| Quarterly Magazine Hi-Fi Index |

 

 

 「なんでお前はローズの音がそんなに好きなんだ?」
 大江田さんのこの一言で自己探究の旅が始まり、今ではほとんど迷宮化してしまっている。
 フェンダー・ローズ。エレクトリック・ピアノには様々あるけれど、その中でもそれはもう!エレピという枠には収まりきらない、それ自体独立したひとつの楽器の種類と言ってもいい程のサムシングを持っている(ように思える)のだけれど、その音の何処がそんなに好きなのか説明しようとすると・・・。さぁ困った!これがなかなかにムツカしくて。困った時の名曲だのみ。その答えが秘められているに違いないアルバムを秋の夜長につらつらと・・・。ローズ・サウンドの魅力を写し出す歌もの10枚、です。

  

1.アート・オブ・ティー/マイケル・フランクス
 まずはなんと言ってもローズ道においては避けては通れないこのアルバム。ラリー・カールトンとジョー・サンプルの名演として、またAOR/SSWの名盤としても有名な訳ですが。ここで聞かれるJ・サンプルのローズの音はまっさらなノン・エフェクト状態。これが非常に美しく、ジャズ・イデオムに沿ったフレーズと相性バッチリ!な気がするんですよ。この勝手な思い込みは、ジャズ畑のプレイヤーが60年代終わり頃から積極的にローズを使い出したこととも関係あるとは思うんですが。アコースティック・ピアノとは違って、無闇にハーモニーを重ねていっても単に音が濁って聞こえてしまい、音圧感が増す訳ではないというローズの音色の特性上からか、音数が少なめなのもジャジーさを醸し出す要因となっているのかも。
 要はこの、音色のジャジーさが好きなんです。

2.ビル・ラバウンティ / ビル・ラバウンティ
 ローズという楽器が音楽シーンに華々しく活躍していたのはやはり70〜80年代前半。ということは、時代はやはりニューソウル、フュージョン&AOR!になる訳で。特にローズは80年代のAORサウンドの代名詞!と言っていいほど。ここで聞かれるサウンドはどことなく都会的でクールかつスタイリッシュ!!って死語ばかり並んでますが。アコースティック・ピアノは弦を叩いて音を出し、ローズは弦のかわりにトーン・バーという金属をハンマーで叩いて音を出すのだけれど、そのクールな響きがAORの醸し出す都市音楽的なイメージとうまくシンクロして感じられたりして。このアルバムの1曲目にそれが全て集約されているような気がします。
 要はこの、音色のスタイリッシュでアーバンな感じが好きなんです。

3.ガウチョ / スティーリー・ダン
 金属をハンマーで叩くという構造上、音数は必然的に少なめで、他の楽器に比べて和音感(コード感)は出にくい訳で。逆に言えば歌のメロディーとぶつかりにくく、フワーっと包み込んだり漂ったり。柔らかめの鉄琴の音とでも言うか。そんな音をさらに左右にフワフワと揺らすエフェクトがローズには内蔵されてました(全機種ではないのだけれど)。正確に言うととても長く大変な事になるのでやめますが、そういった類いのエフェクトをかけたローズの音は実に妖しく、トリップ感バリバリな訳です。ジャズのコード進行自体にも同じような感覚を覚える身としては、それがひとつにあわさったときの妖しさときたら・・・。とにかくもう1曲目「バビロンシスターズ」のイントロは筆舌に尽くしがたい妖しさに溢れてるんです。おまけに「世界一妖しい(怪しい?)男10傑」に選ばれてもおかしくなさそうな人が歌ってるんだから!
 要はこの、音色の妖しい感じが好きなんです。

4.レイドバック / グレッグ・オールマン
 トニー・ジョー・ホワイトなどのいわゆる正統派スワンプ・ロックとはまた別の、哀愁感を全開に漂わせた人達ってのがすごい好きで。マーク・ベノやらロッド・テイラーやら、ジェシ・エド・デイビスの「マイ・キャプテン」あたりの感じとでも言いましょうか。これらを勝手に「ダウナー・スワンプ」と命名して愛好しているんですが、このグレッグ・オールマンのアルバムはまさにダウナー・スワンプの名盤!な訳で。ここで聞かれるローズの音はすごくアーシーで暖かい。鍵盤の下についてるスピーカーにマイクを立てて録音してるからか、マイルドにオーバードライブしています。スタイリッシュでアーバンな感じなどみじんもありませんが、これが良くて!「ダウナーかつアーシーな音色感」でグレッグの哀愁漂う歌声を見事にアシストしています。
 そうなんです!要はこの、音色の・・・↑が・・・。

5.スティーヴ・ウィンウッド/スティーヴ・ウインウッド
 なんだかやっと自分でも薄々気がついてきたんだけど、どうやらローズの音の妖しげで浮遊感が感じられるところがすごく好きみたい。で、それって一体なんのことか?と、思っててふっと浮かんだのがこのアルバム。トラフィック後期から積極的にローズを使ってたS・ウィンウッドなんだけど、この1STソロでもそれは同様で。後期トラフィック〜1STソロのサウンドはまさにコズミック!!宇宙なんです、俺には。そういえばSFも大好きだし。リバーヴ深くコーンと銀河へ抜けていく感じ。ウィンウッドは知ってか知らずか(もちろん知らない)、ローズの音をまるで宇宙で鳴り響く鐘の音のように(実際、宇宙では空気ないから音は聞こえないんだろうけど)、見事に聞かせてくれてます。
 このコズミックなスペイシーな、宇宙感がたまらないんです。

6.ア・コレクション・オブ・ア・ショートドリームス / デイヴ・ルイス
 
じゃ、ダウナー・スワンプとコズミックは別物か?というと、俺には全く同じものに感じられるんだけど、それを上手く体現している人は・・・?と考えたらいました!デイブ・ルイス!アンドウェラでは哀愁で、む、胸がはりさけそう!な名曲を多数書き、ソロでは曲のテイストはそのままに、浮遊感のある軽やかなサウンドを作り上げてる!!ダウナーかつアーシーなトリップ感は自然・大地と繋がり、ネイチャー思考は最終的にコスモへと・・・!ローズの音ってのは、こういう無茶な嗜好を見事に具現化してくれてる気がして。グレイトフル・デッドやフィッシュなどトリップ系の筈なのに、なんだか「いなたい」バンドのキーボード奏者は必ずローズを使うのも、音色にそんなところを感じるからでは・・・?なんて思ったり。
 アーシーかつコズミック。ローズの音色の、そんなところが大好きなんです。

7. ザ・ハートブレイク・キッド / タフィ・マクエルロイ
 彼女の歌を聴いてて思うのは胎内回帰の心地よさ。きっとそれはこんな感じに違いないってこと。つつみこまれるような優しい感じ。特にロバート・バーンの曲には、すごくハマるんです、ローズが。バーン&バーンズもまたしかり。ローズの音ってほんとうに不思議で、ポップスの後ろでは都会的に、カントリーのバックでは暖かく優しく響くんだよなぁ。これはローズの音色が持つ、シティ→カントリー→アース→ネイチャー→コスモというローズ連鎖がもたらすものである!と決めつけています。つまりは全にして個、個にして全、ひとつにして全てを内包する、と。なんか怪しい新興宗教(サイエントロジー?)みたくなってきましたが。もちろん、優しく包み込んでくれるのはタフィの歌なんだけど、このアルバムを聴いてると、ローズ自体も意志を持ってそう「鳴っている」と思えてくるほど。いろんな音が出るというのとは対極の、多彩な表情を持っている、そんなところがまたいいんです。ロブ・ガルブレイスがプロデュースでローズも弾いてる。う〜ん、いい・・。

8.スロウ・ミー・ア・ボーン / ロブ・ガルブレイス
 で、↑と同じ人が弾いている訳ですが、表情という点でこれが全く違ってこちらはすごくグルーヴィー。別に16ビートの曲ばっかり、ということではなくてローズが曲のリズムパートを担っているという意味で。70年代に大活躍したローズはもちろん黒人音楽、特にブラック・ムービーのサントラやニューソウル系にも頻繁に登場したことからも分かるように、リズム楽器としても強力な個性を発揮する訳です。ギターにワウワウ、ローズにフェイザー(前述の音を揺らすエフェクトの一種)っていうくらい定番化して使われてましたが。さんざん浮遊感だなんだと言ってきた後でなんですが、リズムパートに使われた時のローズの音質感は実に独特で、切り裂くようなシャープさともまた違いグルーブとグルーブをスムーズに繋げるような音で、このアルバムではそんなローズの魅力が十二分に堪能出来ます。浮遊感とグルーブ。これもまた、全にして個か・・・。

9.ウィズアウト・オニオン / GREAT3
 
心地よく、暖かく、そして浮遊感溢れるローズは時に、強力に精神状態を追い込む音を発します。暴走するせつなさ。あるいは発狂寸前のメロウネスとでも言うべきか。ものすごく冷たくて、もし水銀を叩いたらきっとこんな音がするんじゃなかろうか?ってくらい絶望的に残酷なサウンド。マイブラッディヴァレンタインのような音響系ギターと共に流れる「日陰」という曲のローズの音は、ちょっと酷です。はんぱなく。しかしこれもまさにローズ・サウンド。これほど迄にクロームかつクルーエルな音像を残す事も出来るローズとは、一体なんなのか!本当に楽器なんだろうか!?いや、単なる思い込みだ!ってまた迷宮化してきますが、全ての仮説は思い込みからスタートするもの。目前(耳前?)にあるこの音はまぎれもなく残酷に響いてきます。ある種の緊張感と置き換える事も可能かも。そう考えると、70年代のブラック・ムービーや犯罪/サスペンス映画の多くで、緊迫したシーンにローズが使われていたのも納得がいくというもの。それにしても、なんたる多様さ!ローズの音とはヒンズー教における万物の絶対真理、ブラフなのか!(ここで再度、しばし迷走)。

10.プローン / ネッド・ドヒニー
 なんか、わかるようなわからんような事をうだうだ言ってきましたが、全てを総括し、新興宗教にならない爽やかなアルバムでしめようと思います。
 「ハード・キャンディ」で開花したN・ドヒニーとD・フォスターのサウンドコンビネーションがより深化した形で結実したアルバムがこれだ! と思う訳で。ま、爽やかと言ってもアルバムタイトルからして影があるんですけど。このアルバムではフォスターはローズを弾いていないんですが、サウンドの肌触りは前作を踏襲したもので、クオリティ的にはひけをとりません。派手さはやや劣りますけど。ローズの音量はかなり小さめなんでわかりずらいかもしれないけれど、それだけ見事に馴染んでいるんです。それでいて、他の楽器が引いた時にスゥーっと現れるその存在感はやはりローズならでは!A-1ではコズミックかつグルーヴィー、A-3では心地よく、B-2、3ではメロウにせつなく。もちろん浮遊感・緊張感はどの曲もバリバリ。このアルバムの「人生の光と影」みたいな感じを、ローズの音が見事に表現している気がしてなりません。結局は優れた楽器がすべからくそうであるように、ローズもまた、曲に呼応する多彩な表情をもっているということに尽きる!・・・んでしょうか。う〜ん、やっぱりわからん。
 それでは!ひと足お先に、次なる迷宮で皆様のお越しをお待ちしております。草々。



湧井 正則
 ノーナ・リーブスのセカンド・アルバムをはじめとして、今や新進サウンド・プロデューサーとして活動中の湧井さんは、音楽制作の仕事のかたわら、ときおりハイファイに立ち寄ってくれることがありました。レコード探しをしているときに、ある匂いに共通するものを求めていることを感じ、いつかSounds Zoundsの執筆をお願いできないものだろうかと考えたものです。とあるミニコミ誌に書かれた原稿に、すごく惹かれたこともあります。正直に自分を明かしていると同時に、視線がずっと遠くを向いている、そんな一文でした。
 いまやAORファンを中心にして、人気復活はなはだしいフェンダーのローズ・ピアノをテーマに執筆してもらいました。音楽の専門家がどのようなデリカシーでサウンドの意味を感じ取るか。コトバを持つことのないフィジカルな「サウンド」が、どのようにしてメタ・フィジカルな「抽象的な」意味をはらむか。プロ音楽家の示唆に富むコメントをぜひ楽しんで下さい。(大)
 
 
 


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