Sounds Zounds!

| Quarterly Magazine Hi-Fi Index |

 

珈琲と音楽さえあれば…ついでに本と、それから…


 なんとなく日々の生活に追われ、変わりゆく季節や過ぎゆく景色にさえ鈍感になってしまいそうな時にこそ、ますます時間をかけて珈琲を味わいたくなったりします。Hi-Fiも似てる。私にとっては再起動する為に欠かせないオアシス。いわゆるレア盤だとか名盤だとかには全くもって疎い私が、何の気負いもなくHi-Fiへお邪魔できるのは、コワイモノ知らず、というだけでは足りなくて、きっと、万人を迎え入れてくれるような不思議な空気感のせいなのでしょう。
 そんな大好きな空間の中で大好きな音楽に囲まれながら、温かいスタッフの皆さんとお話していると、ついついリラックスが過ぎてしまい、ぽろりと珈琲の話をこぼしてしまった事がありました。それがいつの間にか拾われて、このたび大江田さんより頂いたお題が「珈琲」。まずはあなた好みの珈琲を淹れてから、しばしのあいだお付き合いを。




■BIFF ROSE / ROAST BEEF
Everything But The Girl / Walking Wounded
 朝、目覚めた途端に絵を描きはじめたり、無性に靴を磨きたくなったり、思い立って自転車に飛び乗ったり、真夜中に突然珈琲豆を煎りたくなったり…。そういう時は私にとっての赤信号。だから我慢しないで、時にはそんな衝動に身を任せるのもいいんじゃない、と肯定してあげる。それから、さぁ珈琲でもいかが?と誘ってみる。無心で豆を煎り、挽いて、ゆっくりと回しながら淹れる…飲むまでのこんな工程が私にはアロマなんだって、きっと身体が心得ているのかもしれない。
 豆を煎る道具はいろいろあるけれど、良く使うのは手網のロースター。ちょっと疲れるし、煎りムラが出来ちゃったりと厄介なところもあるけれど、私はこれが好き。豆がどんどん油分を滲ませながら色づいていく様子が見えるし、チャフと呼ばれる豆の渋皮が飛び散る様子も目に楽しい。珈琲焙煎はまるっきり独学でセオリーも知らないけれど、いろいろ試した末、火はアルコールランプを使っている。ロースト具合はイタリアンローストのその先くらい。ぱちぱちと踊る豆の顔色を伺いながら30分近く掛けて煎り上げる。この季節、汗に滲んだ腕を煙が包み、チャフだらけになるのも快感だったりして。さて、ざるにあけて団扇で冷まし…ここまで大よそ1時間位。それでもたった1,2杯分。
 この時を共にする最近のお気に入りはBIFF ROSE ‘ROAST BEEF’。豆たちと一緒に彼の紡ぎだす音色を聴いているうちに…あら、すっかり癒されちゃったみたい。



■ GENE KRUPA AND HIS ORCHESTRA / DRUMMIN’ MAN
UA / 電話をするよ

 珈琲を想うと浮かぶ光景がある。ミャンマー(ビルマと言う方が好き)での出来事もそのひとつ。珈琲を介した旅先での出会いがずっと宝物としてずんと私の中に、ある。
 町外れの店で珈琲を注文した。が、いくら待っても出てくる様子がない。国民性かなぁと首を傾げながらもオイオイ50分はないだろう、と痺れを切らしてキッチンへ声を掛けようと覗き込むと、珈琲の香りの中で4人の男性が代わる代わるカップを口に持っていきながら、どうやら珈琲を飲んでいるみたい。「ちょっと、ナニしてんのさっ。あたしゃずっと待ってるのよ」と、半ば呆れながら声を掛けると4人が4人、一斉に話し出すのである。
 「ごめんなさい、ごめんなさい。あなたに出す珈琲が上手く淹れられないのです。何度やっても上手く淹れられないのです」って。何だかもう、それを聞いたら泣けてきてしまって。ますます慌てた4人に、「ごめんなさい。ごめんなさい」と囲まれて、独りで異国にいるという緊張もいっぺんに解けてしまったのかもしれない、恥ずかしげもなく、わんわん泣き出してしまった。滞在中、何度かその店へ通って「私はこうやって入れるのよ」と淹れてみせるのを、じーっと見ている純粋な眼差しを今でも忘れられない。




■Karen Wyman / Karen Wyman
ERICA / You Used To Think
Blue Noteにバードランド、ヴィレッヂバンガードに…NYと言えば、なんてったってJazzClubの宝庫。一度は耳にした事があるような名門のJazzClubが幾つもある。まだ十代の頃、とにかく本場のJAMセッションが見たくて見たくてたまらなかった。が、どのライブハウスでもセッションが始まるのは真夜中から。まして名門となるとミュージック・チャージだとかドリンクはミニマム・チャージが幾らだとか、やけにお金がかかるらしい。だいたい、そんな所でソフト・ドリンクだけでやり過ごせるのだろうか…若かった私は考えあぐねた結果、夜更けのJAMは大人になってからにしよう、と諦めた。で、辿り着いたのがウエスト・ヴィレッヂにあるSweet Basil。なんと週末のランチタイムに、本格的なライブを演っているという。どれだけ通ったか分からない。店員もそろそろ食欲旺盛なジャパニーズ娘を覚えたらしく、入って左、ピアノの鍵盤がよく見える席をいつも勧めてくれた。
 ウィークデイはなるべく節約し、週末のランチに備える。ここはまた、食事が美味。お化けみたいなビッグサイズのマッシュルームの肉詰めに、ガーリックと香辛料の利いたパン粉をまぶしてオリーブオイルで炒めた…そうそうスタッフ・ド・マッシュルーム。店名のスィートバジルのパンを何度もお代わりして、皿に残ったオリーブオイルでお腹いっぱい食べた。そして食後のエスプレッソ。ちょっとスパイスの香る、これこれ、私好みの…その時、Hey!と声を掛けられた。後にも先にも一度だけ。「日本人だろ?スキヤキ、演ってやるよ」、ー音楽によって日本人であることを誇りに思える、こんな遠くの地で…それがこそばゆくて嬉しかった。
 そんな大切な私のSweet Basil、今はもうない。9.11以降、復旧が困難でそのまま閉めてしまったらしい。廃墟と化した店内を覗いた時、ちゃんと私の席がまだあって、力が抜けてしまった。



■BOBBY BRYANT / THE JAZZ EXCURSION INTO HAIR
Elyse Weinberg / Elyse
 NY生活だなんてちょっと聞こえはよいけれど、私にとっては何処でもサバイバル、要するに貧乏生活。そんな中でも、自分限定のささやかな楽しみをどれだけ見付けられるか、それが醍醐味だったりする。マンハッタンは、島全体が平坦で大よそ碁盤の目になっているので歩きやすい。地下鉄もよいが是非、歩く事をオススメする。
 日曜日の朝、こんなコースは如何だろう。目指すはセントラル・パークの西側、アッパーウエスト。マンハッタンの週末は朝が遅い。賑やかな広場があったら、きっとグリーンマーケットかフリーマーケットだろう。ミッドタウンからコロンバスサークルを横切り、ブロードウェイを北上する。かつてこの辺りが流行りだった頃もあるらしくて、その面影を感じることができる。
 まずは79丁目のH&H BAGLESでベーグルと水を仕入れよう。両方で約2ドル。「焼きたてをちょうだい」と言うとフレーバーは適当だけれど、後ろからひとつ取りあげてくれる。紙袋ではどうにもならない位アツアツ。それを持ってブロードウェイの中央に備え付けられたベンチで、行き交う車を見ながら頬張るのが最高。家からカットしてきたバターをのせると、途端にとろりと溶け出した。次に向かうは隣のデリ、ZABAR’S。見ているだけで楽しいキッチン用品などは今日は我慢。食品売り場をウロウロ、量り売りのオリーブやピクルスをどれどれと味見する。うわぁ、美味い。これでワインなんてあれば…あった。ワインの試飲にカットされたチーズまで。いただきます。
 小腹が埋まったらあと2ブロック北上しよう。ご存知BARNES&NOBLE、立読み座り読みOKの本屋だ。たまに99¢BOXなんてのがあって、古いペーパーバックやボロボロになった写真集があったりする。気に入った本を見つけられたらラッキー、迷わず連れて行こう。さて、食後の珈琲が飲みたい。今度は折り返してコロンバスAv.を南下。こじゃれたCafe´でお洒落なカップルがおしゃべりしている。はは、まるでThe Style Councilの'My Ever Changing Moods'みたい。ちょっと贅沢をしようか。どこでも出来るという訳ではないけれど、ここは、と思ったら思い切って聞いてみよう。「テイクアウトできる?このカップに入れて欲しいのだけれど」。ウインクが効果的かも。何故かスターバックスのバリスタカップに、エスプレッソのダブルを調達したら、さぁセントラル・パークへ急ごう。そろそろストリートライブの練習が始まる頃だ。



■THE UNDISPUTED TRUTH / FACE TO FACE WITH TRUTH,
 ROBERTA FLACK / FIRST TAKE

かまやつひろし / ムッシュー かまやつひろし / ムッシュー
 NYでレコード探しに出掛けようという時、フリーマーケットを利用することが多い。いわゆる蚤の市である。ここに集まってくるレコード問屋のオヤジさん達て、ホント色々。「マイルスなんてJazzじゃねぇ」となぜだかすごく怒っている人、やたらにTHE WHOが多いので「好きなの?」と聞いたら「WHO?誰だそれ?」と全く興味がないらしい人、見た目はカルトーラそっくりなのに並んでいるのはヒップホップばかりの店、とにかく千差万別で面白い。フリーマーケットには勿論、試聴用ターンテーブルなんてない。だからいつもコロンビアのポータブルプレーヤーを持参している。殆どのオヤジさん達は嫌な顔をするけれど知ったこっちゃない、だって聴かなきゃ分からないもん。
 いつだったかこんなオヤジさんがいたっけ。いつものようにレコードを積んで一枚一枚試聴していると、そのオヤジさん、隣に座り込んで一緒に聴きだした。「へぇ、いいじゃないか、コレ」、「知ってる知ってる、この曲」…はれれ?なんか変だなぁと思いながらも負けずに聴き続ける。と、何処かへ消えたと思ったらオヤジさん、手にふたつ、珈琲を持って戻ってきた。フリマ内で買ってきたらしい。その気持ちがすごく嬉しくて礼を言ったら「礼を言うのはこっちだよ、とっても楽しいよ」と、逆に手を差し出された。砂糖がどっさり入った甘い珈琲だったけれど、あの味も忘れられない。で、この2枚のレコードはその時見つけた戦利品。泥だらけだったジャケットをウエットティッシュで拭いたら出てきた顔と目が合った。宝物。



■小沢健二/恋しくて
浅川マキ / 灯ともし頃

 大好きな悪友が作ってくれた沢山のテープの中で、NY滞在中、豆を煎りながら一番良く聴いたテープのB面最後から2番目に入っているのが小沢健二の「恋しくて」。大量の豆を相手にする時は一日がかりだから、90分流れっぱなしのテープはいい。あまりに聴きすぎたせいかちょっぴりテンポが変わってきた気がする。
 この2枚組シングルは持っていなくって、そいつの家に行く度に「かけてよ」と催促していた。「ほんっとスキね」と呆れるくせに、自分だって口ずさんだりするんだ。何年か前、横浜美術館で展覧会を見た後で、このシングルをもらった。わざわざ取り寄せてくれたらしい。なんだかめちゃめちゃ嬉しくて。だのに未だにそのシングルには、針を落としていない。ちょっと間延びし始めたテープもあるしね。「持ってんじゃん」と、笑われるけれど。小沢健二がNYに居るらしいと聞いた時、マンハッタンのどこかでばったり出会ったら、こんな風に貴方の作った曲を大事にしている人がいるのよ、と食って掛かろうと思っていた。NYで豆を煎ろうとする時、やっぱりあのテープを探してしまう。




■JOICE / HARD BOSSA
浅川マキ / 灯ともし頃

 音楽について語れる親友がいるってのは、つくづく幸せなことだと思う。いつも悪態ばかりついてくるやつだけれど、私にとっては最高の誉め言葉をせしめた事があった。キミが淹れてくれた珈琲は、ホントにうまかった…Yes!である。
 あの時は確か、ブラジル豆をメインにした焙煎が、我ながら巧くいったなと思った時で、グラインダーも電動ではなく手挽きミルを使用したはず。レコードやらCDやらを漁っている横顔をちらちら窺いつつ、ポットを回したっけ。選んだカップはソーサーのない九谷のデミタス。ひびが斜めに走っているのはご愛嬌。金沢で骨董屋を営んでいた祖父から、どれでも持ってけと言われ連れてきた戦利品である。
 最近、カップを選ばせる珈琲店て増えたけれど、これがなかなかどうして、大切にしたい行程のひとつだったりする。豆の味にもピッタリこなきゃいけないし、その手がカップを持った姿がしっくりいった時、それが自己満足とは言え、こう、シテヤッタリみたいな気分になる。あいつの喉が鳴った後、びっくりした目でこちらを見返した顔、忘れられないなあ。元気でやってる?がんばれよ。




■よしだたくろう/青春の詩
浅川マキ / 灯ともし頃

 武蔵小山で暮らしていた時の話。窓を開けると正面に東京タワーが見え、天気の良い日にはレインボーブリッヂのライトアップが右手に見えた。富士山の頭が見えたこともある。夜、街が寝静まると東京タワーをオードブルにワイングラスを揺らす…BGMはDonald Fegenなんてどうだろう…うぅ、ゴメンナサイ、半分嘘。
 弟と同居していた武蔵小山のビルは5階なのにエレベーターがなくて、徹夜明けの朝は下で一眠りしたくなるほど本気で辛かった。エアコンも最後まで取り付けずに姉弟、よく生き延びたものだ。3ヶ月程、留守にしていたらベランダを鳩に占領されて大変な事になっていたり。鳩を傷つけずに追い出したいのですが、とハンズへ相談に行ったら奥から80cm程のフクロウの置物を出されて、目がテンになったりしたっけ…。
 その部屋を選んだのは本当に素敵な眺めだったから。どうしても宵っ張りの生活になってしまう分、夜の眺めを大切にしたかった。大切な人たちへ配る為の大量の豆を一日がかりで煎り、一番に味見できる幸せ。でも夜中の0時前じゃなきゃ。東京タワーが灯りを落とす前に窓を開けて、煎りたての珈琲をいただく。嗚呼、この一杯の為に生きてるんだなぁ。しみじみしていると、隣の部屋からすうすうと寝息が聞こえてくる。「The Nightfly」じゃなくて…やっぱり「青春の詩」かな。




 のどが渇いている時は本当に身体が水分を欲している時。甘いものが欲しい時は身体が疲れている証拠。優しい色の服を選んだ時は優しい気持ちの表れ…。音楽もそんな風なんだろうなぁ。珈琲と音楽。サニーディ・サービスは珈琲と恋愛が共にあればいい、って唄っていたけれど、私には珈琲と音楽さえあれば…ついでに本と、それから友人と、それから餡子。それとそれと…そんな調子で、この原稿を進めてしまいました。
 だから、その時々耳の奥で鳴る音がころころ変わってしまって…。脈略のなさはご愛嬌。さて、お詫びに美味しい珈琲を淹れましょうか?





To 三須 百合子さん
 三須さんが焙煎されたコーヒーを、いただいたことがあります。そのコーヒーを飲みながら、焙煎がどれほどに根気を必要とし、そしてどれほどに長い時間を要する作業なのか、かつて喫茶店で働いていたことがある松永君から教えてもらいました。いつも忙しそうにされている三須さんが、わざわざご自身でコーヒーを焙煎されるのはどうしてなのか、とても興味を持ちました。焙煎するときは、どんな音楽を聴いているのですか?そしてコーヒーを飲むときは?と聞いてみたいなと思ったことが、こうして頂くこととなった原稿の発端です。
 そういえば三須さんと気軽にお話をするようになるまで、お買いあげ頂くレコードをレジのこちら側で、いつも興味深く拝見していました。音楽誌のページがそのまま抜け出てきたようなセレクションとは全く異なり、ジャンルは違えどもそれぞれに独自の光を放つレコードをスッと抜いて、それも短時間の内にまとめて差し出されるのが常でした。いつのまにか、そこにはアメリカを内側から見ている方のセンスを感じるようになりました。アメリカについて相当に考え、繰り返し感じとっている感性というか、もしかするとアメリカにたびたび出向かれているのかも知れない、そうした耳ならではのアメリカへの愛をレコードの選択に感じたのです。
 こうしてコーヒー、そしてアメリカへの愛。その二つが見事にあふれている文章をいただきました。そうだ、
もう一つ忘れていました。なにより音楽への愛があふれていますよね。
 どうぞ三須さん、またハイファイのレコード棚から、スッとレコード抜いて僕らに並べて見せてください。三須さんなりの素敵な地図が、たぶん僕らを驚かせてくれることになるはずです。楽しみにしています。(大江田)



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