らずにこれ
を読むと入門したくなくなるかもしれない。ある程度の知識を得てから
読むと参考になる点が多い]
【語彙】
一定の基準によってまとまった語の集まりが語彙である。語彙研究の
主な分野は、以下のように大別できる。
(1) ある言語の語彙の単位、典型的には語の意味的・文法的な性質に
ついて、あるいは語と語の相互の関係によって組織された語彙の
全体すなわち語彙の体系について研究する。
(2) 具体的な言語使用によって生み出された文や文章、特にテキストに、
どのような語がどのくらい使われたかを計量し、テキストの性質ある
いは語彙の統計的な性質を研究する。
(1) を主体にした解説書として次があり、語彙について一通りの知識を得
るのに便利。
○玉村文郎『語彙の研究と教育』(日本語教育指導参考書12・13)1985
次は(2)の分野についての文献。
○『図説 日本語』1982 角川書店
[日本語の語彙を数量的に眺めたもの。面白くてためになる]
[具体的な言語作品(記事・作品・広告・ニュース・ドラマなど)で、語彙
がどのように使われているかを調べるときに参考になるもので、具体
【意味】
言語表現の目的の第一は、それによって意味を伝え、またそこから意味
を引き出すことにある。音声が物理的に観察できるのに対し、意味は客観
的に外に取り出して観察ができない。それをどのように観察し、研究するか
が意味論の課題である。意味はその性質上、研究者によってとらえかたが
著しく異なることがあり、さまざまな意味論が存在する。
言語の意味についての概説として以下のものがある。
○池上嘉彦『意味論』1975 大修館書店
○籾山洋介『認知意味論のしくみ』2002研究社
[言語を、人間の認知のしくみとの関連でとらえようとする立場に立つ、
○加藤重広『日本語語用論のしくみ』2005 研究社
[具体的な言語使用の場面での、言外の意味や推論的な意味について
研究する新しい分野である「語用論」を知るのに好適]
語の意味についての具体的な研究法は次が参考になる。
[語の意味をどのように分析するかの具体的過程を示す]
○柴田武・他『ことばの意味−辞書に書いてないこと』3冊 2002-2003
[類義語の意味の具体的な分析方法について知るのによい]
文の意味がそれを構成する語の意味にもとづくことは、直感的に理解
できる。直感ではなく規則にしたがって、部分の意味から全体の意味を導
こうとすると、あらゆる点で曖昧でない形で(例えば論理式を用いて)、「意
味を計算する」しくみを考える必要が生じる。意味をこのようにとりあつかう
分野は「形式意味論」と呼ばれる。この分野は、数学的な論理に親しめな
い人には向かない。次のものは入門書だが、読み通すには根気がいる。
○金水敏他『意味と文脈(現代言語学入門4)』2000 岩波書店
日本語だけを見ていては気がつかないことが、日本語とはタイプの異
なる言語を見たときに気づかれることがある。2つ(以上)の言語を比 べ、
共通点と相違点を明らかにしようとするのが「対照研究」である。
[英語研究の立場から見た日本語との対照研究。最近の動向を
知るのによい]
対照研究に対し、世界の諸言語に見られるさまざまな特徴の「タイプ
(類型)」を追求するのは「類型論」的な研究である。次ははその立場か
○角田太作『世界の言語と日本語』1991 くろしお出版
「共通語と方言の対立/摩擦」「対人的言語行動」「日本語と外国語
(ことばの障壁/多言語使用)」など、言語の実際の使用にかかわる
「社会 言語学」的な問題は多岐にわたる。この分野については下記が
推奨できる。
○中井精一『社会言語学のしくみ』2005 研究社
【研究動向】
月刊ないし季刊で発行される定期刊行物(雑誌)は、研究史に加えて
同時代の研究の動向を知るための記事が掲載される。
次の2つはそれぞれ日本語学・言語学の月刊商業誌。
○『日本語学』明治書院
○『月刊言語』大修館
次の2つは文学中心の記事を載せる二大月刊商業誌だが、ときどき、
日本語学関係記事を載せ、年に1〜2回程度特集を組む。
○『國文學』學燈社
○『国文学−解釈と鑑賞』至文堂
以下は、日本語学専門の学会誌で、先端の動向をつかむことができる。
○『日本語の研究』(旧称『国語学』)季刊、日本語学会
○『日本語文法』年2冊、日本語文法学会
次の2つは、文学中心のものだが、日本語学関係の論文も載ることがある。
○『国語と国文学』月刊、東京大学国語国文学会
○『国語国文』月刊、京都大学文学部国語学国文学研究室
【文献の探索】
日本語学でこれまで行われてきた研究、すなわち先行研究についてどう
いうものがどこにあるのかを知りたいときには、以下の年鑑が便利。各年度
ごとの論文題目を通覧すれば、どのような分野でどのような研究がなされて
きたかについての様子をつかむことができる。
○国立国語研究所編『国語年鑑』大日本図書(以前は秀英出版)
○国文学研究資料館編『国文学年鑑』至文堂
○国立国語研究所編『日本語教育年鑑』くろしお出版
次は、特定の語についての研究にどういう文献があるかを知るのに便利。
ただし、1983以前の文献に限られる。
○『語彙研究文献語別目録』(『講座 日本語の語彙』別巻)1983
明治書院
Webからも文献情報が得られる。
○『国語学研究文献総索引』国立国語研究所
○『国文学論文目録データベース』国文学研究資料館
[国文学研究資料館の総合目録データベース。文学関係だけでなく、
日本語学関係の情報も含まれている。]
論文の所在が分かったら、実際にその論文を読む番になるが、下記が
便利である。
○『日本語学論説資料』(旧題『国語学論説資料』)
[日本語学関係の論文(1964年以降)が縮小印刷され、年度ごとに
整理されて収められている。ただし、すべてが収められているわけ
ではない。また、最近の論文の収録は遅れ気味 ]
学内で論文を見られない場合は、都立中央図書館ないし国会図書館
を利用する。あらかじめ、下記で所在を確かめてから出かけよう。
○都立図書館蔵書検索
○国立国会図書館 NDL-OPAC(雑誌記事索引検索)
【言語データ】
ことばの研究では、実際に使われた用例を調べる必要が生じることが
ある。そのためには、言語研究に使うための原資料が作られていると便
利である。これはそれぞれの研究目的に応じて個別に作られることもあ
れば、共有できる形で公開・公刊されることもある。言語データ作成は手
作業で行うと、恐ろしいほどの時間と労力がかかる。先人の努力により、
そうした言語データは各種の索引として存在している。例えば次のもの。
○『源氏物語語彙用例総索引』全10冊 1994〜1996 勉誠社
ある文献について索引があるかどうかは、次を見れば分かる。
○『国語国文学資料索引総覧 改訂版』1997 笠間書院
○『国語学研究事典』所収「索引目録」1977 明治書院
具体的な作品や実際に使われた文章に、どのような語がどれくらい含
まれているかを調べることを、語彙調査という。国立国語研究所が実施
した大規模語彙調査の結果が、資料集として刊行されている。次はその
一例。
○
『現代雑誌の語彙調査−1994年発行70誌−』2005
国立国語研究所
言語データの作成・利用はコンピュータの発達により様変わりした。
短時間に大量のデータを収集でき、索引も容易に作れる。実際に使わ
れた文を(大量に)集め、検索できるように体裁を整えた資料をコーパ
スという。コーパスを使うと、ある言い方がどのくらいの頻度で生じるの
か、ある語がどのような文脈で使われるのかなどを知ることができる。
コーパスは電子媒体に記録され、工夫次第で、検索はさまざまな角度
から可能になっている。電子化以前、検索は索引による方法しかなか
った。残念なことに、広範囲の言語使用状況を反映する日本語の大規
模なコーパスは今のところない。新聞記事データの大きなコーパスは
朝日・読売・毎日・日経などのものがあるが、いずれも有料。次は聖心
のキャンパス内からは自由にアクセスできる(学外からは不可)。
○聞蔵 朝日新聞オンライン記事データベース
[1984年8月以降から当日までの全文記事が利用できる。聖心
図書館HPの「オンラインDB」から利用]
現在、インターネットが普及し、検索エンジンによってWeb上のデー
タを直接検索できるようになっている。これをコーパスがわりに使うこと
も考えられる。ただし、Web検索によるデータは注意して使わねばなら
ない。そうしたデータは、どのような人間が発信したものかが分かりにく
いこと、発信者がWeb利用者に限定されること、検索エンジンがどのよ
うな原理で検索しているかが不明で、検索ヒット数などの信頼性が疑問
であること、などの問題があるからである。
コーパスの代わりに使えそうなのが、インターネット上の電子化され
たテキストである。Web上に公開されたテキストには信頼してよさそうな
ものがある。次がそのひとつである。
○青空文庫
[インターネットを利用して作った無料公開の電子図書館。著作権
の切れた作品と、著作権者が公開を許可した作品を電子化し、
テキストファイルなどにしたもの]
日本文学の作品を電子化したテキストの所在は、青空文庫のサイト
内で調べられる。Webで「電子化テキスト」を検索語としてさがしてもよい。
このような電子化テキストは、自分のパソコンにダウンロードして使
うことができるが、そのままではコーパスとして利用できない。Wordや
一太郎の検索機能を使えば簡単な検索ができるが、複雑な条件指定
はできない。
テキストファイルの複雑な検索にはフリーウエア(無料公開のソフト
ウエア)の利用が便利である。下記のものは推奨できる。
○KWIC Finder − ファイルGREP検索・テキストビューア l
この種のツールで検索するときに「正規表現」の書式gqあ使えると、
検索効果は飛躍的に向上する。正規表現は最初はとっつきにくいが、
下記のサイトなど利用してぜひ活用したい。
○正規表現最新リンク集2005
【Web情報】
Webからは情報を手軽に入手できる。下記のサイトを出発点にして
さまざまな探索を行うとよい。
○インターネット学術情報インデックス
[東京大学附属図書館が運営する、インターネット上の学術
情報源を蓄積し、検索できるようにしたデータベース]
○図書・雑誌探索ページ
[実践女子大学図書館が運営する、文献探索の情報源を
まとめたサイト。文献探索法についての記事もあり便利]
○国内人文系研究機関WWWページリスト
○国内言語学関連研究機関WWWページリスト
[上記2つは、Web上の人文系諸分野・言語学についてのサイト
を網羅しようとするもの。随時更新されている。]
Webの情報の質は千差万別・玉石混淆であり、怪しげなものも少なく
ない。Webで得た情報は印刷物にあたって確認することを心がけたい。
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