Sounds Zounds!

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あきれるほど数多の浮気と言い訳と選択と。


 どんなに素敵な音楽に触れた時でさえ、いつも、ああ、この歌のここが好きなんだと、ついどこか冷静に考えてしまう私。でもそれって少しおかしいなって最近、自分でも思うのです。この音楽のここが好き、なんて明言するのは結局、"部分愛"に他ならないはず。きっと全部を無条件でなんて愛してあげられていない。だから好きな理由を言い訳する。その証拠に「あなたの一番好きなレコードは?」なんていう問いは、私にとってあまりに残酷。一番を決められない、絶対的な浮気者であることを目前に突き付けられてしまう。それなのに、そんな欲張りな胸の内を隠して、この音楽はここが好き、このレコードはだから好き、だなんて。どんなに愛のある言葉を並べても、やっぱり一番では無い以上、それは言い訳にしか聞こえないもの。でも、言い訳している時の気持ちは、実は本物。その時は、それが一番好いとさえ思っているのも事実。だから余計にずるいんだけど。
 そんな、一番を決められない非道な私の用意した、言い訳の様々。部分的ではあれ、それはそれは想い溢るる愛すべき幾つかを、ここにご紹介いたします。




■SAMMY DAVIS, Jr. and CARMEN McRAE「BOY MEETS GIRL」
Everything But The Girl / Walking Wounded
 「恋仲だと人は言う」「二人でお茶を」「チーク・トゥ・チーク」なんて、30年代から50年代のミュージカル最盛期の劇中歌ばかりを、サミー・デイヴィスJr.とカーメン・マクレエという大物二人がゴキゲンにスウィング。お互い個性的な節回しで交互に掛け合うさまは、大物顔合わせの贅沢を存分に堪能させてくれます。テンポは割と落ち着いているんだけど、歌の世界は濃厚。内容だけでも相当興味深い当時のミュージカル詞、その面白さを、なお引き立てるブレイクとアドリブのウィット。この歌、こんなに好きだったっけかと思って、ついにやりとしてしまう。そんなふうに大事に思っている一枚。どこか大らかでいじらしくて幸せなスタンダード詞に、思わず想像が膨らんでしまう。そういうところが好き。



■ THE KIRBY STONE FOUR「MY FAIR LADY SWINGS」
UA / 電話をするよ

 ミュージカル映画の金字塔『マイ・フェア・レディ』。もちろん全部がキマリ曲。みんな大好きでよく知ってる歌ばかりを、ふざけてるのか大真面目なのか、大の男が4人でユニゾン。「スペインの雨」がブリランテな三拍子なのについ胸をときめかせるけれど、さらにその間奏が八分の五の変拍子なのに思わず気持ち躍り上がる衝動を抑えきれません。スウィング狂いをさらに狂わせる全編スウィング。ああそう、 男4人とはいえ、ちゃんと朗らかな女性コーラスが後ろから援護しています。そのあたりは全く抜かりなく、すっかりと洒落込んで。バンド・ゴージャス。どこか心踊るきらめきがあって、遊びもあって、まさにパーティ仕様。




■O.S.T.「LOVE IS A BALL」music: MICHEL LEGRAND
ERICA / You Used To Think
 今なお活躍中の大巨匠ミシェル・ルグラン。映画『プレイガール陥落す』は観ていないのだけれど、さぞお洒落でキュートでハッピーエンドな映画なのだろうと想像される、その収録曲の多彩さ。ラテンあり、ボサあり、ツイストあり、スウィングあり。どれもみな素敵なんだけど、中でもとりわけロマンティクス期の古典技法を多様したいくつかの優美な曲が、私の嗜好に特に訴えます。正統な音楽教育を受けて来たミシェル・ルグランの血統の良さが存分に伺える魅惑の映画音楽。非常にエレガントで、まるでアフタヌーンのティーを美味しく演出してくれる音楽。え?ティーは、ギャルソン、もちろんフルセットで。そう段重ねの豪奢なやつでお願いね。



■BUDDY GRECO「I LIKE IT SWINGING」
Elyse Weinberg / Elyse
 ピアノを嗜み、歌も得意。それから"その、スウィングが好き"、だなんて。その甘いマスクでにっこりされたら、多分もう立ち上がれないくらい腰が砕け目眩がします。バディ・グレコのレコードはどれも好きなのだけど、これは中でもとりわけ最高にスウィングしてて心はやるお気に入りの一枚。そのスピーディさに聴くほうの気持ちも揺さぶられます。何といってもその歌声。下降ぎみに歌い放つ瞬間の渋い声が好き。伸びやかにアーチを描くように膨らむ声が好き。小回りでひねる早口なブレスが好き。それに。垂れ目なところがジーン・ケリーに似てるんだよなあ、なんて余計なことも手伝って、歌い手として音楽家として、そうね、男性としても大好き、かも。



■CATERINA VALENTE「THE INTIMATE VALENTE」 
かまやつひろし / ムッシュー
 才能ある歌う妖精。カテリーナ・ヴァレンテ。まるで歌のお姉さんみたくギターを抱えるその出で立ちには、いつものステージでの華やかさも少々控えめ。インティメイトの名のもとに、チャーミング2割増し、歌心も3割増し。柔らかく、なお軽やかに美声を奏でている一枚。ジャケットに写り込んだ、彼女の譜面を覗き込む姿や、ギターを握って無邪気そうに笑う様子に、音楽と対面する時の真剣さや戯れとか、でもやっぱり音楽が好き、という正直な気持ちが読み取れて、思わず胸がいっぱいになります。そんな音楽家としての姿勢も含め、本当にアイドルみたいに可愛いくて、何をとっても素敵な女性。まるでジャズ歌謡界のヘップバ−ンみたいな人。だから。女の子は絶対に憧れる。



■V.A.「HOW TO GET THE MOST OUT OF YOUR STEREO」
浅川マキ / 灯ともし頃

 ややっ、オレンジの飴のようでついぺろりと舐めたくなる美しい透明ヴィニル盤。針を降ろすのに溝が見え辛い、なんて野暮なことも云いっこ無し。贅沢な感じの「コンチネンタル」で幕を開けるワーナーのステレオ・レコーディング御披露のためのコンピレィション。続く「ミッキー・マウス・クラブのテーマ」や「ホリディ・フォー・ストリングス」など、続々とゴージャスなオーケストレィションの御開帳。リッチでドラマティックでクリエイティングでスリリング、とは或るジャーナルのコメントより。ああ本当に。このコメントはレコーディング技術に関するものかもしれないけれど、曲の数々もみんなどれも本当にブリリアント。やっぱりこんな大所帯音楽が好き。




■CLAUDE BOLLING「MADISON」
浅川マキ / 灯ともし頃

 音楽とダンスは、切っても切れない恋仲のようなもの。何気なくふんふん鼻を鳴らして、知らずつま先がスウィングしてる。60年代フランスのクラブシーンではマディソン・ダンスが爆発的な人気で支持されていたとか。生真面目なリム・ショットに、冷やかすようなハイハット、生意気なピアノのバッキングと、さらにぶらりぶらりと気ままなブラス重奏。どこか単調になりがちで、リズム・ヴァリエイションも少ないのだけれど、でもシニカルな仏人気質には、どこかすかした、その感じがとてもマッチしていたのかもしれません。 おすまししてても、リズムを刻む指先からは言葉にならない音楽と、ダンスへの愛があふれちゃう。多才なクロード・ボランも、きっとそんなことを想いながら、こんなダンスパーティ・レコードを作ったのではないかしら。




■SOPHIE「JE N'Y PEUX RIEN」
浅川マキ / 灯ともし頃

 そのカバン好いね、と褒められるみたいに。テクスチュアの快感に訴えるような愛着感。それが視覚や聴覚に及ぼす影響って計り知れない。眺めて触って針を落として、そこで初めて好いと思う魅力。仏盤7インチ。映画『アイドルを探せ』なんてとても有名すぎて、こんなのはわざわざアナログで聴かなくても本当は好いのだけれど。でもそれってやっぱり味気ない。「ぱちぱちいってて盤質悪いね」なんて苦笑するのも、また翻ってひとつの魅力になる不思議。何でこんなのを愛してしまうのか判らないほど捕われる。けど「盤質悪い」のは、これまでも沢山の人に愛されてきた証拠。それを知るための、この媒体。でしょう?




■ANDRE HODEIR「JAZZ ET JAZZ」
浅川マキ / 灯ともし頃

 あらこれは、と絶句する。ひどいと思って、やっぱり最高と思う。最高にひどいのではありません。正にその逆。録った楽器の音をひっくり返してみたり、スキャット攻めにしてみたり、急にテンポを落としてみたり、さらには完全三度未満の和音を多用してみたり。現代音楽と映画音楽の極み。物語の進行と相反する冷静さ。それが、よりヌーヴェルな感覚。オデールといえば『赤と青のブルース』や『殿方ご免遊ばせ』だけど、その粋な音楽に至るまでの過程、またはそれを形成するのに使おうとしていた音や節の様々を、塗りたくった素材パレットのような、言わば種明かしがここにある。そんな気がします。だからこれはオデールの本当。本当にやりたかった表現方法と、湧きいづる何か。それ故、このうえ無くひどく素晴らしい、と思うのでありましょう。




■CLAUDE DEBUSSY「INTEGRALE DE LA MUSIQUE POUR PIANO VOL.2」piano: WERNER HAAS
浅川マキ / 灯ともし頃

 オクターブを超える程に、やたらピアノを弾く手がでかくて。でも胸の内には豊かな詩情が溢れてて。そんな大男の音楽家が近代に存在しなかったならば、今世の中にあるような素晴らしい現代音楽も、ジャズやボサノヴァのように耳心地好い音楽も、同時にこの世に存在しなかったかも。それ程あまたの人々に影響を与えたクラシック界の静かな革命家クロード・ドビュッシー。ピアニストはアカデミー・デュ・ディスク・フランセのグランプリ受賞者ウェルナー・アース。12の「エテュード」と、有名な「アラベスク」両楽章と、あと、最後に収められている「レントより遅く」がとても素晴らしい。柔らかく、穏やかで、始まりは短調なのに滅入らないのがとても不思議な、魔法のような三拍子。大事に聴くなら真空管アンプのステレオで、どうぞしめやかに重々しく。でも一杯の珈琲のように、日常に溶け込んだものとしても鑑賞できる。私にとって決して捨て置けないクラシック音楽のひとつです。




 言葉にする[好きな理由]なんて、いつだって後付けかもしれない。愛してる理由なんてほんとは無いのに、無理矢理に理由付けして納得してる。で、言葉にすることによって愛情をカケラごとに切り分けて、まだその先にわざと残した次ぎの可能性をしつこく探して、今日もレコードを買い続ける。「だって」と言って「もっと」とねだる。そんな子供じみた我がまま。そもそもコレクターみたいな人種のひとたちは、ひとつに決められないから次々とレコードを買い続けてしまうに違い無い。私はコレクターになんて成りたく無いのに。
 だけど果たして、言葉にしなくても好いほど絶対的な愛を注ぐレコードに出会える日なんて本当にやってくるのかな。どこにも無くてどれよりも一番な、そんなただひとつの音楽を脳裏が悟る日。たぶんそれは人生最後のレコードを買う日になるかも。だって同時に、もう浮気はしないと決断する日だから。でも。その日、私は本当に幸せなのかな。その答え、もう問わなくても、じゅうぶん判ってる気はするんだけど。




To 長岡 佳栄さん
 ハイファイのスタッフは、たびたびお客様と一緒にカウンターでレコードを試聴することがあります。長岡さんとも、何枚かのレコードをご一緒しました。
 機知
に富んだフレーズやハーモニー、構築されたアンサンブルなど、ピンと来る器楽的な響きに感じるものがあった時の長岡さんは、時にはとてもそわそわしたりします。聞こえて来る音楽に応報する密やかな[楽器]が、体のどこかに用意されているのでしょう。音楽を聴きながら、いま響いている音楽のアンサンブルの一員に参加することを切望している、そんな風にも見受けるのです。そしてこれ!と決めたレコードを入手する際の彼女は、とても決然としている。それは爽快ですらあります。
 メロディや歌詞やボーカルの情緒に反応しがちなボクに、なるほど音楽ってこんな聴き方もあるんだなと気づかせてくれました。 そんな彼女に、長岡的[好きな理由]を書いてもらいました。"それって一番苦手かも"とつぶやきつつも、戴いたのはこんなにオネストなエッセイ。そして、望外にもこの言葉。

  「盤質悪い」のは、これまでも沢山の人に愛されてきた証拠。それを知るための、この媒体。でしょう?

 盤質の悪さを、こんな風に言い換えてくれた言葉に出会ったのは、初めてです。そうか、そうかもしれない、レコードの傷も、示されてきた愛のうちなんだなって、初めて気づきました。どうもありがとう。(大江田)



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